クリスマスケーキを、いつか君と

たまむし

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クリスマスケーキを、いつか君と

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 栖原 晴斗ならはら はるとには、特別に仲の良い幼なじみがいる。
 同い年で、同じ男で、家は隣同士。幼稚園も小学校もずっと同じで、毎日一緒に登下校を繰り返し、中学生になった今も習慣は変わっていない。
 幼なじみの名前は波多 双葉はた ふたばという。人付き合いの悪い晴斗と違って、ちょっとアホなんじゃないかと思うくらい明るい双葉は、常に男女取り混ぜたグループの中心にいる。けれど、そんな双葉と登下校の時間をともにするのは晴斗だけだ。
 学校から校区の端っこにある家まで、ゆっくり歩いて30分。晴斗にとってはとても大事な半時間だった。

 中学三年の冬休み前のある日。
 進路相談が長引いた晴斗は、急いで職員室を出て双葉の待つ教室まで走った。先に帰っていたらどうしようという不安に駆られつつ、息を切らせて教室へと飛び込むと、一番後ろの席に小柄な男子が一人残っていることにホッとした。普段あまり本など読まない幼なじみは、珍しくかぶりつきで何かを読んでいる。

「何読んでんの?」

 そっと近づいて声を掛けると、双葉は

「うわっ! ビビらせんなや!」

 と晴斗を小突いてから、手に持っていた薄い冊子を両手に持って、見せびらかすようにした。

「……クリスマスケーキのパンフレット?」
「せやねん。見てぇやコレ! めっちゃすごない? コレ全部食べられるケーキやねんて! どれもこれもピッカピカで宝物みたいや!」

 双葉は興奮気味にまくし立てる。童顔の丸い頬がピンク色に上気していた。
 パンフレットは有名な高級デパートのクリスマスケーキカタログで、まるでおとぎ話のお城のように美しく飾り付けられたケーキの写真が並んでいる。

「どないしたん? これ」

 晴斗が首を傾げると、

「女子が見てるの横から一緒に見てたら、くれてん! おかげでお前待ってる間も全然退屈せぇへんかったぁ~。どれが一番食べてみたいか選手権を頭の中で開催しててんけど、勝負つかへんかったわ。だってどれも味が想像できへんもん」

 と、双葉はパンフレットをパラパラめくって笑った。笑うと目尻が上がって機嫌の良い猫のようになる。大きく左右に開いた口元から尖った犬歯が覗くのが可愛いらしい。
 晴斗は、ツンと澄ました上等そうなケーキよりも、双葉の頬の方が甘くて柔らかそうだと思った。滑らかな生クリームよりも、少しカサついていそうな双葉の頬に唇で触れてみたい。口には出せない衝動を押し隠しつつ、晴斗は双葉の横にかがみ込み、一緒にページを覗き込んだ。

「すごいな。普通の生クリームのサンタ人形乗ったヤツなんか一つもないやん」
「ホンマや、サンタおらへん! え、ちょっと寂しいな……大人向けなんかな?」
「そうちゃう? サイズも小っさいやん。直径12cmやで」
「12センチ!? ちっっっさ! そんなん一口やん!」

 ショックを受けている様子の双葉に、晴斗は苦笑して首を振った。

「円周ちゃうで、直径やで」

 こんくらい、と広げた片手を机の上で動かして円を示すと、双葉がその上に同じくらいに広げた自分の手を重ねて、

「ほーん。こんくらいか~。ほなまあまあ……二人分くらい?」

 と納得したように頷いている。晴斗は重なった手の温もりにドキッとして、慌てて手を引っ込めた。

「クリスマスデートするカップル用なんちゃう? 知らんけど」
「あ~、なるほどな~! 二人で分け合ってイチャイチャ食べるんか~! デパートのケーキ屋は流石オシャレなこと考えよるなあ! ええなあ~オレもカノジョとケーキつつきたいなあ~」

 双葉は両手でパンフレットを叩き、「いいな、いいな」と繰り返している。

「つくったらエエやん、カノジョ」

 晴斗が平静を装ってうそぶくと、双葉はカバンを持って椅子から立ち上がり、

「うーん、オレは『カノジョとケーキをつついてイチャつく』っちゅうシチュエーションに憧れるだけで、別にカノジョはいらんのよ」

 と出入り口に向かって歩き出す。晴斗はその言葉になんだかひどくホッとして、小柄な背中を追いかけた。


 校舎の外に出るともう日は暮れかけていて、東の空には満月間近の月が浮いている。

「うわ~、さぶぅ~」

 双葉は学ランのポケットに両手を突っ込み、首をすくめてネックウォーマーに鼻先を埋めた。

「オレもなまったもんやな。小学校の時は一年中半袖半パンでも平気やったのになあ」

 双葉がしみじみと呟くのがおかしくて、晴斗は笑いながら歩き出す。

「平気ではなかったやん。あんときもサブいサブいて言ってたで」
「なんで大人になったら寒くなるんかなあ?」
「さあ? 身長伸びて表面積が増えるからちゃう? 熱が逃げやすいやん」
「ひょうめんせき……って何?」
「そのまんま。表面の面積。ふーちゃん、ちょっとはマジメに勉強しぃや」
「うわ~コイツ、オカンみたいなこと言いよるわ! あーあ、ええなあ。晴斗は頭エエもんな。今日も進路相談してたんやろ? どこの高校行くん? 私立?」

 並んで歩く双葉は、上目遣いでうかがうように晴斗を見上げた。

「一応第一志望は三国。受かれば、やけど」

 晴斗が地元のトップ公立校の名をポツリと答えると、双葉の顔はあからさまに明るくなる。

「そっか! 三国やったら全然近いやん! オレは三国は無理やけど、近くにアホ向けの学校あるか先生に聞いてみる! そしたら、また一緒に通えるやんな!」

 双葉は両手で晴斗の腕を握って上下に振る。晴斗はされるがままになりながら、胸の奥から湧き上がるくすぐったさと、もどかしさに耐えていた。

 晴斗は双葉のことが好きだった。いつから好きなのかは、もう覚えていない。
 自分の『好き』と双葉の『好き』がちょっと違うと晴斗が気付いたのは、割と最近のことだ。

 双葉の『好き』はいっぱいある。
 晴斗以外の友達のことも『好き』だし、家族のことも、飼い猫のことも、テレビの向こうのアイドルのことも、全部一律に『好き』だ。

 晴斗の『双葉が好き』はちょっとそれとは違っている。
 双葉と毎日なるべく長い時間一緒にいたいし、離れている間も双葉のことを考えてしまうし、双葉について自分が知らないことがあるのが嫌だ。双葉の全部に関わりたいのに、傷つけたり怒らせるのが怖くて、双葉の前では言葉が減ってしまう。言葉が上手く出てこない代わりのように、双葉に近づいて触れたくなる。

「……あんなあ、ふーちゃん。あのカタログに載ってたようなケーキ、大人になったらいつか二人で食べような」

 臆病者の晴斗は、回りくどいやり方で、双葉が特別なのだと伝える。
 意図を理解していなさそうな双葉は、

「うん! 絶対やで」

 と無邪気に笑って晴斗の肩に腕を回してくる。
 自分より少し低い位置にある双葉の横顔を目を細めて見つめつつ、このどうしようもない気持ちを、多分恋というのだろう、と晴斗は思った。

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