翼の統べる国

たまむし

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21.愛人契約

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 暗い雰囲気で俯く二人の元に、今度はムディクがやってくる。

「ハディ! お待たせして申し訳ない! ウムトは今、来客で身体が空かないので、私がお相手しても構わないかな?」

 向かいに座ったムディクは、二人の返事を聞く前に侍童を呼んで茶のおかわりを持ってくるよう言いつける。

「オレは茶はもう良いよ。用は済んだから帰らせてもらう」

 レムリが立ち上がろうとすると、

「いや! いてくださいよ! 楽士殿の雇い主はあなたでしょ」

 ムディクは慌ててそれを押しとどめた。

「正式に雇ってるわけじゃない。ウムトが拾ってきたのを預かってるだけだし、アイツがラウズィムまで連れて行きたいって言うんなら、好きにすれば良い」

「薄情だなあ。楽士殿は構わないんですか? 降誕祭に出席すれば一月近くこちらには戻れませんし、おそらく戻ってきたらすぐに暗黒海へ船出ことになりますよ。なかなかの強行軍になりますが……」

 気遣うように問われたオティアンは、ニコリと笑って

「私は構いません。見た目より頑丈ですから、お気遣いなく。そちらこそ私のような得体の知れない者を都に連れていって、何か問題になったりはしませんか?」

 と首を傾げる。ムディクは侍童が持ってきた茶と菓子を三人に配り、

「同行者が一人増えるくらいはなんともありません。ただまあ、その……好奇の目で見られるのは覚悟しておいて頂いたほうが良いですが……」

 と言葉を濁す。オティアンとレムリは顔を無言で見合わせた。

「好奇の目? 顔の傷や髪の色ですか?」

「いえ、それもあるかもしれませんが、ウムトが翼下の君カナトゥラーシュを側に置くのは初めてなので……噂はされると思います」

翼下の君カナトゥラーシュ?」

 オティアンが首を傾げると、ムディクは神妙な顔で

「愛人のことです」

 と答えた。

「あいじん」

 思いがけない言葉を、オティアンはなんとも言えない顔で繰り返す。レムリは思わず吹き出しそうになって口元を押さえた。

「あれ? 違います? 呆けた顔で朝帰りしたウムトが、急に楽士殿を皇都に連れて行きたい、道中ずっと身近にいられるよう手配してくれと言って聞かないから、てっきりそういうことになったんだと思ったんですけど……。違うんですか?」

「いえ、単に皇都に一緒に来て欲しいと誘われて、私も都を見てみたいので了承しただけです」

 オティアンが苦笑しつつ答えると、ムディクは困ったように眉を下げた。

「おぉ……そうだったんですか。すみません、私の早とちりだったようだ」

「良いじゃねえか、オティアン。似合うぜ、愛人!」

「うるさい」

 腹を抱えてヒーヒー笑うレムリに、オティアンは肘鉄を食らわせる。

 ムディクは二人を見ながらしばらく考え込み、

「楽士殿がもしもご不快でなければ、なんですけど……皇都への旅の間だけ、ウムトの愛人役を務めていただけませんか?」

 と真剣な顔で提案した。レムリはますます爆笑する。

「レムリ、静かにしてくれ。どうしてそうおっしゃるんですか?」

 オティアンが問いかけると、ムディクは深刻げに身を乗り出し、

「ウムトが無駄にご婦人に人気があるからです」

 と答えた。

「大変なんですよ! 毎度毎度、宮殿に入った途端、侍女やら姫やらご令嬢方にまとわりつかれて! ウムトは気が優しいから突き放せなせないし、いちいち追い払うのが本当に大変で……!! 立場上、ウムトは正式な妻を持てませんから、群がってくるのは火遊びの相手を探してる非常識な女性か、利権目当ての父やら兄にそそのかされた女性ばかりです。そんなのに閨に忍び込まれでもしたら、面倒なことになる。私は殿下と同衾するわけにもいきませんから、宮殿ではヒヤヒヤしっぱなしなんです。ウムトは色仕掛けに引っかかるような性格ではありませんが、姫君が裸で忍んできたらおしまいですからね……」

