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電子書籍配信記念SS
しおりを挟む「少しは笑顔を見せたらどう?今日はお祝いの席なんだから」
と私は、隣で立つ仏頂面の夫に小声で話しかけた。顔は前を向いたままだ。
「出来る訳ないだろう?俺にとっては全然めでたくないね」
と夫であるマルコ様は眉間にシワを寄せながら、小声で私にそう答えた。
え?何故小声か?ですって?
今は我が娘ヴィクトリアとセイン殿下の婚約式が厳かに執り行われている最中だからだ。
元々、王家に嫁がせる事に反対だったマルコ様は、当然ながら最初、王家の申し出を拒否した。
しかし、当の本人、ヴィクトリアが乗り気なのだから仕方ない。結局はマルコ様が折れる形でこの婚約は成立した。
セイン殿下10歳、ヴィクトリア7歳。
ライラ様に良く似たセイン殿下はとても可愛らしく、私に良く似たヴィクトリアはとても気が強そうだ。
何となく自分とアレクセイ陛下を思い起こさせる2人の姿につい私は笑みが溢れた。
式が終わり、ヴィクトリアとセイン殿下は手を繋いで私達の元へとやって来た。
「オーヴェル侯爵、この度は私の願いを聞き届けてくれてありがとう」
と私に笑顔を見せるセイン殿下は幸せそうだ。
セイン殿下がヴィクトリアを!と強く望んだのだから、嬉しそうなのも頷ける。
私に子どもが生まれた時、陛下はどちらかをセイン殿下の婚約者にと早々に宣言していた。
しかしセドリックから、他の貴族とオーヴェル家に余計な軋轢が生まれるからと咎められ、陛下はそれに納得して、セイン殿下の婚約者選びには、全ての上位貴族の令嬢に機会を与える事にしたのだったが、セイン殿下が見初めたのは我が娘ヴィクトリアだったという訳だ。
しかしマルコ様は大反対。私としてはヴィクトリアの意思を尊重するという気持ちでいたので、ヴィクトリアが自分の気持ちを自覚出来るようになるまで返事は保留という事にしておいた。
しかしヴィクトリアは自らセイン殿下の婚約者の地位を選んだ。それから約1年。今日のこの日を迎えたのだった。
「殿下、胸ポケットのハンカチーフが曲がっておりますわ。あれほど、式に出席する前には確認して下さいと申し上げましたのに……」
と言いながらヴィクトリアは殿下の胸ポケットのハンカチを直している。
「ごめんよ、ヴィッキー。確認したつもりだったんだけど…」
「『つもり』では困ります。これぐらいの事は人任せにせず、ご自分でなさって下さいな」
2人の会話に吹き出しそうになる。すでにセイン殿下はヴィクトリアの尻に敷かれ気味だ。
その様子に笑いながら近づいてくる人物。……アレクセイ陛下だ。
私が深々とカーテシーをすると、
「堅苦しい挨拶なんて必要ない。これからは家族になるんだし」
と陛下は笑って言った。
「家族ではないです」
とすかさずマルコ様は否定する。
「相変わらずの番犬っぷりだな」
と陛下は皮肉っぽく、そう言った。
私の隣でディアナも綺麗なカーテシーを披露した。
それを見た陛下は目を細め、
「これは可愛らしい淑女だ。完璧なカーテシーだね、ディアナ」
とディアナの頭を撫でた。
ディアナは得意そうな顔で、
「ありがとうございます」
と答えている。そんなドヤ顔も私にそっくりだ。
「陛下。僕達は宰相の所へ挨拶に行きます」
と殿下とヴィクトリアは私達に礼をすると、手を繋いだまま、セドリックの方へと向かって行った。
それを嬉しそうに見ながら、
「セインが幸せそうで何よりだ」
と陛下は呟く。
「ええ。本当に」
と言う私に、
「俺は嬉しくないですけどね」
とマルコ様は不貞腐れた様に言った。それを見ていたディアナが、
「お父様ったら、まだそんな事を言ってるの?」
と呆れた様に言う。
続けてディアナは、
「私もヴィッキーも目標はお母様なの!何度もお父様にはそう言ったでしょう?」
と説教を始めた。
マルコ様もディアナには負けるので、
「わかってるよ」
と諦めたように肩を竦めた。
それを聞いた陛下は、
「ん?ディアナそれはどう言う意味だい?」
とディアナに尋ねる。するとディアナは嬉しそうに、
「ヴィッキーはお母様みたいな王妃に、そして私はお母様みたいな女侯爵になるのが夢なんです。お母様が王妃になって、国民の皆が豊かになったと聞きました。今だに、お母様を慕って下さっている国民の方々が居る事も。そして私はお母様の後を継いで 我オーヴェル家をもっと繁栄させてみたいのです。お母様の様に領民に寄り添った領主になりたいとそう思っています」
とはっきりと答えた。
これはヴィクトリアが殿下の婚約者になると決めた夜、私達夫婦が2人から聞かされた『夢』だ。
さすがにこの2人の熱意に、マルコ様も折れざるを得なかったという訳だ。
「ほほぉ。それは、立派な夢だな。しかしディアナ。お前達の母上の様になるには、かなりの努力が必要だぞ?それに強さもだ。君達の母上はこの国で1番の女性だからな」
とディアナに陛下は微笑んだ。
「もちろんです!私もヴィッキーもその為の努力を惜しみません。そして私は……」
とディアナは言葉を切ると、ちらりとマルコ様の方を見て、
「お母様にとってのお父様の様に、常に私を守り支えてくれる方を婿に迎えたいと思います!」
と笑顔を見せた。
マルコ様の弱い所を良く知っている、賢い娘だと思う。そんなディアナにマルコ様はメロメロだ。嬉しそうに、
「そうか!ディアナはそんなにお父様が好きか?」
なーんて言いながら抱き上げていた。
ヴィクトリアもディアナも父親を掌の上で転がすのが絶妙に上手い。
私なんかより、かなりあざとい。末恐ろしい娘だと母は思う。
陛下は、
「こりゃあ、クロエより上手だな」
と私に耳打ちした。
私は笑って
「ええ。私も負けそうですわ」
と笑顔で答える。
そして私は娘2人を見る。
ヴィクトリアは私に振り返りながら、ディアナはマルコ様に抱き抱えられながら、私にそっとウィンクをしてみせた。
……本当に誰に似たのかしら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
電子書籍配信記念としてショートを1本書いてみました。
本当なら、昨日書き上げる予定でしたが、1日遅れてしまい、申し訳ありません。
読者の皆様に喜んでいただけると嬉しく思います。
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