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3.モブと愉快な仲間たち、東へ

3-13. 新しい仲間2

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 招かれるまま火の側に座って温かいお茶を飲むと、急に酷い疲労感が押し寄せてきた。
 オティアンはお茶に続いて食事も振る舞ってくれたけど、マイアリーノはお茶にも食事にも手をつけず、ルチアーノの側で膝を抱えている。フードも被ったまま、頬当ても一番上まで上げたままだ。

「マイアリーノ、どうしたの? 毒は入ってないよ。お腹減ってるだろ?」

「……その人、私を見てびっくりしない?」

「何を驚くと言うんだい?」

 マイアリーノは警戒した様子でゆっくりとフードを下ろし、顔の下半分を覆う頬当てを外す。ピンク色の折れ耳が茶色い髪の間から飛び出し、前に突き出た鼻が露わになった。

「……っ!」

 オティアンが目を大きく見開いて息を呑む音が聞こえた。
 そうだった。
 オレたちはもう見慣れてるから気にならないけど、初めて見るオティアンは驚いて当然だ。

「ほら、びっくりした。だから嫌だった」

 マイアリーノはブスッとした様子で言い、お茶の入ったコップを取り上げようとしたけど、オティアンが素早く近寄って、彼女の頬を両手で捕らえた。

「なに!? やめて!」

 マイアリーノは首を振って逃げようとする。オティアンは驚きで目を丸くして、彼女の耳や鼻に手を伸ばし、本物か確かめるようになで回した。

「この耳と鼻はいったいどうした?」

「生まれつき! ひっぱらないで、痛い!」

「生まれつき? 動物の特徴は耳と鼻だけ? なぜ隠せない?」

 オティアンは暴れるマイアリーノの両手を押さえつけて矢継ぎ早に問いかける。

「やめろよ! 嫌がってるだろ!?」

 オレが間に入ってオティアンの手を引っ張ると、冷えた手が微かに震えていた。マイアリーノは掴まれた手首をさすりながらオティアンを睨み付け、それでも律儀に質問に答えた。

「耳と鼻はずっとこう。森の中ではみんな隠してない。隠せない」

「……みんな・・・? 仲間がいるのか?」

「沢山いる。みんな森で暮らしてる。ルチアーノさまたちが守ってくれる」

「まさか……人工的に混ざり者を増やす計画があるらしいのは知っていたが……成功例があるとは……」

 オティアンは震える手で口元を覆って後ずさりした。オレとマイアリーノは、彼がなぜそんなに驚くのか分からなくて、二人で顔を見合わせて首を傾げたが、カレルが事情を説明し始めた。

「成功しているとは言いがたい。大聖堂で密かに使役されている混ざり者の多くは、混ざっている動物に劣るほど知能が低い。マイアリーノは特殊な例だ」

「お前、知っていたのか!?」

「知ったのは最近だ。なぜ彼女のような不完全な混ざり者が生み出されたのかを、調べている最中に投獄されたんだ」

「これは混ざり者に対する激しい侮辱だ。エラストはこんな不完全な存在を生み出したファタリタと手を結ぶつもりか? 不完全な命を無理に生み出すくらいなら、いっそ潔く滅びた方が良い!」

 オティアンは激しく言い立てる。マイアリーノは何度も全員の顔を見回し、怯えたように身体をすくめた。

「分からない。私、なにか悪いことをした?」

「マイアリーノは何も悪くない」

 カレルは優しく声を掛けたが、マイアリーノはますます縮こまり、

「フィオレラさまも、私たちに、ごめんなさい、言った。かわいそうにって。なんで? 私たちはかわいそうじゃないよ」

 と目元に滲んだ涙を指で拭った。

「……そうだな。君たちは何も悪くない。可哀想でもない。大きな声を出して悪かったよ。お詫びにお菓子をあげよう」

 オティアンはとりつくろうように笑みを浮かべ、マイアリーノに小さな包み紙を差し出した。中に入っているのは、オレが祭りでご馳走になったクッキーみたいなヤツだ。
 マイアリーノはちょっと考えてから、オティアンの方に手を伸ばし、お菓子の包みを手に取った。



 食事を終えると、マイアリーノはルチアーノの側にぴったりくっついて眠ってしまった。
 オレも早く寝てしまいたいんだけど、カレルもオティアンも横になる気配がない。一人だけ寝るとも言い出せず、火の側で膝を抱えてうつらうつらしていると、オティアンが

