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2.モブ、旅立ちを決意する

2-3.モブ、エロゲ設定にビビる

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「あっぶね! ゲームの話しちゃうとこだった!」
 オレは閉じたドアに背を預け、胸を撫で下ろした。オレが別の世界から精神だけこの身体に飛ばされてきたことは、秘密にして置いた方が良い。そんな事を言っても信じて貰えるはずがないし、狂人だと思われたらやっかいだ。

 気持ちを落ち着かせるために深呼吸していると、本当に喉が渇いてきてしまって、オレはほとんど真っ暗な階段を手探りで降り、食堂を目指した。

 食堂の入り口の扉はうっすらと開いたままだった。豚の人達はまだ食堂に居るようで、灯りと声が漏れている。
「あの~、喉が渇いたんでお水を……」
 重い木の扉をそっと押して中を覗き込んだオレは、そこで衝撃的すぎる光景を目にしてしまう。
思わず悲鳴を上げそうになって、慌てて口を両手で塞いだ。

 食堂では、誰も彼もが服を脱ぎ捨て裸になって、とろけた顔で絡み合っていた。

 ついさっきまでは和やかに食欲を満たす場所だった食堂は、今は別の欲望のための場所へと変わってしまっていたのだ。

 テーブルに上体を押さえつけられて後ろから犯されている者、床の上で複数人から身体を貪られている者、それを見ながら興奮したように鳴いている者……
 人間のように無毛の白い肌もあれば、豚の短い毛に被われた肌もある。誰も彼もが荒い息で鼻を鳴らしながら獣のように交わっていた。
 食堂内は異様な熱気と臭気に満ちていて、オレは吐き気を感じて口を塞いだ手で鼻も覆った。

 目の前で繰り広げられているのは、まさにアングラエロゲらしい絵面だけど、エロさよりも嫌悪感が先に立つ。
 オレは気付かれないうちに立ち去ろうと後ずさったけれども、一発終わったらしいカップルが身体を離して、女の子の方が入り口の方を振り向いたせいで目が合ってしまった。

───マイアリーノちゃんだ……!

 振り向いたピンク色の顔は、オレたちを案内してくれた少女だった。小ぶりなおっぱいが三対六個、胸から腹についている。サクランボみたいな乳首も六個。エッチなのかエッチじゃないのかオレには分からん!
 真っ裸のマイアリーノは恥じらう様子もなく立ち上がってオレの方に小走りで寄って来て、
「どうしましたか?」
 と小さな手で俺の手を握った。オレは思わずその手を振り払ってしまう。マイアリーノは長いまつげに縁取られた丸い目をキョトキョトと瞬かせた。
「あっ……ごめん、喉が渇いただけなんだ」
 オレが罪悪感に駆られて小さくなる声で言うと、マイアリーノはニコッと笑って頷き、
「ちょっと待って」
 と食堂の奥へと駆けていく。全裸だから丸いお尻が揺れているのが丸見えだ。腰の付け根の辺りには豚さんのクルンと巻いた尻尾が着いている。
 そのお尻を掴む雄豚がいたけど、マイアリーノは牙を剥き出して威嚇の声を発してそれを追い払う。男の方はあっさり引き下がって、すぐに別の女の子へちょっかいをかけ始めた。

 しばらくして、マイアリーノは素焼きのコップ二つを両手に持ってオレの方へと戻って来る。 
「はい! 元気になってよく眠れるお茶です」
 差し出されたコップからは、甘い香りの湯気が立っていた。
「ありがとう……。あの……あのさ、いつもここはこういう感じなの?」
 オレの問いかけにマイアリーノは可愛らしく小首を傾げた。
「こういうって?」
「その、みんなで……あの……」
「ああ、混ざりたいですか? いいですよ!」
 マイアリーノは嬉しげに両手を打ち合わせる。オレはブンブンと首を振った。
「違う違う! こういうことを、決まった相手とだけじゃなくいつもやってるの?」
「? はい。司祭様の教えの通り、毎日儀式をしています」
 マイアリーノは首を傾げ、食堂の奥の壁に飾られたタペストリーを指さした。そこにはてっぺんが平らになった桃のようなものから放射線状に線が引かれたシンボルが、金色で描かれている。あのシンボルは大聖堂でも見た気がする。命願教の象徴だろう。
「もうご用はないですか? みんな、私を待っています」
 マイアリーノは少し困ったような声で言う。オレは慌てて頭を下げて、
「ごめん、お邪魔しましたっっ!」
 と食堂を後にした。

 両手にまだ温かいコップを握ったまま階段を駆け上がる。食堂の光が見えないところまで逃げ、オレは壁に背中をつけて廊下にへたり込んだ。見てしまった光景のショックで、口から心臓が出てきそうな程ドキドキしている。
 目を閉じて深呼吸すると、瞼の裏に全裸のマイアリーノの姿が蘇り、興奮して良いのか申し訳なく思えば良いのかが分からなくて混乱する。
 いくらエロゲだとはいえ、この世界のエッチなことに対する感覚ってどうなってるんだろう? オープンすぎてちょっと怖い。

 オレは気を落ち着けるため、コップの中の温かいお茶に口をつけた。
「あ、おいしい……」
 お茶は、強烈に甘い香りからは想像できないスッキリとした味で、少しとろみがついていて飲みやすい。
 半分ほど飲んだところでようやく動悸が収まってきたので、オレは立ち上がって部屋に戻ることにした。


 部屋に戻ると、風呂を終えたカレルが隅の寝藁の上で横になっていた。ズボンだけはいて上半身は裸のままだ。
「遅かったな。下でアレを見たのか」
 声を掛けられ、オレはなんだかいたたまれない気分で寝藁の隅っこに座る。
「うん……カレルも見たんだ……」
「まあな。命願教の教えは多産を推奨するから、あれを儀式と言うことにして彼らの性欲の強さををうまく押さえているんだろう。不完全な混ざり者は動物の本能が強いからな」
「え、まさかカレルも……?」
「馬鹿を言うな、オレは肉体も精神も自分で制御できる。今のオレに一つでも熊の特徴があるか?」
 怒ったような目で鋭く睨まれ、地雷を踏んだと悟ったオレは縮み上がりながらブンブン首を振った。カレルはすぐに怒りを消して目を伏せ、溜息をつく。
「……彼らは憐れだ。不完全な混ざり者は血を残せない。いくら励んだところで子は生まれないんだ。オレは同じ混ざり者として、あんな存在を生み出している者を許すことはできない。必ず悪事の全貌を暴いてやる……」
 真剣な言葉に、オレは曖昧に頷くことしかできなかった。
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