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これから⑺
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10分ほどで美鈴さんの家には着いた。美鈴さんの家は、住宅街の中の同じような家が並ぶ中の一つだった。強い日差しの為か、お盆休みのためか周りに人影は見当たらなく、蝉の鳴き声だけが響いている。
美鈴さんに促されて中に入ると、奥の扉から男の人が顔を出し、夫の樹生さんとその足元にはこちらを伺っている娘の小夏がいた。リビングに入るとずっと会いたくてたまらなかった先生の姿がみえる。ボクは泰輔さんの後ろにいるから、先生からは見えてないかもしれない。
「春人っ。ホンットに心配したんだからなっ」
「泰輔……遠いところ悪かったな……」
「悪いと思ってるなら、今度何か奢れよ。なっ、真野くん」
泰輔さんが振り返りボクの方を見ると、つられるように先生の視線もボクの方へと向けられ目が合う。言いたい言葉はいっぱいあったはずなのに、声が出てこない。
「真……野……ひ、久しぶり……」
10日程会っていなかったから、久しぶりというのも間違いではないけど、だけど、時間の感覚が今、ボクが感じているものと先生が感じているものでは全く違うのだろう。聞き慣れた先生の声の筈なのに、戸惑っているような、驚いているような、ちょっと距離を感じさせる雰囲気に、やっぱり今のボクのことは覚えていないんだなと痛感させられる。
見知らぬ男2人にびっくりしたのか、先生の側にいた柚夏が今にも泣きそうな顔でこちらをじっと見つめていた。
「あー何か見たことあるような……懐かしいような……」
お寺をバックにした集合写真を見て先生がつぶやく。去年、先生が引率していた修学旅行の写真だった。都築さんに先生の記憶喪失のことを話すと何か手がかりがあった方がいいんじゃないかと、佐藤さんから修学旅行の写真を借りてきてくれたのだ。もしかしたら、この夏休みで記憶が戻るかもしれなかったから、佐藤さんには余計な心配はさせたくなかったけど、今はこの写真を借りてこられて良かったと思った。
「真野との修学旅行も、京都だったよな」
「はい。京都と大阪にも行きました」
さっきから、先生との会話は高校のときの思い出話ばかりだ。去年、修学旅行から帰ってきた先生を、ボクの家に呼んで誕生日プレゼントに手料理をご馳走して、告白して付き合うようになったことなどは、今の先生の中にはないのだな……と考えると今、ボクの隣に先生はいるのだけど、なんだかすごく遠くにいるように感じてしまう。
「そういえば、この修学旅行から帰ってきてからだったよな。お前ら2人が付き合い始めたのって。俺がだいぶアシストしてやったんだぜ。そこら辺も全部覚えてないのかよ」
「えっ。なになに。聞きたい。春人と真野くんの馴れ初め」
興味津々の美鈴さんか話に割り込んでくる。ボクら4人で少しゆっくり話せるようにと、樹生さんが小夏と柚季を外に遊びに連れ出してくれていた。
「春人の誕生日に真野くんが、確かロールキャベツご馳走したんだよな」
「はい。泰輔さんに先生の好きなもの聞いて……あ、あとポテトサラダも作りました」
「へーぇー。で、で、どんな感じに、どっちから告白したの?」
「あ……えーっと……」
ここら辺の詳しい告白の経緯は、たぶん泰輔さんも知らない。先生やボクに聞き出そうとしていたけど、先生が全て突っぱねていたのだ。ボクも恥ずかしかったし、積極的に話すようなことはしなかった。先生はあまり知られたくないだろうなという思いと思い出してもらうためには、話した方がいいのかと言葉を探す。
「あー、もういいだろ。真野も困っているし」
「えーでも、春人も聞いたら思い出すかもしれないじゃん。ほらっ、自分のためだと思って」
「うるさいっ、お前らに教える必要はないだろっ。真野も言わなくていいからな」
