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16.打ち明け話-3
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どうすればもっと詳しい話しを聞けるかとオティアンは思案したが、ウムトは顔かかった髪をかき上げて
「ごめん、あなたに聞かせるようなことじゃなかったね」
と、白い歯を見せて無理に笑った。
「どうして? 部外者のオレだから聞かせられる話なんだろう? 一人で抱えていたら苦しいに決まってる。いくらでも話せばいいよ。朝まででも聞いてやる」
「……あなたは優しいね、オティアン」
本気で感激している様子のウムトに、オティアンはわずかに良心の呵責を感じる。親切心から愚痴を聞いてやっているわけではない。アマジヤの情報を得たいだけなのだ。
しかし、ウムトは誘いには乗らずに逆に質問をしてくる。
「オレの話はもういいや。あなたのことを聞かせてよ。家族は? 親しかった人は?」
オティアンは深追いするのを諦めて、素直に問いに答えることにした。
「父はオレが五歳の時に、母は十三の時に空に帰った。兄弟はいない。十六の時に結婚して……」
「えっ、結婚!?」
ウムトは素っ頓狂な声を上げる。オティアンは思わず吹き出した。
「うん。結婚してたよ。子どもは持てなかったけど」
「そう……そうか……結婚してたんだ……十六の時に……」
落ち着かない様子で目をあちこちにやりながらブツブツと繰り返し、
「あなたがいなくなって、妻君はさぞ心配してるだろうね」
と、落胆と後悔と心配の入り交じった複雑な顔で言う。
「生きていればそうだったろうね。でももう彼はこの世にはいない」
オティアンは遠い目をして答えた。
「彼? この世にいない?」
「そう。いない。失踪したんだ。オレはいなくなった伴侶を探して、国中を旅した。旅には金がかかるから、路銀を稼ぐために行商を始めた。それからいろいろあって……、気がついたら同族の代表ヅラして内乱の片棒を担ぐことになってた。それで結果的に死にかけて、故郷で居場所を失った。ほとんど逃げるみたいに海に出て、今はこうして君の前にいるというわけだ」
「待ってくれよ! あなたの故郷では男女でなくても結婚できるのか? それに内乱って……さっき争いはないと言ったじゃないか!」
「オレの故郷じゃ、親以外となら誰とでも結婚できる。内乱は隣の地域の話だよ。余計なことに首を突っ込むものじゃないね、オレには向いてなかった」
ウムトはしばらく絶句してオティアンを見つめ、
「あなたも相当複雑な事情があるんだな」
とあきれたように呟いた。
「君ほどじゃない」
「あなたの妻君……妻君じゃないか、御夫君? は、どんな人だったの?」
「妻とか夫って概念はない。性別が関係ないから。彼はとても綺麗な人だったよ。夜のように黒い肌、黒い長い髪、黒い目に、低い甘い声。歌がとても上手かった。オレはそんなに歌は上手くないけど、彼と一緒に歌うのが幸せだった」
オティアンは、もううっすらとしか思い出せないキアンナの面影を胸の内に探す。食べたいときに食べ、眠りたいときに眠る、本当の鳥のように奔放な人だった。鳥になれば黒い翼が美しく、共にどこまでも飛べると思っていた。
「夜明けの空を何度も一緒に楽しんだ。彼はオレと同じくらい速く……」
追憶のまま語っていたオティアンは、「飛ぶことができて」と口に出してしまう前にギリギリで踏みとどまる。
「……速く走れて、狩りも上手かった。でももう昔の話だよ。ずっと、ずっと前にいなくなってしまった」
改めて口に出すと、胸に寂しい風が吹き抜けていくような心地がした。
見知らぬ土地に来て、痛みを忘れられたような気がしていたけれど、思い出してしまうとやはりどうしようもなく寂しく、虚しい。
「ウムト、いつか君に大事な人ができたら、手を離したらいけないよ。オレは軽い気持ちで愛する人を送り出して、永遠に失ってしまった」
オティアンは何度繰り返したか分からない後悔に苛まれながら呟く。
