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番外編
【番外編】ファタリタの冬-1
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オティアンが主役のスピンオフ続編「翼の統べる国」を連載中です。よかったら読んでね~
https://www.alphapolis.co.jp/novel/543220625/483910121
こっちの世界に来てから冬を迎えるのはコレで三度目。
一度目の冬はみんなと離れてしまってサウラスで一人きり、不安だらけの日々だった。
二度目はカレルとエラストで過ごした。エラストの冬は毎日のように猛吹雪で、外に出られる日はほとんどないんだ。秋の間に蓄えた食料で食いつなぎながら、じっと春を待つしかない厳しい季節だった。
そして、三度目の冬。
オレはファタリタ聖都、ジョヴァンナの居館の一室でおこなわれている会議に、半ば無理矢理参加させられている。
会議の参加者はジョヴァンナを筆頭に、副官兼夫のエミリオ、サウラス聖堂の長ロドリゴ、大聖女フィオレラと聖堂騎士団長のルチアーノ、侍女頭のテレーズ……そしてカレルとオレ。
議題は年明けに行われるジョヴァンナの即位式について。ジョヴァンナは一年前から実質ファタリタ王だったんだけど、ようやく正式に即位を発表することにしたらしい。
どうして部外者のオレとカレルがこの場に呼ばれたのかは全く不明だ。オレは会議が始まってから一回も発言せず、おやつの焼き菓子を食べてばかりだし、カレルは完全に退屈した様子で生あくびを繰り返している。
オレは延々と書類を読み上げているエミリオから目を逸らし、窓のほうへと目を向けた。
分厚い窓ガラス越しに見えるのは、エラストの吹雪とは違って優しく降る粉雪だ。建物の黒っぽい屋根を、雪が白く染めていくのは綺麗だけど、長く眺めていられるほどは楽しくない。
オレは室内に視線を戻した。部屋はそんなに広くないけど天井が高くて、壁には毛織りのタペストリー、床には毛足の長い絨毯が敷かれている。赤々と燃える暖炉の前には緑の枝でできたリースが吊ってあって、爽やかな香りを放っていた。
真っ白いクロスのかかった長テーブルの上には、ツヤツヤした真っ赤なリンゴが盛られた籠と、白い花を付けた柊の枝の入った花瓶。中央に置かれた銀の燭台ではキャンドルの火が揺れている。みんなの手元にはお湯で割った甘いワインと、粉砂糖をたっぷり振りかけた焼き菓子の皿。
ツリーとプレゼントボックスが加われば、絵に描いたような外国のクリスマスの情景になりそうだ。この世界にクリスマスはないけど。
──クリスマスかあ……
小さい頃は、十二月に入るといそいそとテレビの横にピカピカ光る電飾のついた小さいツリーを飾るのが楽しみだったな。
クリスマスイブには母が焼いた骨付きトリモモ肉の照り焼きを食べるんだ。オレも父も唐揚げの方が好きだったけど、母はクリスマスには絶対にトリモモを焼く。だからオレにとってクリスマスのごちそうのイメージは、七面鳥やケンタッキーフライドチキンじゃなくて、母が焼いたトリモモなんだよね。
トリモモと一緒に食卓に並ぶシャンメリーも、サンタ人形が上に乗った生クリームのケーキも、味は大したことないのにクリスマスという特別感でとびきり美味しく思えた。サンタさんがくれたプレゼントは期待外れのことが多かったけど、思い返してみればがっかり感も含めて懐かしく思えるなあ。
懐かしさに浸りながら焼き菓子をかじっていると、
「ついてるぞ」
とカレルに口元を拭われた。ついでに唇を指でなぞられる。何度か往復してから合わせ目をこじ開けるように押されて、まるでキスされているみたいだ。ムッとして唇を尖らせると、黄緑色の目がちょっとだけ笑う。テーブルの下で足を軽く蹴ると、膝で太ももを撫でられた。
「アキオ、君の意見は?」
