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番外編
番外小話1<前編>
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ファタリタ大聖堂の付属の建物の一室、臨時の宰相執務室はそれほど広くない。部屋の真ん中には、書物が山積みになったどでかい机と、それを挟んで椅子が二脚。
「思ってたのと違う……」
オレは分厚い辞書を前にして呻いた。
今から半年ほど前、現代日本から異世界・ファタリタへ転移したオレ湯島秋央は、なんやかんやあってヒッソリ世界を救ってしまい、この先一生ここで暮らすことになった。
この世界はオレがここに来る前にやってたゲームの世界とそっくりで、話し言葉は最初から問題なく通じる。だからコミュニケーションには何の問題は無いんだけど、実はオレはこの世界の文字が読めない。
ゲーム内では、街中の看板とかアイテムの本には意味不明のオリジナル文字が使われてたんだ。画面には「オリジナル文字(日本語)」って表示されたから読めなくても良かったんだけど、ここでは日本語がポップアップしてこない。冒険が終わって日本に戻るんなら、一時的に文字が読めなくても構わないんだけど、永住するとなると読み書きはできた方が良い。
それで、ちょうど世界を救った拍子に瀕死になったせいで、まだ外で活動できるほど体力が回復してなかったオレは、暇な時間を使って読み書きの勉強でもしようかな、って軽い気持ちで思い立ったんだ。
話し言葉は通じるんだから、ここの言葉は日本語なわけで、文字だって異世界もので良くあるような、日本語の五十音をオリジナル文字に置き換えただけの簡単なやつだろ? ヨユーヨユーってオレは調子こいでた。
なのに、なに? この分厚い辞書は!
「おや、もしかして日常語と同じく記述語も簡単だと思っておられたんですか? 残念でした。大変難しいですよ」
重厚なテーブルの向こうにいるのは、エミリオだ。実質ファタリタの女王になったジョヴァンナの副官にして伴侶で、ファタリタでの今の立場は宰相。ジョヴァンナが産んだ二人の子どもの父親でもある。
多忙を極めるはずの彼が、オレの前で嫌みったらしく笑っているのには訳があった。
勉強するって決めたオレは、まずはカレルに頼んで日常で使う文字を教えてもらった。
そっちは予想通り五十音を別の文字に置き換えただけだったから、一日で覚えられた。それで、カレルに褒められて調子に乗って、「本も読めるようになりたい」とか言ってしまったのが間違いだった。
なんと、ファタリタには日常語と記述語の二種類の文字があったんだ。本はすべて記述語で書かれてる。日本でも明治時代までは文語と口語が別だったから、それと同じ感じ? いや、ここの書き言葉は日常語とはほぼ別言語だから、昔のヨーロッパでは書き言葉がラテン語だった、って事例の方が近いな。
つまり、本を読みたいオレは一から外国語を勉強することになったわけだよね。うーん、想定外!!
カレルは、ひたすら根性で記述語を独学したから、人に教えるほど整理された知識は持ち合わせていなかった。なんとか読めるようにはなったけど、書くことはできない。メモ書き程度なら日常語の方で事足りるから、それで十分らしい。
そもそも、製紙技術も印刷技術も未発達なこの世界では、紙に書かれた本は超高級品で、長い文章を読み書きするのは、上流知識階層しか身につけられない特殊技術なんだそうだ。
じゃあ、カレルに代わって先生になってくれる人は誰かいないかな? って最上流階級のジョヴァンナにポロッと相談したら、エミリオを紹介されたってわけ。彼は元々大聖堂の書庫で働いていた学者で、歴史的資料を焼却しろという命令に反対してサウラスへ亡命した人物だから、読み書きを教えてもらうには最適任ということらしい。
「日常語の読み書きができれば生きていくのに不便はありませんし、止めておきますか? 私も暇ではありませんし」
エミリオは苦笑を浮かべてオレの前から辞書を取り上げようとする。オレは慌てて辞書を取り返した。
「いーや、やるって決めたから、やるよ」
オレは一応、高校時代の学力テストでは県でトップ5に入ったこともあるんだから、やれば出来るはず! 勉強しか取り柄のなかった学生時代を思い出せ!