 ムディクは早口にまくし立て、オティアンを歓迎するように両手を広げた。

「しかし、今年は決まった愛人を連れて来てる、しかもそれがあなたのような麗しい男性だとなれば、よっぽど度胸のある者しかかかって来なくなるはず!」

 そう言って興奮したように立ち上がり、

「ラウズィム広しといえど、楽士殿に張り合えるような者は見つからないでしょう。お顔の傷は問題にはならない。あなたが愛人役を引き受けてくだされば、角を立てずに女性達を追い払えます! 楽士殿には心労をおかけするかもしれませんが、ぜひ愛人ということにさせて頂きたい!」

 と、勢いよく頭を下げた。

「良かったな! 囲われて楽したいって言ってただろ。お望み通りじゃねえか」

 レムリは笑いをかみ殺しながらオティアンの脇腹をつつく。オティアンは複雑な顔をしてレムリを睨んだ。

「それはここへ来たばかりの時だろ? もう言葉は覚えたし金も稼げるようになったから、囲い者になる気はないよ。それに、同性の愛人は認められるのか? 結婚は男女間でしかできないと聞いたけど」

「おっしゃるとおり、アマジヤで法的に認められるのは男女の婚姻だけです。しかし、同性同士の関係が白眼視されることはありませんよ」

 ムディクがすかさずフォローする。

「そもそも、小皇子アミラートゥト翼下の君カナトゥラーシュは、普通の側女や妾とは意味合いが違います。アミラートゥトは子をなしてはいけない立場ですから、同性の愛人はむしろ歓迎されます。翼下の君カナトゥラーシュは儀礼や祭祀などの公の場には出られませんが、私的な席では殿下の隣に座ることになりますし、まったく軽蔑される立場ではありません。国からのお手当も出ますよ!」

「はあ……なるほど……。詳しいご説明をどうもありがとうございます」

「いえいえ、とんでもない! お引き受けいただけて、助かります! 私もウムトも本当に困っていたので!」

 ムディクはオティアンの曖昧な返事を肯定と受け取って、喜色満面で何度も頭を下げた。

「良かったな、オティアン! ウムトの奥方様として旅を楽しんで来いよ!」

 レムリは笑いすぎて目に涙を浮かべつつ、オティアンの背を叩く。

「いや、まだその話を受けると決めたわけでは……」

 オティアンがモゴモゴと口ごもっていると、息せき切った様子のウムトが姿を見せた。

「遅くなってごめん! ……何? みんなで楽しそうに何の話をしてたの?」

 笑い転げるレムリと、小躍りせんばかりのムディク、微妙に顔を引きつらせているオティアンを見比べ、ウムトはきょとんと首を傾げる。

「楽士殿にあなたの愛人になって頂こうという話をしていたんです。ありがたいことに、楽士殿は快諾してくださいましたよ!」

 ムディク弾んだ声で報告されて、ウムトは目を丸くしてオティアンへ顔を向ける。オティアンは

「いや、快諾はしてない。事情は分かったから、都へ連れて行ってもらう代わりに、愛人役を引き受けるのはやぶさかではないけども……君はそれでいいのか?」

 と歯切れ悪く言った。ウムトはぱっとムディクの方を振り向き、

「ムディク! オレに断りなく何の話をしてるんだ!?」

 と声を荒げたが、ムディクは飄々と肩をすくめて言い返す。

「でもお供の一人として連れて行く気ではなかったでしょ? 怪しい男を手元に置いて厚遇してるって噂になるよりは、麗しい男の愛人を作ったって言っておいた方が変な目で見られずに済みますよ。女除けにもなりますし」

