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15-2.にわか楽士-2
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レムリが引っ込んだあと、客人たちはしばらく酒を楽しみながら和やかに女たちとの会話を楽しんでいる様子だったが、次第にハリファを横に座らせた男の振る舞いが目に余り始めた。ハリファは慣れた様子であしらっているが、苛ついているのは明らかだ。
目で助けを求められ、オティアンは一度竪琴を大きくかき鳴らした。それまでの穏やかな曲とは打って変わって、軽快な音楽を奏で始める。ハリファに教えてもらったファナの舞踏曲だ。サンダルの踵で床を蹴ってリズムを取り、陽気なかけ声を上げる。
音に誘われるように酒壺を持っていた女が立ち上がり、踊りながら男達の杯に酒を注いだ。軽やかに踊っているのに、グラスの縁ギリギリまで注がれた酒は一滴もこぼれない。続いて別の女が立ち上がり、さっきとは別の艶やかな振りで踊る。順繰りに次々と女達が踊り、最初はあっけにとられていた客たちも次第に乗ってきて手拍子を始める。
女たちが最後に全員でハリファを指さすと、オティアンは伴奏のテンポを緩め、ノルポルに伝わる物悲しい歌を歌いはじめた。
ハリファはそれに合わせて前に進み出て、優雅に身体をくねらせて舞う。旋律にあわせて表情を変える様は、踊りと言うより無言劇のようだ。
終わりの一節にあわせて、飛んで行ってしまった鳥を追いかけるように腕を虚空に伸ばし、最後は諦めたように顔を伏せて両腕で己が身体をかき抱く。
竪琴の弦が長い余韻を残して消えると、ハリファはしっとりと笑んで周囲に頭を下げた。すぐにウムトとムディクが拍手を送り、他の者もそれに倣う。
「チェファタルに咲く香り高き花 無理に手折れば その命儚くしおれゆく
手に取り 甘き蜜を味わうは 咲かせる術を知る者のみ」
オティアンが即興で歌って再び竪琴をかき鳴らすと、ハリファにちょっかいをかけていたアクラムは憮然とした顔で居住まいを正した。
「楽士風情が生意気な……」
と客の内の誰かが呟く声が聞こえたが、ウムトがそれを打ち消すように、
「手折って握るだけでは、楽の音に美しく揺れる花は見られない。素晴らしい舞い手に敬意を表して」
と戯けた様子で言って銀貨を女達に配り始める。太った男がそれに頷き、
「確かに。見応えのある舞でしたな。我が妻たちも美しいが、あんな風には舞えない。良いものを見せて頂きました」
と財布を取り出し、女達は嬌声を上げて客の気前の良さを褒め称えた。
「楽士殿にも褒美を」
ウムトはオティアンを手招く。側に寄って跪くと、
「オティアン?」
と耳打ちされた。オティアンは仮面をわずかにずらして顔を見せ、ニヤリと笑う。
「やっぱり! あなたは楽士だったのか」
「付け焼き刃の素人だけどね」
「そんな風には思えなかった! 見事だったよ。その仮面は?」
ウムトはオティアンを側に座らせて杯を渡してくる。断らずに受け取って、
「傷が見えると恐ろしがられるから隠してる。君は最近どうしてたんだ? 街でも見かけないとレムリが言っていた。オレも会えなくて寂しかったよ。嫌われてしまったのかと思ってた」
肘で腕をつついてやると、ウムトはぱっと嬉しそうな顔をしたが、すぐにそれを隠すように片手で口元をおさえた。
「嫌うなんて! ただ……忙しかったんだ。ヴィリスとここを行ったり来たりで。オティアンはもうすっかりアマジヤ語が話せるようになったんだね」
「君と色んな話がしたくて練習した」
オティアンは口から出任せで嬉しがらせの言葉をかける。ウムトは何度か大きな瞳を瞬かせ、こらえきれないように大きく笑った。
「オレも、あなたともっといろんな話がしたいと思ってた」
そう囁いて、竪琴を支えるオティアンの指に触れようと手を伸ばしたが、そこに
「やあやあ、殿下は楽士殿とお知り合いですか? 私も紹介してくださいよ」
とムディクが割って入ってきて、慌てて手を引っ込めた。
「オティアン、彼はムディク。オレの補佐官で、古い友人。ムディク、こちらはオティアン。南の海岸で漂流してたのをオレが助けた」
と紹介する。
「前に朝まで飲んだって言ってた相手? ムディク様、私はオティアンと申します。殿下には大変お世話になっております。どうぞよしなに」
