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番外編

雪遊び【同人誌の告知あり】

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「君と舟を出す日」の半年ちょっと後くらいの短編です。語り手はティトー(カレルの村の小父さん。長老の補佐役の人)。

【告知】

「エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!」の加筆修正完全版の同人誌を作りましたので、気になる方はチェックしてみてください。紙と電子版(PDF/epub)両方あります。
紙の本の頒布開始は10/15(日)20:00~です。
書き下ろし一万五千字。表紙イラストは、イメージイラストをお願いしたオチャ/KYAN様に描いていただきました。すごく素敵な表紙なので、サンプルで表紙だけでも見ていって……!
https://www.pixiv.net/artworks/112151499






───◆・◆・◆───◆・◆・◆───◆・◆・◆───

 雪野原を黒い子熊が走って行く。
 時折意味もなく転がって雪を跳ね上げたり、鼻先を地面に埋めて掘り返したり。
 楽しそうなのは何よりだが、興奮しすぎじゃなかろうか。

「アンタにもあのくらいの時があったねえ、ティトー」

 隣でケイラが目を細めている。

「そんな昔の話をされてもね」

 私が肩をすくめると、ケイラはフフンと鼻で笑い、

「ああ寒い。後はお前が見ておいておくれ」

 とストールを肩に巻き付けて家の中へと引っ込んだ。

 小熊は随分遠くへ離れてしまっている。呼び戻そうかと迷っていると、急にピタリと動きを止めた。後ろ足で立ち上がって、木立の方へ注意を向けている。
 何があるのかと同じ方向を見ると、小さな山羊がいた。

 まだ角も未熟な子ヤギだ。母親とはぐれたのか、心細げに鳴いている。
 小熊はそっと前足を雪の上に下ろし、一歩前に出た。
 子ヤギがそれに気がついて鳴くのを止める。一歩、一歩と二頭の距離が縮まる。

 もう一息で飛びかかれる位置まで小熊が近づくと、子ヤギは弾かれたように飛び上がって林の奥へと逃げていった。小熊はそれを追おうと身構える。

「待て! 追うな! 逃がしてやれ!」

 私は走って小熊を取り押さえ、外套にくるんで抱き上げた。遊びを邪魔された小熊は歯を剥き出して唸り、私の腕から逃れようとする。

「やめろ。さっき昼飯を食ったばかりだろうが。腹も減らないのに、無闇に獣を殺すな」

「グルルルル……」

「言いたいことがあるなら言葉で言え。口が上手く回らないなら、人に戻ってから話せ」

 鼻先を掴んで言い聞かせると、小熊は黄緑の目を瞬かせ

『食うつもりじゃない!』

 と私の腕から飛び降りた。

「じゃあどうして山羊を追いかけた? 怯えていただろう」
『……一緒に遊ぼうと思って……』

 小熊はしょんぼりと鼻先を雪に埋める。

「遊ぶ? 山羊とか? 無理だ。今お前は熊の姿になってるのを忘れたか?」
『じゃあ人に戻ったら?』
「ダメだろうなあ。完全に自分の中の獣を人型の中に封じられるようになれば、世話くらいはできるようになるだろうが。しかし野生の獣は我々に懐きはしないぞ。異質だからな」
『……つまんない。オレ、もっと小さい動物だったら良かったのに』

 小熊は退屈そうに前足で雪を掘り返す。

「そう言うな。お前は恵まれた魂と身体を持ってこの世に生まれてきたんだ。小さいのを守ってやるためにな」
『でも守ってやっても仲良くなれないなんて、つまんない!』

 小熊はブルリと全身を震わせて雪を払い、ケイラの家の方へと転がるように駆けていく。私は苦笑してそれを見送った。

 あの小熊、カレルはようやく獣と人の姿を行き来できるようになったばかりだ。
 ここには同じ年頃の子どもがいないから、遊びの衝動を持て余しがちで、さっきの山羊や狐のような野生の小物に近寄っては、怯えて逃げられて癇癪を起こすのを繰り返している。
 オライリーの家のイザベルがもう少し育てば遊べるだろうが、あの娘はまだ立つこともできない赤ん坊だ。

