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終章
エピローグ.4
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……その後のことについては、あんまり詳しく思い出したくない。
誰にも触られたことの無い場所を触られて、自分でも聞いたことの無いような声を上げて、お互いの一番傷つきやすい部分で抱き合った。
身体も感覚も二人で分け合って、一回全部バラバラにして組み立て直すみたいな、繊細で大胆な作業を一緒にやった。すごく上手く行ったわけではなかったけど、けして失敗じゃなかった。長いようで短いような、とても幸福な時間だったと思う。カレルもそう感じてくれていたら良いなと、心から思った。
*******
そうして、同じベッドで抱き合って裸のまま迎えた朝は、体中ダルイし色んな所が痛かった。
目を覚ました後も、窓から差し込む朝日が無視出来ないくらい明るくなるまで、二人で毛布に潜り込んだまま口づけて、触りあった。脳みその代わりに頭に綿飴が詰まってるみたいで、無限に甘ったるい気持ちが湧き出してくる。
明るいところで見ると、カレルの身体には沢山傷跡が付いていた。胸の傷はまだ完全には塞がりきっていなくて、痛々しい赤い色をしている。そうっと唇で触れると、カレルはくすぐったげに腹を震わせて笑った。
散々イチャついて、このままだといつまで経ってもベッドから出られなさそうだから、と先に起き上がったのはカレルの方だった。
「アキオ」
ベッドの上で向かいあって座ったカレルに、改まった様子で手を取られて、オレは何だろうと首を傾げる。
「オレと一緒にエラストに帰ってくれるだろうか?」
神妙な声で問いかけられる。迷わずすぐに頷いた。
「良いよ。どこへだって一緒に行く」
カレルは握った手を恭しく持ち上げて指先に口づけ、ちょっと緊張したような顔をしてオレの目を真っ直ぐに見てくる。何か大事なことを言おうとしているんだろうなと思い、オレは背筋を伸ばして座り直した。
「オレの故郷では、心に決めた相手と舟に乗って将来を誓う」
エラストでイザベルから聞いた話だ。じんわりとした喜びが胸の奥の方から溢れそうになるのを堪えて、オレは黙って先の言葉を待った。
「……オレはアキオと舟を出したい。一緒に乗ってくれるだろうか?」
答えはもう決まってる。カレルの口からその言葉を聞けて、嬉しかった。
「もちろん。オレもカレルと舟に乗りたいよ!」
抑えきれない喜びで盛大にニヤけながらカレルの高い鼻の先にキスすると、カレルも顔を輝かせてオレの鼻先に軽く唇を寄せた。
どちらからともなく抱き合って唇を合わせる。深く舌を絡ませると、昨日の夜の残り火が簡単に燃え上がってしまいそうで、オレは慌てて顔を離した。カレルは名残惜しそうに何度もオレの顔中に軽いキスを繰り返す。
「……今更だけど、いつからオレのこと好きだったか聞いて良い?」
顎に手をかけてカレルを止めて聞いてみると、彼は動きを止めてちょっと考え込むように遠くを見て、そして
「最初に……地下牢から抜け出してボートで逃げた時……かもしれない」
と呟いた。肌が浅黒いから分かりづらいけど、目元が赤くなっている。オレはびっくりして思わず大声で突っ込んだ。
「めっっちゃ最初じゃん!!」
「二人で舟に乗るというのは、オレにとっては意味がある行為なんだ! だから、その辺りから……その……意識してしまっていた可能性は……」