テーブルの下でカレルとじゃれ合っていたオレは、突然ジョヴァンナに名指しされてギョッとした。慌てすぎて意味もなく立ち上がってしまい、ワインのコップを倒しかける。横からカレルが押さえてくれなければ、真っ白なテーブルクロスに派手なシミを付けてしまうところだった。
「は、はいっ! えっと……えっと……何の話だっけ?」
「聞いてなかったのか? 私が王になったことを民衆に知らしめるために、どういうパフォーマンスをすれば良いかを議論していたんだ。君が元いた世界には王がいるんだろう? どのようにして威厳を示していた?」
「えぇ~……っと……」
オレは返事に困って俯いた。
ジョヴァンナは勘違いしている。確かにオレは異世界から来たし、王様って概念を理解してるけど、現代には実権を持った王様なんかいないから、昔の王様が実際どんなものだったのかは知らないんだよ。でもそれを説明するのはすごく難しい。
「ニホンに王がいたのか?」
カレルも首をひねっている。去年の夏、一瞬オレの田舎にトリップした時の事を思い出してるんだろう。
「う~ん……天皇陛下はいるけど、王様ではないんだよなあ。総理大臣も王とは違うし……」
オレが口の中でブツブツ言いながら考え込む間にも、他の人はどんどん発言していく。
「即位式は冬至祭の翌日に行われる予定です。聖都に人が集まっている時期ですから、民に知らせるタイミングとしては最適でしょう。集まった民に新王の名入りの札と祝い菓子を配り、各村に即位の知らせを持ち帰ってもらおうと思っていますが、それだけで民に王と大聖女の違いを分かってもらえるか……」
エミリオが難しい顔をして言う。
オレは手元の皿に一個だけ残っているクッキーを見下ろした。もしかしてコレはおやつじゃなくて即位式で配る祝い菓子の試作品なのかもしれない。
「大聖女がジョヴァンナ様に跪く姿を民に見せるというのはどうかしら? 今まではわたくしがファタリタの権威を象徴しておりましたから、わたくしが王の前に跪けば、王が教会より上位だと印象づけられるのではないかしら?」
そう言ったのはフィオレラだ。昔のような露出度の高いドレスをやめて、普通に温かそうな衣装を着ている。肩に巻いた毛皮のホワホワショールが似合っていて可愛い。
「しかしそれでは神が王の下につくということになりますぞ。今まで民の心を支えてきたのはジョヴァンナ様ではなく、命願教の教えです。大聖女が王に跪くのは、屈辱だと感じる者も多いでしょう」
「ロドリゴ師の言うとおりだ。それにフィオレラが私に跪いたら、私が新しい大聖女になったと思われやしないか? 教会はあくまで教会、王は王として別の役割を負うんだ。それを分かりやすく示したいんだがな……」
ジョヴァンナが腕組みをして溜息をつく。
なんだか頭が痛くなってきた。一応高校では世界史を選択してたけど、受験用の詰め込み知識で対応できるのは穴埋め問題が関の山だ。宗教独裁国家から王制国家への移行をどうするかなんて、オレの小さい脳みそには荷が重すぎるんだよ。
「アキオ、なにか良い考えはないのか?」
再びジョヴァンナに尋ねられ、オレは必死で記憶を辿った。
王様の即位って言うと、なんとなく戴冠式って言葉が思い浮かぶ。
戴冠って事は、王様の頭に冠をかぶせる儀式なんだろう。じゃあ冠をかぶせる役の人がいるはずだ。それって誰なんだろう? 前の王様? それとも大臣?
う~ん、どれも違う気がする。確か、キリスト教のエライ人がやるんじゃなかったっけ……教皇? なんかそんな人がいたはず。
脳内には断片的なヨーロッパ史のイメージとキーワードだけが浮かんでは消えていく。その中で、『王権神授説』という単語がピョコッとポップアップした。
あった、あった、その単語! 用語集で覚えたぞ!
たしか、王様は神様から選ばれたからエライって説だったはず。それを根拠にフランスとかで絶対王政が始まったんじゃなかったっけ?