オティアンが指しだした手を、ムディクはにこやかに握った。
「様は不要です。ムディクと呼んでください。朝まで大酒飲むのはウムトだけですよ。どうして顔を隠しているんです? ウムトがそれは美しい人だと褒めていたから、お顔を拝見するのを楽しみにしていたんですけど」
ムディクがおどけた調子で言うのに、オティアンは気を悪くすることもなく軽く笑った。
「右目が傷で潰れているんです。お客様が不快に思うでしょうから、営業中は隠しております」
「漂流中に怪我をなさったんですか?」
「いえ、古いものです。クマ……アマジヤ語ではなんて言うんだろう? 大きな獣にやられたんですよ」
「クマ? アマジヤ周辺にいる人を襲う大きな獣は、虎や山猫か狼くらいですが、それとは違う?」
ムディクが怪訝な顔をする。
「熊は森に住む獰猛な動物です。まん丸に太った犬のような外見で、大きさは大人の男二、三人分ほど。力が強くて走るのが速い。犬と違って木にも登る。毛色は茶色か黒で、冬以外は我が物顔で森をうろつき回ってる」
「木に登る太った犬……? そんな動物は見たことがないな」
「私もありませんねぇ。楽士殿は異国の方なんですよね? 先ほども聞いたことのない言葉で歌っておられた。一体何という国からいらっしゃったんですか?」
オティアンは返えをためらった。正直に言うべきか、それともまだ情報を伏せて置くべきか、とっさには判断できずに口ごもっていると、ウムトが助け船を出してくれた。
「レムリと同じ島出身なんだ」
「へえ! ではお二人の故郷は、暗黒海に浮かぶ島ということですか!」
ムディクが声高に言うと、それまで大人しく杯を舐めていた客の一人、デミルがふと腰を上げて三人の方へと移動してきた。
「お話中失礼。こちらの楽士殿は、アマジヤの外から来られたのですか?」
オティアンは、急に割り込んできた男を警戒しながら頷く。
「では、やはり暗黒海に神の島があるという大宰相様の予言は当たっているのでしょうね」
デミルが暗い声で呟くのを聞いて、背がこわばった。アマジヤでは鳥と神が同一視されている。ノルポルが見つかれば、確実に神の島と認定されるだろう。
「デミル殿、神の島かどうかはわかりませんよ。普通に人が暮らす島々がある可能性の方が高い」
ムディクがさりげなく釘を刺す。
「その島の一つが神の島である可能性もあります。楽士殿、あなたが住んでいたのはどんな場所だったのですか?」
デミルと呼ばれた髭の男に問われ、オティアンはごまかすように微笑んだ。
「ほんの小さな島です。チェファタルに比べたら全くの田舎ですよ。わずかな人々が肩を寄せ合いながら自給自足で暮らしていました」
後でレムリと口裏を合わせやすいように、エラスト島のことを答えておく。ノルポルのことは知られてはならない。
「その島が暗黒海のどの辺りにあるか、覚えていらっしゃいますか?」
オティアンは大げさに肩をすくめて、
「わかりません。ボートが転覆してからの記憶がないので」
とはぐらかしたが、デミルは引き下がらない。
「ですが、そう長く漂流したわけではないのでしょう? 海の上に出れば、もしかしたら記憶が戻るかもしれない。ウムト殿下、楽士殿に調査船に乗って頂くというのはいかがでしょう?」
「デミル殿、その話はまだ……」
ムディクが止めようとしたが、デミルは身を乗り出して熱心に話し始める。
「腕の良い占術師なら、楽士殿を手がかりに進むべき航路を見いだせるかもしれない。どちらにせよ運任せにはなりますが、星と風を頼りに闇雲に進むよりは余程マシです。楽士殿の故郷が我々の目指す場所かは分かりませんが、人の住む島を見つけられれば、後の調査の足がかりにすることができる。楽士殿、あなたは故郷に帰りたくはありませんか?」
唐突に問いかけられ、オティアンは戸惑った振りをして首を傾げた。
「もちろん戻りたくはありますが……。しかしお役には立てないでしょう。海の上のことなど覚えていませんよ。波しか見えなかった」
「あなたは覚えていなくても、占術があります」
「占術?」
助けを求めてウムトに目を向けると、代わりにムディクが解説した。
「アマジヤに古くから伝わる術です。専用の道具を用いて、物や人の記憶を読みとる」
「人の記憶を? 恐ろしい技だ」