「なんて言い草だ! オティアン、断ってくれ。普通に招待客の一人として同行すれば良いんだ。それに、オレと一緒に宮殿に入れば危ない目に遭うかもしれない」

「危ない目? なぜ?」

「暗殺の可能性がある」

 ウムトが一言で答えたのを、ムディクが補足した。

「皇都にいるフズル皇太子殿下からしたら、ウムトは鼻先のニキビみたいな存在なんです。あっても命取りにはならないが、触られれば痛いしうっとうしい。できれば取り除いてしまいたい。皇太子妃殿下も、別の理由でウムトを排除したがっています。万が一、現皇帝陛下の存命中にフズル殿下が命を落とすようなことがあれば、陛下の一存でウムトが皇太子に指名される可能性も完全にゼロではないので。他にも、ファナの血が皇室に入り込んでいるのをよく思っていない一派もいますし、フズル殿下ご自身がファナ排斥派ですからね。姫君方が送り込まれてくるのも、色事と暗殺、どちらが真の目的か分からない部分はあります」

「だから、宮殿には入らない方が良い。宿も別に用意させるし案内役も付けるから、オレとは別行動で、自由に都の観光を楽しんでくれればいいよ」

 ウムトがそう言うと、レムリが横から口を挟む。

「だったら最初から、お前とは無関係の一般人として物見遊山に出かける方が良いだろ。旅人を狙う強盗程度にやられる程、オティアンはマヌケじゃないしな」

 ムディクもそれに同意した。

「レムリの言うとおりです。楽士殿がアナタと関係が深い人物だと周囲に知られれば、目の届かないところでトラブルに巻き込まれる可能性もある。それなら、翼下の君カナトゥラーシュとして側に置いた方が安心ですよ」

 二人から同時に突っ込まれて、ウムトは言葉に詰まって口をへの字に引き結んだ。オティアンは立ったままだったウムトの手を引いて隣に腰掛けさせ、

「どうせ都へ行くなら宮殿の中にも入ってみたい。君が嫌じゃなければ、愛人役を引き受けるよ」

 と微笑む。ウムトは

「本当にそんなつもりじゃなかったんだけど……」

 と頭を抱えたが、

「でも一緒にいてほしいんだろ?」

 と顔をのぞき込まれ、降参するようにうなだれた。

「うん……」

「では、そういうことで! 旅路で必要になる物はすべてこちらで用意しますから、手回り品だけまとめておいてください。皇都へ出発するのは五日後の昼過ぎです。出発日にはレムリの宿までお迎えに参りますよ」

 ムディクはテキパキと話をまとめにかかる。

「期間限定の愛人として、どうぞよろしくお願いいたしますね、殿下」

 オティアンがわざとらしくしおらしい様子で頭を下げると、ウムトはなんとも言えない顔をした。
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感想 4

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みんなの感想(4件)

Ayaori
2024.11.24 Ayaori

続編ありがとうございます!!!
これから読み進めます。
オティアン頑張って生きて(泣)

たまむし
2024.11.25 たまむし

Ayaoriさん、続編に気づいてくださってありがとうございます!
オティアン異境で頑張ってますw 最後は幸せになる…はずです!

解除
だふ
2024.11.24 だふ

前作からのファンで、オティアンの話が読めると知り、Kindleで前後半番外編をもう一度読み返してからこちらを一気読みしました!まだまだ途中かと思いますが、すでに夢中で早く先が読みたくて仕方ありません!幸せになってオティアン…。ますます楽しみです。更新を楽しみにして待ちます!

たまむし
2024.11.24 たまむし

だふさん、感想ありがとうございます!前作も読み返して頂けて嬉しいです〜!
連載を楽しんで頂けているようで、安心しました〜。オティアンが幸せになるように頑張って最後まで書きたいと思います!

解除
ネネ
2024.10.13 ネネ
ネタバレ含む
たまむし
2024.10.14 たまむし

ネネさん、感想ありがとうございます!読んでいただけて嬉しいです!オティアン幸せにしてあげたいので頑張ります😊
結構長い話になる予定で、途中でカレルとアキオも出てきます✨

解除

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