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第36話

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「何をしてるんだ?」

庭の花壇に水やりをしていた私に、後ろから旦那様が話しかけて来た。

私はその声に振り向く。

「旦那様?珍しいですね。こんな時間にお庭で会うなんて」

私が驚いたように言うと、

「窓からお前が見えた。散歩か?」

私は旦那様の部屋がある方へ目を向ける。
確かに、ここは旦那様の執務室の窓から良く見えそうだ。

「今日は散歩はお休みです。ここの花壇にこの間、花の種をドニーに植えてもらったので、水やりを」

「何の花の種だ?」

「実は私、あまり花には詳しくなくて。
母が元気だった頃、庭に咲いていた花の名前も思い出せなかったので、特徴を言ってドニーが何種類か似た感じの花の種を植えてくれました。名前は聞いてないんです。
花が咲いてからのお楽しみ…という事で」

私は帽子をとり、如雨露を地面に置くと旦那様に向き合った。

「お前が水やりを?」
とその如雨露に目をやりながら旦那様が訊ねる。

「はい。ドニーに教わりながら。と言っても大した事は出来ませんが、折角なら育ててみたくて。花が咲くのが楽しみです」
と私が微笑むと、何故か旦那様は頬を赤くしながら、

「なら、魔法で咲かせてやろうか?」
と私に言った。

「魔法でそんな事まで出来るのですか?」

私が驚くと、

「植物の成長を早くする魔法はある」
と旦那様が答えた。

「うーん。とっても魅力的な提案ですが、…やっぱり遠慮しておきます」
と私が言うと、

「何故だ?花を早く見たいだろう?」
と不思議そうに旦那様は言った。

「それはそうですけど。育つ過程もきっと楽しいと思うんです。でも、旦那様…ありがとうございます」

「何がだ?僕はまだ何もしていない」

「だって…私が喜ぶようにと、魔法のお話をして下さったんですよね?そのお気持ちが嬉しいです。
あ!そうだ!旦那様もお水をあげてみませんか?」

と私は地面の如雨露の握り手を持つと、旦那様に差し出した。

旦那様は如雨露に手を伸ばす。断られなくて良かった。

「どれぐらいやれば良いんだ?」
と私に訊ねながら、小さな双葉に旦那様が水をやる。

「あげすぎも良くないらしいです。…あ、それぐらいで」

「…初めてだ。こんな事をしたのは」
と旦那様は呟いた。

「旦那様、お花が咲いたら一緒に見ましょう」
と私が言うと、

「やっぱり魔法で…」
と旦那様が言う。

「ダメですよ。育てる時間も楽しむものです。魔法でズルしちゃダメですからね?」
と私は笑いながら釘を刺した。

その顔を見て、旦那様も少しだけ口角をあげた。…多分、微笑まれているのよね?

前髪はいつものごとく垂らされていて、旦那様の目元を見る事は出来ないが、きっと優しい目をしているに違いない…と思いたい。


旦那様は、

「花が咲くのを楽しみに待つのも、初めてだ」
と呟いた。その声はとても柔らかかった。





その日の午後、モーリス先生から、

「今月の月の物は順調でしたね。診察してから1ヶ月程ですが、良い感じだ。このまま来月まで様子を見ましょう。来月も順調なら、妊娠しやすい日をお教えしますよ」
と言われた。

「モーリス先生のお陰です。ありがとうございます。体調もとても良いです」

…実家での生活が酷いものだったのだと、此処に来て、はっきりと思い知った。

全てを諦めていた自分は、それを感じる事すらなかった。いや、その感情をあえて無視するように振る舞ってきたと言った方が良いのかもしれない。
私は自分が惨めだと認めたく無かったのだ。

ローラも、

「本当に奥様は顔色も良くなって。此処に来た時には、心配になる程でしたから。
今では髪も肌もとても艶が出てきましたしね」
と嬉しそうに微笑んだ。

誰かに心配をされる事はくすぐったいが、とても嬉しい。

此処の人達の役に立ちたい。その為には、やっぱり子どもを…。私はそう決意を新たにした。
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