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scene・19
しおりを挟む母の仏壇に手を合わせる正座した和樹の背中を見る。
ちょっと痩せた?いや、そんな事はどうでも良いか。
お母さん、ごめん。和樹の顔なんて見たくなかったよね…。私は心の中で母に謝罪した。
結構な時間手を合わせていた和樹がそっと顔を上げた。
正座のまま和樹は私の方へ体をクルリと向ける。
ー沈黙ー
この何とも言えない時間が息苦しい。
私は和樹が口を開く前に、
「リビングに行きましょう。正座…苦手でしょう?」
と声をかけた。和樹はホッとしたような表情で、
「なら…そうさせて貰おうかな」
と正座を崩して立ち上がった。
「どうぞ」
私はコーヒーを和樹の前に置く。砂糖もミルクも用意しない私に、
「俺がブラック好きなの、覚えててくれたんだ」
と和樹は呟いた。
…思い上がりもいい加減にして欲しい。たまたま用意するのを忘れただけだ。
だが、それをわざわざ口にするのも嫌なので、黙っておく。
私も自分の前に紅茶を置いて、L字のソファーの和樹の右手に座る。対面よりこの方が少しは話やすいだろう。顔を見ずに済む。
「お母さん…病気だったって」
誰に聞いたんだろう?まぁ…共通の知人も数人は居る。そこら辺だろう。
「癌だった。発見が遅かったの」
「お母さん、我慢強い人だったからな」
『お母さん』『お母さん』って…貴方のお母さんじゃないんだけど。それに、母の事を知ってる風に喋られるのもムカつく。
だからと言って、ここで文句言うのも違う。
「そうね」
「手を合わせるのが遅くなってごめん。…お母さんには、世話になったのに」
と言う和樹に心の中で『恩を仇で返した奴が何を?」と罵倒してみるが、口には出さない。大人だから。
「別に。用はそれだけ?」
冷たく聞こえるだろうが、彼とヘラヘラ談笑する気分にはなれない。…随分と時間が経ったのにな…。
「………謝りたかったんだ。もう一度」
「何を?」
「過去の事全部。乃愛を裏切った事も、お母さんを失望させた事も」
「もう前に謝って貰ったわ。追加は必要ない」
「それでも!…謝りたかったんだ。許して貰えるとは思ってない」
「そう。ならもう気が済んだでしょう?コーヒー飲んだら帰ってね」
「…乃愛…」
「名前で呼ばないで。仕方なく家に上げたの。それ以上の気持ちはないから」
馴れ合うつもりはないんだけど。
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