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2.モブ、旅立ちを決意する

2-2.モブの仲間はイケてるメンズ

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「アキオ、先に湯を使え」

 カレルはそう言い、ドアに背をもたせかけて座り込んだ。確かに、二ヶ月以上牢獄に居たらしいカレルが湯を使ったら、その後は使い物にならないよな。

「じゃあ遠慮なく……」
 オレは上半身に着ていたシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎかけて……

 やめた。

「どうした?」

「あ~……あのさ、見られるのヤダから目閉じててくれない?」

「は?」

「いや、人にあんまり見られたくないんだよね」

 ……ちんちん付いてないところ。

 ズボンの紐を握ったままモジモジしていると、カレルは呆れたように息を吐き、

「どこの御令嬢だ、お前は。まあいい。オレは下で髪と髭をどうにかできる刃物を探してくる。その間にさっさと湯浴みを済ませるんだな」

 と、ドアを開けて出て行った。

 カレルの見た目を裏切る軽い足音が遠ざかったのを、耳を澄ませて確かめた後、オレは素早くズボンと下着を脱ぎ捨てて湯に飛び込んだ。

「ああ~~っ。生き返るぅ~」

 思わずオッサンくさい声が漏れた。
 温かいお湯にはハーブの小枝が浮かんでいて、爽やかな香りがする。
 やっぱり風呂に浸かるのは最高だ。もうちょっと湯船が広い方が良いけど、西洋風の世界だからしょうがないか。

 湯の中で身体を擦っていると、オレは自分の身体が意外と逞しい事に気がついた。

 カレルに比べたらそりゃ細いし色白だけど、全体的にちゃんと筋肉が付いている。
 胸板も薄いけどちゃんと隆起した筋肉で被われていて、なんと腹筋がうっすら割れていた。現実世界では、二十年近く生きてきて一度も筋肉なんかついたことないのに!

 驚いて身体を擦る手を止めると、湯の表面が静まってボンヤリと自分の顔が映り込む。

 ……自分の顔、だよな?

 両手でペタペタ触ると、水面の影も同じように動く。

 髪は暗色で、緩くカーブしながら耳元を被っている。目は、色までは分からないけど結構大きめのアーモンド型。鼻は短めだけど真っ直ぐで、顎は細く、そんなに彫りは深くない。地味だけど、それなりに整った顔だ。どっちかというとカッコイイ系よりカワイイ系か?
 本当のオレは、髪も目も真っ黒で、純正日本人的平べったい顔をしていた。体型も、ジャンクフードの食べ過ぎと運動不足で緩みきっていた。
 でも、どうやらこのゲームの世界に飛ばされてきたおがげで、何の努力も無しに細マッチョ体型+そこそこイケメンのモブ顔を手に入れられたらしい。

───やったー! ラッキー! この世界の神様サンキュウ!

 喜びを抑えきれなくて足をバタつかせると、股の間で揺れるはず物が着いていないことを思い出す。舞い上がった気分は急速に萎えて、オレはガックリと項垂れた。

───いくら平均並みの容姿になっても、肝心な物が無いんだよなあ……
 ちんちんさえあれば、危ない冒険になんか出かけず、モブ女の子と仲良くすることだけ考えてれば良いのになあ~……

 お湯に顎まで浸かって溜息をつくと、良い香りの湯気が目にしみる。つるペタで毛さえまばらな股間が酷く恨めしかった。


 ちょっと情緒不安定になってしまったけど、ゆっくり湯に浸かってほかほかになると全部どうでも良くなった。
 どうせオレは一回死んでるんだから、何だってやるしかないのだ。

 床を水浸しにしないよう気をつけて湯涌から抜け出し、乾いた布で身体を拭く。
 マイアリーノが渡してくれた新しい服は、最初からオレが着ていたのと同じようなウールっぽい素材の茶色い長ズボンと、荒い繊維で織られた生成り色の長袖シャツだった。
 シャツもズボンも、肌触りは正直あんまり良くないけど、清潔なのが有り難い。


 ちょうど服を着終えたタイミングで、ドアが開く。
 戻ってきたカレルの顔を見て、オレは開いた口が塞がらなくなってしまった。

「え……? カレル? その顔……」


───びっくりするくらいカッコイイんですが……?

 不潔っぽい長髪をバッサリ切り、髭を剃ったカレルは、めちゃくちゃ男らしい感じの美男だった。

 ヒゲでほとんど見えなかった顔は、ノミで荒く削り出したように彫りが深い。眉も鼻も真っ直ぐで太く、口も大きめで男っぽい。パッと見は怖そうだけど、よく見るとちょっと目尻の垂れたクッキリ二重の目と、厚めの唇が人なつっこそうでもある。
 味つけ濃いめのラテン顔だけど、輪郭が直線的でシャープだし、パーツの配置が完璧だからクドさはない。
 おまけにムキムキマッチョで、服を着るより脱いでる方が美しいですが何か? みたいな身体だしっ!

 ズルい。
 全体的に見た目がチート。

 あのイヤな感じの騎士ルチアーノも大概イケメンだったけど、アイツはゲームのキャラデザの範囲内に収まるキラキライケメンだから分かる。
 オレも、フィオレラも、ルチアーノもマイアリーノも、程度の差こそあるものの、まあ大体同じ人が描いた感じのキャラデザだなって納得できるわけ。

 でもカレルは一人だけキャラデザ違うじゃん!

 日本のノベルゲームに出てくる顔じゃないじゃん!
 ハリウッド映画に出てくるラテン系の美形俳優じゃん!!
 ちょっと小汚くなっても「セクシー♡」で許される系のヤツ!

 ズルい! オレもあっちの系統が良かった! 


「ああ、ヒゲか? 整えるのも難しかったから全部剃ったんだが……変か?」

 オレが口を開けたままジッと見ていると、カレルはヒゲの無くなった顎を片手で撫でて気恥ずかしそうに笑った。

───カッコイイのに笑うと可愛い! ズルい! 神様は不公平!

「へ……変じゃないけど……。カレル、若かったんだな」

「お前の方が若いだろう」

 カレルはそう言って腰に巻いていたボロボロのチュニックを外し、湯の中に入る。

 じっと見るのも気が引けたオレは、窓の方へと目を向け、ちょっと気になっていたことを尋ねてみることにした。

「オレって何歳くらいに見える?」

 こっちに来る前はもうすぐ二十歳だったんだけど、この身体が何歳かは分からないんだよな。
 カレルはちょっと考え込み、

「二十歳前後じゃないか? 大人の男と言うには線が細いし、身体も薄い。しかしオレはファタリタ人とはほとんど関わってこなかったから、よく分からないな。ルチアーノに聞いた方が確かだろう」

 と軽く首を振った。

「カレルの国の人達は、ファタリタの人とは違ってるんだ?」

「ああ。オレは一族の中でも大柄な方だが、全体的に身体が大きい者が多いな。ファタリタ人は華奢だと感じることが多い」

「へ~、そんな設定があったのか。やたら凝ってるんだな……」

 オレは正ヒロインルートで一回クリアしただけだけど、二周目以降にデカいヒロインが出てきたのかも。そっちも攻略してみたかった……。

「設定?」

 怪訝そうに聞き返され、ゲームの設定に思いを馳せていたオレは慌てて両手を振った。

「や! なんでもない! あ~オレ温まって喉が渇いちゃったから、下へ行ってなんか飲み物もらって来よっかな!」

「あ、おい待て! アキオ……!」

 カレルが止めるのを無視して、オレは部屋から飛び出した。



【2023/02/26 一部改稿】
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