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第68話
しおりを挟む「では…早速。こちらを御覧下さい」
とベイン子爵が取り出した書類を旦那様が受け取り、それにさっと目を通す。
私も横から覗き込むとそれには、
(婚姻無効届け…)
流石に細かい字までは読めないが、書類にはそう書いてあった。
旦那様はそれに目を通し終わると、
「で?これがどうかしたのか?」
その書類を投げ捨てる様にテーブルへ放ると、殊更冷たい口調で言った。
ベイン子爵はそれに気づいているのか、いないのかわからないが、そんな事にはお構い無く、
「こちらに書いてあるように、公爵と我が娘イメルダの婚姻は無効となりました。
しかし、それはあくまでも我が娘が亡くなったものだという前提があったからこそです。
しかし実際はこの通り!娘は生きておりました!」
と嬉しそうに言う子爵と、微笑むイメルダ様。
しかし、旦那様は表情を変える事なく、
「だから何だ?婚姻無効は無効だとでも言いたいのか?」
…『無効』が『無効』…ややこしい。
それを聞いた子爵は、
「その通りで御座います!流石公爵、話が早い!ですので…我が娘イメルダはバルト公爵夫人と言う事に…」
と笑顔で言う子爵に旦那様は、後ろに居たユージーンを振り返ると頷いた。
ユージーンは懐から折り畳まれた書類を旦那様に手渡す。
旦那様はそれをテーブルに広げ、子爵とイメルダ様から見えるように置くと、
「これが何だかわかるか?」
と2人の顔を見た。
私からもその書類の1番上に書かれた文字は反対側からでも読むことが出来た。
(今度は離縁届け…)
私が心の中で呟くのと同時に子爵が、
「離縁届け?!」
と怪訝そうな声を上げた。
「そうだ。実は僕がそこの…イメルダ嬢が生きているのを知ったのは昨日、今日の話ではない。といっても最近なのは間違いないが」
と言う旦那様に、イメルダ様は、
「こんなに喋ってるの、初めて見たわ…」
と場違いな感想を小声で呟いた。
…旦那様だって、用がある時には喋るに決まっている。…まぁ、無口である事は間違いないが、最近は私と、他愛もない会話をしてくれるようになったのだ。
「…それで?」
子爵は訝しげに話の先を促した。
「この国では伴侶が何も言わず、2年以上便りも寄越さず行方を眩ました場合には、片方からの申し出のみで離縁が出来る。
正直、僕はすでに、此処に居るアメリアと結婚しているから、わざわざこんな事をする必要はないかもしれないと思ったが、万が一を考えて、そこに居るイメルダ嬢との離縁届けを出した。
元々婚姻無効になっている者との離縁など、普通は通らないが、ここを見てくれ」
と旦那様は書類の下の方を指差して、
「ここに書いてある通り、『婚姻無効を破棄するような条件が発動された場合、この離縁届けは速やかに受理される』とあるだろう?
こうして生きていたとノコノコ現れた上に、婚姻無効が無効だ!などと言い出さなければ、こんな馬鹿馬鹿しい事はしなくて済んだのだが…念には念を入れておいて良かったよ。
これで分かって貰えると思うが、其方が婚姻無効を白紙撤回するように動いたとしても、この離縁届けは直ぐに受理されるようになっている。所謂…離縁した…という事になるんだ。元々婚姻の事実が失くなる方が良いか、1度結婚したが、離縁したという立場になるか…どっちがイメルダ嬢にとって良いのか…考えなくてもわかるだろう」
そう旦那様は言うと、背もたれに背を預けて、向かいに座る子爵とイメルダ様をゆっくりと見渡した。
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