あの日、あの朝、キアンナと一緒に行けば良かったのだ。喧嘩をしてでも、言い争ってでも、着いて行けば良かった。そうすれば、何もかも違っていただろうに。
苦々しさを酒の味で飲み込んでしまおうとグラスに手を伸ばすと、その手を緩く捕まえられた。
「何?」
顔を上げると、緊張した面持ちのウムトと目があう。
「じゃあ……あなたはどこにも行かないで、ここにいて」
握られた手に少しだけ力が込められる。ウムトは手を離さないまま、立ち上がってオティアンの側に寄った。
「オレは君の大事な人じゃない」
オティアンは苦笑したが、ウムトは真面目くさった顔をして、
「大事か大事じゃないかは、オレが決めることだ。オレはあなたに惹かれてる。側にいて」
と言って、オティアンの頭布を外して床に落とした。結ってあった長い髪がこぼれて肩に落ちかかる。オティアンは片眉を上げて嗤った。
「君の孤独に同情はするけど、オレは君のものにはなれない。人恋しいなら、一晩くらいは付き合ってもいいけどね」
立ち上がって青年の頬に口づけてやると、ウムトは不可解そうに眉を寄せる。
「……故郷にあなたの居場所はないんでしょう? 愛する人もいなくなってしまった。どうして危険を冒して帰らなきゃならない? オレの側にいれば良いよ」
「君が誰かの期待を背負っているように、オレにも背負わされた役目があるんだよ。投げ出してしまったら、きっと沢山の人が困ってしまう」
榛色の目をのぞき込んで囁くと、ウムトは短く溜息をついてオティアンの腰にゆるく両腕を回した。
「じゃあオレもあなたと一緒に行く。オレがこの国にいることで、沢山の人が道を誤るから」
同じ言い回しで返されて、オティアンは片頬をゆがめた。
「好きにすれば良い。オレは君を止める立場にない。一晩の慰め以外のことを期待されても困るよ」
「……やっぱりあなたは優しくない」
ウムトはすねたように言って、ぎゅっと抱きついてくる。
「そう、オレは優しくないんだ。それで? どうする? 慰めは要るのか、要らないのか?」
オティアンが後頭部の髪をくしゃくしゃに撫でて耳元に囁くと、ウムトは散々迷った末に肩口に額を押しつけて
「……い……る」
と答えた。
「ごめん、あなたに聞かせるようなことじゃなかったね」
と、白い歯を見せて無理に笑った。
「どうして? 部外者のオレだから聞かせられる話なんだろう? 一人で抱えていたら苦しいに決まってる。いくらでも話せばいいよ。朝まででも聞いてやる」
「……あなたは優しいね、オティアン」
本気で感激している様子のウムトに、オティアンはわずかに良心の呵責を感じる。親切心から愚痴を聞いてやっているわけではない。アマジヤの情報を得たいだけなのだ。
しかし、ウムトは誘いには乗らずに逆に質問をしてくる。
「オレの話はもういいや。あなたのことを聞かせてよ。家族は? 親しかった人は?」
オティアンは深追いするのを諦めて、素直に問いに答えることにした。
「父はオレが五歳の時に、母は十三の時に空に帰った。兄弟はいない。十六の時に結婚して……」
「えっ、結婚!?」
ウムトは素っ頓狂な声を上げる。オティアンは思わず吹き出した。
「うん。結婚してたよ。子どもは持てなかったけど」
「そう……そうか……結婚してたんだ……十六の時に……」
落ち着かない様子で目をあちこちにやりながらブツブツと繰り返し、
「あなたがいなくなって、妻君はさぞ心配してるだろうね」
と、落胆と後悔と心配の入り交じった複雑な顔で言う。
「生きていればそうだったろうね。でももう彼はこの世にはいない」
オティアンは遠い目をして答えた。
「彼? この世にいない?」
「そう。いない。失踪したんだ。オレはいなくなった伴侶を探して、国中を旅した。旅には金がかかるから、路銀を稼ぐために行商を始めた。それからいろいろあって……、気がついたら同族の代表ヅラして内乱の片棒を担ぐことになってた。それで結果的に死にかけて、故郷で居場所を失った。ほとんど逃げるみたいに海に出て、今はこうして君の前にいるというわけだ」
