神さまのレシピ

yoyo

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落ち着かない気持ち⑶

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   初恋は中学生の頃だった。同じ部活の2つ上の先輩。話しかけられても満足に受け答えができなくて、後ろ姿を見てるだけで満足だった。高校生になっても大学生になっても、恋愛に奥手なのは変わらず、周りに合わせて彼女がほしいとは思っていたけど、行動に移すことはなく、好きな子ができてもただ眺めているだけで終わった。
   だけど好きだった先輩が卒業しても、彼氏が出来ても、その時はショックを受けるけど、眠れないとかご飯が喉を通らないとか、何もやる気が起きないとかということはなく、今考えると本当に好きだったのかすらあやしい。
   だから昼間の出来事が頭をぐるぐるして眠れないのも、湖城の顔が見たいと思う反面、この想いは不毛なのではないかと胸が苦しいのも、颯にとっては初めてのことだった。


   寝てしまうと排尿間隔も長くなり、今は余裕で一晩はもつが起きてるとなると話は別だ。身体を起こしてナースコールを押す。ベットに腰掛けて待っていると、眠れなくしている張本人が顔を見せた。

「この時間にトイレ、珍しいね。もしかして眠れない?」

「え……いや……湖城さん……なんで、この時間に……」

   日勤だった湖城が、夜勤の時間にいるはずがなく、驚きと疑問とそしてちょっぴりの嬉しさで上ずった声になってしまう。

「あー、夜勤だった看護師さんがインフルに罹っちゃったみたいで、急遽、夜勤入ることになったの」

   湖城は、話しながらも手早く車椅子を用意してトイレまで向かう。
   まさか、会えるとは思っていなくて、いつもより心臓がうるさい。薄暗い病室でよかった。頭の中では昼間抱きとめられたことが何度もリプレイされていて、まともに湖城の顔が見れなかったし、颯自身、どんな顔をしたらいいのかわからなかった。


   トイレから出て、病室に戻るのかと思いきや病室の前を思いっきり通り過ぎて、以前にも使った面談室に入っていく。

「なんか、眠れなさそうだからちょっと夜更かししちゃう?」面談室に入った湖城は悪戯っぽく笑って、颯の車椅子のブレーキをかけた。

「え、でも、早く戻らなきゃダメなんじゃないんですか?」

   確か夜勤の看護師は2人しかいないはずだ。

「今日の夜勤は朝也だから、30分くらいなら大丈夫かな。何かあればピッチに連絡あると思うし。それにそろそろ休憩に入る時間だったし」

「でも、それなら僕になんか構ってないで、ちゃんと休憩取ってくださいよ。日中も仕事だったんだから、疲れているんじゃないですか。それじゃなくても、昼休憩のときも僕のところに来てるし……」

   会えるのはうれしいけど、湖城の負担にはなりたくない。そう思った時、頭の上に手が乗っかりグリグリと撫でられる。

「俺が好きでやってるんだから、颯くんは何も気にしなくて大丈夫だよ。休憩時間に颯くんと喋るのは俺にとって仕事ではないから、ちゃんと休めているんだよ」

「……」

「なんか、まだ納得できないって顔してるね」苦笑しながらさらに覗き込まれ、湖城の顔が近くてとっさに顔を背けてしまう。

   それに、眠れないのはもう一つ気がかりなことがあったからだ。それを確かめるべく口を開く。

「今日だって、僕が調子にのって手を離して歩いて転んで……転倒に気をつけるようにあんなに言われていたのに……ごめんなさい。湖城さん……僕のせいで怒られちゃったんじゃないですか?」


   以前一人で歩行訓練してるのが湖城にバレて、転倒の危険があるからやめてくれと注意された時に、もし転倒させちゃったら俺が怒られちゃうよと溢していた。今回は特に怪我もなく済んでいるが、たぶんそういうことではないのだろう。夕方に面会に来ていた涼風に謝罪をする様子を目の当たりにして、僕の勝手な行動による転倒ではあるけど、担当患者が転倒したということがダメなことなんだろうと思って、申し訳なさでいっぱいになった。なかなか寝付けなかったのは、湖城に対する恋心と迷惑をかけた自分の不甲斐なさによって頭の中がぐちゃぐちゃになったからだ。


「そんなこと、颯くんが気にすることじゃないよ。俺がもっとちゃんと支えてあげられてたら、転倒することはなかったんだし。俺の方こそしっかり支えてあげられなくて、ごめんね」

「そんなことないです。湖城さんは何も悪くないです。僕が無茶したから……」下がる視線を押しとどめるように、両手で頬を挟まれて顔を持ち上げられる。

「まーた、ネガテイブモードになってるでしょ。あの時、転倒する危険があるとわかっていたのに、止めなかったのは俺の責任だし、今は手すりがあるとかなり、歩行が安定していたから、俺が大丈夫だと思って油断したんだ。だから、怒られたのは俺の問題」

   湖城の言葉一つ一つに胸が締め付けられる。今、口を開くと目からもこぼれ落ちてきそうで、必死に耐える。

「わかった~ちゃんと聞いてた~」と今度はグリグリと挟んでいる手で頬をこねくり回された。

「……ん」

「それに、ちゃんと支えられなかった俺だって……」

「えっ……」


   湖城のボソッと呟いた消え入りそうな声を逃さないために視線を上げると、まっすぐに見つめる湖城の目があり、吸い込まれるように体が動かない。シーンとした室内に自分の心臓の音がうるさく鳴り響く。このまま、ずっと動けないまま時が止まってしまうんじゃないかと思ったときに、ピリリリリと電子音がなり、頬にあった手と視線がなくなると一気に硬直が解けた。

「ごめん。朝也がいい加減にしろだって。もう、戻らないと」

   ピッチをポケットにしまいながら、湖城は苦笑を浮かべる。時計を見るとあれから優に30分は過ぎていた。これからベットに入っても眠れる気がしなかったけど「僕も少し眠くなってきました」と声をかけた。
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