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終章
エピローグ.1
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次に目が覚めた時には、オレは暖かくて柔らかいベッドの中にいた。目を開けると石の天井がある。天井には柔らかい太陽の光が当たっていて、今が朝か昼だと分かった。
頭を傾けて右を見ると、空っぽのベンチの向こうに石の壁とドアがある。そんなに広くない部屋みたいだ。逆側へ顔を向けると、誰かが使った後らしいベッドがあった。
開けたままの窓の向こうには大聖堂の塔が見えている。つまり、ここは聖都の街のどこかって事だ。
オレは肘をついてゆっくり起き上がり、長いこと寝ていたせいで軋む身体で伸びをしようとして、肩に包帯が巻かれているの気がついた。鳥になったオティアンに掴まれたところだ。
恐る恐る手足を動かしてみる。肩以外にもあちこち痛いところがあるけど、幸い動けないほどじゃない。ひどく腹が減って、喉が渇いていた。
部屋のどこかに水か食べ物がないかとキョロキョロしていると、急にドアが開いてカレルが姿を現した。
無精髭が伸びてて、髪もくしゃくしゃで、だらしなく着ている部屋着のせいで寝起きみたいに見える。実際寝起きなのかも知れない。
「あ……おはよ……朝か昼か分かんないけど……」
なんだか照れてしまって頭を掻きながら言うと、カレルが手に持っていた水差しとコップを取り落とした。床に落ちた陶製の水差しが派手な音を立てて割れ、辺りが水浸しになる。カレルはびしゃびしゃの床を踏んで大股でベッドに近づき、上半身を起こして座っていたオレを抱きしめた。
「もう……もう目覚めないかと……!」
ギュウギュウに抱きしめられて苦しい。だけど嬉しかった。オレはカレルの背中を抱きしめ返す。
「オレ、どのくらい寝てたの?」
「丸一昼夜! 一度も目を覚まさなかった! このまま死んでしまうんじゃないかと、生きた心地がしなかった……!」
カレルはオレの首元に顔を押しつけたまま、背中を震わせた。
「心配かけてごめん」
「本当に! 本当に生きていて良かった……」
肩に額を擦り付けられ、甘ったるい感情で胸が一杯になる。
ずっと誤魔化して考えないように避けてきたけど、もう観念して認めるしかない。オレは、言い訳のしようもないほど、この人のことが好きだった。
「カレル」
名前を呼ぶと、顔を上げてくれる。視線が合う。
櫛を通す暇も無かったのか、くしゃくしゃの髪が額にかかり、その奥に隠れた目の下には濃い隈ができていた。ずっと側で看病してくれていたんだろうか? カレルもひどい怪我をしていたのに、無理をさせた。
オレは一度深く息を吸い込んで心の準備をしてから、カレルの顔にかかる髪を両手で掻き上げ、そのまま形の良い頭を引き寄せて唇を重ねた。どっちの唇も乾いて荒れていて、カサカサする。
一瞬だけ合わさった唇を離すと、カレルは目を丸くしたまま固まっていた。
「……アキオ?」
オレは綺麗な黄緑色の目を覗き込んで、一世一代の覚悟を決めて問いかける。
「まだ、オレのこと欲しいと思ってる?」
カレルが大きく目を見開いて息を呑むのが分かった。
自分で切り出したくせに、オレは恥ずかしさに耐えかねて目を逸らした。俯いて毛布の縁を両手で揉みながら、どう次を切り出そうかと言葉を探していると、
「欲しい」
と短く切羽詰まったような声が聞こえ、両手を取られてベッドに押し倒された。両手とも指と指を絡めるように握られる。真上から、深みを増した緑の目に見下ろされ、脳みそごと茹で上がるくらい顔が熱くなった。
「じゃあ、あげる。もらってくれよ。要らなくなっても絶対捨てたら駄目だからな!」
照れ隠しに早口でまくし立てると、
「捨てるものか!」
ちょっと怒ってるのかと思うくらい真剣な声が返ってきて、口づけられた。
カサついた唇は、お互いに口を開くとすぐに潤った。前歯が触れ合う感触に驚いて顎を引くと、追いかけるように舌を差し入れられる。乾いた口にカレルの舌が甘い。吸って軽く噛むと、お返しとばかりに口の中を舐められた。
「ん!」
知らない感触に身体が震え、上手く息が出来なくなって頭がボーッとしてくる。
舌で突き合う元気がなくなってされるがままになっていると、やがて濡れた音を立ててカレルの顔が離れていった。閉じる気力も無い口の端からよだれが垂れる。みっともない。舌を出して垂れた滴を舐め取ろうとすると、カレルが眉を寄せて目を細め、大きく喉を鳴らした。
