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18.ハリファ
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「皇都に行く!? なんでそんなことになったんだ!?」
ウムトが帰った後、朝食の席でオティアンから話を聞かされたレムリは、その場で飛び上がるほど驚いた。
「ウムトに誘われたから。ああ、あと閨で使う油薬はどこで買える? 近々入り用になりそうなんだけど」
「は!? オレは機嫌を取れとは言ったが、そこまでしろとは言ってない!」
「ご機嫌取りに寝てみたら悪くなかったから、次があっても良いかなと思って」
「やめろ、聞きたくねえ! お前はろくでもない尻軽だな!」
「誰とでも寝るわけじゃないし、身体と引き換えに都に連れて行ってくれって頼んだわけでもない。向こうがついてきてくれって頼んできたんだ。ファタリタに戻る前に皇都を見てみたかったから、ちょうど良かった」
しゃあしゃあと言ってのけるオティアンを見て、レムリは苦虫を噛みつぶしたような顔で肉とチーズを挟んだパンを噛みちぎり、
「都自体は見ておいて損はない場所だが、ラウズィムの宮殿にはフィクーフがいる。アイツに見つかったら終わりだ。ウムトと行くなら当然宮殿の内部にも入るだろうが、絶対にフィクーフには会うなよ。もし近づくようなことがあっても、目を見たらいけない。てか、宮殿では顔を隠してずっと俯いとけ」
と不機嫌そうに言った。
「君は本当にフィクーフが苦手なんだな」
「お前も会えば嫌いになるぜ」
「なるほど。それで、油薬は?」
オティアンはスープにパンを浸しながら涼しい顔で問うた。初めて食べたときは苦手な味だと思ったが、慣れてしまえば旨く思える。
「後で部屋に届けとく」
レムリは嫌そうに言って、空になった皿を持って立ち上がる。そこに、ハリファが茶器の載った盆を持って寄ってきた。
「ハディ、レムリ。ちょっといい?」
「良いけど。長くなる話か?」
「うん。相談したいことがあって……」
そう言ってチラリと周囲に目を向ける。
「オレはいない方が良い?」
「ううん。オティアンはいてくれても構わない。でも……」
広間はいつもと変わりない様子で、女達がかしましくしゃべりながら朝食を取っている。レムリはハリファの様子から、なにか言い出しにくい相談があるのだと気づき、
「せっかく天気が良いから、茶は外でいただこう」
と裏庭へ誘った。
外は良く晴れていて、既にかなり気温が上がっていた。レムリは踏み台代わりの粗末な椅子を二つ日陰に置いて、ハリファに座るよう促す。オティアンは茶の入った小さなカップを持って、近くの木の幹にもたれて立った。
「ありがと、レムリ。あんまりみんなには聞かれたくなかったから助かった」
「どういたしまして。それで、どうした?」
「うん……急なんだけど、私、近々ここを辞めようと思って……」
「え!?」
レムリとオティアンはそろって目を丸くする。
「えらく急だな!? 何かあったのか?」
ハリファは両手でカップを持ち、熱い茶で唇を湿らせてから、言いにくそうに
「昨日の旦那様……アクラム様が、身請けしてくださるっておっしゃって……」
と切り出した。
「あの好色オヤジが?」
オティアンが思わず口に出すと、ハリファは困ったように笑う。
「閨の中ではすごく普通だったわ。ファナの娘がお好きなんですって。奥様はアマジヤの方だけど、お屋敷ではファナの血の混じった子も沢山雇っていらっしゃるらしくて」
「ここをやめて、アマジヤ貴族の下働き兼妾になる気か? あまり楽しい境遇とは思えないけどな」
レムリは眉をひそめて言った。
「違うわ。アクラム様はお仕事でファナとヴィリスをしょっちゅう行き来してて、そのついでに、アマジヤに取り残されたファナ人たちをこっそり向こうに戻してやってるらしいの。私が母の故郷を視てみたいと行ったら、手助けすると言ってくださって。ファナ行きの船は監視が厳しくてたまにしか出せないから、ここを辞めてアクラム様のお屋敷で働きながらチャンスを待ったらどうかって」
「怪しい話だ」
オティアンが言うと、レムリも苦い顔で頷く。
「ええ。私も無条件に信じてるわけじゃない。でも、私はファナに行ってみたいの。母が生まれた土地をどうしても見てみたい」
