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第89話
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『後悔先に立たず』そんな言葉が今、私の心を占めていた。
「まぁ…初めまして。バルト公爵夫人?」
…なんで語尾が疑問系?
「初めまして。アメリア・バルトですわ。以後お見知りおきを」
もう何人にこうして物珍しい視線を送られながら挨拶したのだろう…。
そんなに嫌われ者の魔法使いに嫁いだ人物に好奇心が沸くのだろうか?
「ねぇ…バルト公爵様って…血の滴るお肉が大好きとお聞きしたのだけど、本当?」
「いえ。主人はよーく焼いた物でなければ、頂きませんの」
何、この会話?どんな噂が流れてるの?
「ねぇねぇ。バルト公爵様とどんなお話を?」
「…皆様方と何ら変わりありません。お仕事のお話や、今日した事、何が楽しかったのか…とか色々です」
「え?普通の会話?!」
…旦那様…今までどんな風に思われていたのでしょうか?
こうして私に直接訊ねてくれる人はまだマシだ。
色々な所で私を見てはヒソヒソと話をしている視線の方が、かなり痛い。
そんな中、
「皆様~。今日はようこそおいでくださいました」
今日の主催者、ロックハート公爵夫人が現れた。
…もっとお歳を召した方かと思っていたが…以外と若い。いや…若く見えるだけかもしれないが、やはり元王女。とても華やかな人だ。
「今日は、特別ゲストが来てくれていますの。どうぞ、入りなさい」
そう紹介したロックハート夫人の視線の先を追う。
……やっぱり旦那様の言う事を聞いておけば良かった。…これは…どうしたものか。
「私の可愛い姪孫、デイブよ。つい最近隣国の留学から帰国したばかりで、まだ婚約者も決めきれていないみたいなの。
今日は独身のご令嬢もいらっしゃるから、少しでもデイブが気に入った方が見つかると良いと思って招待したのよ。
皆様よろしくね」
と笑顔で話すロックハート夫人の横にデイブ殿下が並ぶと、
「皆さん、こんにちは。今日はあまり堅苦しくならず、皆さんと交流を持てたらと思って、叔祖母に頼んで参加させてもらいました。気軽に話しかけて下さい」
とこちらも笑顔で挨拶した。
独身のご令嬢達は色めき立ち、既婚者のご夫人達はキラキラ王子の登場に頬を染めた。
…ちなみに、今、私は青ざめている。
これ…不可抗力だと思うんだけど…私、旦那様から怒られない?
私がぐるぐると頭の中で、退席する言い訳を考えていると、デイブ殿下と目が合ってしまった。…不味い。
殿下は私に微笑むと、隣のロックハート夫人に、
「叔祖母様、どうぞお茶会を始めて下さい。僕は適当にテーブルを回りますから」
と声をかけた。
「そうね。皆様!どうぞ、お茶をお楽しみ下さい。今日のお茶は東方の島国で採れた貴重な物ですのよ」
とロックハート夫人が挨拶すると、皆思い思いの行動に移った。
お茶を楽しむ者、ロックハート公爵夫人に挨拶に行く者、殿下が自分のテーブルに来るのではないかと緊張した面持ちで殿下の行動を見つめる者。
私の選択は…『ロックハート夫人に挨拶をして、体調不良だと言って、早く退席する』だ。
色々言い訳を考えたが妙案は浮かばなかった。
さぁ、そうと決まれば、急いで席を立つ。すると、殿下がこちらに歩いて来るのが見えた。
…このまま公爵夫人の方へ行けば、当然殿下と鉢合わせだ。
私は同じテーブルの方へ
「すみません、私、少し庭を散策してまいりますわ」
と声を掛けると、綺麗な花を付けたバラ園の方へと足を向けた。
お茶会はロックハート公爵邸の中庭で行われている。逃げ場はあそこしかない。
私がそちらへ急いで向かっていると、入り口の方から、
「申し訳ありませ~ん。遅くなりました~」
と間延びした甘ったるい声が聞こえた。
…あれって…ライラックの声じゃないかしら?まさか、彼女も招待されていたの?!
…あぁ…やっぱり旦那様の言う事を聞いておけば良かった…。
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