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2.モブ、旅立ちを決意する

2-7.モブ、巡礼になる

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 馬に乗っていたのは一時間足らずだったと思う。目隠しはされたままだったけど、途中から蹄の音が硬くなって、足元が舗装路に変わったのが分かった。視界がなくても結構空気で回りの様子って分かるんだよな。カポカポと小気味良い足音を立てる馬は、少し進んで建物に入ったようだ。

「降りろ。目隠しも取って良い」
 指示されて袋を脱ぐと、そこは厩のようだった。
「こっちだ」
 短く指示する騎士のリーダーについていく。エンリコと他の若い騎士達は、その場に残って馬の世話をするようだった。

 厩から出て細い通路を抜けると、大きな建物の中庭のような場所に出た。日はすっかり昇って頭上高くに輝いている。所々に羊のような雲が浮いている。晴天だ。
 オレたちは騎士を先頭にして、中庭を囲む回廊を歩いた。回廊はほとんど無人だけど、建物の向こうからは賑やかな人々のざわめきが聞こえてきている。
「ここ、もしかして大聖堂の中庭?」
「そうだ。無駄口を叩くなよ」
 騎士は振り向かずにそう言い、頑丈そうな扉を開けた。建物の中へ入るわけではなく、そのまま通り抜けて向かいの扉から外へ出る。

 外は大聖堂の前の広場で、お祭り騒ぎだった。
 閉ざされた大聖堂の扉の前には色とりどりの花が敷き詰められ、カーペットのようになっている。花のカーペットは一直線に伸びて石段に続き、広場の中央に作られた臨時の祭壇までを飾っていた。祭壇の前に何人もの人が列を作って並んでいた。その回りには一定の距離を空けて所狭しと屋台が並び、精一杯着飾った庶民っぽい人達が買い物を楽しんでいる様子だった。美味しそうな食べ物の匂いがそこら中に充満している。

 オレがキョロキョロしていると、
「あの列に並べ」
 と、騎士は広場のど真ん中の列を指さした。
「なんで?」
「あれが巡礼希望者の列だ。あそこで宣誓を立て、大聖堂の中で命願石を賜る」
「え、でもオレもう既に持ってるよ、石」
「大聖女様が真贋を判定する。つべこべ言わずに行け!」
 背中を強く押されてオレはムッとした。
「何だよ、エラそうにっ。カレル、行こう」
「この者はここで待つことになる。列に並べるのは巡礼者だけだ」
 オレはカレルを見上げたけど、彼は微笑して頷き、行ってこいというように、オレの背中を優しく押しただけだった。


 一人で行けって言われると急に心細くなってしまう。
 別に後ろめたいことはないはずなのに、オレはビクビクしながら広場の真ん中に進んで、列の最後尾に立った。

 前に並んでるのは、豪華なガウンを着た裕福そうな中年の男だ。その前は女の人。老若男女、色んな人がざっと五十人くらい。願いを叶えるためには、これが全部ライバルになる。そう思うと緊張で掌に汗が湧いた。

 ふっと後ろに誰かが立つ気配があって、振り向くとルチアーノがいた。騎士の格好ではなくて、オレと同じような普通のズボンと上着だ。
「ルチアー……」
 声を掛けようとした途端、塔の上で鐘が鳴り響き、大聖堂の扉が開いた。

 中からでっぷり太った白髪の爺さんが出てきて、列の一番前の祭壇に立つ。
「敬虔なる命願教徒たちよ! ファタリタの未来のため、そなたらの願いのため、過酷なる巡礼に出る勇者達よ! 皆に幸運と祝福があらんことを!」
 爺は見た目の割によく響く良い声で歌うように言い放つ。わあっと歓声が上がり、大聖堂の中から音楽が聞こえてきた。

 なんだか分からないけど祭りが始まったらしい。
 列は一歩一歩、前へと進んでいく。爺さんがOKしたヤツだけ、花の通路を通って大聖堂の中へ入れるみたいだ。どうも三人に二人はNGくらってるっぽい。

───え、NGだったらどうしよう……

 選抜の基準が分からないから、緊張で手汗はドンドン酷くなる。
 あっという間に順番が来て、オレは爺さんの前に立たされた。
「名は?」
 爺さんは手元のリストを見ながら無愛想に聞いてくる。
「アキオです。ユシマ・アキオ」
 オレは蚊の鳴くような声でこたえた。
「アキオ……騎士団長の推薦で捻じ込まれてきたヤツだな。寄進は無し、所属教会も無し……」
 段々爺の顔が険しく、眉間の皺が深くなってくる。オレは慌ててズボンのポケットからあの虹色の石を取り出して相手に見せた。
「これ! これがあります!」
 爺は険しい顔で石を見て、そしていきなり立ち上がって手を伸ばしてきた。
「これをどこで手に入れた!?」
 オレは石を両手で包んで爺から逃げる。
「気がついたら持ってたんです。触らない方が良いっすよ! 俺以外が触ると、ビリってなって吹っ飛ぶから!」
 爺はそれを聞いて棒立ちになり、ポカンとして
「……お前が……選ばれた者なのか……」
 と呟いた。

