上 下
64 / 86
番外編

番外編・その29

しおりを挟む

「デボラ様?クロエです。ここの鍵を開けていただけませんか?」

「クロエ様?本当に、クロエ様だけ?」

「もちろんです。私1人で参りました。…開けていただけますか?」



今日はセドリックとデボラ様の結婚式当日。

さぁ、そろそろ式の開始時間になろうか…という時に、セドリックからのSOSがきた。

式の時間だというのに、デボラ様が皆を閉め出して控え室から出て来なくなったと言うのだ。

デボラ様付きの侍女が声を掛けても、セドリックが声を掛けても、デボラ様は頑なに控え室の扉を開けようとしないのだと。

セドリックに『クロエ!助けてくれ!!』と泣きつかれた私は、今、こうしてデボラ様が立て込もっている控え室の前にやって来ている。もちろん1人で。

声を掛けて少しの間待っていると、『ガチャ』と鍵を開ける音が聞こえ、少し開いた扉の隙間から、デボラ様が伺うように覗いた。

「本当にクロエ様だけね?」

「ええ。デボラ様、少しお話しましょう。女同士で」
と私が微笑めば、デボラ様は扉をまた少し広く開けた。

私は了承を得たのだと思い、部屋へ入る。…そして鍵を閉めた。

これで邪魔者は入ってこれないから安心して欲しいとデボラ様に示すつもりで。

デボラ様はそれは綺麗なウェディングドレスに身を包んでいた。華奢な彼女にとても良く似合う。ちなみに、私が支援したデザイナーによるものだ。

「デボラ様、お綺麗ですわ。女の私が見ても、見とれてしまいます」

「素敵なドレスよね。これって、クロエ様が支援されてるデザイナーの方の作品なんでしょう?最初にデザインを見せて貰って、一目で気に入ったの」

「えぇ。彼女はとても才能に溢れた女性なのです。私は少し手助けをしただけに過ぎませんが、こうして彼女が手掛けたドレスを見ると私まで、嬉しくなってしまいますわ」

そう私が微笑んでも、デボラ様は浮かない顔だ。

「もうお式が始まる頃よね。セドリック様も困ってらっしゃるでしょう?」

…確かに困っていた。陛下も参列する式だ。これ以上時間が下がるのは不味い。

しかし、私は、

「女性の支度には時間が掛かるものですもの」
と答える。

「支度は…見ての通り整ってるの…」
ますます声が小さくなるデボラ様に私は近づくと、

「デボラ様の心の準備がまだなのではないですか?」
と私より小さな彼女の俯いた顔を覗き込んだ。

「私…上手くやっていけるかしら?隣の国とはいえ、細かな風習も違うし…セドリック様みたいな立派な方に嫁ぐ自信がなくなってしまって」
と少し涙目で私に話すデボラ様。

所謂、『マリッジブルー』だ。

「風習については、戸惑う事もあるでしょう。でも、1度間違えたとしても次があります。少しずつ学べば良いのです。間違えたからといって、命を取られるような事はありません。いいじゃないですか、失敗しても。
人は失敗して成長していくのですから」

彼女も公爵令嬢。今まで厳しい教育を受けて来たのだ。1度失敗すれば2度と間違うことはないだろう。


「失敗して…笑われたら?セドリック様に恥を掻かせてしまうわ」

「恥ぐらい掻いたって良いではないですか。それもまた経験です」

「私はそんな割り切れないわ。
セドリック様に嫌われてしまうかもしれないもの」

なるほど。デボラ様はセドリックの事が大好きなようだ。

「セ…ジュネ公爵はそんな心の狭い男ではありませんよ。
デボラ様はジュネ公爵の事をどう思っていらっしゃいますか?」
と私が訊ねれば、デボラ様は顔を赤くして、

「と、とても素敵な方だと思うわ。宰相をしながらも、領地経営までしっかりとこなしていらっしゃって。本当に立派な方よ?
私、少しでもセドリック様のお役に立ちたいと思っていたのだけれど…私なんかには無理だわ」

「無理かどうか、やってみなくては分からないではないですか。やる前から諦めてしまうのは勿体ないと思いませんか?」

「クロエ様は…とても立派な方だから…」

「褒めていただくのは非常に嬉しく光栄な事ですが、私だって失敗しますよ。
失敗もするし、間違えもします。
でも、その経験があるから、今があるのです。
デボラ様、女性は好きな男性の為なら、結構頑張れるものですよ」
と私が笑えば、デボラ様はますます顔を赤くして、

「私もセドリック様の為に頑張りたい…そう思うわ」
と俯いていた顔を上げた。

「その意気です。何か困った事があれば、私に相談して下さいませ。デボラ様より少し長く生きている分、助言出来る事も多いかと思います」
と私が固く握られたデボラ様の手を包み込む様に握った。

「クロエ様、ありがとうございます」
とデボラ様にもようやく笑顔が見られた。

「さぁ、そろそろ参りましょうか?」
と私が訊ねると、デボラ様は大きく頷いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。