上 下
67 / 74
終章

エピローグ.4

しおりを挟む
 ……その後のことについては、あんまり詳しく思い出したくない。
 
 誰にも触られたことの無い場所を触られて、自分でも聞いたことの無いような声を上げて、お互いの一番傷つきやすい部分で抱き合った。
 身体も感覚も二人で分け合って、一回全部バラバラにして組み立て直すみたいな、繊細で大胆な作業を一緒にやった。すごく上手く行ったわけではなかったけど、けして失敗じゃなかった。長いようで短いような、とても幸福な時間だったと思う。カレルもそう感じてくれていたら良いなと、心から思った。


*******


 そうして、同じベッドで抱き合って裸のまま迎えた朝は、体中ダルイし色んな所が痛かった。
 目を覚ました後も、窓から差し込む朝日が無視出来ないくらい明るくなるまで、二人で毛布に潜り込んだまま口づけて、触りあった。脳みその代わりに頭に綿飴が詰まってるみたいで、無限に甘ったるい気持ちが湧き出してくる。

 明るいところで見ると、カレルの身体には沢山傷跡が付いていた。胸の傷はまだ完全には塞がりきっていなくて、痛々しい赤い色をしている。そうっと唇で触れると、カレルはくすぐったげに腹を震わせて笑った。



 散々イチャついて、このままだといつまで経ってもベッドから出られなさそうだから、と先に起き上がったのはカレルの方だった。

「アキオ」

 ベッドの上で向かいあって座ったカレルに、改まった様子で手を取られて、オレは何だろうと首を傾げる。

「オレと一緒にエラストに帰ってくれるだろうか?」

 神妙な声で問いかけられる。迷わずすぐに頷いた。

「良いよ。どこへだって一緒に行く」

 カレルは握った手を恭しく持ち上げて指先に口づけ、ちょっと緊張したような顔をしてオレの目を真っ直ぐに見てくる。何か大事なことを言おうとしているんだろうなと思い、オレは背筋を伸ばして座り直した。

「オレの故郷では、心に決めた相手と舟に乗って将来を誓う」

 エラストでイザベルから聞いた話だ。じんわりとした喜びが胸の奥の方から溢れそうになるのを堪えて、オレは黙って先の言葉を待った。

「……オレはアキオと舟を出したい。一緒に乗ってくれるだろうか?」

 答えはもう決まってる。カレルの口からその言葉を聞けて、嬉しかった。

「もちろん。オレもカレルと舟に乗りたいよ!」

 抑えきれない喜びで盛大にニヤけながらカレルの高い鼻の先にキスすると、カレルも顔を輝かせてオレの鼻先に軽く唇を寄せた。

 どちらからともなく抱き合って唇を合わせる。深く舌を絡ませると、昨日の夜の残り火が簡単に燃え上がってしまいそうで、オレは慌てて顔を離した。カレルは名残惜しそうに何度もオレの顔中に軽いキスを繰り返す。


「……今更だけど、いつからオレのこと好きだったか聞いて良い?」

 顎に手をかけてカレルを止めて聞いてみると、彼は動きを止めてちょっと考え込むように遠くを見て、そして

「最初に……地下牢から抜け出してボートで逃げた時……かもしれない」

 と呟いた。肌が浅黒いから分かりづらいけど、目元が赤くなっている。オレはびっくりして思わず大声で突っ込んだ。

「めっっちゃ最初じゃん!!」

「二人で舟に乗るというのは、オレにとっては意味がある行為なんだ! だから、その辺りから……その……意識してしまっていた可能性は……」

 カレルはモニョモニョ言ってそっぽを向いてしまう。照れるカレルという貴重なモノを見られて、ちょっと感動してしまう。

「何それ……へへへ……なんかすごく嬉しい……」

 そっぽ向いた顔を覗き込むと、胸の中に引っ張り込まれて唇に噛みつかれた。


*******


 それから、あっという間に時が流れた。オレが走れるくらい体力を取り戻す頃には、もう春も遅い時期になっていた。

 聖都では急ピッチで新体制が整えられ、仮の王座に就いたジョヴァンナは目まぐるしく働き続けている。誰も彼もが忙しそうで、活気に溢れている。
 赤ん坊に戻ってしまった半端な混ざり者たちは、エラストの里親の元ですくすく育っているらしい。マイアリーノも勿論無事で、新しい家族の元に迎えられて可愛がられていると、イザベルから便りがあった。

 唯一、オティアンの行方だけは分からないままだ。

 どこかで生きていてくれたら良いと思う。殺されかけたけど、嫌なヤツじゃ無かった。もう一度会うことがあったら、今度は普通に友達になれたら良いのになと思う。カレルは多分すごく嫌がるだろうけど。