「大導師イェンツ様、アキオの言葉に偽りはありません。私がそれに触れかけた時、実際に雷撃を受けました」
 後ろに並んでいたルチアーノが助け船を出してくれる。
「なんと……まさか本当に現れるとは……」
 爺は呆然と呟き、後ろに下がって大聖堂へ続く道を開けてくれた。その後もなんかブツブツ言ってるのが聞こえたけど、ルチアーノが相手をしてくれているようだった。

 オレは爺から逃げるように恐る恐る花びらを踏んで石段を上り、大聖堂の入り口のアーチを潜る。

 堂内は真ん中に花を敷いた通路ができていて、向かって左に男たち、右に女達が整列し、みんなお揃いの白いマントを着て、なんだか耳慣れない旋律の歌を歌っている。
 一番奥には、光り輝く桃みたいな命願教のシンボル像があった。
 シンボルを守るように花と果物で華麗に飾られた棚が半円状に置かれ、その前にはフィオレラが真っ直ぐに背中を伸ばして立っている。
 奥の壁は大きなステンドグラスで装飾されていて、そこから差し込む光が大聖女の真っ白いドレスを虹色に染めている。結い上げた長い髪を白い花で飾ったフィオレラは、侵しがたく神聖な威厳に満ちていて、息を呑むほど美しかった。

 オレは緊張のあまりロボットのような動きで、フィオレラの前まで進む。

「貴方の行く手に神の守りと幸がありますように……」
 フィオレラは厳かに、でも優しさに溢れる声で言い、透き通る金の石を差し出してきた。

「あ……オレ、もう持ってるんです」
 オレは緊張しすぎて妙に冷静になってしまった頭の隅っこで、どうもこの組織はホウレンソウが上手くて行ってないっぽなと思いつつ、再びポケットから自分の石を取り出した。
 降り注ぐ色とりどりの光の中、虹色の石が眩しく煌めく。

 フィオレラは「あっ」と短く声を上げ、目を見開いた。大聖女の仮面が外れて年相応の女の子の表情が覗く。
「じゃあ、貴方がルチアーノが言っていた……?」
「そうです」
 オレが頷くと、フィオレラは石を載せた掌ごと俺の手を白い両手で包み込み、
「どうか、あの人を助けてあげて。そして貴方が正しい願いを叶えられますように」
 と囁いた。その言葉は儀式張ったものではなく、彼女の本心から漏れ出した温かな響きを持っていた。
「……できる限り頑張ります。貴方のためにも」
 フィオレラの美しさに圧倒されつつ、オレは柄にもなく真剣に誓ってしまった。


 フィオレラが手を離すと、すぐに白マントの男がやって来て、オレは横の方へと引っ張られた。男は大きな柱を避けて右手に回り、隠し扉のような小さな戸を開けてオレを手招きする。
 ギリギリまでフィオレラを見ていようと首をねじ曲げていると、列の最後にいたルチアーノが彼女から石をもらっているのが見えた。フィオレラはオレにしたのと同じように形式張った祝福を告げているけれど、見つめ合う二人の間に特別な感情があるのは自明であるように思われた。

「今回の大聖女様には困ったもんだよ」
 小部屋の戸を潜る時に、白マントがぼそっと言うのが聞こえた。オレが「なんで?」と疑問を込めて首を傾げると、
「なんでもクソもないだろう。騎士と恋仲になっちまって、どうやって務めを果たしていくんだか……」
 と、男は溜息をつき、誰にともなく呟く。
「酷いことにならなきゃ良いがなあ……」
 ルチアーノがオレたちに追いついてきたので、男はそれきり話すのをやめた。

 オレはもう一度大聖堂の中を振り返り、フィオレラが優雅に膝を折って命願教のシンボルに祈りを捧げる姿を目に焼き付ける。
 大聖女は、気高く、美しく、そして折れそうに細くて小さかった。

 オレは、自分の願いを叶えるために一歩前に踏み出すことを決めたけど、ルチアーノが言ったようにフィオレラが何か苦しい立場にあるのなら、助けてあげたいと思った。
 もしオレが本当に神様に選ばれた勇者なのだとしたら、オレは自分の願いと彼女の願いの二つくらい、きっと叶えることができるはずだ。

───いや、叶えるんだ。何とかして!

 オレは密かに拳を握り、決意を新たにして巡礼者達が集められた小部屋に足を踏み入れた。

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