───何故こんなに赤子を乗せた船が流れてこなくなったのか……

 少し前までは、一年に十人程度は浜に流れ着く舟があったのに、今は空舟ばかりが戻って来る。
 私は灰色に曇った西の空を見て、憂鬱な気分で溜息をついた。




 あれから随分時が流れた。
 私はあの時と同じ雪野原で、大人げなく雪遊びをする若者達を見て目を細める。

 ミゲルが腕一杯に雪玉を抱えてカレルにぶつけている。カレルも雪玉を投げ返してはいるが、玉を握って固める間に、相手から集中砲火にあってすでに雪まみれだ。

「アキオ! 早く! 次の玉!」

 ミゲルが後ろに控える有能な雪玉製造係を急かす。

「待って、手が凍りそう! 一時休戦しよう」
「ダメ! 早く!」

 手に息を吐きかけているアキオを振り返った途端、ミゲルの背中に特大の雪玉がぶつかった。

「わーっ! 冷てぇっ!」

 服の中に雪が入り込んだのか、ミゲルは背中に手を回して飛び跳ねる。カレルは攻撃の手を止めた少年を肩に抱え上げ、雪溜まりの中に勢いよく放り込んだ。

「ウギャーッ! こんなの反則だろっ!?」

 全身雪に埋もれたミゲルは、大声で文句を言いつつも楽しそうだ。

「ワーッッ! やめてくれー! オレは攻撃してないよーっ! 後方支援なんだから無罪だよーっ!!」

 続いて抱え上げられたアキオがカレルの腕の中で喚いている。カレルは笑いながらその場でくるりと回り、「投げないでくれ!」と悲鳴を上げているアキオに頬ずりした。
 あれは別に放り投げようとして抱き上げたわけじゃないと思うが、それが伝わらない辺りがアキオの良いところなのかも知れない。


「……アイツ、子どもの時から好みが全っ然変わってないのよね」

 私の横で腕組みして立っていたイザベルが、据わった目をして呟く。私は思わず笑ってしまった。

「確かに! そうだな」
「ね? 小さくてメエメエうるさく鳴くやつが好きなのよ。それで、毎度毎度かわいがり倒して嫌がられる」
「今度はそうでもないようだが……」
「ほんと! 構いまくっても逃げないのが見つかって良かったわよね」

 イザベルはヤレヤレとばかりに首を振った。


 生温かい目で見まもる私たちの前で、全身雪に埋もれていたミゲルがようやく抜け出して、立ち上がった途端にカレルの膝にタックルをかけた。
 不意打ちを食らったカレルはアキオを抱いたまま雪溜まりに倒れ込む。下敷きになったアキオが派手に悲鳴を上げた。

「冷たーーーっ!! ミゲルなにすんだよっ! オレたち味方じゃん!」

「ふふん。自分だけ無事でいようなんてズルいぞ!」

 ミゲルは勝ち誇った顔で二人を見下ろす。
 しかし素早くカレルに足払いを食らわされて、再び雪の上に倒れた。

「や~い! またやられてやんの!」

 アキオが手を叩いて笑う。見かけによらず、いい性格をしている。

「クッソ! 腹立つなあっ!」

 ミゲルは悔しそうに小さな雪玉をアキオの顔に向かって投げつける。もろに食らったアキオはカレルの胸元に顔を擦り付けた。カレルは笑ってアキオの髪についた雪を払ってやっている。


 ミゲルの機嫌が悪くなる前に、私は三人を呼び戻すことにした。

「おーい、少年たち! お茶にしよう! 早い者勝ちで茶菓子を選べるぞ!」

 声をかけると、真っ先に振り返ったミゲルが大急ぎでこっちに駆けてきて、

「オレが一番だよ!」

 とイザベルに飛びついた。イザベルは雪まみれの少年の衣服をはたいてやりながら、家の方へと導く。

「アキオは? 茶菓子を選べなくてもいいのか?」

 後からのんびりやってきた二人組の小さい方に聞いてやると、

「流石にそこは子どもに譲るよ」

 と彼は苦笑した。一応年上の自覚はあるらしい。

「でも今日はトラクもあるらしいぞ」

 トラクはミルクと砂糖を焦げる寸前まで煮詰めて作る菓子だ。ファタリタの街でなら簡単に買える菓子だが、作るのが面倒だからここではあまり口にする機会はない。

「えっ!? それ早く言ってよ!」

 トラクが好物らしいアキオは、慌ててミゲルとイザベルを追いかけた。

「お前は?」

 のんびり横を歩くカレルに向かって尋ねると、無言で軽く肩をすくめられた。

「へえ、生意気になったもんだなあ」

 私は同じくらいの高さにあるカレルの頭を撫でてやる。

「やめてくれ。いつまでも子どもじゃない」
「そりゃそうだ。もう伴侶も得たし、お前も一人前か」

 からかうように言ってやると、カレルは満足気に目を細めた。視線の先にいるのは、ミゲルと大人気なく言い合っているアキオだ。

「逃げないのが見つかって良かったな」

 私が笑ってカレルの背中を拳で叩くと、カレルは何のことだと言いたげにキョトンと首を傾げた。


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