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2.モブ、旅立ちを決意する

2-10.旅には地図が必須です

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 傾き始めた太陽を背にして東通りへ出ると、ルチアーノが指定した店はすぐみつかった。
 聖都と呼ばれるファタリタの首都は、大聖堂を中心にした同心円状に広がっている。街の南には東西に流れる川があり、北はなだらかな丘から森林地帯につながり、西にはオレが逃げたした湖がある。一番人の出入りが多いのが東の街区のようで、町の端には外からの侵入者に備えて高い城壁が築かれ、武装した衛兵達が門を守っていた。

 ユードの店は一階が食事処で、二階が宿泊施設になっているそこそこ大きな旅籠だった。祭り期間中のせいか、食事処は沢山の人で賑わっている。入り口でルチアーノの金髪を探してキョロキョロしていると、茶色いフード付きマントを頭から被った人物に手を引っ張られ、二階へと引っ張り上げられた。

 カレルともども一番奥まった部屋に押し込まれると、マントの人物はフードを跳ね上げて
「遅い! お前達がのんびりしている間に、他の巡礼達はほとんど街を出てしまったぞ!」
 とオレたちを一喝した。整った顔を真っ赤にして怒っているのは、案の定ルチアーノだ。
「でも巡礼の期間は一年もあるんでしょ。出発が一日二日遅れたところで……」
「馬鹿か! 回りやすいところは早い者勝ちだ。数刻の差で滅石を奪われるんだ!」
 怒り狂うルチアーノは狭い部屋のベッドの上に地図を広げた。大聖堂でもらった荷物に入っていた地図だ。



 地図で見るファタリタは、オーストラリアにちょっと似ている。大きい島国で、北東に突き出した半島を除くと東西に長い台形っぽい形になっている。聖都は中央より少し西に位置し、北がノルポル、南がサウラス、西がエラスト、東がイールン。四方それぞれに地方聖堂が設置されているが、東だけは薄い色になっていた。その他にも、小聖堂の位置が赤い点で示されている。
 基本的に、巡礼は聖堂を回っていく事になる。
 各聖堂には巡礼者が聖都に持ち帰る滅石が保管されているが、それを手にできるのは最初に辿り着いた者だけだ。
 巡礼者はなるべく沢山滅石を集めたいので、いかに効率的に聖堂を回るかが鍵になっているのだ。ちなみに、聖堂によって貰える石の数は違っていて、どこの聖堂に沢山石があるかは行ってみるまで分からない。

 だから出遅れたと怒るルチアーノの言い分はもっともなのだが、オレは全然平気だった。なぜならオレは既に一回このゲームをクリアしているからだ(ルチアーノのアバターで)。

「ルチアーノさん、心配しなくて大丈夫でーす。オレは聖堂巡り以外にも石を拾う方法を知ってまーす。そもそも都の近くは貰える石の量が知れてるから、無視してもいい。沢山ゲットできるのは、東の廃鉱山と、南の高地でーす」
「何故そんな事を知っている?」
「ええと……」
 思いっきり不審げな顔をしたルチアーノに当然の質問をされ、オレは説明できなくて口ごもった。
「南の聖堂は分かる。あそこは道が悪いから、巡礼が辿り着かない年もあるからな。しかし東はほぼ無人地帯だ。何故そこに滅石がある?」
「それは~……ええっとぉ……」
 何とか理由をつけようと頭を捻っていると、隣で腕組みしていたカレルが口を開いた。
「オレが大聖堂の書庫で見た古い書物に、かつてはファタリタ東部の鉱山近くに副首都が置かれていたという記述があった。そこには聖堂もあったはずだ。記録では天災があって副首都ごと地の底に沈んだらしいが、そこに回収されていない滅石が多く残っている可能性はある」
 オレはカレルの話に納得して何度も頷いたけど、ルチアーノは苛立たしげに舌打ちした。
「書庫まで忍び込んだのか、賊め」
 カレルは唇の端に小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言い返す。
「お前のような自国の歴史も知らない無知な騎士が守っているから、簡単に賊に入られるのだろう」
「貴様っ! 聖堂騎士団を愚弄するか!」
 二人は剣呑に睨み合った。ルチアーノは腰に下げた剣に手をかけている。オレは間に割って入り、地図を広げ直した。
「やめろってば、もう! なんでそんなに血の気が多いんだよ? とにかく、まず東に行こう。川沿いなら道も良いから、もしかしたら先に行ったライバルを追い越せる。東がもし空振りだったら、次に向かう先はルチアーノが決めれば良い。それでどう!?」
 ルチアーノはしばらく顔を顰めて歯を食いしばったままカレルとオレを睨み付けていたけど、
「……わかった。まずは東だ」
 と、噛みしめた歯の間から低く言って、荷物をまとめ始めた。