至近距離で目が合うと、言われなくても何を求められているか分かったし、拒む気持ちもなかった。
「アキオ……」
耳元で囁かれてキスで答えようとした瞬間、空気を全く読まないオレの腹がグーッと盛大に音を立てた。
「……」
「……ごめん」
「いや……こっちこそ……目を覚ましたばかりの病人に……すまん。何か胃に優しい食べ物を持ってこよう」
カレルはバツの悪そうな顔で立ち上がり、割れた水差しを拾って濡れた床を雑に拭いてから、部屋を出て行った。
それを見送った後、オレはベッドの上で丸くなって頭を抱えた。びっくりするほど心臓が早く打っていて、物理的に胸が痛い。まだ湿り気の残る口元を手で拭うと、さっきの感触を思い出して悶絶してしまった。
恥ずかしいし、嬉しいし、不安だし、期待もある。
キスだけでこんなにドキドキするのに、この先オレの心臓は保つんだろうか?
*******
頭まで毛布に潜って悶えていると、静かにドアの開く音がした。
毛布から目だけ出すと、足音高く入ってきたのはジョヴァンナとその副官の男だった。その後からカレルが憮然とした顔で食事の載ったお盆を下げて入ってくる。
「目覚めたと聞いて、見舞いに来たぞ」
そう言って勝手にベッド横のベンチにふんぞり返ったジョヴァンナに、オレのテンションは急降下した。
「あ、はい……どうも」
「寝ている間に何があったか気になるだろう? 話してやるから、食べながら聞くと良い。遠慮しなくていい」
ジョヴァンナは相変わらず強引で、人の話を聞かなくて、合理的だった。オレはカレルからお盆を受け取りつつ、曖昧に頷く。
盆の上には薄いスープと温かいお茶、すりおろしたリンゴのようなものが載っていた。ザ・病人食だけど、空っぽの胃には有り難いメニューだ。
寛大なお言葉に従って、食べながら聞いたジョヴァンナの話と、それを補足するカレルの話を総合すると、以下のようになった。
あの夜、オレがオティアンに連れ去られたことに気付いたカレルは、ルチアーノに道案内させて禁域の森から地底湖へと入ったのだという。そこでオティアンに殺されかけていたフィオレラを助け、助かったフィオレラがオレが湖に沈んだことを伝え、カレルがオレを助けに水に入った。
全部ギリギリのタイミングだったらしい。
カレルとルチアーノは全く単独行動だったので、何も知らないエラスト隊は、予定通り日が昇ると同時に、黒い騎士たちを捕らえて助けるために動き出した。
しかし、ちょうど両者がぶつかり合う寸前、オレの願いが聞き入れられた。
身体から石がなくなった黒騎士たちはすぐに正気に戻り、エラスト隊と一緒に本陣へ帰還した。
黒騎士たちを相手にしなくて良くなったジョヴァンナたちは、空いた北の城壁から聖都へ入り込み、大聖堂で油断しきっていた教主達を全員捕らえて、易々と街を制圧した。昼前には全てが片付いていたらしい。
そこへ、傷ついたフィオレラを抱えてルチアーノが地底湖から戻ってきた。フィオレラは集まった聖都の民を前に、教主や先代聖女の罪を告発し、自分も罪を認めて謝罪したという。
街には大きな混乱もなく、大多数の住民はジョヴァンナの支配に従う姿勢でいるらしい。
「まあ、混乱するのはこれからだろうな。石がなくなったから、命願教の教義も見直さなければいけないだろうし、地方の堂主や堂者を呼んで再教育する必要もある。そっちはフィオレラにやらせるつもりだ。海を守る帳も消えたから、今後はそっちも警戒しないといけないし、やることは山積みだ。忙しくてかなわん」
わざとらしく首を振るジョヴァンナは、嬉しがっているようにしか見えなかった。
「それでな、君にも協力して欲しいと思うんだ。フィオレラから聞いたが、異界から来たんだって? ここより進んだ世界だったんだろう? 王はいたのか? 法は?」
ジョヴァンナは身を乗り出して矢継ぎ早に質問してくる。
「詳しく話が聞きたい。ぜひ相談役として、このままここに留まってくれ」
唐突な申し出に、オレはスプーンをくわえたまま当惑した。
「買いかぶりすぎだよ。オレが知ってることなんか大したことない」
「大したことあるかないかは、私が決める。……まあ、今すぐ決めなくてもいい。しばらくはゆっくり療養すれば良いさ。君とそっちの彼が、我が国のために尽力してくれたことは知っている。いずれ体力と気力が戻れば、ぜひ力を貸してくれ」
ジョヴァンナはそう言って一人で勝手に納得し、軽やかに部屋を出て行く。ホントにゴーイングマイウェイな人だな!