「眠いならこっちへおいで」

 と毛皮のラグを半分空けてくれた。
 喜び勇んでそっちへ行きかけると、カレルの視線が背中に刺さるのを感じた。

 寝る時はいつも、カレルの側にいるのが習慣になってたけど、今日は地下聖堂でのことを思い出してしまいそうだから、気が引ける。
 オレは視線に気がつかなかったことにして、毛皮のラグの端っこで丸くなって目を閉じた。
 なんの毛皮か分からないけど、柔らかなラグは床の冷たさを遮ってくれてとても暖かく、すぐにウトウトし始めてしまう。

 フワフワする意識の上を撫でるように、ボソボソと話し続けるオティアンとカレルの声が聞こえ続けていた。


「あの半端な存在は、どこで生活しているんだ? オレはファタリタのほとんどを回っているが、あんな者達を見かけたことはないぞ」

「大聖堂の敷地からは出されていないんだろうな。オレが彼等を見かけたのは、聖堂の周りでだけだ。複数の騎士が見張りについて、単純労働に使われていた。マイアリーノを含め、多少知能のある者は、禁域に隔離されているようだ。命願教側も、彼らの存在を公にしたくないのだろう」

「……お前、それを早く故郷に知らせた方が良いんじゃないのか?」

「知らせれば、エラストはすぐにファタリタに対して蜂起してしまう。今だって西はほとんど爆発寸前だ。しかし我々は数が少なすぎる。闇雲に立ち上がったところで勝機はない。まずは命願教に取り込まれた同胞を取り戻すのが先だと、オレは思う」

「数が問題なのか?」

「問題の一つだ」

 しばらく沈黙が続き、パチパチと薪の爆ぜる音だけが耳を打つ。

「……オレたちと同盟を結ぶのはどうだ?」

「同盟? どういうことだ? ノルポルは既に……」

「北の混ざり者は、もうオレを含めた数人しか残っていない。しかし、ファタリタ内部にも命願教の独裁を良く思わない一派がいる。もしも協力する気があるのなら、オレが取り次いでも良い」

 カレルは黙ったまま考え込んでいるようだ。
 オレは段々目が覚めてきた。盗み聞いている会話の内容に心臓がドキドキし始める。

 ここでカレルがオティアンの誘いに乗っちゃったら、オレとカレルはお別れすることになる。エラストとファタリタが戦争になったら、お祭りどころじゃなくなるだろうし、オレは一人で放り出されて生きていけるんだろうか。

 息を殺して耳を澄ませていると、カレルが大きく息を吐き出すのが聞こえた。

「……同じ目的ならば、手を取り合った方が良いだろう。しかし、オレは結願祭が終わるまではアキオと共に行くと誓った。戦いに向けて動くのは、アキオと別れてからだ」

「エラスト人は本当に気が長いな。グズグズすると機を逃すぞ……ところで、お前、この坊ちゃんと番ってるんじゃないのか?」

「……ちがう。アキオをオレの人生に巻き込む気は無い」

 低い声に胸の奥が鈍く痛んだ。

───それは、知ってたけどさ。

 オレは戦いでは何の役にも立たないし、カレルは故郷のために戦わなくちゃいけない。だから巡礼が終わればおしまいだって、最初からそういう約束だったんだけどさ……

 悲しくなるのを堪えようと唇を噛んでいると、押し殺した笑い声が耳を打った。

「こんな噛み跡まで残しているのに、手放す気か。正気の沙汰じゃない」

 オティアンの声が近くで聞こえ、眠ったふりをしているオレの襟元が押し下げられた。そこにはカレルが噛んだ跡が、まだクッキリと残っているはずだ。

「聞いたか、アキオ? アイツは薄情者だぞ。捨てられたら、オレのところに来ると良い。商いを仕込んでやるよ」

 オティアンはオレの耳元で笑いながら囁いた。タヌキ寝入りはバレてたみたいだ。
 バツの悪い気分で薄目を開けると、焚き火の向こうで剣呑な顔をしているカレルと目が合った。

「アキオ」

 呼ばれて、向こうへ行くべきかどうかで悩む。オティアンはオレの横に寝そべり、

「坊ちゃんは薄情者の胸より、暖かい毛皮がお好きだとさ。おっと、そんなに怖い顔をするなよ。寒いなら毛布を貸してやる」

 と愉快そうに言った。

「要らん」

「そう言うな。好意は素直に受け取っておくものだ」

 バサッと布を投げる音がして、その後は会話は途切れた。

 コッソリ目を開けると、火の向こうでカレルはこちらに背を向けて横になっているのが見えた。
 オティアンは仰向けになって、瞬きもせずに暗い天井を見つめている。整った白い横顔は彫刻のように無表情で、彼が何を考えているのかはまるで読み取れなかった。

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