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3.モブと愉快な仲間たち、東へ

3-5.5 エロゲの被害者

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 朝から予想外の事件で出発が遅れたけど、昼前にはオレたちは東の廃都への旅を再開した。

 お天気の良い日が続いてくれてるおかげで、旅路は順調だ。
 オレは恥を忍んでマイアリーノに上手い乗馬の方法を教えてもらって、何とか尻のダメージを回避する乗り方を身につけることができた。

 ファタリタの秋は過ごしやすいけど期間が短いらしく、旅程をこなすに従って、日中はともかく、夜の冷え込みが一日ごとに厳しくなってきていた。

 東へ行けば行くほど道も悪くなって、人家も減る。やむを得ず野宿をすることになるけど、夜中に外にいると、たまに魔物が出る。気合いを入れればオレでも倒せる雑魚ばっかりだけど、何日も続くと精神的にキツくなってきた。

───いい加減、屋根のあるところでゆっくり眠りたい。

 オレが限界を迎えそうになった頃、河沿いの道は本格的に湿地に突入した。
 地面に見えているところでも、ウッカリ踏み込むと深い流れが隠れていたり、泥地に馬が足を取られてしまったりで、危険極まりない。

「これ以上は無理だな……。少し遠回りになるが、北に迂回しよう」

 ルチアーノが提案し、それに反対する人はいなかった。
 オレたち一行は河から離れ、緩やかな傾斜を上って北へ進路を取った。

 紅葉した森の中を半日ほど進むと、見晴らしのいい丘に出る。
 なだらかに下っていく草地では、羊や牛がのんびりと草を食べている。その向こうに麦か何かが植わっている黄色い畑があり、遠くには小さな町があるのが見えた。
 家々の屋根の間から、小聖堂の鐘楼の塔が飛び出している。その向こうには黒々とした森が続き、ずーっと遠くに白い雪を頂いた高山がボンヤリと霞んでいた。
 テレビで見たヨーロッパのどこかの国のような景色だ。

 近づいていくと、小さな町は木製の柵で周囲を囲われていた。出入り口には門があって、槍と革鎧で武装した男が番をしている。男は周囲を警戒する様子でもなく、暢気そうな顔で足元に寝そべった犬を撫でていた。
 良かった、平和そうな街だ。

「巡礼に参りました。開門願いたい」

 ルチアーノが首から下げた袋から金の命願石を取り出して言うと、門番はあっさりと扉を開いた。

「オレも石を見せた方が良い?」

 オレがコソッと質問すると、ルチアーノは首を振った。

「お前の石は特殊だ。なるべく見せない方が良い」


 招き入れられた町は本当にこぢんまりしていた。

 門から中央の小聖堂まで一直線に道があり、その両脇に店が並んでいる。賑やかなのはその通りだけで、そこから枝分かれする小道ぞいにはポツポツと小さな家が見える程度だ。宿屋は町の端、門の近くに一軒だけ。あまり旅人が来ることもないようで、寂れた様子だった。

 顔を見られたくないマイアリーノだけを宿屋に残し、オレたちはまず町の中心にある聖堂に向かう。
 巡礼である事を伝えるとすぐに奥に通され、簡単な祝福の後に滅石を渡された。先に来ていた巡礼がいたようで、渡された石の量は少ない。
 カレルは従者のような振りをしてルチアーノの後ろに控えつつ、聖堂の様子をじっと観察していた。

 その後、聖堂に付属している施設に泊まっていくよう勧められたけど、ルチアーノは丁重に断り、オレたちは外に出た。聖堂の外はささやかな広場になっていて、仕事を終えたらしい町の人達が家路を急ぐように行き交っていた。