オティアンは眉を寄せる。それが本当なら、隠し事ばかりの自分やレムリは困ったことになる。
しかしムディクは苦笑して、
「人を占うときは、相手が答えを知りたいと思っていなければ上手くいきませんし、はっきりしたことは分かりませんよ。ただなんとなくぼんやりと手がかりが見えるのです。手がかりをどう読み解くかが術師の腕の見せ所です」
と肩をすくめた。
「星読みのようなものですか?」
「似ていますが、違います。星読みは原理を学べば誰にでも理解できますが、占術は才能があるものしか行えません。占術師は全員宮廷に雇われて、皇族一人につき一人がつくのが基本ですね。皇帝の占術師はフィクーフ様で、ウムトの占術師は私です」
「楽士殿、ぜひ調査船にお乗りなさい。あなたは何の負担もなく故郷を探すことができるし、我々は確かな羅針盤を手に入れることができる。双方得になることしかない」
「何の負担もない? デミル殿、でまかせを言ってはいけない。暗黒海では何が起こるか分からない。近海で海賊と出くわす可能性もある。乗組員はみな命を投げ出す覚悟で任務に就く」
せかすようにデミルが言うのを遮ったウムトは、オティアンの方へ向き直って
「オティアン、あなたを拾ったのはオレだ。オレはあなたの身の安全に責任がある。危ない仕事はさせたくない。暗黒海を安全に渡る航路が見つかれば、改めて船を出すはずだ。あなたが故郷に帰るのは、それからでも遅くはないと思う」
と不機嫌に見えるくらい真剣な顔で訴えた。
「しかし楽士殿がいれば、神の島を見つけられる可能性は大幅に上がるはずですよ。危険がある分、給金を弾むというのはどうでしょう?」
デミルは熱心に言いつのる。ムディクはどちらの側にもつかず、黙って成り行きを見守っている。
オティアンは三人の顔を見比べた後、
「殿下のご配慮はありがたいですが、私は受けたご恩に報いたい。元々一度は失った命です。故郷に戻る前に殿下のお役に立てるなら、これほどの喜びはございません」
と微笑んだ。元々どうにかして調査船に乗り込むつもりでいたので、デミルの提案は渡りに船だった。
「素晴らしい。ウムト殿下、楽士殿本人がそう望まれているのですから、送り出して差し上げるのが良き主というものですよ。さあ、船出はまだまだ先ですが、前祝いといたしましょう」
デミルは陰気な顔に精一杯の笑みを浮かべてウムトの杯に酒を足す。ウムトは浮かない顔でそれを受けた。
目で助けを求められ、オティアンは一度竪琴を大きくかき鳴らした。それまでの穏やかな曲とは打って変わって、軽快な音楽を奏で始める。ハリファに教えてもらったファナの舞踏曲だ。サンダルの踵で床を蹴ってリズムを取り、陽気なかけ声を上げる。
音に誘われるように酒壺を持っていた女が立ち上がり、踊りながら男達の杯に酒を注いだ。軽やかに踊っているのに、グラスの縁ギリギリまで注がれた酒は一滴もこぼれない。続いて別の女が立ち上がり、さっきとは別の艶やかな振りで踊る。順繰りに次々と女達が踊り、最初はあっけにとられていた客たちも次第に乗ってきて手拍子を始める。
女たちが最後に全員でハリファを指さすと、オティアンは伴奏のテンポを緩め、ノルポルに伝わる物悲しい歌を歌いはじめた。
ハリファはそれに合わせて前に進み出て、優雅に身体をくねらせて舞う。旋律にあわせて表情を変える様は、踊りと言うより無言劇のようだ。
終わりの一節にあわせて、飛んで行ってしまった鳥を追いかけるように腕を虚空に伸ばし、最後は諦めたように顔を伏せて両腕で己が身体をかき抱く。
竪琴の弦が長い余韻を残して消えると、ハリファはしっとりと笑んで周囲に頭を下げた。すぐにウムトとムディクが拍手を送り、他の者もそれに倣う。
「チェファタルに咲く香り高き花 無理に手折れば その命儚くしおれゆく
手に取り 甘き蜜を味わうは 咲かせる術を知る者のみ」
オティアンが即興で歌って再び竪琴をかき鳴らすと、ハリファにちょっかいをかけていたアクラムは憮然とした顔で居住まいを正した。
「楽士風情が生意気な……」
と客の内の誰かが呟く声が聞こえたが、ウムトがそれを打ち消すように、
「手折って握るだけでは、楽の音に美しく揺れる花は見られない。素晴らしい舞い手に敬意を表して」
と戯けた様子で言って銀貨を女達に配り始める。太った男がそれに頷き、
「確かに。見応えのある舞でしたな。我が妻たちも美しいが、あんな風には舞えない。良いものを見せて頂きました」