宗教国家のファタリタが王政に変わるなら、その理屈で説明すれば分かりやすいかもしれないな……
恐る恐る手を上げると、それまで侃々諤々の議論を交わしていた全員の目がこっちを向くので、緊張してしまう。
「あの~……実はオレの故郷には権力を持つ王様はいなかったから、今から言うのは、別の国の話になるんだけど……」
「構わない。話してみろ」
ジョヴァンナに促され、オレは頭の中を整理しながらゆっくりと話し出した。
「過去に王様と教会が別々に存在してた国では、王様が即位するときに、教会の一番エライ人が王様に冠をかぶせる儀式をやってた……と思う。教会が神の代理として権威を王様に授けるんだ。
ファタリタでもそのやり方が合うのかは分からないけど、『神様がジョヴァンナを王様に選びました。だから今から大聖女は政治に関する権威をジョヴァンナに委譲します』ってフィオレラが宣言して、なにか王様の印となるもの──王冠でも王錫でも何でも良い──をジョヴァンナに渡してみせれば、民衆も理屈を飲み込みやすいんじゃないかと……思うんだけど……どうだろう……?」
話しながら段々自信がなくなってきて、最後は呟きみたいになってしまった。けど、アイディアは悪くないはずだ。
しばらくみんなは考え込んでる様子だったけど、まず最初にロドリゴ師が、ヤギのようなあごひげを撫でながら頷いた。
「なるほど。そのやり方ならば、王と教会が並び立つことができますな。現実的な政は王が行い、民の魂を導く役は引き続き教会が負う」
それにルチアーノが同意を示して続けた。
「そして我々騎士団は、神によって政を任された王から、改めて国を守る役割を授かればいい。命を奪うことを否定する教会に所属していては、ろくに戦うことはできませんから」
出会った当初いけ好かないキラキライケメンだったルチアーノは、今は落ち着いた渋さを身につけて、ますますいい男になっている。フィオレラはそんな彼を頼もしそうに見つめていた。
「そうですな。教会に武力は必要ない。騎士団は王の下で働く方がよろしかろう」
ロドリゴ師とルチアーノは重々しく頷きあう。
「儀式でのフィオレラ様の御衣装も、考え直した方がよろしいですわね! とりあえずジョヴァンナ様より目立たないドレスを作るよう指示しましたけれど、神の御威光を授けるお役目となれば、もっと神々しく荘厳な感じにしなければ!」
侍女頭のテレーズは顔を輝かせて立ち上がる。
「今から? お針子達の負担になってしまうのではないかしら?」
「いいえ! みな喜んで新しいドレスを考えると思いますわ! フィオレラ様のお衣装を作るのはわたくしたちの喜びですもの」
フィオレラは心配そうだけど、テレーズは嬉しそうだ。
「よし! ではアキオの案を元に、ロドリゴ師とフィオレラで宗教的な理屈を作り上げてくれ。私は聖女としてあがめられるのは真っ平ごめんだから、その役目は今まで通りフィオレラが背負ってくれると助かる」
ジョヴァンナは晴れ晴れとした笑顔をフィオレラに向ける。フィオレラは頷いて、控えめに微笑み返した。二人は容姿も性格も正反対だけど、国を背負う覚悟を決めている点では同じだから意外と気が合うらしい。
「王の象徴はどうします? 冠にしますか? 錫にしますか? それとも他のものに?」
エミリオは手元のリストに目を落としながら首を傾げる。
「どちらも用意しよう」
「では、急いで腕の良い宝飾職人を探させます。今からですと石の買い付けは間に合いませんから、ジョヴァンナの手持ちの宝石を加工させるしかないですが」
「うーん……。こういうときに、オティアンがいれば良かったんだがなあ。アイツに言えば、どんな物でも大抵何でも都合がついたのに。一体どこに消えたんだか……」
ジョヴァンナが独り言のように呟くのを聞いて、オレはドキッとした。
オティアンの生死は未だに不明のままだ。生きているとは思うけど、ノルポルはファタリタと関わりを絶ってしまったから、彼が故郷に戻ったかどうかを尋ねることすらできないんだ。ノルポルと繋がりのあるエラスト北部の人に聞いてみても、そんな男は知らないと言われてしまった。
「惜しい人材だったが、いなくなった者のことを考えても仕方がないな。エミリオ、石を選ぶのを手伝っておくれ。私に一番似合うものを選べるのは君だから」
「喜んで」
エミリオはジョヴァンナの手を取って立ち上がる。この二人、完全にジョヴァンナがエミリオを尻に敷いて振り回してるのかと思ったら、そういうわけでもないのが面白いよな。
「では本日はここまで。次は三日後に同じ時間、同じ場所で打ち合わせよう」
女王の一声で会議は解散した。
