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4.サウラスへ

4-5. 踏み込んではいけない一歩

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 風呂から上がって、棚に用意されていた新しいシャツと下着に着替えると生き返ったような気分になった。換えの上着は例の白ローブしかなく、仕方なくそれを借りることにする。カレルは自分の上着をそのまま着込んでいた。

 半分屋外の通路へ出ると、冷え切った空気が火照った肌に丁度良い。温まって軽くなった足でホールまで戻ったら、先に湯から上がった二人がベンチに腰掛けて夕食を食べているところだった。オレたちが空いた場所に並んで座ると、

「おや、思ったよりも早かったな。二人で湯を汚さなかったか?」

 と、オティアンがニヤニヤ笑いながら声を掛けてきた。

「汚すわけないだろ、子どもじゃないんだから。でも早かったかな? 結構長風呂したよね?」

 隣を見上げると、カレルは苦々しい顔でオティアンを睨んでいた。

「軽すぎる口は災いを呼ぶぞ」

「お前はちょっと気が長すぎるんじゃないか? そこの鈍感相手にどこまで遠回りする気だ」

 オティアンがオレを指さし、カレルがそれをはたき落とす。オティアンは何が可笑しいのか、人の悪い笑みを浮かべていた。


 しばらくすると、リーナがオレとカレルの分のスープとパンを運んできてくれた。

「簡単な物しかなくてごめんなさい」

「あ、ありがとうございます。お風呂も気持ち良かったです! 良いお湯でした!」

 礼を言うと、にっこり笑って会釈してくれる。

 さっきは寒くて死にそうだったから気がつかなかったけど、よく見たらリーナはかなり可愛かった。丸顔で色白の頬にそばかすが散っていて、赤みがかった髪を三つ編みにしている。地味かつ清楚で、オレの好みど真ん中だ。
 フィオレラは美人だけど高嶺の花すぎるしルチアーノがいるから、実際お付き合いするならリーナみたいな子が良いな~。

 オレの邪な視線に気付かないリーナは、給仕を追えたテーブルから一歩離れて真っ直ぐに立ち、オレたち全員を見回してにっこり笑った。

「あのお嬢さんは先ほど目を覚まされました。今は無理に動かない方が良いでしょうから、後でお部屋にお食事を運びますね。他にもご入り用の物があれば、いつでもお申し付けください。なるべくご用意致しますわ」

「ありがとうございます。できれば、堂主様にもお礼を申し上げたいが、もうお休みなのでしょうか?」

 ルチアーノに聞かれたリーナは、困ったように眉を下げる。

「今夜はパオラと村の方に出ているのです。明日には戻られると思うんですけど……堂主様が戻られてからしか石もお渡しできませんし、申し訳ないんですが、今夜は夜の祈りもできません……」

「お気になさらず。そちらには参加するつもりはないので」

 申し訳なさそうに頭を下げるリーナに、ルチアーノは首を横に振った。
 リーナの口から出た「夜の祈り」という言葉にドキッとする。

───そっか、それに参加したら……

 チラッとリーナの白いローブに包まれた豊かな胸元に目をやって、オレは生唾を飲み込んだ。

───べ、別に悪いことじゃないもんね、この世界はそういう世界なんだし……

 もぞもぞとベンチの上で座り直していると、奥の扉が開いてマッテオが姿を見せ、部屋の用意ができたと知らせてくれた。


 宿泊客のための部屋は二階にあった。二階には、二台ずつベッドが置かれた部屋が六つ並んでいる。使って良いと言われた三室の内、暖炉のある一番良い部屋には既にマイアリーノが寝かされていた。ひとまず全員、その部屋に入ることにする。
 マッテオが出ていくのを待ってルチアーノが彼女の顔を覆うベールを外してやると、瞼が動いてまだボンヤリとした瞳が瞬いた。

「ルチアーノさま……? ここ、どこ……?」

「サウラスの聖堂だ。何も心配しなくて良い。何か食べられそうか?」

 ルチアーノが背中に手を当てて起こしてやり、上体を支えるようにクッションを整えると、マイアリーノはそれにもたれかかってスープをゆっくりと口に運んだ。

「おいしい……」

 少しだけ綻んだ口元にホッとした。

「食べられるならひとまず安心だな。よかった! じゃあ、オレも休ませてもらうよ。おやすみ」

 オティアンはそう言って、欠伸をしながらドアの外に出て行った。ルチアーノはマイアリーノが食べ終えた皿を受け取り、彼女を寝かせてやってから、疲れた様子で空のベッドに腰を下ろした。

「今後のことは明日話し合おう。今日はひとまず休養を優先したい」

 ルチアーノはオレたちを追い払うように手を振る。反対する理由もないので、オレとカレルはオティアンが入ったのとは別の部屋に移動した。


 オレたちの部屋には暖炉はなかったけど、代わりに二台のベッドの間に火鉢のような物がおいてあって、思ったよりも温かかった。

「あ~~つかれた~」

 オレは即座にベッドに倒れ込み、枕を抱えて転がった。
 新しい藁に清潔なシーツをきちんと被せてあるベッドは、安宿よりも余程上等で、毛織の毛布も分厚くて温かい。

「……人不足で貧しいという割に、ここは贅沢な施設だな」

 カレルは入り口に立ったまま部屋を見回して呟いた。確かに、堂主を含めてたった四人しかいない聖堂なのに、暖炉には惜しげもなく薪が放り込まれていたし、夕食のスープも肉や野菜がいっぱい入ったリッチなものだった。