と財布を取り出し、女達は嬌声を上げて客の気前の良さを褒め称えた。
「楽士殿にも褒美を」
ウムトはオティアンを手招く。側に寄って跪くと、
「オティアン?」
と耳打ちされた。オティアンは仮面をわずかにずらして顔を見せ、ニヤリと笑う。
「やっぱり! あなたは楽士だったのか」
「付け焼き刃の素人だけどね」
「そんな風には思えなかった! 見事だったよ。その仮面は?」
ウムトはオティアンを側に座らせて杯を渡してくる。断らずに受け取って、
「傷が見えると恐ろしがられるから隠してる。君は最近どうしてたんだ? 街でも見かけないとレムリが言っていた。オレも会えなくて寂しかったよ。嫌われてしまったのかと思ってた」
肘で腕をつついてやると、ウムトはぱっと嬉しそうな顔をしたが、すぐにそれを隠すように片手で口元をおさえた。
「嫌うなんて! ただ……忙しかったんだ。ヴィリスとここを行ったり来たりで。オティアンはもうすっかりアマジヤ語が話せるようになったんだね」
「君と色んな話がしたくて練習した」
オティアンは口から出任せで嬉しがらせの言葉をかける。ウムトは何度か大きな瞳を瞬かせ、こらえきれないように大きく笑った。
「オレも、あなたともっといろんな話がしたいと思ってた」
そう囁いて、竪琴を支えるオティアンの指に触れようと手を伸ばしたが、そこに
「やあやあ、殿下は楽士殿とお知り合いですか? 私も紹介してくださいよ」
とムディクが割って入ってきて、慌てて手を引っ込めた。
「オティアン、彼はムディク。オレの補佐官で、古い友人。ムディク、こちらはオティアン。南の海岸で漂流してたのをオレが助けた」
と紹介する。
「前に朝まで飲んだって言ってた相手? ムディク様、私はオティアンと申します。殿下には大変お世話になっております。どうぞよしなに」
オティアンが指しだした手を、ムディクはにこやかに握った。
「様は不要です。ムディクと呼んでください。朝まで大酒飲むのはウムトだけですよ。どうして顔を隠しているんです? ウムトがそれは美しい人だと褒めていたから、お顔を拝見するのを楽しみにしていたんですけど」
ムディクがおどけた調子で言うのに、オティアンは気を悪くすることもなく軽く笑った。
「右目が傷で潰れているんです。お客様が不快に思うでしょうから、営業中は隠しております」
「漂流中に怪我をなさったんですか?」
「いえ、古いものです。クマ……アマジヤ語ではなんて言うんだろう? 大きな獣にやられたんですよ」
「クマ? アマジヤ周辺にいる人を襲う大きな獣は、虎や山猫か狼くらいですが、それとは違う?」
ムディクが怪訝な顔をする。
「熊は森に住む獰猛な動物です。まん丸に太った犬のような外見で、大きさは大人の男二、三人分ほど。力が強くて走るのが速い。犬と違って木にも登る。毛色は茶色か黒で、冬以外は我が物顔で森をうろつき回ってる」
「木に登る太った犬……? そんな動物は見たことがないな」
「私もありませんねぇ。楽士殿は異国の方なんですよね? 先ほども聞いたことのない言葉で歌っておられた。一体何という国からいらっしゃったんですか?」
オティアンは返えをためらった。正直に言うべきか、それともまだ情報を伏せて置くべきか、とっさには判断できずに口ごもっていると、ウムトが助け船を出してくれた。
「レムリと同じ島出身なんだ」
「へえ! ではお二人の故郷は、暗黒海に浮かぶ島ということですか!」
ムディクが声高に言うと、それまで大人しく杯を舐めていた客の一人、デミルがふと腰を上げて三人の方へと移動してきた。
「お話中失礼。こちらの楽士殿は、アマジヤの外から来られたのですか?」
オティアンは、急に割り込んできた男を警戒しながら頷く。
「では、やはり暗黒海に神の島があるという大宰相様の予言は当たっているのでしょうね」
デミルが暗い声で呟くのを聞いて、背がこわばった。アマジヤでは鳥と神が同一視されている。ノルポルが見つかれば、確実に神の島と認定されるだろう。
「デミル殿、神の島かどうかはわかりませんよ。普通に人が暮らす島々がある可能性の方が高い」
ムディクがさりげなく釘を刺す。
「その島の一つが神の島である可能性もあります。楽士殿、あなたが住んでいたのはどんな場所だったのですか?」