「あ~~~つかれたー!」
お偉方が退出したのを見計らって、オレは椅子の背に体重を掛けて思いっきり伸びをした。テーブルの後片付けをしていた侍女頭のテレーズがクスクスと笑う。
「もーみんなオレを買いかぶりすぎなんだよ~! オレは日本じゃ高卒の引きこもりだったんだから、政治の話なんて分からないよぉ~」
「でも、皆お前の話に感心していたじゃないか」
カレルが笑いながら立ち上がってオレの肩を揉む。大きくて温かい手の平でほぐされてホッと力が抜けた。
「教科書で覚えたことを思い出しただけだよ。多分間違ってるし」
「間違っているかどうかなんて、誰にも分からない。お前がきちんと勉強していたから、異国の政のことまで思い出せたんだろう?」
労うようにポンポンと肩を叩かれて、ふと目頭が熱くなった。受験には失敗したけど、あのときの努力は全くの無駄ではなかったのかもしれない。
「へへ……ありがとう」
涙ぐんだのをごまかすようにほっぺたを擦りながら立ち上がると、カレルはオレの肩に腕を回し、
「日暮れまではまだ時間がある。雪も小降りだし、外へ出ないか? 気晴らしだ」
と窓の外を指さした。
「いいね! こっちで買っておきたいものが一杯あるんだ。エラストのみんなへのお土産も探そうよ」
オレがはしゃいだ声を上げると、テレーズが
「でしたら、大聖堂の広場に行かれるとよろしいですわ。冬の市が立っておりますよ」
と会話に割り込んできた。
「市? 命願祭のときみたいな?」
「あれよりは小規模ですけど、年送りにちょうど良い小物やお菓子を売る店が沢山出ております」
「年送り? なにそれ?」
カレルを見ると、知らないというように首を横に振っている。
「新しい年を迎える前に、親しい人と小さな贈り物を渡し合うんです。次の時が豊かになりますようにと願いを込めて。エラストではそういった習慣はございませんか?」
「ない。エラストの年明けは春だ。改まった贈り物をするのは、誰かに子どもが生まれたときか、新しい家を建てたとき、舟を出すときくらいだ」
「そうでしたか。今年はお二人ともファタリタで年を越されるのですから、贈り物をしてみてもよろしいんじゃないかしら?」
テレーズはニコニコと言った。
オティアンが主役のスピンオフ続編「翼の統べる国」を連載中です。よかったら読んでね~
https://www.alphapolis.co.jp/novel/543220625/483910121
こっちの世界に来てから冬を迎えるのはコレで三度目。
一度目の冬はみんなと離れてしまってサウラスで一人きり、不安だらけの日々だった。
二度目はカレルとエラストで過ごした。エラストの冬は毎日のように猛吹雪で、外に出られる日はほとんどないんだ。秋の間に蓄えた食料で食いつなぎながら、じっと春を待つしかない厳しい季節だった。
そして、三度目の冬。
オレはファタリタ聖都、ジョヴァンナの居館の一室でおこなわれている会議に、半ば無理矢理参加させられている。
会議の参加者はジョヴァンナを筆頭に、副官兼夫のエミリオ、サウラス聖堂の長ロドリゴ、大聖女フィオレラと聖堂騎士団長のルチアーノ、侍女頭のテレーズ……そしてカレルとオレ。
議題は年明けに行われるジョヴァンナの即位式について。ジョヴァンナは一年前から実質ファタリタ王だったんだけど、ようやく正式に即位を発表することにしたらしい。
どうして部外者のオレとカレルがこの場に呼ばれたのかは全く不明だ。オレは会議が始まってから一回も発言せず、おやつの焼き菓子を食べてばかりだし、カレルは完全に退屈した様子で生あくびを繰り返している。
オレは延々と書類を読み上げているエミリオから目を逸らし、窓のほうへと目を向けた。
分厚い窓ガラス越しに見えるのは、エラストの吹雪とは違って優しく降る粉雪だ。建物の黒っぽい屋根を、雪が白く染めていくのは綺麗だけど、長く眺めていられるほどは楽しくない。
オレは室内に視線を戻した。部屋はそんなに広くないけど天井が高くて、壁には毛織りのタペストリー、床には毛足の長い絨毯が敷かれている。赤々と燃える暖炉の前には緑の枝でできたリースが吊ってあって、爽やかな香りを放っていた。
真っ白いクロスのかかった長テーブルの上には、ツヤツヤした真っ赤なリンゴが盛られた籠と、白い花を付けた柊の枝の入った花瓶。中央に置かれた銀の燭台ではキャンドルの火が揺れている。みんなの手元にはお湯で割った甘いワインと、粉砂糖をたっぷり振りかけた焼き菓子の皿。
ツリーとプレゼントボックスが加われば、絵に描いたような外国のクリスマスの情景になりそうだ。この世界にクリスマスはないけど。