「なんで断ったんだ? タダで泊めて貰えるなら、そっちの方が良いんじゃないの?」

「あそこに泊まると夜の儀式に参加させられる。断るのも面倒だから、最初から泊まらない方が良い」

 儀式ってアレだな、あのエロゲのエロゲたる理由みたいなエロ乱交パーティー儀式だ。

「アレってみんなやってんの? 何のため?」

「何のため? 新しい命を授かるために決まっているだろう」

 ルチアーノは大真面目だ。
 オレからしたらアレは完全に闇儀式にみえたけど、元々そういう宗教の人にとっては、普通のことなんだろうか。

「け、結婚もしてないのに子どもができちゃったら困らない?」

 そう聞くと、ルチアーノは怪訝そうな顔をして立ち止まった。

「儀式に加われる男女は結婚している。アキオ、お前は大聖堂で下働きをしていたのに、なぜそんな基本的なことを知らないんだ?」

「ご、ごめん……オレ、牢に入れられたショックで記憶が所々無くなってるっぽいんだ。今後のためにも教えてもらっていい?」

 内心冷や汗をかきながら両手を合わせて拝むと、ルチアーノは面倒そうに溜息をつき、広場の隅にあるベンチに腰掛けてから話し始めた。

「命願教の第一教義は【命を繋ぎ、守ること】だ。この世に生まれる命の数には限りがある。けして浪費は許されない。だからファタリタでは人の命を奪うような争いごとは起こしてはならない」

「ふんふん、みんなそれを守ってるから、ファタリタ人の間では争いごとは少ない?」

 旅の途中、人間を警戒する必要は感じなかったし、この田舎町の防御力の低さを見てもそれは分かる。ルチアーノが所属してた騎士団も、軍じゃなくて治安維持部隊だし。

 平和そうな町を見回して頷くと、ルチアーノが誇らしげに頷いた。

「そうだ。そして望まれない命を生み出すことも、あってはならない。だから、神の許しのある場所……つまり聖堂だな……で、お互いに許し合った者同士が婚姻を結び、命を授かる儀式を行う」

「結婚した人たちだけ? でも、オレたちも聖堂に泊まったら誘われるんでしょ? マイアリーノは色んな相手とやってたっぽいし……?」

 オレはまだ脳裏にこびりついている猥雑な記憶を思いだし、首を捻る。

「お前、本当に何も覚えていないんだな。聖堂には、俗世を棄てて神のためだけに生きる堂者という存在がいるんだ。小聖堂一つにつき堂者は十人程度で、堂主という責任者が一人いる」

 お寺に住職とお坊さんがいるようなもんだよな。この町の聖堂にも白マントの人たちがいたことを思いだして、オレは素直に頷いた。

「堂者は全ての命を受け入れる。誰にでも抱かれるし、誰でも抱く。未婚の人間は、堂者に相手をしてもらうんだ。マイアリーノは堂者だな」

───つまり、結婚済みの夫婦は聖堂で子作りするし、相手のいないぼっちも、聖堂でお坊さん相手に子作り可能なのか???

 オレは聖堂の方を振り返った。ちょうど開いた扉から若い白マントのお姉さんが出てくるところだ。

───あ、あんな美人のお姉さんに手取り足取りエッチなことをして貰えるの!? しかも無料で!?
 なんて非モテに優しい世界! 流石エロゲ!

 ちんちんさえついていれば、オレはこの世界で即童貞卒業余裕だったわけだ……。ますます失ったモノを取り戻したい気持ちが強くなる。

 オレが妄想を逞しくしていると、眉間に皺を寄せたカレルが

「堂者が身ごもったらどうなる?」

 と低い声で質問した。

「女の堂者が産んだ子どもは、献身者として聖堂で育てられる。男の堂者が信徒に産ませた子も同じだ。私もフィオレラも、聖堂で生まれて育った献身者だ。献身者は十五になれば堂者になるか、騎士になるかを選ぶことができる。それまでに信徒の家庭に引き取られることもあるし、逆に、信徒が家庭で育てられなくなった子どもを聖堂に預けることもある。」

 聖堂は、孤児院みたいな福祉施設でもあるっぽい。良くできたシステムのような気もするけど、将来選べる仕事が騎士か堂者だけなのは引っかかる。

「聖堂の運営資金はどこから出ている?」

「大聖堂には税収もあるが、収入源は主に祝福への対価だな。婚姻の祝福、受胎の祝福を得るためには、かなりの額の金が要る。献身者を家庭に引き取る際にも、聖堂に支払う必要がある」

