エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし

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5.サウラスにて

5-4. 何が君の幸せ?

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 連れて行かれた宿は、こぢんまりとして古めかしかった。客はオティアンだけで、宿の主人は夜間は自宅に戻ってしまうらしく、オレたちが辿り着いた時は無人だった。オティアンは合鍵で宿の入り口を開けて中に入る。

 水場を貸してもらって手と顔を洗い、暖炉の側のベンチに座ると、ようやく緊張が解けて殴られた頬の痛みがぶり返してきた。

「これで冷やしとけ」

 オティアンが濡らした布を差し出してくれる。素直に受け取ると、オティアンは大きな溜息をついて向かいの椅子に腰を下ろした。マントの下は以前と同じ、立襟の付いた変わった形の長衣で、頭には相変わらずターバンを巻いている。

「参ったな。こんなところでお前と会うとは……」

「会えてホントに良かったよ。オレ一人じゃどうしようもなくてさ。ルチアーノたちは? まだあの雪山にいる? 助けに行きたいんだけど、協力してくれないかな?」

「一体どうしてアキオがここにいるんだ? カレルと一緒に出て行ったんじゃないのか」

「さっきも言ってたけど、違うよ。カレルは一人でエラストに戻った。オレはカレルを見送った後、ジョヴァンナとかいう話を聞かない女騎士に連れられて、ここの聖堂に堂者見習いとして入れられたんだよ」

「ジョヴァンナが? あの女、余計な事をしてくれる」

「ジョヴァンナと知り合いなんだ。やっぱり! オティアンは新サウラスの人達と一緒に活動してるんだよね? あのままルチアーノたちが無事に解放されるとは思えないんだ。助けに行かなきゃ……」

 オレが言うと、オティアンは天を仰いで額を押さえた。

「それについては心配しなくて良い。一応命は無事だ。問題はカレルだ。お前が一緒なら、ヤツは安全最優先でまずエラストに戻ると踏んだが……別行動なら何をしているか分かったモンじゃないな……」

「オレ、考えたんだけど、サウラスはエラストと協力してファタリタの現体制を壊そうとしてるって事で合ってる? エラストの混ざり者がみんなカレルと同じような能力を持ってるなら、数が少なくても大きな兵力になる。サウラスはそれを当てにしてる?」

「……お前、無駄に頭が回るなあ。そうだよ。その通りだ。エラストはずっと態度を保留にしてやがるからな。カレルが上手く長老衆を説得してくれるだろうと思ったが……」

 オティアンはそこまで言って溜息をつき、椅子から立ち上がって奥のドアを開けた。奥の部屋は寝室になっているようで、大きめのベッドが一つ、窓から差し込む月明かりに照らされていた。

「……まあ、なるようにしかならないな。ルチアーノたちには明日会わせてやる。今日はここで休め。ベッドは一つしかないからアキオが使って良いぞ」

「それは申し訳ないよ! だってオティアンの取った宿だろ。オレはベンチで寝るから」

「いや、今夜はゆっくり寝ておけ。明日は忙しくなるだろうから」

「じゃあベッド広いから一緒に寝ればいいんじゃない? オレ寝相良いし」

 そう提案すると、オティアンは露骨に嫌な顔をした。

「それはゴメンだな。熊の獲物に触りたくはない」

「熊? ……カレルのこと? オレは別にそんなんじゃ……」

 否定しかけて口ごもった。
 そんなんじゃないと思ってたのはオレだけで、だから怒らせてしまったし、傷つけてしまったんだった。思い出すと今も鮮明に胸が痛む。唇を噛んで俯くオレを、オティアンは鼻で笑った。

「ハッ! どう見ても、アイツはもうお前を自分のものだと思い定めてるだろうが。何があったか知らないが、熊は一旦囓った獲物のことは絶対に諦めない。必ず回収に来るぞ。あいつらは寿命も長いし、恐ろしく執念深い。逃げられるとは思わない方が良い」

「なんだよ、それ。逃げようなんて思ってないよ。むしろ逃げたのはカレルの方だし」

 ムッとして言い返すと、オティアンは呆れたように肩をすくめて両手のひらを天井に向けた。

「まあどっちでも良いさ。しかしお前はもう少し危機感を持て。さっきも、オレが通りかかったから良かったが、一人きりでどう切り抜けるつもりだったんだ? もし仮に助けに来たのがカレルだったら、あの男は惨殺されてたぞ」