「うーん……そうだね……凍える前にたどり着けてラッキーだった……ね……」

 カレルは警戒している風だったけど、オレは既に半分眠りかけていた。吹雪の中の強行軍の後、温かい場所にお腹いっぱいで寝転んでいるんだから仕方がない。

「おやすみ、アキオ」

 カレルは低く笑って、枕元のミニテーブルの上のランプの火を小さく絞る。オレは毛布に鼻まで潜り込みながら「……おやすみ……」とだけ何とか返事して、眠りの底へと落ちていった。

******

 目が覚めた時、まだ辺りは薄暗かった。もう一眠りするつもりでと寝返りを打とうとしたら、身体が動かない。おかしいなと眠い目を瞬かせると、すぐ側にカレルの顔があった。ギョッとして一気に意識が覚醒する。

───昨日は別のベッドで寝たはずだけど!?

 頭の下にはカレルの太い腕があって、もう片腕は背中に回されている。足もガッチリ絡められていて身動きができない。
 カレルはまだ熟睡しているようだ。若葉色の目は、濃いまつげに縁取られた瞼の後ろに隠れたままで、うっすら開いた厚めの唇から白い歯がわずかに見えている。顎には点々と髭が浮いていた。

 そういえば、カレルのこんなに穏やかな寝顔を見るのは初めてかも知れないなと気付く。旅の間は大体一緒の毛布で寝てたけど、大抵彼はオレより前に起きて身支度を終えていたし、夜は険しい顔をして浅くしか眠っていない様子だった。

───あんまり何にも言わないけど、疲れてたんだろうな……

 よく寝てるのを起こすのも気の毒で、そろ~っと背中の腕を外して逃げだそうとすると、カレルは一瞬眉を寄せ、低い唸り声と共に一層オレを近くに引き寄せた。
 カレルは薄い部屋着一枚だし、オレは借り物のローブしか着てないから、くっつけば寝起きの体温がすぐに伝わる。カレルの足の間で元気になってるブツの存在にも気付いてしまった。

───男だし、朝だし、そういうこともある……

 オレは極力余計な刺激を与えないよう距離を取ろうとしたけど、足も絡められてるから身動きできない。
 じっとしたまま動けずにいると、抑えきれない好奇心が湧いてきた。何に対する好奇心かというと、ナニのサイズについてだ。
 風呂でチラッと見たカレルの股間には、脱力状態でも結構なサイズのものが付いていた。興奮状態でどのくらい膨らむのかが気になる。知ったところで意味は無いんだけど!
 気付かれないようにコッソリ手を伸ばし、内股に押し当てられているソレに手のひらを添える。

───でっか……

 広げた片手の指先から手首の付け根まで届きそうなソレに、オレのメンタルは容赦なく打ちのめされた。
 いや、最初から男として勝てるわけないのは分かってるんだけどさ。こういうとこまで完敗なんだなと思うと悔しいというか、脱力するというか……

───はっ! でも外国の人のチンポってデカいけど柔いとか言うよね?

 硬度では勝てるかも、と一筋の望みを抱いて薄い布地越しにそーっと握ってみた。

───……硬ってぇ……

 駄目だ、完敗だ。もーやめやめ! 神様は不公平!

 カッチカチのデカブツに手をかけたままがっくり落ち込んでいると、

「アキオ……?」

 と擦れた声で名前を呼ばれて、ビビりすぎて思わず手の中の物をギュッと握ってしまった。

「うっ……!」

「わぁあぁっ! ご、ごごご、ごめん!」

 大慌てで手を離してベッドから転がり出ようとしたのに、両手を掴まれて引き戻される。ぐるりと視点が回り、オレはあっという間にカレルにのし掛かられてベッドに押さえつけられた。オレの足の間に身体を割り込ませたカレルは、寝起きとは思えない眼光の鋭さで真上から見下ろしてくる。

「逃げるなら最初からするな。何のつもりだ?」

「ごめん! 他意はないんだ、つい出来心でっ!」

「出来心? 触れるなと言ったのはお前の方だろう。昨夜は無防備にオレの寝床に入り込んで、今も煽るような真似をする。手を出せないと高をくくって、オレで遊んでいるのか?」

 掴まれた両手首が痛い。
 押し殺した声には明らかに苛立ちが籠もっていた。

「潜り込んだ? オレが……?」

 カレルは顎をしゃくるように頷き、不機嫌に鼻を鳴らした。
 自由になる首を動かして横を見ると、昨日自分が眠っていたはずのベッドが見えた。つまり、オレがカレルのベッドに押しかけたことになる。
 カレルがオレの方に来たんだと思ったけど、真相は逆だったらしい。一気に恥ずかしさがこみ上げて、頬が熱くなった。
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