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第98話
しおりを挟む「結局その借金は?」
「色んな物を売り払ったが、全額には程遠い。
親戚を頼ったようだが、ワーカー伯爵に親戚は何度も金を無心されていたし、その度に苦言を呈していたようだ」
「苦言…ですか…」
親戚といっても、父が嫌われていたせいか、私は殆んど会ったことがない。
何度もお金をたかられていたら、うちに近付かなかったのも頷ける。
「あぁ。君の継母と義姉の2人は金遣いが荒かったようだし、父親も領地経営にも真面目に取り組んでいなかったみたいだからな。それを何度も注意したと。
執事…この前君に会わせたタッド氏が居なくなった事で、ワーカー家は益々窮地に陥っていたんだ。
正直、もう潰れるしかない所まで来ていた。僕は最後のダメ押しをしたに過ぎない」
「では…ワーカー家はもう?」
「あぁ。全てを売り払って残りの借金は働いて返す事になったよ。皆で仲良く強制労働中だ」
「強制労働…。どちらで?」
「それを君が知る必要はない。…自分の元の家を潰した僕を怖いと思うかい?」
旦那様が借金を買い取ったから、事は大きく進んだのかもしれないが、遅かれ早かれ、こうなる運命だった筈だ。
「いえ。それを聞いても…成るべくして成ったのだとしか思えなくて。
私こそ冷たい人間なんでしょうか?父は…間違いなく私の父であった筈なんですけどね」
と私は少し笑った。
「血が繋がっているからといって、全ての人を愛せる訳ではない。それは僕も経験済みだ。
逆に血が繋がっていなくても、ちゃんと家族になれる人間も居る。そうだろう?」
「そう…ですね。私はこのバルト家に来てからの方が、家族の温かさを感じています。旦那様のお陰ですね」
と私は微笑んだ。
「さぁ…もう休もう。明日からは外へ出ても良いが、くれぐれも無理をしないようにな」
そう言うと旦那様は私を寝台へと寝かせ、自分も横へ潜り込んだ。
母と父にこうした時間はあったのだろうか?
父には私より先に生まれた子どもが愛人との間に居て、そちらにばかり意識が向いていた。
それでも、母との間に子を成したのは、ワーカー前伯爵、今は亡き私の祖父の命令であったようだ。
母が亡くなった後、私が父に逆らうと、何度も『お前を作ったのは命令されて仕方なかったからだ。お前なんて欲しくなかった』と言われて育った。
母はどんな気持ちで私を生んだんだろう。
父からは…要らないと思われていた子を生むのは怖くなかったのだろうか?
私は旦那様が私のお腹の子をどう思っているのか、確認出来ずにいる。
私の事は大切に扱ってくれている事は分かっている。それでも、子を生むのが少し怖いと思ってしまうのだ。
私は横に居る旦那様の手をキュッと握って目を閉じだ。
旦那様もその手をそっと握り返してくれた。
翌日から、庭で散歩をしたり、王都の屋敷にも出掛けられる様になった。
オーデル夫人のレッスンはお休みしているが、夫人が会いに来てくれて、2人でお茶を飲んだりして過ごす事も出来るようになった。
お腹が少しふっくらしてきた頃には、王都の街に買い物へ出掛ける事も許可された。
「赤ちゃんのおくるみに刺繍をしたいの」
「では、ハンナのお店に行きましょうか。あそこは品揃えが良いですから」
私とメグは買い物へと出掛けていた。
後ろには護衛も付いている。
しかし…突然、急に目も開けていられない程の突風が吹き、私は咄嗟に目を閉じた。
「キャッ」
吹き上がる風に思わず手で顔を隠す。
風を感じなくなり、漸く目を開けると、私の目の前に、黒目黒髪、頬に傷のある男が立っていた。
私とその男の周りだけ風が吹いていない…というか、風の渦の真ん中に閉じ込められているようだ。
メグも護衛も吹きすさぶ風の向こう側で顔を上げられずにいるようだ。
目の前の男は、
「お前がバルトの嫁だな」
と私に訊ねる。
…誰?此処で名乗るのは不味い気がする。
私は、助けを呼ぶ為、大声を出そうと息を大きく吸った。しかしその瞬間、私の目の前は真っ暗になった。
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