 フィオレラはすっかり立ち直り、新しい命願教の象徴として、最初の大仕事に取りかかろうとしていた。その仕事とは、エラストに自ら赴いて正式に謝罪することだった。

 フィオレラとその使節のために船が仕立てられることになったので、オレとカレルもついでに船に乗せてもらって一緒にエラストに戻ることにした。

 すっかり寒さも消えて花盛りの季節を迎える聖都から、フス河を下ってエラストへ向かう舟が出る。流れに乗って下るだけだから、舟の進みは早い。

 カレルは舟の舳先に立って、故郷の方角を目を細めて見つめている。オレはその隣で、気持ちの良い川風を全身に受けていた。

「フィオレラがね、向こうに着いたらマイアリーノを引き取れないか頼んでみるって」

 フィオレラは、もしも許されるなら、彼女を手元に引き取ってルチアーノとの間で育てたいと思っていると、オレに話してくれた。

「そうか……難しいかも知れないが、そうできれば良いな」

「うん」

 フィオレラが隠していた事実を思うと、エラストの人達が彼女を許すかどうかは分からない。
 許されても、許されなくても、どっちにせよ国は続いていく。間に生まれたマイアリーノたちが幸福に生きられるように、オレたちは前に進んでいくしかない。

 舟は滑るように進み、河口から海峡に入る。もう目の前にはっきりとエラストの港が見えてきた。
 オレが似合わない兵士の格好で出発した時、灰色に枯れていた丘は、今は春の日の下で鮮やかな若草色に輝いている。

「カレルの瞳みたいな色だね。……すごく綺麗だ」

 隣を見上げて言うと、少し垂れた目が嬉しげに細まる。手を伸ばすと、しっかり指を絡めて握ってくれた。

「この世界の美しい場所を残らず見に行こう。二人で、一緒に」

 カレルが言う。笑って頷くと、オレがこの世界で見た中で、一番美しくて優しい瞳が近づいてきて、そっと口づけられた。


 オレはこっちに来る前も、来てからも、変わらず無知でちっぽけな存在だ。

 でも、この世界で自分が人を愛せることを知って、前へ踏み出す勇気を手に入れることができた。これからも知れることがいっぱいあって、できることも無数にある。

 目の前には愛しい人がいて、その向こうには美しい未知の世界が無限に広がっている。

 オレはこの上なく幸福で清々しい気分で、暖かい春の光を全身に浴びた。


【おしまい】



最後までお付き合い頂いてありがとうございました!
イイネ押して行っていただけると嬉しいです。感想もいただけると助かります♡

ユーザー登録されてない方向けに選択式の匿名感想フォームもありますので、よろしければお願いします。
https://forms.gle/FE5AC69DLqBt9Rve7
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 詩悠
BL
ハヴィことハヴィエスは若くして第二騎士団の副団長をしていた。 今日はこの国王太子と幼馴染である親友の婚約式。 従兄弟のオルトと共に警備をしていたが、どうやら婚約式での会場の様子がおかしい。 不穏な空気を感じつつ会場に入ると、そこにはアンセルが無理やり床に押し付けられていたーー。 物語は完結済みで、毎日10時更新で最後まで読めます。(全29話+閉話) (1話が大体3000字↑あります。なるべく2000文字で抑えたい所ではありますが、あんこたっぷりのあんぱんみたいな感じなので、短い章が好きな人には先に謝っておきます、ゴメンネ。) ここでは初投稿になりますので、気になったり苦手な部分がありましたら速やかにソッ閉じの方向で!(土下座 性的描写はありませんが、嗜好描写があります。その時は▷がついてそうな感じです。 好き勝手描きたいので、作品の内容の苦情や批判は受け付けておりませんので、ご了承下されば幸いです。

甥っ子と異世界に召喚された俺、元の世界へ戻るために奮闘してたら何故か王子に捕らわれました?

秋野 なずな
BL
ある日突然、甥っ子の蒼葉と異世界に召喚されてしまった冬斗。 蒼葉は精霊の愛し子であり、精霊を回復できる力があると告げられその力でこの国を助けて欲しいと頼まれる。しかし同時に役目を終えても元の世界には帰すことが出来ないと言われてしまう。 絶対に帰れる方法はあるはずだと協力を断り、せめて蒼葉だけでも元の世界に帰すための方法を探して孤軍奮闘するも、誰が敵で誰が味方かも分からない見知らぬ地で、1人の限界を感じていたときその手は差し出された 「僕と手を組まない?」 その手をとったことがすべての始まり。 気づいた頃にはもう、その手を離すことが出来なくなっていた。 王子×大学生 ――――――――― ※男性も妊娠できる世界となっています

処理中です...