「我が国ってさあ……もう女王様気分じゃん」
後に残った副官の男に向かって口を尖らせると、彼は苦笑しながらオレの膝にずっしり重い革袋を乗せた。
「これからのこの国には、王が要ります。ジョヴァンナ以上に相応しい人はいないと、私は思う」
「まあ、それはそうかもね。ところで、この袋は?」
オレは革袋を開け、そこにぎっしり詰まった金貨を見て仰天した。
「さしあたっての報償です。ジョヴァンナはあなたの持つ異界の知識を買っている。閣僚としてお迎えできるなら、それ以上の報酬を約束します」
男は穏やかに笑って手を差し出してくる。オレはその手と、隣で憮然と黙っているカレルの顔を交互に見て途方に暮れた。
「……ちょっと、すぐには決められないかなあ……」
「勿論、ジョヴァンナの言うとおり、身体を休めることが先です。しかし、もしも気が向けばいつでもご連絡を。サウラスのエミリオ宛にご伝言いただければ、いつでも、どこでも……エラストの辺境へでも、お迎えに上がりますよ」
エミリオと名乗った男は、それで用が済んだとばかりに軽く頭を下げて部屋を出て行った。
頭を傾けて右を見ると、空っぽのベンチの向こうに石の壁とドアがある。そんなに広くない部屋みたいだ。逆側へ顔を向けると、誰かが使った後らしいベッドがあった。
開けたままの窓の向こうには大聖堂の塔が見えている。つまり、ここは聖都の街のどこかって事だ。
オレは肘をついてゆっくり起き上がり、長いこと寝ていたせいで軋む身体で伸びをしようとして、肩に包帯が巻かれているの気がついた。鳥になったオティアンに掴まれたところだ。
恐る恐る手足を動かしてみる。肩以外にもあちこち痛いところがあるけど、幸い動けないほどじゃない。ひどく腹が減って、喉が渇いていた。
部屋のどこかに水か食べ物がないかとキョロキョロしていると、急にドアが開いてカレルが姿を現した。
無精髭が伸びてて、髪もくしゃくしゃで、だらしなく着ている部屋着のせいで寝起きみたいに見える。実際寝起きなのかも知れない。
「あ……おはよ……朝か昼か分かんないけど……」
なんだか照れてしまって頭を掻きながら言うと、カレルが手に持っていた水差しとコップを取り落とした。床に落ちた陶製の水差しが派手な音を立てて割れ、辺りが水浸しになる。カレルはびしゃびしゃの床を踏んで大股でベッドに近づき、上半身を起こして座っていたオレを抱きしめた。
「もう……もう目覚めないかと……!」
ギュウギュウに抱きしめられて苦しい。だけど嬉しかった。オレはカレルの背中を抱きしめ返す。
「オレ、どのくらい寝てたの?」
「丸一昼夜! 一度も目を覚まさなかった! このまま死んでしまうんじゃないかと、生きた心地がしなかった……!」
カレルはオレの首元に顔を押しつけたまま、背中を震わせた。
「心配かけてごめん」
「本当に! 本当に生きていて良かった……」
肩に額を擦り付けられ、甘ったるい感情で胸が一杯になる。
ずっと誤魔化して考えないように避けてきたけど、もう観念して認めるしかない。オレは、言い訳のしようもないほど、この人のことが好きだった。