「えっ! ってことは、貧乏人は結婚もできないし、子どもも作れないの!?」

「豊かな場所で命を育てよ、という教えがある。貧しい家は子を持てないようになっている。貧しい者は、堂者になれば新しい命を育てられる」

「え、で、でも、やっぱ好きな人がいれば、自分と相手の間に子どもを作りたいって思うんじゃ無いの? あと、家の血筋を守るとか、そういう考えは?」

「血筋? なんだそれは? 新しい命は誰のものでもない」

 ルチアーノは心底不思議そうに首を傾げる。
 どうもこの世界の家族制度は、オレの常識と全然違ってるみたいだ。

 カレルは片手で顎を捻り、苦虫を噛みつぶしたような顔で

「……エラストに布教に来たファタリタ人は、入信すれば必ず女の腹に子が宿ると勧誘してきた。確実に子孫を残したい一族の者達は、命願教の誘いに乗ったが……ファタリタの金を稼ぐまで、自分の子は得られず、故郷にも戻れないというわけか」

 と吐き捨てた。

「対価を支払わねば子を得られないのは皆同じだ。欺されたわけでは無いだろう」

 ルチアーノはカレルを睨む。

「ちょっと待ってよ。教えを破って、コッソリ夫婦になって子どもを作る人達もいるんじゃないの? タイミングと運さえ良ければデキちゃうじゃん」

 オレは保健と生物の授業の内容を思い出しつつ突っ込んだけど、

「結婚と受胎の祝福無しでは、子は決して生まれない」

 と、ルチアーノはキッパリ言い切った。

「だから、なんで? 祝福って何をするんだよ?」

「祝福は秘儀中の秘儀だ。堂主以外は知らないし、知ろうとしてはいけない。私も知らない。しかし、それがあるおかげで、ファタリタでは増えすぎた人民が土地や食料を取り合うことがないんだ。我が国はけして豊かではないが、平和と自由を維持し続けている。私はそれを誇りに思う」

 ルチアーノは誇らしげに言うけど、オレはなんだかモヤモヤした気持ちを拭いきれない。

「じゃあ、どうしてルチアーノはフィオレラを自由にしたいんだよ? フィオレラは命願教の最高指導者だろ。それを誇らしく思わないのか?」

 納得できない気持ちをぶつけるように問いかけると、ルチアーノの瞳は急に曇った。

「フィオレラは……全ての堂者の上に立つ象徴だ。求められれば答えなければならない」

 一旦言葉を切って、ルチアーノは両手で顔を覆って俯く。

「私はずっと、フィオレラを一人の女として愛している。彼女が子どもの頃から、ずっと。だから、彼女が大聖女としての勤めを果たすのは、耐えがたく辛い。命願教の教えを疑う気は無いが……しかし、恋人が他の人間に身を預けてることを思うと、嫉妬で気が狂いそうになる……」

「うわあ……」

 オレは思わず呻いてしまった。

 ルチアーノはエロゲ世界の犠牲者だったんだ。
 彼はこの国の信仰の元にいる限り、恋人を寝取られ続けても文句が言えない立場にいる。それを願いを叶えることで解決するゲームなんだから当然といえば当然なんだけど、目の当たりにすると気の毒すぎる。

「大聖女は引退できないの?」

「できない。大聖女は死ぬまで大聖女として振る舞う。……フィオレラを私だけのものにしたいという望みが、間違っているのは分かっているんだ。だから力で奪って逃げることもできない」

「……それで、命願祭の奇跡に賭けることにしたんだ?」

 オレの言葉にルチアーノは微かに頷いた。

「私は願いの力を使って、地位を望む気でいた。大聖堂の実権は大聖女では無く、教主にある。私は教主になって、大聖女が存命中に位を譲れるように教義を変えるつもりでいたんだ。
 しかし、アキオの石があれば……」

 ルチアーノは俯いたまま、目だけをオレの方に向ける。オレというか、オレが首から下げている命願石を見ている。激しい感情を秘めた青い瞳は、高温で燃える炎のように揺らめいていた。

