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case 鬼 30
しおりを挟む実氏も息が切れているが、私達の意図が分かると、目を瞑ったまま、鞭を振り回す。
鬼の妖力のお陰なのか、鞭はまるで意思を持っているように私達に襲いかかった。
目を開いていたら、確実に打ち込まれていただろう。
私は手から氷の刃を無数に打つ…実氏に届くのは、数える程度だが、確実に、実氏の体を傷つけていった。
一路は、私と自分に薄い膜のような結界を張る。
「ごめんね、凛ちゃん。私の力はあまり攻撃に向いてなくて」
「何言ってるの。一路のお陰で、実氏は目を開けられない。それだけでも十分よ」
私達は実氏からの攻撃を避けつつ、時間稼ぎをする。
「あの天狗は何をしてるんだ!お前達は何者なんだ?!」
と実氏はイライラを募らせる。攻撃は一層激しくなってきた。
私はそっと小屋の方を覗く。…が直ぐに鞭が飛んで来て、所長の様子を伺えない。
「一路…所長の様子を見てきて。実氏は目を閉じてる。きっと、一路が居なくなってもバレない」
と私は小声で、一路に頼む。
「…わかった。少しだけ離れるけど、直ぐに戻る」
と言って一路は小屋へ向かった。
私は集中力を切らせない様に、鞭の攻撃を避ける。
しかし、小屋から帰って来た一路が、
「凛ちゃん不味い!八雲の様子がおかしい。力が暴走しそうだ」
「え?そんな…。所長…どうしたんだろ」
「声を掛けても、聞こえてないみたいだ」
「………一路。この小屋ごと結界を張れる?」
「自信はないけど…やってみる。だけど、鞭が当たれば結界は崩れるよ?またかけ直すまでに少し隙が出来てしまう」
「それでも良い。少し時間を稼いで。私、所長の様子を見てくるから」
「OK。いくよ。……さぁ…凛ちゃん行って!」
私は急いで小屋に入る。
そこには炎のような光に包まれた所長と安綱があった。
力がどんどんと大きくなっていく、所長の大きすぎる力が上手くコントロール出来ていないようだ。このままでは、所長の体がもたない。
私は咄嗟に所長の体に抱きついて、
「所長、しっかりして!所長!」
と叫ぶ。ダメだトランス状態になってる。私の声が聞こえていないようだ。
「所長、集中して!大丈夫。所長なら出来る」
私は必死に声をかけ続ける。所長からの返答はないが、私は続ける。
「大丈夫。絶対に大丈夫。……しっかりして…八雲!」
私は久しぶりに所長の名前を呼んだ。
子どもの頃から呼んでいた名前。
昔、同じような事が起こった。子どもの八雲が、自分の力を暴走させた事があった。
その時も私は必死に八雲に抱きついて、名前を呼んだ。大丈夫、大丈夫と繰り返し声をかけ続けた。
「八雲!…大丈夫。貴方なら出来る」
私は祈るように、八雲を抱き締めたまま声をかける。
するとその炎のような光が段々と、安綱にだけ向かっていった。
安綱だけがその炎に包まれる。
「…凛。久しぶりにお前に名前を呼ばれたな」
「八雲!意識は戻ったのね。良かった…。大丈夫。もう少しで封印出来る。私には…分かる」
「あぁ…もう少しだな」
そう思った瞬間、
「凛ちゃん!破られた!」
との声が聞こえ、実氏の鞭が小屋の入り口を破壊した。
私は咄嗟に八雲を守る為、氷の壁を作る。
一路も直ぐにその壁に結界を張ってくれたが、鞭がまた襲いかかった。
私は壁に冷気を送り続ける。壊されても、壊された所を瞬時に修復する。
一路も何度も、結界をかけ直してくれている。
私も、一路もそろそろ限界だ。
次の攻撃を食らうと、もうダメかもしれない。
また、実氏の鞭がしなる
「お前達!これで最後だ!」
実氏が叫ぶ、と同時に私の氷の壁が崩れる、
そして私の背後で、
「封印完了!」
と八雲が声をあげた。
私はその声を聞くと同時に、飛んで来た鞭を一瞬にして凍らせた。
安綱の力で鬼の妖力を纏っていた鞭は、ただの鞭になっていた。
「な!なんで?なんでだ!!封印出来る奴がいるなんて!」
と実氏は目を見開いて叫ぶ。と同時に一路は実氏の目の前に行き、実氏の腕を掴んだ。そして、
「さようなら、渡辺の生き残り。いや、亡霊と呼ぶ方が相応しいな。お前の無念はわからなくはないが、もうそんな時代じゃないんだよ」
と言う。
急いで実氏は目を閉じるも、その姿は老人そのものになっていた。
実氏はそのまま、糸の切れた操り人形のように、床にへたりこんだ。
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