「え? まさか今から出発するの? 歩きで?」
「は!? 馬も武具も買っていないのか!? お前らは半日何をしてたんだ!? まさか単に祭りを冷やかしてただけだとか言うなよ!?」
 ルチアーノはまたまた怒り出した。これについては言い訳できないので、オレは素直に頭を下げた。
「その、まさかなんだよね……ごめん。だってお祭りなんて見る機会あんまりないし……」
「馬鹿っ! 信じられん馬鹿だ! こんな馬鹿どもと同行せねばならんとは……!」
 ルチアーノはまとめかけていた荷物を投げ出し、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。

「ご、ごめんね?? 一応マントと鞄は買ったんだよ?」
 オティアンに売りつけられた品物を取り出して見せたけど、ルチアーノは興味なさげに片手を振った。
「それはどうでも良い。まず馬具のついた馬、次に武装だ。明日、朝一番に買いに行くしかない。今度はオレもついていくからな!」
 オレは「はあい」と返事をして、買ったものを片付けようとして、オマケでつけてもらった小さな袋に気がついた。
 細い革紐で首から下げれるようになった巾着袋だ。表素材は赤い皮で中身が飛び出さないように蓋がついていて、内側はフェルトで裏打ちされている。オティアンが貴重品入れだと言っていたのを思い出す。今のオレにとって一番の貴重品は、虹色の命願石に他ならない。
 石を袋に移そうとポケットを探ると、そこに何かかさばる物が入っていることに気がつく。引っ張り出してみると小さなふくろだった。今朝マイアリーノから預かったものだ。

「そうだ、これ。ルチアーノに、ってマイアリーノから預かったんだ。中身は知らないけど、きっと役に立つって……」
 袋を差し出すと、ルチアーノは怪訝そうな顔で受け取った。すぐに厳重に括られた紐を解き、中身をベッドの上に零れさせる。出てきたのは小さな石だった。
「なに、これ?」
 百円玉くらいの大きさで、赤黒く滑らかな表面に一つずつ別の模様が浮かんでいる。おばあちゃんの瑪瑙の数珠に似てるけど、縞模様の瑪瑙とは違って、石の模様は血管のように不規則だ。

 ルチアーノとカレルが同時に息を呑むのが聞こえた。
「……滅石……!」

「え、これが? 実物こんなんなんだ……」
 ゲームのアイテム欄で見た滅石は赤と黒のドット絵だったから、オレは実物のアイテムの不思議な美しさに見入ってしまった。

「マイアリーノはこれをどこで手に入れたと言っていた!?」
 ルチアーノはオレの手を掴んで激しい調子で聞いてくる。
「し、知らないよ。オレは厨房の地下の食料庫で、ルチアーノにこれを渡してくれって言われただけだ。他の豚さん達はマイアリーノがこれを持ってるとは知らないって言ってた。彼女が秘密にしてたみたいだよ」
「彼女らはあの森からは一歩も出られないはずだ。ということは、この石はあの森にあったことになる。……広い森の中でこんな小さなものを、どうやって見つけ出したんだ?」
「知らないってば。直接聞いてみなよ」

 ルチアーノはしばらく考え込んでいたけど、おもむろに立ち上がってマントを身につけ、
「分かった。これは命願大聖堂にとっても問題になりかねない話だ。出発を遅らせてでも、彼女に話を聞かなければならない」
 そう言って、夕焼けに染まる外へと出て行った。

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