──クリスマスかあ……
小さい頃は、十二月に入るといそいそとテレビの横にピカピカ光る電飾のついた小さいツリーを飾るのが楽しみだったな。
クリスマスイブには母が焼いた骨付きトリモモ肉の照り焼きを食べるんだ。オレも父も唐揚げの方が好きだったけど、母はクリスマスには絶対にトリモモを焼く。だからオレにとってクリスマスのごちそうのイメージは、七面鳥やケンタッキーフライドチキンじゃなくて、母が焼いたトリモモなんだよね。
トリモモと一緒に食卓に並ぶシャンメリーも、サンタ人形が上に乗った生クリームのケーキも、味は大したことないのにクリスマスという特別感でとびきり美味しく思えた。サンタさんがくれたプレゼントは期待外れのことが多かったけど、思い返してみればがっかり感も含めて懐かしく思えるなあ。
懐かしさに浸りながら焼き菓子をかじっていると、
「ついてるぞ」
とカレルに口元を拭われた。ついでに唇を指でなぞられる。何度か往復してから合わせ目をこじ開けるように押されて、まるでキスされているみたいだ。ムッとして唇を尖らせると、黄緑色の目がちょっとだけ笑う。テーブルの下で足を軽く蹴ると、膝で太ももを撫でられた。
「アキオ、君の意見は?」
テーブルの下でカレルとじゃれ合っていたオレは、突然ジョヴァンナに名指しされてギョッとした。慌てすぎて意味もなく立ち上がってしまい、ワインのコップを倒しかける。横からカレルが押さえてくれなければ、真っ白なテーブルクロスに派手なシミを付けてしまうところだった。
「は、はいっ! えっと……えっと……何の話だっけ?」
「聞いてなかったのか? 私が王になったことを民衆に知らしめるために、どういうパフォーマンスをすれば良いかを議論していたんだ。君が元いた世界には王がいるんだろう? どのようにして威厳を示していた?」
「えぇ~……っと……」
オレは返事に困って俯いた。
ジョヴァンナは勘違いしている。確かにオレは異世界から来たし、王様って概念を理解してるけど、現代には実権を持った王様なんかいないから、昔の王様が実際どんなものだったのかは知らないんだよ。でもそれを説明するのはすごく難しい。
「ニホンに王がいたのか?」
カレルも首をひねっている。去年の夏、一瞬オレの田舎にトリップした時の事を思い出してるんだろう。
「う~ん……天皇陛下はいるけど、王様ではないんだよなあ。総理大臣も王とは違うし……」
オレが口の中でブツブツ言いながら考え込む間にも、他の人はどんどん発言していく。
「即位式は冬至祭の翌日に行われる予定です。聖都に人が集まっている時期ですから、民に知らせるタイミングとしては最適でしょう。集まった民に新王の名入りの札と祝い菓子を配り、各村に即位の知らせを持ち帰ってもらおうと思っていますが、それだけで民に王と大聖女の違いを分かってもらえるか……」
エミリオが難しい顔をして言う。
オレは手元の皿に一個だけ残っているクッキーを見下ろした。もしかしてコレはおやつじゃなくて即位式で配る祝い菓子の試作品なのかもしれない。
「大聖女がジョヴァンナ様に跪く姿を民に見せるというのはどうかしら? 今まではわたくしがファタリタの権威を象徴しておりましたから、わたくしが王の前に跪けば、王が教会より上位だと印象づけられるのではないかしら?」
そう言ったのはフィオレラだ。昔のような露出度の高いドレスをやめて、普通に温かそうな衣装を着ている。肩に巻いた毛皮のホワホワショールが似合っていて可愛い。
「しかしそれでは神が王の下につくということになりますぞ。今まで民の心を支えてきたのはジョヴァンナ様ではなく、命願教の教えです。大聖女が王に跪くのは、屈辱だと感じる者も多いでしょう」
「ロドリゴ師の言うとおりだ。それにフィオレラが私に跪いたら、私が新しい大聖女になったと思われやしないか? 教会はあくまで教会、王は王として別の役割を負うんだ。それを分かりやすく示したいんだがな……」
ジョヴァンナが腕組みをして溜息をつく。
なんだか頭が痛くなってきた。一応高校では世界史を選択してたけど、受験用の詰め込み知識で対応できるのは穴埋め問題が関の山だ。宗教独裁国家から王制国家への移行をどうするかなんて、オレの小さい脳みそには荷が重すぎるんだよ。
「アキオ、なにか良い考えはないのか?」
再びジョヴァンナに尋ねられ、オレは必死で記憶を辿った。
王様の即位って言うと、なんとなく戴冠式って言葉が思い浮かぶ。
戴冠って事は、王様の頭に冠をかぶせる儀式なんだろう。じゃあ冠をかぶせる役の人がいるはずだ。それって誰なんだろう? 前の王様? それとも大臣?