「しかしアクラムの怪しい話に乗るくらいなら、ウムトかムディクに頼んでみたら良いんじゃないか?」
レムリが言うと、ハリファは首を横に振った。
「そんなの頼んだわよ、とっくに。でも難しいって言われた。ウムトはファナ人が自由に住む場所を選べるように法を変えるよう動いてるから、それまで待ってくれって言ってた。でも、そんなのいつになるか分からないじゃない。母さんは私を産んで死んだ。私だっていつ死ぬか分からない。私は今のチャンスを逃したくない」
ハリファの声は静かだが、真っ直ぐに前を見る瞳には強い決意があった。
レムリはしばらく考え込んでいたが、仕方がないというように溜息をついて頷く。
「もう決めてるんならオレが止めることはできないな。ハリファの人生だ。後悔しないように生きればいい。でも、いつでも戻ってきてくれて良いからな。逃げ場がここにあるってことは忘れないでくれ」
「ダルミーヤ! レムリ。あなたならそう言ってくれると思ってた」
ハリファは破顔してレムリに頬を寄せた。レムリは顔をしかめてのけぞり、ぞんざいに片手を振る。
「それで、アクラムは次いつ来るんだ? 身請けの段取りを打ち合わせなきゃ。売れっ子のお前を渡すんだ。それなりに払ってもらうぞ」
「今日お帰りになるから、昼までにウムトの邸に来て欲しいって。あそこの迎賓館に泊まってるらしいわ」
「チッ! お貴族様だな。うちの娘を欲しがるなら、そっちが来いってんだ」
「……ダメ?」
「良いよ、行くよ」
レムリは舌打ちして茶を飲み干し、器を盆に戻した。
「全く、今日は厄日だ! 従業員が二人も抜けることになるなんて」
「あら? 私以外にも誰か店を辞めるの?」
首を傾げるハリファに、レムリは渋い顔でオティアンを指さした。
「アイツ。ウムトと一緒にラウズィムへ物見遊山に行くんだと」
「ああ、皇誕祭ね」
「店を辞めるなら、ハリファも一緒にどう?」
オティアンは気軽に誘いかけたが、ハリファは肩をすくめて首を振る。
「結構よ。私、ここに来る前はラウズィムの娼館にいたから、祭は何度も見たことがあるんだ。すごく華やかだけど、人が集まるから盗人も多いわよ。怪しい商売も沢山あるし。気をつけてね」
「わかった。気をつけるよ」
神妙に頭を下げると、ハリファは笑って
「じゃあレムリ、後はよろしくお願い。上手く儲けられるように祈ってるわ」
と立ち上がり、軽い足取りで館の中へと戻っていった。
ウムトが帰った後、朝食の席でオティアンから話を聞かされたレムリは、その場で飛び上がるほど驚いた。
「ウムトに誘われたから。ああ、あと閨で使う油薬はどこで買える? 近々入り用になりそうなんだけど」
「は!? オレは機嫌を取れとは言ったが、そこまでしろとは言ってない!」
「ご機嫌取りに寝てみたら悪くなかったから、次があっても良いかなと思って」
「やめろ、聞きたくねえ! お前はろくでもない尻軽だな!」
「誰とでも寝るわけじゃないし、身体と引き換えに都に連れて行ってくれって頼んだわけでもない。向こうがついてきてくれって頼んできたんだ。ファタリタに戻る前に皇都を見てみたかったから、ちょうど良かった」
しゃあしゃあと言ってのけるオティアンを見て、レムリは苦虫を噛みつぶしたような顔で肉とチーズを挟んだパンを噛みちぎり、
「都自体は見ておいて損はない場所だが、ラウズィムの宮殿にはフィクーフがいる。アイツに見つかったら終わりだ。ウムトと行くなら当然宮殿の内部にも入るだろうが、絶対にフィクーフには会うなよ。もし近づくようなことがあっても、目を見たらいけない。てか、宮殿では顔を隠してずっと俯いとけ」
と不機嫌そうに言った。
「君は本当にフィクーフが苦手なんだな」
「お前も会えば嫌いになるぜ」
「なるほど。それで、油薬は?」
オティアンはスープにパンを浸しながら涼しい顔で問うた。初めて食べたときは苦手な味だと思ったが、慣れてしまえば旨く思える。
「後で部屋に届けとく」
レムリは嫌そうに言って、空になった皿を持って立ち上がる。そこに、ハリファが茶器の載った盆を持って寄ってきた。
「ハディ、レムリ。ちょっといい?」
「良いけど。長くなる話か?」
「うん。相談したいことがあって……」
そう言ってチラリと周囲に目を向ける。
「オレはいない方が良い?」
「ううん。オティアンはいてくれても構わない。でも……」
広間はいつもと変わりない様子で、女達がかしましくしゃべりながら朝食を取っている。レムリはハリファの様子から、なにか言い出しにくい相談があるのだと気づき、