「カレル」
名前を呼ぶと、顔を上げてくれる。視線が合う。
櫛を通す暇も無かったのか、くしゃくしゃの髪が額にかかり、その奥に隠れた目の下には濃い隈ができていた。ずっと側で看病してくれていたんだろうか? カレルもひどい怪我をしていたのに、無理をさせた。
オレは一度深く息を吸い込んで心の準備をしてから、カレルの顔にかかる髪を両手で掻き上げ、そのまま形の良い頭を引き寄せて唇を重ねた。どっちの唇も乾いて荒れていて、カサカサする。
一瞬だけ合わさった唇を離すと、カレルは目を丸くしたまま固まっていた。
「……アキオ?」
オレは綺麗な黄緑色の目を覗き込んで、一世一代の覚悟を決めて問いかける。
「まだ、オレのこと欲しいと思ってる?」
カレルが大きく目を見開いて息を呑むのが分かった。
自分で切り出したくせに、オレは恥ずかしさに耐えかねて目を逸らした。俯いて毛布の縁を両手で揉みながら、どう次を切り出そうかと言葉を探していると、
「欲しい」
と短く切羽詰まったような声が聞こえ、両手を取られてベッドに押し倒された。両手とも指と指を絡めるように握られる。真上から、深みを増した緑の目に見下ろされ、脳みそごと茹で上がるくらい顔が熱くなった。
「じゃあ、あげる。もらってくれよ。要らなくなっても絶対捨てたら駄目だからな!」
照れ隠しに早口でまくし立てると、
「捨てるものか!」
ちょっと怒ってるのかと思うくらい真剣な声が返ってきて、口づけられた。
カサついた唇は、お互いに口を開くとすぐに潤った。前歯が触れ合う感触に驚いて顎を引くと、追いかけるように舌を差し入れられる。乾いた口にカレルの舌が甘い。吸って軽く噛むと、お返しとばかりに口の中を舐められた。
「ん!」
知らない感触に身体が震え、上手く息が出来なくなって頭がボーッとしてくる。
舌で突き合う元気がなくなってされるがままになっていると、やがて濡れた音を立ててカレルの顔が離れていった。閉じる気力も無い口の端からよだれが垂れる。みっともない。舌を出して垂れた滴を舐め取ろうとすると、カレルが眉を寄せて目を細め、大きく喉を鳴らした。
至近距離で目が合うと、言われなくても何を求められているか分かったし、拒む気持ちもなかった。
「アキオ……」
耳元で囁かれてキスで答えようとした瞬間、空気を全く読まないオレの腹がグーッと盛大に音を立てた。
「……」
「……ごめん」
「いや……こっちこそ……目を覚ましたばかりの病人に……すまん。何か胃に優しい食べ物を持ってこよう」
カレルはバツの悪そうな顔で立ち上がり、割れた水差しを拾って濡れた床を雑に拭いてから、部屋を出て行った。
それを見送った後、オレはベッドの上で丸くなって頭を抱えた。びっくりするほど心臓が早く打っていて、物理的に胸が痛い。まだ湿り気の残る口元を手で拭うと、さっきの感触を思い出して悶絶してしまった。
恥ずかしいし、嬉しいし、不安だし、期待もある。
キスだけでこんなにドキドキするのに、この先オレの心臓は保つんだろうか?
