上 下
38 / 76
3.モブと愉快な仲間たち、東へ

3-12. 新しい仲間

しおりを挟む
 少し歩くと、崩れた石垣の向こうに建物があった。
 元は円形の塔だったみたいだけど、上部はほとんど崩れてなくなってしまっている。塔の根元を支えるように納屋のような低い建物がくっついていた。

 マイアリーノは身軽に石の上をジャンプして敷地の中へ入っていく。それを真似て大きな石を踏み越えようとしたオレはバランスを崩して後ろに倒れかけた。けど、すぐ前にいたカレルが腕を引っ張って助け起こしてくれて、そのまま胴を支えて草地の上に下ろされた。

「暗いから足元に気をつけろ」

 一瞬見つめ合ってしまって、気まずい沈黙が訪れる。

「あー……ありがとう……。あのさ、さっきの事なんだけどさ……」

「……すまん、さっきは取り乱してたんだ。怖がらせて悪かった。できれば忘れて欲しい」

 カレルはフイとオレに背を向け、何でもなかったように先へ進む。オレはなんとも言えない気持ちのまま、先を行く背中を追った。


「これ、なんの建物だったんだろう……」

 塔の方は外壁しか残っていないけど、付属の平べったい建物の屋根や壁には、大きな破損はないようだった。近づいてみると入り口の扉も残されている。
 入り口の飾り柱に、鞍がついたままの馬が三頭繋がれていた。オレたちの馬だ。

「ルチアーノさまの匂いがする!」

 マイアリーノが鼻を嬉しそうに鳴らして走り出そうとするのを、カレルが止めた。

「脇に荷車が隠してある。ルチアーノ以外の何者かがいるかも知れない」

 カレルは建物に近づき、割れた窓から中を覗いた。
 一緒になって覗くと、ガランとした広い部屋の中で焚火が燃えているのが見えた。炎に揺らめく人影が一つ。歩き回って何かを運んでいる。

 火の側には男が一人倒れていた。炎に照らされて金の髪が輝いている。

「ルチアーノさま……!」

 マイアリーノが口を押さえて息を呑んだ。

「助けに行く!」

「ダメだってば」

 オレは先走ろうとするマイアリーノを抱き止めた。小柄で細身なのにマイアリーノは力が強い。必死で押さえていると、何かが飛んできて頬の横を掠めた。オレは咄嗟にマイアリーノごとしゃがんで窓枠の下に隠れる。
 向かいの木の幹に当たって落ちたのは、鋭く尖ったガラスの破片だった。あんなのが目に当たったら失明するよ。
 カレルは壁に身を隠したまま静かに剣を抜き、屋内の様子を伺っている。


「今夜はネズミが多い」

 息の詰まる静けさの中、割れた窓越しに聞こえてきたのは若い男の声だった。

「仲間を助けに来たんなら、正面から来な。オレは商人だから、暴力より平和的な取引をお願いしたいね」

 からかうような調子の声に聞き覚えがあって、オレはちょっとだけ頭を上げて中を見た。

 用心深く窓から距離を取って立っている男は、頭にターバンを巻き、襟の詰まった独特の長衣を身につけている。ファタリタではあまり見かけることのない印象的な衣装に、はっきりと見覚えがあった。聖都の祭りで行商の天幕を張っていた男だ。

「オティアン?」

 カレルに頭を押さえられる前に、オレは伸び上がって中の人物に手を振った。

「覚えてる? 前に会ったことあるアキオだよ!」

「おや、いつぞや祭りでお会いした坊ちゃんですか?」

 オティアンは目を丸くして窓の側までやって来た。

「そう、そこで倒れてるヤツも仲間なんだ。争う気はないから、中に入っても良い?」

「ええ、勿論構いません。そっちの二人も武器を置いてから入ってくると良い」

 オティアンは軽く眉を上げ、窓枠から身を乗り出していたオレの脇に腕を差し込んでヒョイと持ち上げた。あっという間に抱き上げられて、廃屋の床に着地する。すぐさまカレルが窓枠を跳び越えて来て、オティアンの腕からオレを取り返した。
 マイアリーノもその後に続いて中に入ってくる。