そう言うと部屋を出て行ってしまう。こういう態度を取るときは先生の照れ隠しだということは頭ではわかってはいるけど、それを受け止められる余裕がなくなっていた。泰輔さんが心配そうにボクの顔を見て、肩に手を置く。心配させたくないから、必死に顔を繕おうとしたけど、うまくいっただろうか……。
美鈴さんに促されて中に入ると、奥の扉から男の人が顔を出し、夫の樹生さんとその足元にはこちらを伺っている娘の小夏がいた。リビングに入るとずっと会いたくてたまらなかった先生の姿がみえる。ボクは泰輔さんの後ろにいるから、先生からは見えてないかもしれない。
「春人っ。ホンットに心配したんだからなっ」
「泰輔……遠いところ悪かったな……」
「悪いと思ってるなら、今度何か奢れよ。なっ、真野くん」
泰輔さんが振り返りボクの方を見ると、つられるように先生の視線もボクの方へと向けられ目が合う。言いたい言葉はいっぱいあったはずなのに、声が出てこない。
「真……野……ひ、久しぶり……」
10日程会っていなかったから、久しぶりというのも間違いではないけど、だけど、時間の感覚が今、ボクが感じているものと先生が感じているものでは全く違うのだろう。聞き慣れた先生の声の筈なのに、戸惑っているような、驚いているような、ちょっと距離を感じさせる雰囲気に、やっぱり今のボクのことは覚えていないんだなと痛感させられる。
見知らぬ男2人にびっくりしたのか、先生の側にいた柚夏が今にも泣きそうな顔でこちらをじっと見つめていた。
「あー何か見たことあるような……懐かしいような……」
お寺をバックにした集合写真を見て先生がつぶやく。去年、先生が引率していた修学旅行の写真だった。都築さんに先生の記憶喪失のことを話すと何か手がかりがあった方がいいんじゃないかと、佐藤さんから修学旅行の写真を借りてきてくれたのだ。もしかしたら、この夏休みで記憶が戻るかもしれなかったから、佐藤さんには余計な心配はさせたくなかったけど、今はこの写真を借りてこられて良かったと思った。
「真野との修学旅行も、京都だったよな」
「はい。京都と大阪にも行きました」
さっきから、先生との会話は高校のときの思い出話ばかりだ。去年、修学旅行から帰ってきた先生を、ボクの家に呼んで誕生日プレゼントに手料理をご馳走して、告白して付き合うようになったことなどは、今の先生の中にはないのだな……と考えると今、ボクの隣に先生はいるのだけど、なんだかすごく遠くにいるように感じてしまう。
「そういえば、この修学旅行から帰ってきてからだったよな。お前ら2人が付き合い始めたのって。俺がだいぶアシストしてやったんだぜ。そこら辺も全部覚えてないのかよ」
「えっ。なになに。聞きたい。春人と真野くんの馴れ初め」
興味津々の美鈴さんか話に割り込んでくる。ボクら4人で少しゆっくり話せるようにと、樹生さんが小夏と柚季を外に遊びに連れ出してくれていた。
「春人の誕生日に真野くんが、確かロールキャベツご馳走したんだよな」
「はい。泰輔さんに先生の好きなもの聞いて……あ、あとポテトサラダも作りました」
「へーぇー。で、で、どんな感じに、どっちから告白したの?」
「あ……えーっと……」
ここら辺の詳しい告白の経緯は、たぶん泰輔さんも知らない。先生やボクに聞き出そうとしていたけど、先生が全て突っぱねていたのだ。ボクも恥ずかしかったし、積極的に話すようなことはしなかった。先生はあまり知られたくないだろうなという思いと思い出してもらうためには、話した方がいいのかと言葉を探す。
「あー、もういいだろ。真野も困っているし」
「えーでも、春人も聞いたら思い出すかもしれないじゃん。ほらっ、自分のためだと思って」
「うるさいっ、お前らに教える必要はないだろっ。真野も言わなくていいからな」
そう言うと部屋を出て行ってしまう。こういう態度を取るときは先生の照れ隠しだということは頭ではわかってはいるけど、それを受け止められる余裕がなくなっていた。泰輔さんが心配そうにボクの顔を見て、肩に手を置く。心配させたくないから、必死に顔を繕おうとしたけど、うまくいっただろうか……。
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