 オレは無意識に服の上から石を握った。願いを叶える奇跡の石。

「……すぐにでもフィオレラを自由にしてやれるかもしれない……」

 日が落ちて暗くなってきた夕暮れの空気に、苦しげな声が響く。オレは何も言えず、ただ石を握って立ち尽くした。




 ルチアーノはその後、「少し一人になりたい」と言って一人で去って行った。

 オレとカレルは夕焼けの中を並んで宿への道を辿る。カレルはじっと何かを考えているようだし、オレはオレでルチアーノの話を反芻していたせいで、オレたちの間に会話は無かった。

 宿屋は町の食堂も兼ねていて、立ち寄り客に酒と料理も出している。入ってすぐの食堂では、一組の子ども連れが早めの夕食を食べていた。まだ幼稚園児くらいの男の子が、若い女の子の膝の上でスプーンを振り回している。向かいに座る男は、裕福そうな身なりをした初老の男だ。

「マックス、それじゃお母さんがスープを飲めないよ! こっちへおいで」

 宿屋の女将さんが厨房から出て声を掛けると、男の子はスプーンを放り出して母親の膝から飛び降りる。子どもから解放された若い母親は、控えめに会釈して座り直した。

「もうすぐ妹が生まれるんだろう? マックスは兄さんになるんだから、お母さんを助けてあげないと」

 そう言って女将さんは男の子を抱き上げて頬ずりする。マックスと呼ばれた男の子は、キャアキャアと笑い声を上げている。

「騒がしくって済みませんね。ご夕食になさいますか?」

 奥から出てきた宿の主人が声を掛けてきたので、オレたちは早めの夕食を取ることにした。


 隣のテーブルの子連れが店を出るのと入れ替わるように、酒目当ての客がポツポツと店に入り始めたけど、あまり数は多くない。店は景気が良くないようだった。出された夕食のメニューはシンプルだったけど、メインの煮込み料理が美味しかった。

 食べ終えて、皿を下げに来た女将さんにお礼を言うと、女将さんは丸い顔の頬を盛り上げてにっこり笑う。

「気に入ってくれて嬉しいよ! 久々の泊まり客だから張り切っちまった。……ところで、アナタ方はあのハンサムな巡礼さんのお伴の人なのかい?」

 オレとカレルが頷くと、女将さんは近寄ってきてちょっと声を低くし、

「巡礼って何でも願いを叶えてもらえるんだろ? もしできるなら、で良いんだけどさ、受胎の祝福がもうちょっと安くなるようお願いしてもらえないかしらね?」

 と囁き、厨房で働く主人の方へと視線を向けて首を振った。

「アタシたち夫婦は、もう年だから諦めてるんだけどさ、若い子たちが困ってるんだ。ホラ、この町は人も少ないし、他へ売るモンっても小麦くらいしかなくてさ、生きていくだけなら十分なんだけど、子どもを持てるほど稼げなくってね。レネーなんか、思い詰めてあんな爺さんと結婚しちまったし……いくら金持ちだって言ってもねえ……」

 レネーというのは、さっきの若い母親だろうか。たしかに、夫とは随分年が離れてるみたいだった。
 ルチアーノは命願教の制度は上手くいってるって話していたけど、金持ちでないと家庭が持てないって、やっぱり問題あるよなあ。

 オレは胸元を撫でて石を触る。

 もしこれが本当に奇跡を起こせるなら、祝福にかかるお金を無くすこともできるだろうけど、それだけで解決する問題なんだろうか。

 他にフィオレラの件もあるし、自分の身体のこともある。
 どんどん願い事が増えてきてしまって、どうして良いか分からない。

 オレが困って黙っていると、女将さんは少し寂しげに笑って

「無理を言うつもりはないんだよ。聖堂の人達はみんなよくやって下さるから、今でも十分だからね……」

 と皿を持って厨房へ下がっていった。



 部屋へ戻ると、マイアリーノは外套を脱いだ姿でベッドに潜りこんで眠っていた。
 起こすのも可哀想だから、包んでもらった夕食はお盆ごとベッドの脇のミニテーブルに置いておき、オレは靴を脱いでベッドに寝転がった。