「待ってくれよ! あなたの故郷では男女でなくても結婚できるのか? それに内乱って……さっき争いはないと言ったじゃないか!」
「オレの故郷じゃ、親以外となら誰とでも結婚できる。内乱は隣の地域の話だよ。余計なことに首を突っ込むものじゃないね、オレには向いてなかった」
ウムトはしばらく絶句してオティアンを見つめ、
「あなたも相当複雑な事情があるんだな」
とあきれたように呟いた。
「君ほどじゃない」
「あなたの妻君……妻君じゃないか、御夫君? は、どんな人だったの?」
「妻とか夫って概念はない。性別が関係ないから。彼はとても綺麗な人だったよ。夜のように黒い肌、黒い長い髪、黒い目に、低い甘い声。歌がとても上手かった。オレはそんなに歌は上手くないけど、彼と一緒に歌うのが幸せだった」
オティアンは、もううっすらとしか思い出せないキアンナの面影を胸の内に探す。食べたいときに食べ、眠りたいときに眠る、本当の鳥のように奔放な人だった。鳥になれば黒い翼が美しく、共にどこまでも飛べると思っていた。
「夜明けの空を何度も一緒に楽しんだ。彼はオレと同じくらい速く……」
追憶のまま語っていたオティアンは、「飛ぶことができて」と口に出してしまう前にギリギリで踏みとどまる。
「……速く走れて、狩りも上手かった。でももう昔の話だよ。ずっと、ずっと前にいなくなってしまった」
改めて口に出すと、胸に寂しい風が吹き抜けていくような心地がした。
見知らぬ土地に来て、痛みを忘れられたような気がしていたけれど、思い出してしまうとやはりどうしようもなく寂しく、虚しい。
「ウムト、いつか君に大事な人ができたら、手を離したらいけないよ。オレは軽い気持ちで愛する人を送り出して、永遠に失ってしまった」
オティアンは何度繰り返したか分からない後悔に苛まれながら呟く。
あの日、あの朝、キアンナと一緒に行けば良かったのだ。喧嘩をしてでも、言い争ってでも、着いて行けば良かった。そうすれば、何もかも違っていただろうに。
苦々しさを酒の味で飲み込んでしまおうとグラスに手を伸ばすと、その手を緩く捕まえられた。
「何?」
顔を上げると、緊張した面持ちのウムトと目があう。
「じゃあ……あなたはどこにも行かないで、ここにいて」
握られた手に少しだけ力が込められる。ウムトは手を離さないまま、立ち上がってオティアンの側に寄った。
「オレは君の大事な人じゃない」
オティアンは苦笑したが、ウムトは真面目くさった顔をして、
「大事か大事じゃないかは、オレが決めることだ。オレはあなたに惹かれてる。側にいて」
と言って、オティアンの頭布を外して床に落とした。結ってあった長い髪がこぼれて肩に落ちかかる。オティアンは片眉を上げて嗤った。
「君の孤独に同情はするけど、オレは君のものにはなれない。人恋しいなら、一晩くらいは付き合ってもいいけどね」
立ち上がって青年の頬に口づけてやると、ウムトは不可解そうに眉を寄せる。
「……故郷にあなたの居場所はないんでしょう? 愛する人もいなくなってしまった。どうして危険を冒して帰らなきゃならない? オレの側にいれば良いよ」
「君が誰かの期待を背負っているように、オレにも背負わされた役目があるんだよ。投げ出してしまったら、きっと沢山の人が困ってしまう」
榛色の目をのぞき込んで囁くと、ウムトは短く溜息をついてオティアンの腰にゆるく両腕を回した。
「じゃあオレもあなたと一緒に行く。オレがこの国にいることで、沢山の人が道を誤るから」
同じ言い回しで返されて、オティアンは片頬をゆがめた。
「好きにすれば良い。オレは君を止める立場にない。一晩の慰め以外のことを期待されても困るよ」
「……やっぱりあなたは優しくない」
ウムトはすねたように言って、ぎゅっと抱きついてくる。
「そう、オレは優しくないんだ。それで? どうする? 慰めは要るのか、要らないのか?」
オティアンが後頭部の髪をくしゃくしゃに撫でて耳元に囁くと、ウムトは散々迷った末に肩口に額を押しつけて
「……い……る」
と答えた。
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