カレルはモニョモニョ言ってそっぽを向いてしまう。照れるカレルという貴重なモノを見られて、ちょっと感動してしまう。
「何それ……へへへ……なんかすごく嬉しい……」
そっぽ向いた顔を覗き込むと、胸の中に引っ張り込まれて唇に噛みつかれた。
*******
それから、あっという間に時が流れた。オレが走れるくらい体力を取り戻す頃には、もう春も遅い時期になっていた。
聖都では急ピッチで新体制が整えられ、仮の王座に就いたジョヴァンナは目まぐるしく働き続けている。誰も彼もが忙しそうで、活気に溢れている。
赤ん坊に戻ってしまった半端な混ざり者たちは、エラストの里親の元ですくすく育っているらしい。マイアリーノも勿論無事で、新しい家族の元に迎えられて可愛がられていると、イザベルから便りがあった。
唯一、オティアンの行方だけは分からないままだ。
どこかで生きていてくれたら良いと思う。殺されかけたけど、嫌なヤツじゃ無かった。もう一度会うことがあったら、今度は普通に友達になれたら良いのになと思う。カレルは多分すごく嫌がるだろうけど。
フィオレラはすっかり立ち直り、新しい命願教の象徴として、最初の大仕事に取りかかろうとしていた。その仕事とは、エラストに自ら赴いて正式に謝罪することだった。
フィオレラとその使節のために船が仕立てられることになったので、オレとカレルもついでに船に乗せてもらって一緒にエラストに戻ることにした。
すっかり寒さも消えて花盛りの季節を迎える聖都から、フス河を下ってエラストへ向かう舟が出る。流れに乗って下るだけだから、舟の進みは早い。
カレルは舟の舳先に立って、故郷の方角を目を細めて見つめている。オレはその隣で、気持ちの良い川風を全身に受けていた。
「フィオレラがね、向こうに着いたらマイアリーノを引き取れないか頼んでみるって」
フィオレラは、もしも許されるなら、彼女を手元に引き取ってルチアーノとの間で育てたいと思っていると、オレに話してくれた。
「そうか……難しいかも知れないが、そうできれば良いな」
「うん」
フィオレラが隠していた事実を思うと、エラストの人達が彼女を許すかどうかは分からない。
許されても、許されなくても、どっちにせよ国は続いていく。間に生まれたマイアリーノたちが幸福に生きられるように、オレたちは前に進んでいくしかない。
舟は滑るように進み、河口から海峡に入る。もう目の前にはっきりとエラストの港が見えてきた。
オレが似合わない兵士の格好で出発した時、灰色に枯れていた丘は、今は春の日の下で鮮やかな若草色に輝いている。
「カレルの瞳みたいな色だね。……すごく綺麗だ」
隣を見上げて言うと、少し垂れた目が嬉しげに細まる。手を伸ばすと、しっかり指を絡めて握ってくれた。
「この世界の美しい場所を残らず見に行こう。二人で、一緒に」
カレルが言う。笑って頷くと、オレがこの世界で見た中で、一番美しくて優しい瞳が近づいてきて、そっと口づけられた。
オレはこっちに来る前も、来てからも、変わらず無知でちっぽけな存在だ。
でも、この世界で自分が人を愛せることを知って、前へ踏み出す勇気を手に入れることができた。これからも知れることがいっぱいあって、できることも無数にある。
目の前には愛しい人がいて、その向こうには美しい未知の世界が無限に広がっている。
オレはこの上なく幸福で清々しい気分で、暖かい春の光を全身に浴びた。
【おしまい】
最後までお付き合い頂いてありがとうございました!
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目を覚ました後も、窓から差し込む朝日が無視出来ないくらい明るくなるまで、二人で毛布に潜り込んだまま口づけて、触りあった。脳みその代わりに頭に綿飴が詰まってるみたいで、無限に甘ったるい気持ちが湧き出してくる。
明るいところで見ると、カレルの身体には沢山傷跡が付いていた。胸の傷はまだ完全には塞がりきっていなくて、痛々しい赤い色をしている。そうっと唇で触れると、カレルはくすぐったげに腹を震わせて笑った。
散々イチャついて、このままだといつまで経ってもベッドから出られなさそうだから、と先に起き上がったのはカレルの方だった。
「アキオ」
ベッドの上で向かいあって座ったカレルに、改まった様子で手を取られて、オレは何だろうと首を傾げる。
「オレと一緒にエラストに帰ってくれるだろうか?」
神妙な声で問いかけられる。迷わずすぐに頷いた。
「良いよ。どこへだって一緒に行く」
カレルは握った手を恭しく持ち上げて指先に口づけ、ちょっと緊張したような顔をしてオレの目を真っ直ぐに見てくる。何か大事なことを言おうとしているんだろうなと思い、オレは背筋を伸ばして座り直した。
「オレの故郷では、心に決めた相手と舟に乗って将来を誓う」
エラストでイザベルから聞いた話だ。じんわりとした喜びが胸の奥の方から溢れそうになるのを堪えて、オレは黙って先の言葉を待った。
「……オレはアキオと舟を出したい。一緒に乗ってくれるだろうか?」
答えはもう決まってる。カレルの口からその言葉を聞けて、嬉しかった。
「もちろん。オレもカレルと舟に乗りたいよ!」
抑えきれない喜びで盛大にニヤけながらカレルの高い鼻の先にキスすると、カレルも顔を輝かせてオレの鼻先に軽く唇を寄せた。
どちらからともなく抱き合って唇を合わせる。深く舌を絡ませると、昨日の夜の残り火が簡単に燃え上がってしまいそうで、オレは慌てて顔を離した。カレルは名残惜しそうに何度もオレの顔中に軽いキスを繰り返す。
「……今更だけど、いつからオレのこと好きだったか聞いて良い?」
顎に手をかけてカレルを止めて聞いてみると、彼は動きを止めてちょっと考え込むように遠くを見て、そして
「最初に……地下牢から抜け出してボートで逃げた時……かもしれない」
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「めっっちゃ最初じゃん!!」
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カレルはモニョモニョ言ってそっぽを向いてしまう。照れるカレルという貴重なモノを見られて、ちょっと感動してしまう。
「何それ……へへへ……なんかすごく嬉しい……」
そっぽ向いた顔を覗き込むと、胸の中に引っ張り込まれて唇に噛みつかれた。
*******
それから、あっという間に時が流れた。オレが走れるくらい体力を取り戻す頃には、もう春も遅い時期になっていた。
聖都では急ピッチで新体制が整えられ、仮の王座に就いたジョヴァンナは目まぐるしく働き続けている。誰も彼もが忙しそうで、活気に溢れている。
赤ん坊に戻ってしまった半端な混ざり者たちは、エラストの里親の元ですくすく育っているらしい。マイアリーノも勿論無事で、新しい家族の元に迎えられて可愛がられていると、イザベルから便りがあった。
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フィオレラはすっかり立ち直り、新しい命願教の象徴として、最初の大仕事に取りかかろうとしていた。その仕事とは、エラストに自ら赴いて正式に謝罪することだった。
フィオレラとその使節のために船が仕立てられることになったので、オレとカレルもついでに船に乗せてもらって一緒にエラストに戻ることにした。
すっかり寒さも消えて花盛りの季節を迎える聖都から、フス河を下ってエラストへ向かう舟が出る。流れに乗って下るだけだから、舟の進みは早い。
カレルは舟の舳先に立って、故郷の方角を目を細めて見つめている。オレはその隣で、気持ちの良い川風を全身に受けていた。
「フィオレラがね、向こうに着いたらマイアリーノを引き取れないか頼んでみるって」
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「うん」
フィオレラが隠していた事実を思うと、エラストの人達が彼女を許すかどうかは分からない。
許されても、許されなくても、どっちにせよ国は続いていく。間に生まれたマイアリーノたちが幸福に生きられるように、オレたちは前に進んでいくしかない。
舟は滑るように進み、河口から海峡に入る。もう目の前にはっきりとエラストの港が見えてきた。
オレが似合わない兵士の格好で出発した時、灰色に枯れていた丘は、今は春の日の下で鮮やかな若草色に輝いている。
「カレルの瞳みたいな色だね。……すごく綺麗だ」
隣を見上げて言うと、少し垂れた目が嬉しげに細まる。手を伸ばすと、しっかり指を絡めて握ってくれた。
「この世界の美しい場所を残らず見に行こう。二人で、一緒に」
カレルが言う。笑って頷くと、オレがこの世界で見た中で、一番美しくて優しい瞳が近づいてきて、そっと口づけられた。
オレはこっちに来る前も、来てからも、変わらず無知でちっぽけな存在だ。
でも、この世界で自分が人を愛せることを知って、前へ踏み出す勇気を手に入れることができた。これからも知れることがいっぱいあって、できることも無数にある。
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