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第31話
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夕食。クレイグ辺境伯領には新鮮な肉が豊富にあり、野菜も山菜も、それは見事だった。
「どうです?お口に合いますかな?」
とニコニコと私に尋ねるのは、顔は厳ついが笑顔の可愛い男性……クレイグ辺境伯だ。
「どのお料理もとても美味しくて……つい食べ過ぎてしまいそうです」
これ以上食べるとドレスが入らなくなるのでは?と不安になる。到着して少しゆっくりしていると、トルソーに飾られたドレスが運び込まれた。
その白のドレスは、所謂マーメードラインと呼ばれる、体にフィットした形だった。試着した私にはまさしく『ピッタリ』で、これ以上腹を膨らす訳にはいかないと、私は腹八分で夕食を我慢する事にした。
クレイグ辺境伯は、
「それは良かった!」
とますます笑顔になる。
正直、辺境伯は武人なので物凄く逞しくて厳つく怖い人物であろうと想像していたのだが、確かに体躯は良いし、顔も厳ついが私の想像より遥かに優しそうな男性だ。父と学友だったと言うのなら、歳は既に四十を超えていると思うのだが、かなり若々しい。顔はレナード様に似ているみたい……レナード様の笑顔は見た事ないけど。
そしてレナード様に並んで座る、少し線の細い男性が肉を細かく切っているのが見えた。
その手元を見た辺境伯は、
「ハリソン……またお前はそんな風に……」
と顔を顰める。
ハリソン様……彼がレナード様の兄上。この辺境伯のご長男だ。
「申し訳ない。やはり食べられそうにない」
とナプキンで口を拭うと、席を立った。
「少し気分が優れないのでね。申し訳ないが失礼するよ」
と食堂を出て行こうとするハリソン様に、
「お前!お客様の前で失礼だろう!」
と辺境伯が声を掛ける。しかし、それを丸っと無視したハリソン様は少し会釈すると、部屋を出て行った。
「……申し訳ない。あいつは少し難しいんだ」
と辺境伯は謝罪を口にした。
母は、
「体調が悪い時など誰にでもございます。食べ物の匂いが鼻につく事も。お気になさらず」
と微笑んで辺境伯へとそう言った。
ハリソン様が退席した後、残された皿の上には細かく切られた肉が一口も手を付けられる事なくそこにあった。
肉が嫌いなのか……それとも私達と食事をするのが嫌なのか……。そのどちらでもないかもしれないが、ほんの少しその場の空気が重くなるのを感じた。
「とても美味しかったわね」
食堂を後にした私達は母に用意された客間でお茶を飲んでいた。
母のその言葉に
「ええ……。でもハリソン様の様子が気になって」
と私は少しため息をついた。
「そうね。何だか……微妙な空気だったわ」
と母も同調する。
「ご気分が優れないだけなら良いのだけれど……何だか拒絶されているようで」
「確かにそう感じたわね。でも、貴女は別にロナルド様と暮らす訳ではないのだし、そう気にしなくても良いのではない?此処とクラーク子爵領は近いと言っても……」
と言いかけた母はハッと思い出した様に口を閉じた。
「お母様思い出した?私、このお屋敷で暮らすのよ?ハリソン様とは……ずっと顔を合わせる事になるわ」
「そうだったわね……。でもおかしな話だわ。領地が隣接しているからと、同じ屋敷に住むなんて」
「私もそう思うわ。……そう言えばハリソン様はまだご結婚されていないのよね?婚約者の方はいらっしゃると聞いたけど」
「……そうね。でも結婚すればそのご令嬢とも同居なのかしら?」
と母は首を捻る。
夕食の時にそんな事を訊ける雰囲気ではなかったしレナード様は何にも喋らないし……。
明日が結婚式だと言うのに、何となく気の晴れない夜を私は迎えたのだった。
「どうです?お口に合いますかな?」
とニコニコと私に尋ねるのは、顔は厳ついが笑顔の可愛い男性……クレイグ辺境伯だ。
「どのお料理もとても美味しくて……つい食べ過ぎてしまいそうです」
これ以上食べるとドレスが入らなくなるのでは?と不安になる。到着して少しゆっくりしていると、トルソーに飾られたドレスが運び込まれた。
その白のドレスは、所謂マーメードラインと呼ばれる、体にフィットした形だった。試着した私にはまさしく『ピッタリ』で、これ以上腹を膨らす訳にはいかないと、私は腹八分で夕食を我慢する事にした。
クレイグ辺境伯は、
「それは良かった!」
とますます笑顔になる。
正直、辺境伯は武人なので物凄く逞しくて厳つく怖い人物であろうと想像していたのだが、確かに体躯は良いし、顔も厳ついが私の想像より遥かに優しそうな男性だ。父と学友だったと言うのなら、歳は既に四十を超えていると思うのだが、かなり若々しい。顔はレナード様に似ているみたい……レナード様の笑顔は見た事ないけど。
そしてレナード様に並んで座る、少し線の細い男性が肉を細かく切っているのが見えた。
その手元を見た辺境伯は、
「ハリソン……またお前はそんな風に……」
と顔を顰める。
ハリソン様……彼がレナード様の兄上。この辺境伯のご長男だ。
「申し訳ない。やはり食べられそうにない」
とナプキンで口を拭うと、席を立った。
「少し気分が優れないのでね。申し訳ないが失礼するよ」
と食堂を出て行こうとするハリソン様に、
「お前!お客様の前で失礼だろう!」
と辺境伯が声を掛ける。しかし、それを丸っと無視したハリソン様は少し会釈すると、部屋を出て行った。
「……申し訳ない。あいつは少し難しいんだ」
と辺境伯は謝罪を口にした。
母は、
「体調が悪い時など誰にでもございます。食べ物の匂いが鼻につく事も。お気になさらず」
と微笑んで辺境伯へとそう言った。
ハリソン様が退席した後、残された皿の上には細かく切られた肉が一口も手を付けられる事なくそこにあった。
肉が嫌いなのか……それとも私達と食事をするのが嫌なのか……。そのどちらでもないかもしれないが、ほんの少しその場の空気が重くなるのを感じた。
「とても美味しかったわね」
食堂を後にした私達は母に用意された客間でお茶を飲んでいた。
母のその言葉に
「ええ……。でもハリソン様の様子が気になって」
と私は少しため息をついた。
「そうね。何だか……微妙な空気だったわ」
と母も同調する。
「ご気分が優れないだけなら良いのだけれど……何だか拒絶されているようで」
「確かにそう感じたわね。でも、貴女は別にロナルド様と暮らす訳ではないのだし、そう気にしなくても良いのではない?此処とクラーク子爵領は近いと言っても……」
と言いかけた母はハッと思い出した様に口を閉じた。
「お母様思い出した?私、このお屋敷で暮らすのよ?ハリソン様とは……ずっと顔を合わせる事になるわ」
「そうだったわね……。でもおかしな話だわ。領地が隣接しているからと、同じ屋敷に住むなんて」
「私もそう思うわ。……そう言えばハリソン様はまだご結婚されていないのよね?婚約者の方はいらっしゃると聞いたけど」
「……そうね。でも結婚すればそのご令嬢とも同居なのかしら?」
と母は首を捻る。
夕食の時にそんな事を訊ける雰囲気ではなかったしレナード様は何にも喋らないし……。
明日が結婚式だと言うのに、何となく気の晴れない夜を私は迎えたのだった。
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