……いや、思い出さないほうが良いかも。黒歴史が蘇ってきてメンタルに悪い。
「では、基礎からやっていきましょう。日常語で使う文字は全部で五十ですが、記述語では七十種類。単語はそれぞれ音便によって形が変わりますから……」
エミリオは嬉々として語りだす。元学者だから、専門分野の話ができて嬉しいのかも。
オレしか生徒のいないファタリタ記述語基礎講座は、一時間目からレベルが高かった。
「……ああ、少々長くなりましたね。この辺りで一度休憩しましょう。私は会議がありますから、再開は……そうですね、夕べの鐘が鳴る頃にしましょうか。それまで、教えたことを復習して、書く練習をしておいてください」
エミリオはそう言って教本を閉じ、部屋を出て行った。オレは練習用の擦筆を放り出し、机に突っ伏する。
「だぁあ~! ムッズ! なにこれ、ムズい!!」
記述語は、文字そのものが難しかった。文字は一つ一つ微妙な曲線で構成されていて、線の角度によって違う意味になる。読めても書けない。これはカレルが諦めたのも分かる。難しい。
紙が貴重だから、黒っぽい石版に濡らした擦筆で文字を書く練習をする。水が乾けば書いた字が消えて、また新しく書けるようになるから便利っちゃ便利だけど、メモを残すことができないから教えてもらったことはすぐに頭で覚えなきゃいけない。
こんなに集中して頭を使ったのは久しぶりで、オレはすっかりぐったりしてしまっていた。
机に頬を着けたまま窓の外を見上げると、よく晴れた水色の空が広がっていた。丁度お昼時で、食べ物の匂いが風に乗って室内まで入り込んでくる。頭使ったせいで腹減ったなあ。
食堂まで食べに行くか、外に出かけて店屋で何か食べるか。どっちにせよ、財布を取りに部屋に戻らなきゃ。
「ヨシッ! お金取りにい行こっ!」
気合いを入れて立ち上がるのと同時に、背後のドアが開いた。
「アキオ? そろそろ休憩じゃないか?」
戸口に顔を出したのはカレルだった。ナイスタイミングで嬉しくなってしまう。ご飯は一人で食べるより、誰かと一緒のほうが美味しい。好きな人と一緒ならなおさらだ。
「うん! 夕方まで休憩だって。今からお昼食べに行こうと思ってた。カレルはもう食べた?」
「いや、オレもまだだ。一緒に行こうかと思って見に来た」
「やった! じゃあ外行こうよ。天気良いし」
頷いたカレルと並んで外へ出る。建物を出るとすぐに大通りだ。荷馬車が慌ただしく行き交って、物資を運んでいた。
オレたちがさっきまでいた建物は、元は命願教の高位聖職者用の宿舎だったらしいけど、今はジョヴァンナが接収して臨時の政務場所として使ってる。サウラス軍もまだ駐屯してるから、一時的に人が増えた聖都は、良い意味でも悪い意味でも活気に溢れていた。
「なんだか、あんまりゆっくり食べられる感じじゃないね。大聖堂の食堂にしとけば良かったかな……」
通りの両脇には食事処がいくつかあるけど、どこも人で一杯だ。昼から酒を飲んで騒いでる連中もいる。
「あそこの包み焼きが結構旨いんだ。買って広場で食べるのはどうだ?」
カレルの提案に賛成して、惣菜も扱ってる肉屋に向かった。骨付きの生肉が並べられた台の横で、色んな惣菜が売られている。薄いパン生地で挽肉と野菜を包んで焼いたものを二つ買うと、焼きたての熱々をレタスみたいな葉っぱに挟んで渡された。一つが広げた手のひらくらいあるから、ボリュームは満点だ。
人の少ない聖堂広場の方へ向かいながら包み焼きにかぶりつく。一口囓ると油と肉汁が溢れてきて指を汚した。
「うわっ、やべっ! これ食べるの難しい!」
「本当だ。選択を間違ったかな」