「ご執心なことだな。武器は置いてこいと言っただろう」

 片目を細めて口の端で笑うオティアンを、カレルは冷たく睨んだ。

「武器を使う気はない。行商の君がなぜこんなところにいる?」

「なあに、仕入れの一環さ。武器は全部壁際に置いてくれ。いつ斬りかかられるかと思うと、落ち着かない」

 オティアンは肩をすくめながら焚き火の側に行き、敷いてあった毛皮のラグの上に腰を下ろした。
 オレはホイホイ火の側に寄って温かそうなラグに座ろうとしたけど、カレルの腕に阻まれた。
 カレルはオレとマイアリーノを後ろに庇って、警戒心もあらわに突っ立ったまま動かないでいる。

「ルチアーノさまは大丈夫……? そばに行っても良い?」

 カレルの背中に隠れたまま、マイアリーノが心配そうに言った。
 ルチアーノはオティアンのすぐ右隣に倒れていて、微動だにしないでいる。剣帯はほどかれ、剣は鞘ごと奥の壁に立てかけてあった。

「あのお仲間はルチアーノという名ですか。聖堂騎士団の長と同じ名だが、本人かな?」

「そうよ、ルチアーノさまは、みんなを守ってくれるの」

「ははは、今はそれもできないようですが」

 オティアンはマイアリーノの言葉を聞いて、軽く笑う。

「私は彼を傷つけていませんよ。仕入れの邪魔をしてくれたので、眠ってもらっただけだ。明日の朝には目覚めるでしょう」

 マイアリーノはそれを聞いて、カレルの手を振り切ってルチアーノの側に駆け寄った。
 無傷なのを確かめるように全身を触り、血の跡や痣がないことを確認して、ホッとしたようにその場にしゃがみ込む。

 オティアンはルチアーノには興味なさげに
「それで、騎士団長とエラストの戦士をお供に、こんな廃墟まで旅をする坊ちゃんは何者ですか? ただの巡礼ではないでしょう?」

 オレはムッとしてオティアンを睨んだ。前に会った時も思ったけど、親切なくせに微妙にカンに障る物の言い方するんだよな、この人。

「坊ちゃんっての、やめてくれる? オレはただの巡礼だよ。ここの廃墟に滅石があるから、集めに来ただけだ。そっちこそ、なんで仕入れのために廃墟に来る必要があるんだよ?」

「良い掘り出し物が見つかるんですよ、ここは。今ではもう作れなくなった良質の陶器や銀器、宝飾品の類いが沢山残っている」

 オティアンは側に置いてあった箱から銀の燭台を一つ取り上げて、オレたちの方に掲げて見せた。細かな彫刻の入った燭台は百合の花の形をしていて、いかにも高価そうだ。

「……それって泥棒じゃん……」

 オレが呟くと、オティアンは愉快そうに肩を揺らして笑った。

「ここの住人はもういない。残されている物は誰の持ち物でもないでしょう? ただ朽ちていくよりは、価値の分かる人の手に渡る方が余っ程良いと思いませんか? 私は危険を冒して廃墟に入り、宝を見つけて客に売っている。狩った獲物を捌いて肉を売るのと同じですよ」

 オレは納得できない物を感じつつも、反論できなくて黙り込む。同じような詭弁をルチアーノにも聞かせたのなら、怒って当然かも知れない。

「それで、元手ゼロで儲けた金をどこに流している?」

 カレルの問いは痛いところを突いたようで、オティアンは一瞬目を鋭くし、

「……稼いだ金をどう使うかはオレの勝手だ」

 と低い声で言い返した。カレルはしばらく無言でオティアンを見ていたけど、ふと目を反らして溜息をついた。

「確かに。お前が何で儲けようとオレたちには関係がない。聞いて悪かった」

「ははっ! お前は大概お人好しだな。エラストの長老方はスパイの人選を誤ったぞ」

 オティアンは、堪えきれない様子で笑い声を上げ、火にかけていた鍋から湯気の立つ茶をコップに注いでオレたちを手招いた。
 
「お互い邪魔をしないなら、いがみ合う必要は無い。アキオ、おいで。温かいお茶を入れてあげよう。エラストの君……カレルだったか? も、そっちの女の子も、どうぞ」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。

BL
───…ログインしました。 無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。 そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど… ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・ 『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』 「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」 本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!! 『……また、お一人なんですか?』 なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!? 『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』 なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ! 「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」 ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ… 「僕、モブなんだけど」 ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!! ───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです

野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。 あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは?? お菓子無双を夢見る主人公です。 ******** 小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。 基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。 ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ 本編完結しました〜

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

処理中です...