「せっかく天気が良いから、茶は外でいただこう」
と裏庭へ誘った。
外は良く晴れていて、既にかなり気温が上がっていた。レムリは踏み台代わりの粗末な椅子を二つ日陰に置いて、ハリファに座るよう促す。オティアンは茶の入った小さなカップを持って、近くの木の幹にもたれて立った。
「ありがと、レムリ。あんまりみんなには聞かれたくなかったから助かった」
「どういたしまして。それで、どうした?」
「うん……急なんだけど、私、近々ここを辞めようと思って……」
「え!?」
レムリとオティアンはそろって目を丸くする。
「えらく急だな!? 何かあったのか?」
ハリファは両手でカップを持ち、熱い茶で唇を湿らせてから、言いにくそうに
「昨日の旦那様……アクラム様が、身請けしてくださるっておっしゃって……」
と切り出した。
「あの好色オヤジが?」
オティアンが思わず口に出すと、ハリファは困ったように笑う。
「閨の中ではすごく普通だったわ。ファナの娘がお好きなんですって。奥様はアマジヤの方だけど、お屋敷ではファナの血の混じった子も沢山雇っていらっしゃるらしくて」
「ここをやめて、アマジヤ貴族の下働き兼妾になる気か? あまり楽しい境遇とは思えないけどな」
レムリは眉をひそめて言った。
「違うわ。アクラム様はお仕事でファナとヴィリスをしょっちゅう行き来してて、そのついでに、アマジヤに取り残されたファナ人たちをこっそり向こうに戻してやってるらしいの。私が母の故郷を視てみたいと行ったら、手助けすると言ってくださって。ファナ行きの船は監視が厳しくてたまにしか出せないから、ここを辞めてアクラム様のお屋敷で働きながらチャンスを待ったらどうかって」
「怪しい話だ」
オティアンが言うと、レムリも苦い顔で頷く。
「ええ。私も無条件に信じてるわけじゃない。でも、私はファナに行ってみたいの。母が生まれた土地をどうしても見てみたい」
「しかしアクラムの怪しい話に乗るくらいなら、ウムトかムディクに頼んでみたら良いんじゃないか?」
レムリが言うと、ハリファは首を横に振った。
「そんなの頼んだわよ、とっくに。でも難しいって言われた。ウムトはファナ人が自由に住む場所を選べるように法を変えるよう動いてるから、それまで待ってくれって言ってた。でも、そんなのいつになるか分からないじゃない。母さんは私を産んで死んだ。私だっていつ死ぬか分からない。私は今のチャンスを逃したくない」
ハリファの声は静かだが、真っ直ぐに前を見る瞳には強い決意があった。
レムリはしばらく考え込んでいたが、仕方がないというように溜息をついて頷く。
「もう決めてるんならオレが止めることはできないな。ハリファの人生だ。後悔しないように生きればいい。でも、いつでも戻ってきてくれて良いからな。逃げ場がここにあるってことは忘れないでくれ」
「ダルミーヤ! レムリ。あなたならそう言ってくれると思ってた」
ハリファは破顔してレムリに頬を寄せた。レムリは顔をしかめてのけぞり、ぞんざいに片手を振る。
「それで、アクラムは次いつ来るんだ? 身請けの段取りを打ち合わせなきゃ。売れっ子のお前を渡すんだ。それなりに払ってもらうぞ」
「今日お帰りになるから、昼までにウムトの邸に来て欲しいって。あそこの迎賓館に泊まってるらしいわ」
「チッ! お貴族様だな。うちの娘を欲しがるなら、そっちが来いってんだ」
「……ダメ?」
「良いよ、行くよ」
レムリは舌打ちして茶を飲み干し、器を盆に戻した。
「全く、今日は厄日だ! 従業員が二人も抜けることになるなんて」
「あら? 私以外にも誰か店を辞めるの?」
首を傾げるハリファに、レムリは渋い顔でオティアンを指さした。
「アイツ。ウムトと一緒にラウズィムへ物見遊山に行くんだと」
「ああ、皇誕祭ね」
「店を辞めるなら、ハリファも一緒にどう?」
オティアンは気軽に誘いかけたが、ハリファは肩をすくめて首を振る。
「結構よ。私、ここに来る前はラウズィムの娼館にいたから、祭は何度も見たことがあるんだ。すごく華やかだけど、人が集まるから盗人も多いわよ。怪しい商売も沢山あるし。気をつけてね」
「わかった。気をつけるよ」
神妙に頭を下げると、ハリファは笑って
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