横を見るとカレルもベトベトになった手を見て困った顔をしていた。
「イヤ、いける。先に汁を吸っちゃえばいいんじゃない? 小籠包食べる時みたいに」
「ショウロンポウ?」
「あ~、オレが元いた世界の食べ物。ちょっとこれに似てる。サイズはもっと小さいんだけど、噛んだら熱々の汁が出てくるのが似てるなって……」
溢れる汁をすすりながら言うと、カレルがちょっと黙り込む。
「あ、その、べつに里心がついたとかじゃないよ? こっちの食べ物も美味しいよ」
「いや、オレはアキオがいた世界のことを想像もできないから……残念だと思っただけだ」
「そんな良いとこでもなかったよ。便利ではあったけど」
広場の隅に空いているベンチを見つけて、並んで座る。
「いや、良いとこだったのかな。わかんないや。オレは向こうで一回勝負に負けて、それで自分の人生を投げ出しちゃったから……」
手の中の包み焼きにかぶりつく。味は故郷で食べた冷凍の小籠包とはほど遠く、肉は野性味溢れて固いし、塩気ばかりが強い。それでも、部屋で閉じこもってゲームの画面を見つめながら貪った菓子パンよりは余っ程美味い。日本にいた時も、心を許せる誰かと食事をしたら、こんな風に美味しかったのかなと思うと、チクリと後悔が胸を刺した。
でもきっと、オレはあのまま部屋に籠もっていたら、一生誰かに心を開くことも、自分の行動に責任を持とうとすることもなかっただろう。
「こっちでやり直せて、本当に良かったと思うよ」
そう言ってカレルの方を向くと、カレルは眩しげに目を細めて笑った。
「記述語を使いこなせるようになったら、向こうのことを忘れないように書き残しておくと良い」
カレルの言葉でオレはハッとした。
「そっか、書けるようになったら自分の記録も残せるんだ」
「そうだ。書けたらオレにも読ませてくれ。お前が生まれた世界に興味がある」
「うーん、カレルに読んでもらえるような楽しい話はあんまりないかもなあ。それに、人に読んでもらえるような文章を書けるようになるまで、どれくらいかかるか……。でも目標があるほうがいいよね。頑張るよ」
オレは頷いて残った包み焼きを口に押し込む。カレルも食べ終わって、汚れた手を腰から下げた手巾で拭いて立ち上がった。
「思ってたのと違う……」
オレは分厚い辞書を前にして呻いた。
今から半年ほど前、現代日本から異世界・ファタリタへ転移したオレ湯島秋央は、なんやかんやあってヒッソリ世界を救ってしまい、この先一生ここで暮らすことになった。
この世界はオレがここに来る前にやってたゲームの世界とそっくりで、話し言葉は最初から問題なく通じる。だからコミュニケーションには何の問題は無いんだけど、実はオレはこの世界の文字が読めない。
ゲーム内では、街中の看板とかアイテムの本には意味不明のオリジナル文字が使われてたんだ。画面には「オリジナル文字(日本語)」って表示されたから読めなくても良かったんだけど、ここでは日本語がポップアップしてこない。冒険が終わって日本に戻るんなら、一時的に文字が読めなくても構わないんだけど、永住するとなると読み書きはできた方が良い。
それで、ちょうど世界を救った拍子に瀕死になったせいで、まだ外で活動できるほど体力が回復してなかったオレは、暇な時間を使って読み書きの勉強でもしようかな、って軽い気持ちで思い立ったんだ。
話し言葉は通じるんだから、ここの言葉は日本語なわけで、文字だって異世界もので良くあるような、日本語の五十音をオリジナル文字に置き換えただけの簡単なやつだろ? ヨユーヨユーってオレは調子こいでた。
なのに、なに? この分厚い辞書は!
