ある男の後悔

初瀬 叶

文字の大きさ
上 下
2 / 10

しおりを挟む
私は20歳になると同時に、公爵位を継いだ。
父が事故で半身不随となり、公爵としての仕事が出来なくなった為だ。
父は母と領地でのんびりと療養しながら、余生を送る事となった。


その頃の私は、公爵になったばかりの忙しさと、周りからのプレッシャーで押し潰されそうになっていた。

ストレスから、イライラする事も多く、ついリリーに辛く当たる事もあった。
それでもリリーは優しく私を受け止めてくれた。
『ジェームス様はお疲れなのです。
私に出来る事があれば、何なりとお申し付け下さい。
私はジェームス様の隣に並び立つ事が出来るよう、精一杯努力いたします』
そう言って、笑顔で私を癒してくれた。

リリーは成績も優秀だった為、私の仕事も手伝ってくれるようになっていた。
私の心はリリーだけの物だった。



あの日の事は、全く思い出せない。
私は愛しいリリーを亡くした。その事実だけ。
愛するリリーはもう私の人生に居なくなってしまったのだ。
私はあの日から、全く前に進めないでいる。

「ジェームス様、マリー・タイラー侯爵令嬢様がおみえで御座います」
我が家の執事、レイノルズが執務室に居る私に告げる。

「またか」
リリーの義妹、マリー。

何故かリリーが亡くなってから、我が公爵家に何度も何度も訪れるのだ。
何回断っても、性懲りもなく。

「追い返せ」
私はレイノルズに告げ、執務に戻る。

レイノルズは何か言いたそうな顔をしていたが、私がもう会話をする気がない事を悟ると、部屋を出ていった。


あの女だけじゃない、タイラー侯爵夫妻も、リリーを亡くした後、度々我が邸を訪れていた。1度だけ話を聞いたが、何とも馬鹿にした話しだ。
リリーの代わりにマリーと結婚しろと言ってきた。
当然私は断った。何故、私があんな女と結婚しなくてはいけないのか?冗談じゃない!私はリリーしか欲しくない。
リリーが居なくなっても、資金援助は続けるように言っているのだ。あのマリーとか言う女と結婚する必要はない。


しかし、私は公爵だ。しかも一人息子。結婚をし、後継を作らなければならない事は理解している。
ただ、頭ではわかっていても、心がついていかない。心がリリー以外を拒否している。


リリーを失って、もうすぐ1年。
喪が明ける。そうすれば、もう周りも私を放っておかないだろう。父も母も。


そんな風に過ごしていたある日。
「……ジェームス様。王家主催の夜会の招待状です」
何故かレイノルズは辛そうな顔で、その招待状を私に差し出した。
「そうか…。王家の主催であれば断るわけにもいかないな。もう…1年経ったんだ。そろそろ私も社交に出なければな。これは…出席しよう」
「…よろしいのですか?きっと、これは第二王子のルーカス殿下の婚約披露の夜会になるかと思いますが」
レイノルズは心配そうな顔をする。
「そうか!ついにルーカスも婚約者を決めたのか。それは目出度いな。是非ともお祝いをしなきゃな。もう22歳になるというのに、婚約者が決まらなかったんだ。やっとあいつも腹をくくったかな」
私は学園の学友だったこの国の第二王子の顔を思い浮かべた。
王族なのに、気安く、皆に平等に優しく明るい男だ。友人とよんでも差し障りのない間柄だ。第一王子である王太子殿下を尊敬し、支えていきたいと強い信念を持つ。
私はその友人を祝いたいと素直に思った。だから、その夜会に出席するのに、私は何の疑問も持たなかった。
そんな私の横顔をレイノルズがじっと見詰めている事には気づかずに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

【完結】君を愛する事はない?でしょうね

玲羅
恋愛
「君を愛する事はない」初夜の寝室でそう言った(書類上の)だんな様。えぇ、えぇ。分かっておりますわ。わたくしもあなた様のようなお方は願い下げです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完結】本当に私と結婚したいの?

横居花琉
恋愛
ウィリアム王子には公爵令嬢のセシリアという婚約者がいたが、彼はパメラという令嬢にご執心だった。 王命による婚約なのにセシリアとの結婚に乗り気でないことは明らかだった。 困ったセシリアは王妃に相談することにした。

さようなら、もと婚約者さん~失踪したあなたと残された私達。私達のことを思うなら死んでくれる?~

うめまつ
恋愛
結婚して三年。今頃、六年前に失踪したもと婚約者が現れた。 ※完結です。 ※住む世界の価値観が違った男女の話。 ※夢を追うって聞こえはいいけど後始末ちゃんとしてってほしいと思う。スカッとな盛り上がりはなく後読感はが良しと言えないですね。でもネクラな空気感を味わいたい時には向いてる作品。 ※お気に入り、栞ありがとうございます(*´∀`*)

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

初恋の人と結ばれたいんだと言った婚約者の末路

京佳
恋愛
婚約者は政略結婚がどういうものなのか理解して無かった。貴方のワガママが通るとでも? ゆるゆる設定

処理中です...