上 下
41 / 74
4.サウラスへ

4-1. 南への旅.1

しおりを挟む
 カレルを交えて改めて相談した結果、オティアンのことを信頼はしないが、行き先が一緒である以上、別々に行動する必要も無いという結論が出た。

「つまり、一緒に行くんだよね?」

「……そういうことになるな」

 ルチアーノは苦々しく頷く。オレはなんだかホッとしたような、不安なような、なんとも言えない気持ちになった。

「そうと決まればモタモタせずに出発しましょう。サウラスまで無事にお連れすることを保証しますよ」

 オティアンはニコニコと愛想良く言い、あっという間に荷物をまとめた。



 支度を整えて全員で外へ出る頃には、東の空に昇りきった午前の太陽が、積もった雪を溶かし始めていた。
 オレたちは馬に乗り、オティアンはずんぐりとした馬に引かせた荷車の御者台に座る。幅の狭い荷車は、朝見た時よりもさらにしっかりと全体を厚手の布でしっかりと覆われて、中身がなんなのか外からは想像ができないようになっていた。

「ずいぶん厳重だね」

「貴重品なのさ」

 オレが布をめくろうとすると、オティアンはそれを避けるように馬に鞭を当て、ゆっくりと前へ進み始めた。

 これまでの旅では、ルチアーノが先頭を行き、オレとマイアリーノを挟んで、最後がカレルという隊列だったけど、ここからは南への道を知るオティアンが先導する形になる。重い荷を引く馬車が先頭なので、道を行くスピードはぐんと遅くなった。

 しばらくは道も良いらしく、丁度良い機会だからいい加減一人で馬を走らせられるよう練習しろと、オレはルチアーノに言いつけられてしまった。確かに、女の子の後ろに乗ってるのは格好が悪い自覚はあったので、素直に指示に従うことにする。
 ずっと俺の前で手綱を取ってくれていたマイアリーノは、ルチアーノの馬に移動する。憧れの騎士の鞍に乗せてもらって嬉しそうだ。

 隣に馬を並べて指導をしてくれたのは、カレルだった。要領の悪いオレに、怒らず焦らず根気強く馬の扱いを教えてくれる。
 助言に従って悪戦苦闘していると、今朝の気まずさはすっかりなくなって、前と同じように軽口をたたき合いながら笑えるようになっていた。

 一人で手綱を握るのは緊張したけど、半日もすれば慣れた。馬と呼吸を合わせられるようになると、回りの景色を楽しむ余裕も出てくる。

 穏やかに晴れた夕暮れ空の下、うっすらオレンジに染まった雪原はとても綺麗だった。
 馬の吐く息が、薄い紫色の空気の中に白く立ち上る。斜め前を行くカレルの影が長く伸びて、雪の眩しさを遮る。時々後ろのオレを振り返るカレルの輪郭を、夕陽の輝きが縁取っている。
 それが悔しいくらいに格好良くて、眩しくて、オレはそっと目を伏せた。


 目印のない雪原にもかかわらず、オティアンの選ぶ道は的確だった。ゆっくりと道を下り続け、薄暮にはオレたち一行は麓に辿り着くことができた。

「この辺りは民家がない。今夜はここにテントを張って野営しよう」

 オティアンの呼びかけに応じて全員歩みを止める。
 馬から下りると、一日中使い続けた内股に力が入らなくて、オレは雪の上に尻もちをついてしまった。雪に埋もれてジタバタしていると、カレルが笑って抱き起こしてくれた。耳元に温かい息がかかって、オレは一瞬身構えてしまう。カレルは困ったような、傷ついたような顔を見せ、すぐになんともなかったように

「気をつけろ」

 とだけ言ってオレに背を向け、歩き去ろうとする。

「ちょっと待ってよ!」

 思わず呼び止めたは良いものの、オレは何と言えば良いのか分からなくなって、何度も口を開きかけては閉じる。

「えっと……あの……」

 暗くなってきた足元に目を落とすと、カレルのブーツの先が見えた。それが一歩、前に踏み出してくる。ジッと動けずにいると、手袋を外した手のひらが頬にかかって、上を向かされた。
 複雑な色を浮かべて揺れている緑の目と視線が合う。

