翼の統べる国

たまむし

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16.打ち明け話

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 夜が更けて酒にも肴にも飽きが来た頃、好色男アクラムがハリファを連れて広間を抜け出した。ハリファはすっかり態度を変えて、蠱惑的な笑みを浮かべてアクラムの手を引いている。良い条件を出されたのだろう。階上へ消えていく二人を見送ったムスタフがそわそわと太った身体を揺すり始める。。
 ウムトの側で竪琴を弾いていたオティアンは、さりげなく女たちに目配せを送った。真っ先にアイシェが頷き、にこやかにムスタフの側に寄る。アイシェは近頃売り上げが良くなかったから、相手を選んでいる場合ではないのかもsレない。ムスタフはだらしなく笑み崩れ、丸々とした手でアイシェの腰を抱いて出口へと向かった。
 残ったデミルは女達には興味を示さないまま杯を空け続けている。

「閣下のお気に召す花はございませんか?」

 オティアンが微笑んで問うと、デミルは陰気な顔に無理のある笑みを浮かべ、

「美しい花は見るだけで十分です。枕語りにふるさとのお話をうかがえるなら、楽士殿をお誘いしたいですが……」

 と粘着質な声で答える。オティアンは笑みを崩さないまま片眉を上げて答えを保留したが、ウムトがぴしゃりとはねつけた。

「デミル殿、彼は売り物ではない」

「さようでございましたか。失礼いたしました。では私はもう宿に戻りましょう。騒がしい場所では寝付けない質でして。楽しい夜をありがとうございました、ウムト殿下」

 デミルはあっさりと引き下がって席を立つ。ムディクが

「宿までお送りします」

 と抜かりなくデミルを追った。


 ムディクとデミルが姿を消すと、女達は肩の力を抜いて残った酒や肴を遠慮なく口に入れ始める。

「おい、まだ殿下がいらっしゃるだろう」

 オティアンは一応制止するが、

「殿下は堅苦しいのがお嫌いなのよ!」

 と笑われる。ウムトが苦笑いして、

「確かに。オレのことは良いよ。突然押しかけた迷惑料に、全員を一晩買ったことにしておくから、あとは君たちだけで楽しくやっておくれ」

 と手を振ると、女達は甲高い歓声を上げた。

「ダルミーヤ! さすがはアミラートゥト!」

「ねえ、まさか帰らないわよね? 今夜の相手はもう決めた? 私はどうかしら?」

「ちょっと、抜け駆けはやめな! 殿下、その女は下手くそよ。私にしといたほうがいいわ」

「まとめて相手するのは? せっかく全員買ったんだもの」

 女達は一斉にウムトに迫る。

 そこに、隠れていたレムリが奥から姿を現した。

「アイツは帰ったか?」

「髭面のデミル殿? 帰ったよ。ムディク殿が送っていった」

 オティアンは顔の上半分を隠していた仮面を外しながら答える。

「良かった。後の二人は?」

「お客様は上でお楽しみ中。ハリファとアイシェが相手してる。他の女の子たちはウムトが全員お買い上げ」

「そりゃ豪勢なこった。で、今夜の主はこんなところで何してる? 何人でも好きな女を選んで、上で好きにして来れば良いのに」

 レムリに言われて、ウムトは気乗りのしない顔で首を振った。

「そんな気分じゃないよ。それより君とオティアンと三人で話したいことがある。人払いをしてくれ」

「なんだ、えらく深刻だな。お~い、みんな! 今夜はもう終いだ。久しぶりにゆっくり寝られるぞ」

 レムリは眉をひそめつつ、女達を解散させた。

「今度は本当に遊びに来てね、アミラートゥト。サービスするから!」

ハディお休み、ウムト様、レムリ、オティアン」

ハディお休み

 女達は口々に言いながら階上へと引き上げていく。広間に残ったのはウムトとオティアンだけだ。

「で? 話って何?」

 レムリは散らかったグラスや皿を片付けながら切り出す。

「デミルがオティアンを暗黒海調査の船に乗せたいと言い出した。君やオティアンの故郷の島が見つかれば、調査の足がかりになるかもしれないと言って」

 ウムトが不機嫌そうに言ったが、レムリは

「ああ、それは良かったなあ! どうにか故郷に帰る手がないかって言ってたもんな」

 とオティアンに向かって軽く笑ってみせた。

「オレは反対だ。初回の航海は危険すぎる」

「航海に危険はつきものだ」

「君は従業員がいなくなってもかまわないのか?」

「楽士は探せばいくらでも見つかる。オティアンのおかげで来店者数は増えたが、客をつかんでるのはコイツじゃなくて女たちだしな。それに、オレはもうどこの海をどうやって流されたのか覚えてないけど、オティアンはまだ来たばっかりだから、方角くらいは覚えてるかもしれない。運良く島が見つかれば、オレも帰ることができるだろうし」

 ウムトはそれを聞いてむっつりと黙り込む。

「なんだよ? 反対して欲しかったのか?」

「……レムリはせっかく見つかった同郷人がいなくなるのが寂しくないのか?」

「それよりも故郷に帰れる可能性が増える方が嬉しい。さあ、もう広間は閉めちまうぜ。誰でも良いから女の部屋に行ってくれよ。片付けが終わったら、オレも奥で寝る。オティアン、手伝え」

 オティアンがグラスを持って洗い場へ足を踏み入れると、レムリに引き寄せられ

「上手くやったな!」

 と耳打ちされた。

「デミルとやらが勝手に話を進めてくれたんだ。オレの記憶を占術で辿るとか言ってたな。ムディクははっきり記憶を読めるわけではないと言ってたが、実際どの程度探られるんだ?」

「心が無防備だと深い場所まで踏み込まれるが、気構えがあれば簡単に防げる。占術師の前では混ざり者の魂に蓋をしとけ。ファタリタの事を頭に思い浮かべといたら良い」

「なるほど」

「それよりデミルに気をつけろ。デミルが知ったことはフィクーフにも筒抜けになる。フィクーフは普通の占術師とは違う。魂の中まで踏み込む術を持ってる。魂を捕まれたら逃げられない」

「どうしてそんなことを知ってる? 君はフィクーフにあったことがあるのか?」

 オティアンが不思議に思って首を傾げると、レムリは固い声で

「ある。昔に」

 とだけ短く答える。

「どこで会ったんだ? フィクーフって大宰相なんだろ?」

「都にいた頃に偶然。思い出したくもねえ。ところでウムトの機嫌を取っといてやれよ。変に意固地になられて、調査船に乗り込むのを阻まれたら面倒だ」

「わかった」

 オティアンは釈然としないまま頷いた。

 レムリを洗い場に残して広間に戻ると、ウムトはクッションを頭の下に置いて床で丸くなっていた。

「そんなところで寝ると身体が痛くなるよ」

「良い。慣れてるから」

「良くないだろう。殿下を床で眠らせたって噂になったら、この店の評判はがた落ちだよ。お願いだから起きて。ほら、上に行こう」

 丸まった背中を揺さぶってやると、ウムトはチラリと目を上げて

「あなたの部屋に?」

 と問う。オティアンは

「他に行きたい部屋があれば、ご自由に」

 と眉を上げる。ウムトは溜息をつきながら身を起こし

「……そんなのないよ」

 と立ち上がった。
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