7 / 20
6.1 トラブルー3
しおりを挟む「見ろ。この地図の上半分が全部アマジヤ皇国。地図に載ってない北の方も、西の方もアマジヤの属国だ。オレたちがいるのがここ、チェファタルって小島。アマジヤは一人の皇帝が統べる国だ。建国神話では、天空の神が半人半鳥の使徒をこの世に遣わして、初代皇帝を選んだってことになってる」
予想外の話が始まり、オティアンは眉根を寄せて地図とレムリの顔を交互に見た。
「半人半鳥? ノルポル人か?」
「わかんねえ。何百年も前にできた神話だ。事実かどうかなんて誰も知らない。一つ確かなのは、今のアマジヤには翼持ちは存在しない。存在しないが、半人半鳥の天空神信仰は強く残ってる。そして皇帝は天空神と同一視されて、政治だけじゃなく信仰でも最高位にあるんだ。ついでに空を飛ぶ鳥も信仰対象だから、一般人が鳥を獲るのは厳しく禁止されてるし、故意に鳥を殺したら重い罰を受ける。そんくらいアマジヤでは鳥を崇める。
そこに翼持ちなんかが現れたら厄介なことになるのは分かるだろ? アマジヤ人からしたら、神話が再現されたことになるんだから。一生閉じ込められて鳥かご暮らしだ」
「大事に飼ってもらえるかな?」
オティアンが茶化すように言うと、レムリは目をむいて怒った。
「笑い事じゃない! もしも今の政治に不満を抱いてる誰かがアンタを捕まえたら、ソイツは新しい皇帝になるための神意を得たと主張できる。今の皇帝を打ち倒すのも不可能じゃなくなっちまう。アマジヤではそれくらい伝説が力を持ってるんだ。つまり、アンタはクーデターの火元になる可能性がある」
思いもよらない話に、オティアンは唖然とした。
「まさか」
「まさかじゃねぇ! オマケにアンタを拾ったのがウムト! 最悪だ!」
レムリは青灰色の髪を両手でぐしゃぐしゃにかき混ぜてわめく。
「ウムト? あの若者か。なぜ彼が最悪なんだ?」
「アイツは今のアマジヤ皇帝の末息子なんだよ!」
「へえ……金持ちだろうとは思ったが、予想以上だ」
「面白がってんじゃねぇよ。ウムトは不安定な立場なんだ」
そう言って、レムリはポケットから紙とペンを取り出し、図を書きながらアマジヤの皇位継承制度について説明した。
「アマジヤの皇帝になれるのは、初代皇帝の血を引く男子だけだ。だから皇帝は沢山妻を娶り、沢山子を産ませる。産ませた子の中から男子を一人選んで皇太子に指名するんだが、この時、指名されなかった男子は全員殺されることになってる」
「子を殺す? 正気か?」
オティアンは話を遮って声を上げてしまった。レムリも不愉快そうに眉を寄せ、低い声で続ける。
「混ざり者からしたら理解できない話だが、。でもそうしないと、皇位継承を巡って揉めるらしい。過去に兄弟間で対立して国が滅びかけたから、その反省として法で決めたんだと。
今のアマジヤ皇帝は、マフディ・ラヤム。アマジヤ。年は五十五。もうすぐ在位四十年になる。皇太子は正妃の産んだ息子・フズル。マフディはフズルが十歳になったときに彼を後継者に指名し、フズルの兄弟は全員首を刎ねられた」
「ではウムトは? 彼はマフディの末息子なんだろ? どうして生きてる?」
「そう、そこが特殊なんだ」
レムリは深くうなずいてみせ、話を続ける。
「特例として、皇太子の指名が済んだ後に産まれた皇子は殺されないことになってるんだ。皇位継承権は既に皇太子の直系に移っているから、その後に男子が生まれても問題ないって解釈らしい。ウムトはフズルが皇太子になった年の暮れに産まれた。ギリギリのタイミングで処刑を免れたんだ」
「では、ウムトは皇帝の息子なのに、皇帝になる可能性はないということか?」
オティアンは頭の中で情報を整理する。
「そうだ。皇太子フズルはもう三十歳近いし、すでに子ども何人もいるから、今更ウムトに皇位が回ってくる可能性は万に一つもない。……だが、こっからが微妙な話になる」
レムリはそこで一度言葉を切って水を飲んだ。再び地図を広げ、右の方を指さす。