「オレに触れられるのは怖いか?」

「怖いわけないだろ!」

 咄嗟に強く否定すると、カレルは片頬だけで苦く笑う。

「昨日のことは心から謝罪する。怖がらせて悪かった。今後は、なるべく触れないように気をつける」

「だから、怖くないって! 昨日のアレは仕方なかっただろ。怖くてビクついてるんじゃないってば」

 オレは、そっと頬から離れていく手のひらを掴んで握った。

「しばらくは、その……ちょっと反射でびっくりするかもしんないけどっ! 普通にしてくれれば良いから!」

「普通? アキオの言う普通・・は何を指すんだ」

 カレルはオレの指の間に自分の指を絡めて握り、引き寄せて唇に押し当てる。仲間同士でするには親密過ぎる仕草に、オレの心臓はキュッと縮こまる。

「ヒェッ……!」

「オレの中では、オレがしたくて、お前がイヤでなければ、普通・・だ。違っているなら、そう言ってくれ」

 目を覗き込まれたまま、腕の中に抱き込まれ、オレはゴクリと唾を飲み込んだ。
 何かマズいスイッチを押してしまった気がする。

「額に口づけるのは、子どもにするようでイヤだと言ったな。では口は?」

 何を聞かれたのか理解する前に、整った顔が近づいてきて口と口が触れた。

「ん!?」

 乾燥して冷え切った唇が、温かく湿った感触に覆われる。それはちょっと表面を潤してすぐに離れた。

「か、からかうのやめろよ……友達同士で口にキスはしないだろ? それは、なんかダメじゃん」

「同じ寝床に入るのは良いのに? 同じ寝床で眠るのは、親子かつがいだけだ」

 オレが胸を押し返すと、カレルは不満げに唸って眉間に皺を寄せた。
 オレは頬に血が上るのを感じて俯く。
 野営の夜、毎晩のように暖かいからってカレルの毛布に潜り込んだのはオレだ。怒られないから良いのかと思ってたけど、やめといた方が良いのか。そういやマイアリーノにも叱られたな……。

「ごめん、迷惑だったんだ……。今晩からは一人で寝るよ。それかオティアンのとこにお邪魔する」

 オティアンは毛皮のラグを持ってるし、おいでって言ってくれたから大丈夫だろう。
 カレルから離れようと身じろぎすると、急に強く抱きしめられ、オレは「ぐえ」と潰れた呻き声をあげた。

「違う! それはやめてくれ!」

「でもオレ、カレルと親子でも番いでもないし。でも一人で寝たら寒いもん。オティアンとこしか行く先がないよ。ルチアーノは嫌がるし、マイアリーノは一応女の子じゃん」

「だからっ……! クソッ! つまり、お前はオレと番う気は無いが、オレの寝床から追い出されたオティアンの所へ行くっていうんだな!?」

 カレルは珍しく舌打ちして苛立ったような口調でオレに迫ってくる。オレは何でカレルが怒っているのか分からず、勢いに気圧される形でただ何度も頷いた。
 カレルは一瞬酷く苦しげに顔を歪め、そして大きな溜息をついて、オレの身体に両腕を回してきつく抱きしめた。

「……分かった。オレは今後お前に触れないようにするが、わざと避けたりもしない。お前がオレの寝床に入るのも特別に許す。だから、お前は絶対に他の寝床へは行くな」

「う、うん……」

 頭をギュウギュウ胸に押しつけられて、オレは訳が分からないまま頷いた。


*******

 オティアンのテントは、回りの木の幹にロープを巡らして、そこへ防水布をくくりつけただけの簡易な物だった。出入り口の布を下ろせば雪が吹き込むのは防げるけど、寒気を閉め出すほどの物ではない。それでもないよりはマシだった。

「人数が少なけりゃ、外の布を二重にして、もうちょっと温かくできるんだけどね」

 テントの中央に石を積んで即席の炉を作りながら、オティアンは肩をすくめた。

 五人入れば中はいっぱいで、横になる時は手足を縮めてないと誰かとぶつかってしまう。
 オレがカレルと一緒に毛布にくるまると、オティアンは可笑しそうに

「仲直りできたのか?」

 と、片眉を上げる。オレはムッと口を尖らせて、質問には答えないことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 詩悠
BL
ハヴィことハヴィエスは若くして第二騎士団の副団長をしていた。 今日はこの国王太子と幼馴染である親友の婚約式。 従兄弟のオルトと共に警備をしていたが、どうやら婚約式での会場の様子がおかしい。 不穏な空気を感じつつ会場に入ると、そこにはアンセルが無理やり床に押し付けられていたーー。 物語は完結済みで、毎日10時更新で最後まで読めます。(全29話+閉話) (1話が大体3000字↑あります。なるべく2000文字で抑えたい所ではありますが、あんこたっぷりのあんぱんみたいな感じなので、短い章が好きな人には先に謝っておきます、ゴメンネ。) ここでは初投稿になりますので、気になったり苦手な部分がありましたら速やかにソッ閉じの方向で!(土下座 性的描写はありませんが、嗜好描写があります。その時は▷がついてそうな感じです。 好き勝手描きたいので、作品の内容の苦情や批判は受け付けておりませんので、ご了承下されば幸いです。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

処理中です...