「おや、もしかして日常語と同じく記述語も簡単だと思っておられたんですか? 残念でした。大変難しいですよ」
重厚なテーブルの向こうにいるのは、エミリオだ。実質ファタリタの女王になったジョヴァンナの副官にして伴侶で、ファタリタでの今の立場は宰相。ジョヴァンナが産んだ二人の子どもの父親でもある。
多忙を極めるはずの彼が、オレの前で嫌みったらしく笑っているのには訳があった。
勉強するって決めたオレは、まずはカレルに頼んで日常で使う文字を教えてもらった。
そっちは予想通り五十音を別の文字に置き換えただけだったから、一日で覚えられた。それで、カレルに褒められて調子に乗って、「本も読めるようになりたい」とか言ってしまったのが間違いだった。
なんと、ファタリタには日常語と記述語の二種類の文字があったんだ。本はすべて記述語で書かれてる。日本でも明治時代までは文語と口語が別だったから、それと同じ感じ? いや、ここの書き言葉は日常語とはほぼ別言語だから、昔のヨーロッパでは書き言葉がラテン語だった、って事例の方が近いな。
つまり、本を読みたいオレは一から外国語を勉強することになったわけだよね。うーん、想定外!!
カレルは、ひたすら根性で記述語を独学したから、人に教えるほど整理された知識は持ち合わせていなかった。なんとか読めるようにはなったけど、書くことはできない。メモ書き程度なら日常語の方で事足りるから、それで十分らしい。
そもそも、製紙技術も印刷技術も未発達なこの世界では、紙に書かれた本は超高級品で、長い文章を読み書きするのは、上流知識階層しか身につけられない特殊技術なんだそうだ。
じゃあ、カレルに代わって先生になってくれる人は誰かいないかな? って最上流階級のジョヴァンナにポロッと相談したら、エミリオを紹介されたってわけ。彼は元々大聖堂の書庫で働いていた学者で、歴史的資料を焼却しろという命令に反対してサウラスへ亡命した人物だから、読み書きを教えてもらうには最適任ということらしい。
「日常語の読み書きができれば生きていくのに不便はありませんし、止めておきますか? 私も暇ではありませんし」
エミリオは苦笑を浮かべてオレの前から辞書を取り上げようとする。オレは慌てて辞書を取り返した。
「いーや、やるって決めたから、やるよ」
オレは一応、高校時代の学力テストでは県でトップ5に入ったこともあるんだから、やれば出来るはず! 勉強しか取り柄のなかった学生時代を思い出せ!
……いや、思い出さないほうが良いかも。黒歴史が蘇ってきてメンタルに悪い。
「では、基礎からやっていきましょう。日常語で使う文字は全部で五十ですが、記述語では七十種類。単語はそれぞれ音便によって形が変わりますから……」
エミリオは嬉々として語りだす。元学者だから、専門分野の話ができて嬉しいのかも。
オレしか生徒のいないファタリタ記述語基礎講座は、一時間目からレベルが高かった。
「……ああ、少々長くなりましたね。この辺りで一度休憩しましょう。私は会議がありますから、再開は……そうですね、夕べの鐘が鳴る頃にしましょうか。それまで、教えたことを復習して、書く練習をしておいてください」
エミリオはそう言って教本を閉じ、部屋を出て行った。オレは練習用の擦筆を放り出し、机に突っ伏する。
「だぁあ~! ムッズ! なにこれ、ムズい!!」
記述語は、文字そのものが難しかった。文字は一つ一つ微妙な曲線で構成されていて、線の角度によって違う意味になる。読めても書けない。これはカレルが諦めたのも分かる。難しい。
紙が貴重だから、黒っぽい石版に濡らした擦筆で文字を書く練習をする。水が乾けば書いた字が消えて、また新しく書けるようになるから便利っちゃ便利だけど、メモを残すことができないから教えてもらったことはすぐに頭で覚えなきゃいけない。
こんなに集中して頭を使ったのは久しぶりで、オレはすっかりぐったりしてしまっていた。
机に頬を着けたまま窓の外を見上げると、よく晴れた水色の空が広がっていた。丁度お昼時で、食べ物の匂いが風に乗って室内まで入り込んでくる。頭使ったせいで腹減ったなあ。
食堂まで食べに行くか、外に出かけて店屋で何か食べるか。どっちにせよ、財布を取りに部屋に戻らなきゃ。
