身代わり王妃の最後の100日間

初瀬 叶

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第32話

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「厨房へ」

「厨房?何のために?」

「私の食事の量を減らして欲しいの」

「どうしてです?」

「どうしてって……食べきれないからよ」
私の答えに護衛は首を捻る。

「だから?」

「だからって……とにかく厨房へ行きます!」

マギーからは部屋を出るなと言われていたが、王宮に来て二日。毎日、毎日食べ過ぎて、お腹がはち切れそうだ。残すのは勿体ない。でも食べきれない。このジレンマとストレスで私は限界にきていた。
マギーが側を離れている今がチャンスだ。ここでグズグズしていられない。

すると……その護衛はため息を吐きながら、

「なら、私が言ってきましょう。流石に王妃が厨房へ行くのは不味いです」

「そう?なら、量はそうねぇ……三分の一にしてって言って。あと……私が食べなくなった分、食材が余るなら働いている人達の食事をその分多くしてあげて欲しい」

私の言葉に黒髪の騎士は目を丸くした。……あ……ダメだったかな。これって王妃っぽくない?

しかし、黒髪の騎士はまた仏頂面に戻ると、

「わかりました。妃陛下はお部屋でお待ち下さい」
そう言ってもう一人の護衛に『少し外す』と声を掛けた。去っていく背中に私は、

「あ!陛下にも『会いたい』って伝えて貰って良い?」
と叫ぶ。振り返った黒髪の騎士は目がこぼれ落ちんばかりに目を見開いた。

「陛下……に、ですか?」

「そう。お話があるの」

「……そうですか。わかりました」

黒髪の護衛の目が少し細められる。さっきは真ん丸な猫の瞳の様だったのに、今は狐の様だ。

仏頂面のわりに表情豊かなのね……と私は思いながら部屋へと引っ込んだ。

少し経つと、

「陛下は今ならお時間が取れるそうです」
と黒髪の騎士が廊下から声を掛けてくれた。

マギーはまだ帰って来ない。最近私が食事の後にゴロゴロしているから、気を使ってくれているのかもしれない。

「まぁ……いっか」
私は『はーい』と返事をして、扉を開けた。

私が扉を開けたのと同時に、黒髪の騎士がその扉をグイッと開けた。
私はその勢いで前に体が倒れそうになる。黒髪の騎士はそんな私を片手で支えたかと思うとそのまま片手で私を抱え部屋へと押し戻し、自分もスルリと部屋に入った。

そして……後ろ手で『カチャリ』と鍵を閉めた。
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