う~ん、どれも違う気がする。確か、キリスト教のエライ人がやるんじゃなかったっけ……教皇? なんかそんな人がいたはず。
脳内には断片的なヨーロッパ史のイメージとキーワードだけが浮かんでは消えていく。その中で、『王権神授説』という単語がピョコッとポップアップした。
あった、あった、その単語! 用語集で覚えたぞ!
たしか、王様は神様から選ばれたからエライって説だったはず。それを根拠にフランスとかで絶対王政が始まったんじゃなかったっけ?
宗教国家のファタリタが王政に変わるなら、その理屈で説明すれば分かりやすいかもしれないな……
恐る恐る手を上げると、それまで侃々諤々の議論を交わしていた全員の目がこっちを向くので、緊張してしまう。
「あの~……実はオレの故郷には権力を持つ王様はいなかったから、今から言うのは、別の国の話になるんだけど……」
「構わない。話してみろ」
ジョヴァンナに促され、オレは頭の中を整理しながらゆっくりと話し出した。
「過去に王様と教会が別々に存在してた国では、王様が即位するときに、教会の一番エライ人が王様に冠をかぶせる儀式をやってた……と思う。教会が神の代理として権威を王様に授けるんだ。
ファタリタでもそのやり方が合うのかは分からないけど、『神様がジョヴァンナを王様に選びました。だから今から大聖女は政治に関する権威をジョヴァンナに委譲します』ってフィオレラが宣言して、なにか王様の印となるもの──王冠でも王錫でも何でも良い──をジョヴァンナに渡してみせれば、民衆も理屈を飲み込みやすいんじゃないかと……思うんだけど……どうだろう……?」
話しながら段々自信がなくなってきて、最後は呟きみたいになってしまった。けど、アイディアは悪くないはずだ。
しばらくみんなは考え込んでる様子だったけど、まず最初にロドリゴ師が、ヤギのようなあごひげを撫でながら頷いた。
「なるほど。そのやり方ならば、王と教会が並び立つことができますな。現実的な政は王が行い、民の魂を導く役は引き続き教会が負う」
それにルチアーノが同意を示して続けた。
「そして我々騎士団は、神によって政を任された王から、改めて国を守る役割を授かればいい。命を奪うことを否定する教会に所属していては、ろくに戦うことはできませんから」
出会った当初いけ好かないキラキライケメンだったルチアーノは、今は落ち着いた渋さを身につけて、ますますいい男になっている。フィオレラはそんな彼を頼もしそうに見つめていた。
「そうですな。教会に武力は必要ない。騎士団は王の下で働く方がよろしかろう」
ロドリゴ師とルチアーノは重々しく頷きあう。
「儀式でのフィオレラ様の御衣装も、考え直した方がよろしいですわね! とりあえずジョヴァンナ様より目立たないドレスを作るよう指示しましたけれど、神の御威光を授けるお役目となれば、もっと神々しく荘厳な感じにしなければ!」
侍女頭のテレーズは顔を輝かせて立ち上がる。
「今から? お針子達の負担になってしまうのではないかしら?」
「いいえ! みな喜んで新しいドレスを考えると思いますわ! フィオレラ様のお衣装を作るのはわたくしたちの喜びですもの」
フィオレラは心配そうだけど、テレーズは嬉しそうだ。
「よし! ではアキオの案を元に、ロドリゴ師とフィオレラで宗教的な理屈を作り上げてくれ。私は聖女としてあがめられるのは真っ平ごめんだから、その役目は今まで通りフィオレラが背負ってくれると助かる」
ジョヴァンナは晴れ晴れとした笑顔をフィオレラに向ける。フィオレラは頷いて、控えめに微笑み返した。二人は容姿も性格も正反対だけど、国を背負う覚悟を決めている点では同じだから意外と気が合うらしい。
「王の象徴はどうします? 冠にしますか? 錫にしますか? それとも他のものに?」
エミリオは手元のリストに目を落としながら首を傾げる。
「どちらも用意しよう」
「では、急いで腕の良い宝飾職人を探させます。今からですと石の買い付けは間に合いませんから、ジョヴァンナの手持ちの宝石を加工させるしかないですが」
