2 / 67
第2話
しおりを挟む
「危ない!!!」
疲れからか、或いは最近ろくな食べ物を食べていないからか、少しボーッとなっていた私に制御の効かなくなっていた馬車が突っ込んで来ている事に全く気付けなかった。
その声に我に返った時には既に馬車に繋がれた馬が直ぐ側まで近づいて来ており、私は『ああ、終わったな』という考えが頭を過った。……が、その一瞬後には私は誰かに抱えられる様にして、道端に転がっていた。
「何をボーッとしている!!死にたいのか!!」
私を抱えていた誰かが私の体を離しながらそう怒鳴る。『死にたいのか』と訊かれれば『否』と答えるが、今、私が死んだからといって誰も困らないだろうな……と虚しい気持ちに襲われた。
道に転がったまま、私を助けてくれたであろう男性を見上げた。彼は太陽を背にしており、顔は良く見えない。私を立たせようと手を伸ばしてくれている様だったので、私はその手に向かって自分の手を伸ばした。
「ノア!不味い!」
その瞬間、他の誰かの声が聞こえる。その声はとても焦っている様だった。私の手が空を泳ぐ。
私を助けてくれた誰かさん……いやノアと呼ばれたその男性の視線は馬車から降りて来ようとしていた男性へと注がれる。そして、
「気をつけろよ」
そう私に言い残すと、そのノアと呼ばれた男性はもう一人の男性と共に、走ってその場を去る。私はその背中を上半身を何とか起こして見送っていた。
「大丈夫ですか?」
額に尋常ではないほどの汗を滲ませた御者が、走り去ったノアと入れ替わる様に、私に手を伸ばした。私はその手に掴まる事なく、立ち上がってスカートに付いた砂埃を払う。
御者の格好から見るに、かなりの上級貴族に仕えている事が伺える。チラリと後ろを見ると、馬車も随分と豪華だ。その馬車から降りてきた人物もこれまた立派な格好をしている。
……関わっちゃいけない。そう本能的に私は察した。
「大丈夫です。お気になさらず」
私はそう言って御者に背を向け歩き出そうとするも、左足首の痛みに顔を歪めた。
「痛っ!」
思わず蹲る。どうもさっき足を捻ったみたいだ。
「大丈夫か?!うちの馬が申し訳なかった」
その声の主の足元が私の視界に入る。私が一生あくせく働いても買えそうにないほどのピカピカの革靴が目に入った。
私はその男性を見上げる様に顔を上げた。またもや日を背にした男性の顔は逆光でよく見えないが、綺麗な金髪が日にキラキラと輝いている。
私はやはり関わってはいけないという本能に従って、痛みを堪えて立ち上がった。
「大丈夫です」
すると、その男性はこともあろうか、私の足首を確かめる為に蹲った。
明らかに高貴な立場の男性を跪かせるなど、あってはならない。不敬で罰せられる!そう思った私は慌てて自分もしゃがみ込んだ。
「本当に大丈夫ですから!!」
私は彼を自分の足首から引き剥がすべく、その男性の肩を押した。
「あぁ、すまない。女性の足をジロジロと見るものではなかったな」
その男性は頭を掻きながら私の顔を真正面から見た。私も逆光でないその男性の、その美しい青色の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「き、君は……」
その男性はそう言ったっきり絶句した。
私は一瞬の沈黙に気まずくなり、直ぐ様立ち上がると、
「すみませんが急いでますので」
とその場から逃げるように走り出した。後ろで先ほどの男性が
「あ!待って!!」
と私を呼び止める様な声が聞こえる。
私は足の痛みも忘れて、振り返らずにその場を後にした。
疲れからか、或いは最近ろくな食べ物を食べていないからか、少しボーッとなっていた私に制御の効かなくなっていた馬車が突っ込んで来ている事に全く気付けなかった。
その声に我に返った時には既に馬車に繋がれた馬が直ぐ側まで近づいて来ており、私は『ああ、終わったな』という考えが頭を過った。……が、その一瞬後には私は誰かに抱えられる様にして、道端に転がっていた。
「何をボーッとしている!!死にたいのか!!」
私を抱えていた誰かが私の体を離しながらそう怒鳴る。『死にたいのか』と訊かれれば『否』と答えるが、今、私が死んだからといって誰も困らないだろうな……と虚しい気持ちに襲われた。
道に転がったまま、私を助けてくれたであろう男性を見上げた。彼は太陽を背にしており、顔は良く見えない。私を立たせようと手を伸ばしてくれている様だったので、私はその手に向かって自分の手を伸ばした。
「ノア!不味い!」
その瞬間、他の誰かの声が聞こえる。その声はとても焦っている様だった。私の手が空を泳ぐ。
私を助けてくれた誰かさん……いやノアと呼ばれたその男性の視線は馬車から降りて来ようとしていた男性へと注がれる。そして、
「気をつけろよ」
そう私に言い残すと、そのノアと呼ばれた男性はもう一人の男性と共に、走ってその場を去る。私はその背中を上半身を何とか起こして見送っていた。
「大丈夫ですか?」
額に尋常ではないほどの汗を滲ませた御者が、走り去ったノアと入れ替わる様に、私に手を伸ばした。私はその手に掴まる事なく、立ち上がってスカートに付いた砂埃を払う。
御者の格好から見るに、かなりの上級貴族に仕えている事が伺える。チラリと後ろを見ると、馬車も随分と豪華だ。その馬車から降りてきた人物もこれまた立派な格好をしている。
……関わっちゃいけない。そう本能的に私は察した。
「大丈夫です。お気になさらず」
私はそう言って御者に背を向け歩き出そうとするも、左足首の痛みに顔を歪めた。
「痛っ!」
思わず蹲る。どうもさっき足を捻ったみたいだ。
「大丈夫か?!うちの馬が申し訳なかった」
その声の主の足元が私の視界に入る。私が一生あくせく働いても買えそうにないほどのピカピカの革靴が目に入った。
私はその男性を見上げる様に顔を上げた。またもや日を背にした男性の顔は逆光でよく見えないが、綺麗な金髪が日にキラキラと輝いている。
私はやはり関わってはいけないという本能に従って、痛みを堪えて立ち上がった。
「大丈夫です」
すると、その男性はこともあろうか、私の足首を確かめる為に蹲った。
明らかに高貴な立場の男性を跪かせるなど、あってはならない。不敬で罰せられる!そう思った私は慌てて自分もしゃがみ込んだ。
「本当に大丈夫ですから!!」
私は彼を自分の足首から引き剥がすべく、その男性の肩を押した。
「あぁ、すまない。女性の足をジロジロと見るものではなかったな」
その男性は頭を掻きながら私の顔を真正面から見た。私も逆光でないその男性の、その美しい青色の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「き、君は……」
その男性はそう言ったっきり絶句した。
私は一瞬の沈黙に気まずくなり、直ぐ様立ち上がると、
「すみませんが急いでますので」
とその場から逃げるように走り出した。後ろで先ほどの男性が
「あ!待って!!」
と私を呼び止める様な声が聞こえる。
私は足の痛みも忘れて、振り返らずにその場を後にした。
156
お気に入りに追加
547
あなたにおすすめの小説
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】
青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。
そして気付いてしまったのです。
私が我慢する必要ありますか?
※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定!
コミックシーモア様にて12/25より配信されます。
コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。
リンク先
https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる