エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし

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終章

エピローグ.2

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「なんだよ、あの人達。向こうの言いたいことだけ言いに来たのかよ! もう! フィオレラとかルチアーノは結局どうなったんだよ!?」

 残った茶を一気飲みして、音を立ててコップを盆に戻すと、カレルがすかさず食器をベッド脇のテーブルに退けてくれた。

「フィオレラは疲労で伏せっているが、回復してきてはいる。新しい命願教の体制が整ってゴタゴタが全部片付くまでは、ジョヴァンナは彼女を退位させないだろうな。ルチアーノは精神的に参っている様子だが、元気だ。フィオレラと一緒にいる」

「なんとか無事なら良かったよ。マイアリーノは? 森にいた彼女の仲間はどうなったんだ?」

「マイアリーノの容態は、エラストに戻った者からの連絡待ちだ。森にいた不完全な混ざり者たちは……」

 カレルはそこで言葉を途切れさせ、フイと横を向いた。
 嫌な予感に胸が一つ大きく打つ。願いを口にした時、一番不安だったのが半端な混ざり者の事だったんだ。

「まさか……死……」

 急に冷や水を浴びせかけられたような気分になって、オレはカレルのシャツの袖口を掴んだ。

「……すべて無事だ! みんな生まれたばかりの赤ん坊に戻っている」

 振り返って弾けるように笑ったカレルに、オレは一瞬ポカンとして、そのすぐ後に安堵と喜びで両手を天に突き上げた。

「やったー! 良かった! 本当に!? みんな無事なんだな?」

 驚かされた仕返しに拳で背中を思い切り叩いてやると、カレルは笑顔でオレの肩に腕を回し、髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。

「ああ! 数も数えた! 欠けている者はいない! みんな健康な赤ん坊だ。混ざり者になるか、ファタリタ人になるかは、育ってみないと分からないが、全員エラストで引き取ってやれる。誰も傷ついていないし、死んでもいない! 黒い騎士たちも無傷で元に戻った!」

「良かった! ホントに良かった……!」

「全部お前のおかげだ。西の一族全員に代わって礼を言う。ありがとう」

 カレルは一度立ち上がってベッドの脇に膝をつき、オレの右手を取って、深々と下げた額に押し当てた。

「や、やめてよ、そんな……。オレはオレにできることをしただけで……願いが上手く叶うかも分からなかったし……」

 単に結果オーライだっただけだ。

「それでも感謝はかわらない。ここに残ってくれたことも……」

 再びベッドの縁に腰掛けたカレルは、オレを抱き寄せて髪に口づける。オレはくすぐったさに肩をすくめた。

「カレルが行くなって言ってくれたから。信じて背中を押してくれたから、選べたんだ」

 カレルは目を瞬かせ、なんだか泣きそうな顔をしてオレの額に強く唇を押し当てた。オレは手を伸ばして、労るようにカレルの頭を何度も撫でた。

「そういえば、あの時さ、どうやってあの白い空間に入ったの?」

「良く分からない。地底湖に辿り着いて、あの裏切り者を殴り飛ばした後、フィオレラがお前が水に落ちたと教えてくれた。助けようと飛び込んで……気がついたらあそこにいた」

「オレが本当は別の世界から来たって言うのも、フィオレラから聞いた?」

「ああ……最後の願いで、元の世界へ戻ってしまうかも知れないと教えられて……」

 背中を抱く腕に力がこもる。オレはなだめるようにその腕を撫でた。

「安心してよ。もう戻れないから。カレルはあの時大怪我してたよね? 大丈夫だったんだ?」

「あの男にお前を取られたと思ったからカッとなって、後先考えずに獣態になっていた。熊になっている時はあまり痛みを感じないから……」

 平気なら平気って言うはずだから、あんまり大丈夫じゃなかったんだろうな、とオレは思った。今だってカレルの顔には疲労の影が色濃く残っている。

「今は? もう大丈夫?」

「大体は。混ざり者は怪我の治りが早いから、気にするほどでもない」

 傷があった場所をシャツの上からそっと触ると、気にするなとでも言うように軽く背中を叩かれれた。



「……それで、えっと……オティアンはどうなったんだろう……?」

 安否が気がかりな最後の人物の名前を出した途端、カレルの身体が強ばった。眉間に皺を寄せて、嫌悪感を剥き出しにしている。

「こ、殺してないよね……?」

 怖々聞くと、カレルは思いっきり嫌そうに溜息をつき、

「知らん。……しかしオレが水から上がった時にはいなくなっていたから、死んではないだろう。今度顔を合わせたら殺してやりたいとは思うが」

 と首を振った。

「殺したら駄目だよ!」

「そう言うと思った。お前はお人好しが過ぎる。こんな跡までつけられて……」

 カレルの指が首に触れた。オティアンに締められた跡が残ってるんだろうか。指先でぐるりと辿られた後に唇を押し当てられる。そのまま大きめの寝間着の首元を押し下げられて、肩にも触れられた。鳥になったオティアンの爪で挟まれた場所だ。
 カレルはオレの肩口に鼻先を埋めたまま、

「守ってやれなくて悔しい」

 と呟く。
 後悔とプライドの滲む声に、胸の深いところから愛しさがこみ上げた。オレは広い背中に両腕を回して抱き寄せ、しょんぼりと口角の下がった口にキスを贈った。

「十分助けてもらったよ」

「……もう二度と、誰にも傷つけさせない」

 低い声で囁かれ、そっと身体を倒された。労るようなキスはすぐに深くなって、今度こそ最後まで……



 と、思ったのに、カレルは拍子抜けするほどあっさりオレの上から退いて、

「……続きは、元気になってからな」

 と顎まで毛布を掛けられた。小さい子を寝かしつけるように毛布の上から何度かオレの胸を叩いた後、カレルは空の食器を持って部屋を出て行く。

───忍耐強いにも程があるだろ!

 オレは再びベッドで丸まって、宙ぶらりんのまま燻る気持ちを抱えて枕を噛んだ。


*******


 でも、結果的にカレルの気遣いは正解だった。

 オレは満腹になって気が抜けたのか、あの後また丸一日眠り込んでしまったからだ。無理をしていたらどうなっていたか分からない。
 気が抜けたのはカレルも同じだったようで、一度喉が渇いてオレが目を覚ました時には、隣のベッドでよく眠っていた。


 次に二人とも起きて顔を合わせた時には、カレルはやつれた様子がなくなって、髪も髭もちゃんと整えたいつも通りの姿に戻っていた。
 オレ自身もかなり回復していて、自分の足で立って食堂までご飯を食べに行くこともできた。食べると身体に力が戻って来るのが分かる。

 何も心配することもなく、食べて寝るだけを数日繰り返すと、ようやく日中起きていられる程度には回復してきた。
 医者に首と肩の傷を診てもらって、風呂に入っても良いと許可をもらった時は、飛び上がるほど嬉しかった。一応身体は拭いて顔と手は洗ってたけど、いい加減頭がかゆいし髪がベタベタして気持ち悪かったんだ。

 早速頼んでお湯を張った大きな桶を用意してもらうと、ジョヴァンナがこの世界では高級品扱いの石鹸を差し入れてくれた。彼女がいつも使ってる花の香り付きのヤツ。香りを嗅ぐと、サウラスの温泉で髪を洗うのを手伝わされたのを思い出した。ちょっと前のことなのに既に懐かしい気がする。

 桶にお湯を溜めただけの風呂はサウラスの山の温泉とは比べものにならないけど、それでも浸かると気持ちが良かった。狭い桶から脚を出して伸ばそうとして、オレは違和感に気がついた。

───なんか、戻ってきてるんですけど……

 足の付け根には、久しぶりに見る自分のブツがちんまりと収まっていた。中途半端に皮の残った小ぶりのチンチン。皆違えるはずもない、お馴染みの自分の持ち物だった。

───なんで今頃戻って来るの!? 今更戻って来られても困るんだけど!
 もう一生無しで生きていく覚悟を決めたのに! なんで今頃! 遅いんだよっ!

 しかも、どうせ戻って来るならグレードアップしてたら良いのに、元のまま。気の利かない神様にがっかりだ。

 オレはやけくそで石鹸を泡立て、戻ってきたブツも含めてピカピカになるまで体中洗いまくった。


*******


 戻ってきたブツについての不満はひとまず置いておき、ふやけるまでお湯に浸かって新しい服に着替えると、気分は爽快になった。
 鼻歌を歌いながら、温まって軽くなった足で階段を上っていくと、壁に開いた窓から春の夕暮れの景色が見えた。湯上がりのせいか、ひんやりとした風が気持ちいい。

 この世界に来た時が秋だったから、今で大体半年。まだたった半年。色んな事がありすぎて、ちょっと信じられない気がする。

 部屋に戻ると、カレルがベッドに腰掛けて分厚い本に目を落としていた。窓の外はもう薄暗くなっているけど、ベッドサイドのチェストの上ではランプが灯っていて、部屋の中はボンヤリと明るい。

「何読んでんの?」

 隣に座ると、カレルは本を閉じてランプの横へ置いた。

「過去の聖女たちの手記だ。フィオレラに借りた。彼女が個人的に書き写して、肌身離さず持っていたから焼かれずに済んだらしい」

「うーん、楽しくなさそうな本だね……」

「まあな。しかし知っておくことに意味がある」

「カレルってたまに先生みたいだ」

「それは褒め言葉と取っていいのか?」

「もちろん!……オレさあ、この世界の文字が読めないんだよね。話してることは分かるんだけど、文字がオレの知ってるのと違うんだ。読めないと不便だから、教えてくれない?」

 閉じられた本に手を伸ばそうとすると、やんわり止められて、ベッドへ押し倒された。

「それはまた今度な」

 真上から至近距離で囁かれて、オレは

「うん……」

 とだけ答えて目を閉じる。

 確かに、今は文字より別のことを教わった方が良い時だった。
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