「うーん……。こういうときに、オティアンがいれば良かったんだがなあ。アイツに言えば、どんな物でも大抵何でも都合がついたのに。一体どこに消えたんだか……」
ジョヴァンナが独り言のように呟くのを聞いて、オレはドキッとした。
オティアンの生死は未だに不明のままだ。生きているとは思うけど、ノルポルはファタリタと関わりを絶ってしまったから、彼が故郷に戻ったかどうかを尋ねることすらできないんだ。ノルポルと繋がりのあるエラスト北部の人に聞いてみても、そんな男は知らないと言われてしまった。
「惜しい人材だったが、いなくなった者のことを考えても仕方がないな。エミリオ、石を選ぶのを手伝っておくれ。私に一番似合うものを選べるのは君だから」
「喜んで」
エミリオはジョヴァンナの手を取って立ち上がる。この二人、完全にジョヴァンナがエミリオを尻に敷いて振り回してるのかと思ったら、そういうわけでもないのが面白いよな。
「では本日はここまで。次は三日後に同じ時間、同じ場所で打ち合わせよう」
女王の一声で会議は解散した。
「あ~~~つかれたー!」
お偉方が退出したのを見計らって、オレは椅子の背に体重を掛けて思いっきり伸びをした。テーブルの後片付けをしていた侍女頭のテレーズがクスクスと笑う。
「もーみんなオレを買いかぶりすぎなんだよ~! オレは日本じゃ高卒の引きこもりだったんだから、政治の話なんて分からないよぉ~」
「でも、皆お前の話に感心していたじゃないか」
カレルが笑いながら立ち上がってオレの肩を揉む。大きくて温かい手の平でほぐされてホッと力が抜けた。
「教科書で覚えたことを思い出しただけだよ。多分間違ってるし」
「間違っているかどうかなんて、誰にも分からない。お前がきちんと勉強していたから、異国の政のことまで思い出せたんだろう?」
労うようにポンポンと肩を叩かれて、ふと目頭が熱くなった。受験には失敗したけど、あのときの努力は全くの無駄ではなかったのかもしれない。
「へへ……ありがとう」
涙ぐんだのをごまかすようにほっぺたを擦りながら立ち上がると、カレルはオレの肩に腕を回し、
「日暮れまではまだ時間がある。雪も小降りだし、外へ出ないか? 気晴らしだ」
と窓の外を指さした。
「いいね! こっちで買っておきたいものが一杯あるんだ。エラストのみんなへのお土産も探そうよ」
オレがはしゃいだ声を上げると、テレーズが
「でしたら、大聖堂の広場に行かれるとよろしいですわ。冬の市が立っておりますよ」
と会話に割り込んできた。
「市? 命願祭のときみたいな?」
「あれよりは小規模ですけど、年送りにちょうど良い小物やお菓子を売る店が沢山出ております」
「年送り? なにそれ?」
カレルを見ると、知らないというように首を横に振っている。
「新しい年を迎える前に、親しい人と小さな贈り物を渡し合うんです。次の時が豊かになりますようにと願いを込めて。エラストではそういった習慣はございませんか?」
「ない。エラストの年明けは春だ。改まった贈り物をするのは、誰かに子どもが生まれたときか、新しい家を建てたとき、舟を出すときくらいだ」
「そうでしたか。今年はお二人ともファタリタで年を越されるのですから、贈り物をしてみてもよろしいんじゃないかしら?」
テレーズはニコニコと言った。
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前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する
135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。
現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。
最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
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