デミルと呼ばれた髭の男に問われ、オティアンはごまかすように微笑んだ。
「ほんの小さな島です。チェファタルに比べたら全くの田舎ですよ。わずかな人々が肩を寄せ合いながら自給自足で暮らしていました」
後でレムリと口裏を合わせやすいように、エラスト島のことを答えておく。ノルポルのことは知られてはならない。
「その島が暗黒海のどの辺りにあるか、覚えていらっしゃいますか?」
オティアンは大げさに肩をすくめて、
「わかりません。ボートが転覆してからの記憶がないので」
とはぐらかしたが、デミルは引き下がらない。
「ですが、そう長く漂流したわけではないのでしょう? 海の上に出れば、もしかしたら記憶が戻るかもしれない。ウムト殿下、楽士殿に調査船に乗って頂くというのはいかがでしょう?」
「デミル殿、その話はまだ……」
ムディクが止めようとしたが、デミルは身を乗り出して熱心に話し始める。
「腕の良い占術師なら、楽士殿を手がかりに進むべき航路を見いだせるかもしれない。どちらにせよ運任せにはなりますが、星と風を頼りに闇雲に進むよりは余程マシです。楽士殿の故郷が我々の目指す場所かは分かりませんが、人の住む島を見つけられれば、後の調査の足がかりにすることができる。楽士殿、あなたは故郷に帰りたくはありませんか?」
唐突に問いかけられ、オティアンは戸惑った振りをして首を傾げた。
「もちろん戻りたくはありますが……。しかしお役には立てないでしょう。海の上のことなど覚えていませんよ。波しか見えなかった」
「あなたは覚えていなくても、占術があります」
「占術?」
助けを求めてウムトに目を向けると、代わりにムディクが解説した。
「アマジヤに古くから伝わる術です。専用の道具を用いて、物や人の記憶を読みとる」
「人の記憶を? 恐ろしい技だ」
オティアンは眉を寄せる。それが本当なら、隠し事ばかりの自分やレムリは困ったことになる。
しかしムディクは苦笑して、
「人を占うときは、相手が答えを知りたいと思っていなければ上手くいきませんし、はっきりしたことは分かりませんよ。ただなんとなくぼんやりと手がかりが見えるのです。手がかりをどう読み解くかが術師の腕の見せ所です」
と肩をすくめた。
「星読みのようなものですか?」
「似ていますが、違います。星読みは原理を学べば誰にでも理解できますが、占術は才能があるものしか行えません。占術師は全員宮廷に雇われて、皇族一人につき一人がつくのが基本ですね。皇帝の占術師はフィクーフ様で、ウムトの占術師は私です」
「楽士殿、ぜひ調査船にお乗りなさい。あなたは何の負担もなく故郷を探すことができるし、我々は確かな羅針盤を手に入れることができる。双方得になることしかない」
「何の負担もない? デミル殿、でまかせを言ってはいけない。暗黒海では何が起こるか分からない。近海で海賊と出くわす可能性もある。乗組員はみな命を投げ出す覚悟で任務に就く」
せかすようにデミルが言うのを遮ったウムトは、オティアンの方へ向き直って
「オティアン、あなたを拾ったのはオレだ。オレはあなたの身の安全に責任がある。危ない仕事はさせたくない。暗黒海を安全に渡る航路が見つかれば、改めて船を出すはずだ。あなたが故郷に帰るのは、それからでも遅くはないと思う」
と不機嫌に見えるくらい真剣な顔で訴えた。
「しかし楽士殿がいれば、神の島を見つけられる可能性は大幅に上がるはずですよ。危険がある分、給金を弾むというのはどうでしょう?」
デミルは熱心に言いつのる。ムディクはどちらの側にもつかず、黙って成り行きを見守っている。
オティアンは三人の顔を見比べた後、
「殿下のご配慮はありがたいですが、私は受けたご恩に報いたい。元々一度は失った命です。故郷に戻る前に殿下のお役に立てるなら、これほどの喜びはございません」
と微笑んだ。元々どうにかして調査船に乗り込むつもりでいたので、デミルの提案は渡りに船だった。
「素晴らしい。ウムト殿下、楽士殿本人がそう望まれているのですから、送り出して差し上げるのが良き主というものですよ。さあ、船出はまだまだ先ですが、前祝いといたしましょう」
デミルは陰気な顔に精一杯の笑みを浮かべてウムトの杯に酒を足す。ウムトは浮かない顔でそれを受けた。
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