*******
頭まで毛布に潜って悶えていると、静かにドアの開く音がした。
毛布から目だけ出すと、足音高く入ってきたのはジョヴァンナとその副官の男だった。その後からカレルが憮然とした顔で食事の載ったお盆を下げて入ってくる。
「目覚めたと聞いて、見舞いに来たぞ」
そう言って勝手にベッド横のベンチにふんぞり返ったジョヴァンナに、オレのテンションは急降下した。
「あ、はい……どうも」
「寝ている間に何があったか気になるだろう? 話してやるから、食べながら聞くと良い。遠慮しなくていい」
ジョヴァンナは相変わらず強引で、人の話を聞かなくて、合理的だった。オレはカレルからお盆を受け取りつつ、曖昧に頷く。
盆の上には薄いスープと温かいお茶、すりおろしたリンゴのようなものが載っていた。ザ・病人食だけど、空っぽの胃には有り難いメニューだ。
寛大なお言葉に従って、食べながら聞いたジョヴァンナの話と、それを補足するカレルの話を総合すると、以下のようになった。
あの夜、オレがオティアンに連れ去られたことに気付いたカレルは、ルチアーノに道案内させて禁域の森から地底湖へと入ったのだという。そこでオティアンに殺されかけていたフィオレラを助け、助かったフィオレラがオレが湖に沈んだことを伝え、カレルがオレを助けに水に入った。
全部ギリギリのタイミングだったらしい。
カレルとルチアーノは全く単独行動だったので、何も知らないエラスト隊は、予定通り日が昇ると同時に、黒い騎士たちを捕らえて助けるために動き出した。
しかし、ちょうど両者がぶつかり合う寸前、オレの願いが聞き入れられた。
身体から石がなくなった黒騎士たちはすぐに正気に戻り、エラスト隊と一緒に本陣へ帰還した。
黒騎士たちを相手にしなくて良くなったジョヴァンナたちは、空いた北の城壁から聖都へ入り込み、大聖堂で油断しきっていた教主達を全員捕らえて、易々と街を制圧した。昼前には全てが片付いていたらしい。
そこへ、傷ついたフィオレラを抱えてルチアーノが地底湖から戻ってきた。フィオレラは集まった聖都の民を前に、教主や先代聖女の罪を告発し、自分も罪を認めて謝罪したという。
街には大きな混乱もなく、大多数の住民はジョヴァンナの支配に従う姿勢でいるらしい。
「まあ、混乱するのはこれからだろうな。石がなくなったから、命願教の教義も見直さなければいけないだろうし、地方の堂主や堂者を呼んで再教育する必要もある。そっちはフィオレラにやらせるつもりだ。海を守る帳も消えたから、今後はそっちも警戒しないといけないし、やることは山積みだ。忙しくてかなわん」
わざとらしく首を振るジョヴァンナは、嬉しがっているようにしか見えなかった。
「それでな、君にも協力して欲しいと思うんだ。フィオレラから聞いたが、異界から来たんだって? ここより進んだ世界だったんだろう? 王はいたのか? 法は?」
ジョヴァンナは身を乗り出して矢継ぎ早に質問してくる。
「詳しく話が聞きたい。ぜひ相談役として、このままここに留まってくれ」
唐突な申し出に、オレはスプーンをくわえたまま当惑した。
「買いかぶりすぎだよ。オレが知ってることなんか大したことない」
「大したことあるかないかは、私が決める。……まあ、今すぐ決めなくてもいい。しばらくはゆっくり療養すれば良いさ。君とそっちの彼が、我が国のために尽力してくれたことは知っている。いずれ体力と気力が戻れば、ぜひ力を貸してくれ」
ジョヴァンナはそう言って一人で勝手に納得し、軽やかに部屋を出て行く。ホントにゴーイングマイウェイな人だな!
「我が国ってさあ……もう女王様気分じゃん」
後に残った副官の男に向かって口を尖らせると、彼は苦笑しながらオレの膝にずっしり重い革袋を乗せた。
「これからのこの国には、王が要ります。ジョヴァンナ以上に相応しい人はいないと、私は思う」
「まあ、それはそうかもね。ところで、この袋は?」
オレは革袋を開け、そこにぎっしり詰まった金貨を見て仰天した。
「さしあたっての報償です。ジョヴァンナはあなたの持つ異界の知識を買っている。閣僚としてお迎えできるなら、それ以上の報酬を約束します」
男は穏やかに笑って手を差し出してくる。オレはその手と、隣で憮然と黙っているカレルの顔を交互に見て途方に暮れた。
「……ちょっと、すぐには決められないかなあ……」
「勿論、ジョヴァンナの言うとおり、身体を休めることが先です。しかし、もしも気が向けばいつでもご連絡を。サウラスのエミリオ宛にご伝言いただければ、いつでも、どこでも……エラストの辺境へでも、お迎えに上がりますよ」
エミリオと名乗った男は、それで用が済んだとばかりに軽く頭を下げて部屋を出て行った。
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