「ヨシッ! お金取りにい行こっ!」
気合いを入れて立ち上がるのと同時に、背後のドアが開いた。
「アキオ? そろそろ休憩じゃないか?」
戸口に顔を出したのはカレルだった。ナイスタイミングで嬉しくなってしまう。ご飯は一人で食べるより、誰かと一緒のほうが美味しい。好きな人と一緒ならなおさらだ。
「うん! 夕方まで休憩だって。今からお昼食べに行こうと思ってた。カレルはもう食べた?」
「いや、オレもまだだ。一緒に行こうかと思って見に来た」
「やった! じゃあ外行こうよ。天気良いし」
頷いたカレルと並んで外へ出る。建物を出るとすぐに大通りだ。荷馬車が慌ただしく行き交って、物資を運んでいた。
オレたちがさっきまでいた建物は、元は命願教の高位聖職者用の宿舎だったらしいけど、今はジョヴァンナが接収して臨時の政務場所として使ってる。サウラス軍もまだ駐屯してるから、一時的に人が増えた聖都は、良い意味でも悪い意味でも活気に溢れていた。
「なんだか、あんまりゆっくり食べられる感じじゃないね。大聖堂の食堂にしとけば良かったかな……」
通りの両脇には食事処がいくつかあるけど、どこも人で一杯だ。昼から酒を飲んで騒いでる連中もいる。
「あそこの包み焼きが結構旨いんだ。買って広場で食べるのはどうだ?」
カレルの提案に賛成して、惣菜も扱ってる肉屋に向かった。骨付きの生肉が並べられた台の横で、色んな惣菜が売られている。薄いパン生地で挽肉と野菜を包んで焼いたものを二つ買うと、焼きたての熱々をレタスみたいな葉っぱに挟んで渡された。一つが広げた手のひらくらいあるから、ボリュームは満点だ。
人の少ない聖堂広場の方へ向かいながら包み焼きにかぶりつく。一口囓ると油と肉汁が溢れてきて指を汚した。
「うわっ、やべっ! これ食べるの難しい!」
「本当だ。選択を間違ったかな」
横を見るとカレルもベトベトになった手を見て困った顔をしていた。
「イヤ、いける。先に汁を吸っちゃえばいいんじゃない? 小籠包食べる時みたいに」
「ショウロンポウ?」
「あ~、オレが元いた世界の食べ物。ちょっとこれに似てる。サイズはもっと小さいんだけど、噛んだら熱々の汁が出てくるのが似てるなって……」
溢れる汁をすすりながら言うと、カレルがちょっと黙り込む。
「あ、その、べつに里心がついたとかじゃないよ? こっちの食べ物も美味しいよ」
「いや、オレはアキオがいた世界のことを想像もできないから……残念だと思っただけだ」
「そんな良いとこでもなかったよ。便利ではあったけど」
広場の隅に空いているベンチを見つけて、並んで座る。
「いや、良いとこだったのかな。わかんないや。オレは向こうで一回勝負に負けて、それで自分の人生を投げ出しちゃったから……」
手の中の包み焼きにかぶりつく。味は故郷で食べた冷凍の小籠包とはほど遠く、肉は野性味溢れて固いし、塩気ばかりが強い。それでも、部屋で閉じこもってゲームの画面を見つめながら貪った菓子パンよりは余っ程美味い。日本にいた時も、心を許せる誰かと食事をしたら、こんな風に美味しかったのかなと思うと、チクリと後悔が胸を刺した。
でもきっと、オレはあのまま部屋に籠もっていたら、一生誰かに心を開くことも、自分の行動に責任を持とうとすることもなかっただろう。
「こっちでやり直せて、本当に良かったと思うよ」
そう言ってカレルの方を向くと、カレルは眩しげに目を細めて笑った。
「記述語を使いこなせるようになったら、向こうのことを忘れないように書き残しておくと良い」
カレルの言葉でオレはハッとした。
「そっか、書けるようになったら自分の記録も残せるんだ」
「そうだ。書けたらオレにも読ませてくれ。お前が生まれた世界に興味がある」
「うーん、カレルに読んでもらえるような楽しい話はあんまりないかもなあ。それに、人に読んでもらえるような文章を書けるようになるまで、どれくらいかかるか……。でも目標があるほうがいいよね。頑張るよ」
オレは頷いて残った包み焼きを口に押し込む。カレルも食べ終わって、汚れた手を腰から下げた手巾で拭いて立ち上がった。
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