「まさか! そんな事するわけ無いだろ!」

「はは……あの男、お前の前では随分お行儀が良かったんだな。まあ、混ざり者にはそういう一面もあるんだよ。覚えときな」

「……オティアンは? オティアンも混ざり者の一族なんだろ?」

「オレは翼持ちだ。エラストの四つ足とは別の種族なのさ。何ものにも縛られず自由で、気儘で、短気で短命。だからアイツらの悠長ぶりにはついて行けない」

「翼持ちってことは、鳥? 短命? 混ざり者って、そんなに差があるんだ?」

「ああ。ノルポルの一族はたいてい五十前後で一生を終える。だから基本的にみんな刹那的だし、快楽主義で飽きっぽい。そのせいでファタリタの奴らにコロッと欺されて全滅した。
 逆にエラストの奴らは百五十を越えるまで生きる。縄張りを守ってのんびりノラクラやるのが得意なのさ。気が長い代わりに執念深い。人間はその中間くらいだろ?」

 初めて聞いた話にオレは驚いて息を呑んだ。
 前にカレルに年を聞いた時、「人間で言えば二十五くらい」と言葉を濁していたのは、そういう理由があったのか。今度会ったら生まれてから何年生きてるのか聞かなきゃ。

「……じゃあオティアンは……」

「オレは生まれて二十と少し生きてきた。人生半ばってとこさ。もう同族と子を持つこともできないし、精々やりたいようにやって死ぬだけだ。言っとくけど、同情は要らないぞ。オレたちはそういう生き物なんだから」

 オティアンはカラリと乾いた笑顔でそう言い、オレを追い払うように手を振る。なんて言って良いか分からずに、オレが寝室のドアの前でマゴマゴしていると、

「まずは自分のことを心配するんだな」

 とドアを閉められ、オレは暗い部屋に一人きり閉じ込められた。

 広いベッドに寝転がると、ヒゲ男に投げられた時に打った背中が痛む。
 オレが今までああいう輩に出くわさずにすんでたのは、他の人が守ってくれてたからなんだよな。

 寝返りを打って腹這いになると、首からぶら下げた命願石が胸に当たる。オレはそれを服の上から握った。

───もしもこれで願いを叶えて、男の身体を取り戻したところで、一体何になるんだろう……

 オレはこの世界で生きていく術を知らない。
 滅石を取り戻して、一人で大金を持ったところで何の意味があるんだろう。金で何ができるかも知らないのに。
 そもそも、オレ一人が願いを叶えてもらって満足しても、国自体が戦乱に巻き込まれたら意味がないよな。どうやらこの世界の平和は、オレが思っていたよりずっと危うい。

 革の袋から取り出すと、石は暗闇の中でボンヤリと七色に光る。

───もしも、この石で本当に奇跡を起こせるのなら、なるべく沢山の人のために使うべきなのかも……

「みんなが幸せになれますようにって願えば良いのかな?」

 光る石に向かって問いかけてみても、答えは返ってこない。
 なんとなく多分駄目だろうな、という予感がした。

 だって、『幸せ』の定義は人によって違うからだ。

 オレは可愛い女の子たちに囲まれて何不自由なく暮らせれば幸福だと感じるだろうけど、多分そういうオレを見たらカレルは幸福だとは感じないだろう。
 じゃあ、カレルもオレのことなんか忘れて、誰か別の人を愛して幸福になれば良い?でも、そうなったらオレはきっと寂しい。
 寂しくならないようにお互い忘れてしまえば良い?……そんなのは考えるのも嫌だ。忘れたくないし、忘れるくらいなら辛いままで構わない。

 他にも、ルチアーノはフィオレラと結婚できれば幸せなんだろうか?
 ルチアーノはファタリタの事も愛して誇りに思っているのに、フィオレラさえ側にいれば満たされるのかな? フィオレラもそうなのか?
 マイアリーノは? 元通り一カ所に集められて人間に使役されるのが幸せ?
 オティアンは? ジョヴァンナは? アルバやリーナやマッテオやマリアムや、他の沢山の人達は? さっきのヒゲ男みたいな犯罪者だってこの世界には存在してる。

 考えていると頭が痛くなってくる。
 なんでこんなことをオレが考えなくちゃいけないんだと腹が立つ。モブなんだからモブらしくいさせてくれよ。石を持ってるだけで救世主になんかなれるわけない。

 オレは髪をめちゃくちゃにかき回し、石を首から下げた袋に戻した。

───考えても仕方が無い。
 とにかく命願石と滅石はセットでないと働かないんだから、滅石を持ってるルチアーノに会うのが先だ。難しいことを考えるのは後回し!

 オレは目元まで毛布をかぶり、ギュッと目を閉じた。
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