「アマジヤの東にはファナって属領がある。半分は砂に埋まったような貧しい土地だ。ファナ人は独立を望んでるが、アマジヤ皇国は絶対にファナを手放さない。ファナ領には金銀が採れる鉱山があるし、ファナ人は安い労働力としてアマジヤ中で便利に使われてるからだ。けど、一般のアマジヤ人は貧しいファナ人を嫌う。
マフディ皇帝は国内でのファナ人蔑視を和らげるために、ファナの女を一人、側妃に召し上げた。その側妃の侍女としてついてきた女が、ウムトの母親だ。
ウムトが生まれたのは都の後宮だが、育ったのはファナの地だ。だからアイツはファナ人で人気がある。もしもウムトが殺されるようなことがあれば、ファナ人たちの不満は爆発するだろう。
しかし宮廷では要職に就けない。母親の身分が低くて後ろ盾がないからだ。
皇太子のフズルはウムトを外征に行かせたがってるが、大宰相フィクーフはそれに反対してる。軍にはファナ人の兵士が多いから、ウムトを将にするとそのまま反乱を起こされる危険があるからだ。
つまり、アイツはどこにも置き場がない駒なんだ。本人は至って無欲ないいヤツなんだが、下手に動かすと周りごと爆発する火薬だ。だから、若いのにこんな辺境で半分隠居状態になってる。
……そこにアンタが現れた。この状況の危なさ、わかるか?」
人差し指で胸元をつつかれ、オティアンは不機嫌に隻眼を細めた。
「ファナ人にしたら、自分たちの身内にあたる不遇の皇子を、翼持ち──こっちの解釈だと天空神の遣い──が助けに現れたってことになるわけか……」
「ご明察。アンタが馬鹿じゃなくて助かった。ウムト一人でも危ないのに、アンタとセットだとますます危険だ。まさかと思うが、ウムトに変化するところを見られてないよな?」
オティアンは少しの間考え込んだが、すぐに諦めて首を振った。
「分からない。オレは片目だから死角が多いし、周りに注意も払ってなかった。覚えてるのは、陸地が見えた後に海に落ちたことだけだ」
「見られてなきゃ良いけどな。長くここにいれば、翼持ちだってバレる可能性も高くなる。飛んで帰れるんなら、早めに帰った方が良いぜ」
レムリの言うことはもっともだったが、ハイそうですかと素直に故郷に戻れるくらいなら、オティアンは最初から未知の海に向けて飛び出したりしていない。
「嫌だね。ここが翼持ちにとって危ない国なのは分かったが、バレなきゃ何も問題ない。オレは故郷を捨てたんだ。帰る気はない」
「言葉も分からないくせに、どうやって生きていくつもりだよ? あんたが思うほど、ここの暮らしは甘くないぞ」
「言葉を覚えるまでは身体でも売るさ。ここじゃ合法なんだろ? 相場はいくらくらいなんだ?」
オティアンが身を乗り出すと、レムリは苦虫をかみつぶしたような顔をして大げさに身を引いた。
「やめとけ。闇売春がバレたら、売った方も買った方も罰せられる」
「では君のところに所属させてくれないか?」
「お前は気でも狂ってるのか!? 今までの話を聞いて、オレがお前を店に置くと思うか!?」
「わかってるよ。ダメ元で聞いただけだ。じゃあ言葉を教えてくれ。話せるようになったら出て行って、適当に商売でも始める」
「教えねえよ。とにかく、元気になるまでは面倒見てやるから、飛べるようになったらすぐ帰れ」
シッシッと追い払うように手を振られ、オティアンは諦めたように溜息をついて、仰向けにベッドに寝転がった。
23
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
君はさみしがり屋の動物
たまむし
BL
「ウォンバットは甘えるの大好き撫で撫で大好き撫でてもらえないと寿命が縮んじゃう」という情報を目にして、ポメガバースならぬウォンバットバースがあったら可愛いなと思って勢いで書きました。受けちゃんに冷たくされてなんかデカくてノソノソした動物になっちゃう攻めくんです。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる