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第33話

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私はそれから、良く食べ良く眠り、庭を散歩する日々を続けた。

この屋敷の庭は広いのは広いのだが、 …花が少ない。とっても緑。

「どうしてこのお屋敷の庭には花が少ないのかしら?」

私がローラに訊ねると、

「お坊っちゃまも前公爵様も花を愛でるような性格ではありませんでしたのでね。
…女主人が今までおりませんでしたから、花は最低限、庭を彩る程度にしか植えておりませんでした。
そうだ!奥様。奥様の好きな花を植えましょう!」

と良い事を思い付いたと言わんばかりに手を叩いて、私に提案してくれた。

しかし…

「私、花に詳しくなくて…どんな花が良いかしら?教えてくれる?」

母が亡くなってから、庭の花を眺める暇も無くなった。どんな花が咲いていたのかさえ、思い出せない。

ローラは、

「では、庭師に聞いてみましょうか。きっとこの土地の気候にあった花を教えてくれるでしょうから」
と言って私を庭師のドニーの元へと連れて行ってくれた。



ドニーは私に挨拶をすると、

「奥様のご実家にはどのような花が咲いてましたかね?」
と訊ねてくれた。

私は必死に母が生きていた頃の庭の様子を思い出す。

「そうねぇ…紫の小さな花がたくさん咲いていた気がするの…名前は覚えてないわ」

と私が朧気な記憶を頼りにドニーに告げると、

「それなら、何種類か当てはまりそうな花を植えてみましょうか?花が咲くまで答え合わせはお預けって事で」
と笑ってくれた。

ローラも、

「紫の花…奥様の瞳の色と同じで綺麗でしょうねぇ」
と笑顔を見せてくれる。

「…母も同じ色だったの。私は髪の色も瞳の色も母譲りで…」
と私が言うと、

「左様でしたか。奥様のお母様もさぞかしお美しい方だったのでしょうね」
とドニーはニコニコしている。お世辞が上手い。

…記憶の中の母は、いつも寂しそうに笑っていた。母は父の事をどう思っていたのだろうか?

「母は…体が弱くて。私を産んだ後、寝込むことも多かったの。
それでも体調の良い時には、手を繋いで庭を散歩したわ。私、母との散歩が嬉しくて、母ばかりを見て…今思うと花を殆んど見ていなかったのかもしれないわね。
勿体ない事をしたわ」

私がそうやって微笑むと、

「奥様…。お坊っちゃまにもお母様の記憶があまりありません。…いえ…あまり思い出したくないのかも…」
とローラは少し言い難そうに呟いた。

…旦那様から、ご家族の話は聞いた事がない。もっと私が旦那様に信頼されるようになれば、ご家族の事やご自分の事…少しは話してくれるようになるのかしら。

「そう…。旦那様がいつの日にかお母様の事やお父様の事を私に話してくれるようになったら…聞いてみたいわ。
でも…あまり思い出したくないのなら、そっとしておいた方が良いでしょう?私からは訊かないようにするわね」

すると、ローラが、

「最近は少しずつお坊っちゃまとの会話が増えているように見えます」
と言ってくれたので、

「ほんの少しね。旦那様はお優しいから、私の話をきちんと聞いて下さるもの」
と私が答えると、

「お坊っちゃまの優しさに気づく事が出来る人はそうは居ませんよ。
大体の人がお坊っちゃまを…怖がるので…」
とローラは笑顔を消して言葉を切った。

…怖がる?何故?

「怖がるの?皆の前では怒ったり声を荒げたりするのかしら?」

私は想像がつかなかった。泣き顔は思い出せるけど。

「…奥様はお坊っちゃまの目を見て…どう思いましたか?」

…どう?どうって…

「旦那様の眼はとても美しいと思うわ。見る角度や光の入り方によって色が変化して見えるもの。あんな瞳の色は見たことがなかったから…。宝石みたいって思ったわ。それがどうかした?」

私の答えにローラは、

「奥様にはやはりお話しても良さそうです。…お部屋でお話しましょう」
と微笑んだ。


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