「はぁ~……疲れた~……」

 久々の柔らかい寝具の感触を背中で楽しみながら、首から革紐を外して石の入った革袋を開ける。裸の石を取り出すと、それは以前と変わらず透き通ってうっすらと燐光を放っていた。
 最初はこの石を見ると、自分が特別な証のように思えてワクワクしたんだけど、今はなんだかプレッシャーを感じて溜息が出てしまう。

「どうした? 石になにか問題でもあるのか?」

 カレルに聞かれ、オレは枕の上で頭を横に振った。

「ううん。なんも問題ないけどさ、なんだか……オレのつまんない望みのために、これを使っちゃって良いのかなって思い始めちゃって……」

「さっきの女将の願いを叶えてやりたいのか?」

「うーん、いや、そうじゃないかも。なんだか命願教ってやっぱり問題がある気がする……でも悪いとこばっかりじゃない気もするし……」

「オレは『受胎の祝福』が鍵を握っているように思う」

「ああ、それがないと絶対に子どもができないってルチアーノが言ってたね。なんでなんだろう?」

「誰だって自分の子孫を残したい。次の世代がいなければ、いくら富を積み上げたところで意味が無いからな。命願教がこの国で圧倒的に力を持っているのは、人の数を制限できるからだ」

「確かにそうかも。でもカレルの一族は、命願教に頼らなくても子どもを増やせるんだよね? なのにどうしてファタリタに人が流れたんだよ?」

「子どもが減り続けているからだ。そもそも混ざり者は女の腹には宿らない。子を望む時、混ざり者の番いは海に舟を出す。舟には赤子を迎えるための空の小舟を乗せていき、沖で空の小舟を流すんだ。運が良ければ、数ヶ月後には赤ん坊が乗った舟が戻って来る。運が悪ければ舟は戻らないし、空のまま帰ってくることもある」

 おとぎ話のようなカレルの言葉に驚いて、オレはベッドの上に起き上がった。カレルがその隣にドサリと腰を下ろす。

「ここ何十年かは、舟が戻って来ることが極端に減った。オレの村では、オレより年下の子どもはたった三人しかいない。混ざり者はゆっくりと滅んでいっている。
 そこへ命願教が入ってきたんだ。ファタリタに移住して祝福を受ければ、女の腹に子が宿るという。その話が希望に思えるのは当然だろう。多くの若者がエラストを出た。しかし、いつまで経っても子が産まれたという話は聞かない。故郷を離れた者の消息も不明だ」

「それで、カレルは命願教のことを調べに来たんだ」

「そうだ。本当に受胎の祝福とやらで子が得られるなら、命願教は混ざり者にとって希望になる」

「……カレルは、オレのこの石の力で、混ざり者の子どもが増えるようにして欲しいとは思わない?」

 ほのかに光る石を手のひらに載せて差し出すと、カレルは首を横に振り、両手でオレの手を包み込んでしっかりと石を握らせた。

「一族の運命を奇跡に託す気はない。それはアキオの物だ。お前が自由に使えばいい」

 間近にあるカレルの瞳は穏やかに凪いでいて、オレはちょっとホッとする。

「うん……」

「あまり背負い込むな」

 カレルは微笑んでオレの髪をかき分け、額に軽く唇を押しつけた。

「こういうの、エラストでは普通のスキンシップ? 子ども扱いされてるみたいで恥ずかしいから、やめて欲しいんだけど」

 オレは慌てて距離を取り、前髪を下ろして額を隠した。

「子ども扱いしてるわけじゃない……それに、アキオとオレでは、年はあまり変わらないだろう」

「カレルっていくつなんだよ?」

「二十五」

「二十五!?」

 意外に若い。彫りの深い顔立ちのせいで老けて見えるんだろうか。てっきり三十後半くらいだと思っていた。よく見れば、確かに肌の感じは若い気がする。

「オレと五歳差くらいじゃん! だったらなおさら、保護者ぶるのやめてくれよな」

 口を尖らせて人差し指で胸を突くと、カレルは変な顔をして「保護者ぶっているつもりではない……」とか呟いていたけど、ちょうどその時、ルチアーノが戻ってきて話は途中でうやむやになってしまった。

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