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1.異世界のモブ、牢から逃げる
1-8.モブ、脱獄する-2
しおりを挟む「おい、起きろ」
肩を乱暴に揺すられて重い瞼をこじ開けると、薄青い空が目に入った。身体を起こして辺りを見回すと、ボートが砂浜に打ち上げられていることに気がついた。霧はかなり薄くなっている。狭い砂浜の向こうは背の高い樹が生い茂り、深い森になっているようだ。
「どこ、ここ?」
「分からない。人の気配も、獣の気配もない」
既に砂浜に降り立っていたカレルは、油断なく周囲を見回しながら固い声で言った。オレはそこでカレルが真っ裸なことに改めて気付いた。今までは命の危機に瀕してて、そんな事全く気にする暇が無かったのだが、明るい空の下で見てしまうと気まずすぎる。
「裸じゃん! とりあえず何か着てよ!」
「別に不自由はないが? そもそも着るものが無い」
「股間だけでも隠せよ! これ巻いたら隠れるだろ」
オレは慌てて自分のチュニックを脱いで渡す。カレルは不承不承といった様子で、脇縫いを破いて一枚布にしたチュニックを無造作に腰に巻いた。チュニックには元々首を出すための穴が開いているので、横ケツがチラリズムしているが、丸出しよりは余っ程マシだ。
カレルは、牢でうずくまっている時も大柄な男だなとは思ったけど、明るいところで堂々と立っているのを見ると、相当な長身だった。
今のオレの身長が何センチかは正確には分からないけど、モブだから多分この世界の平均くらいだろう。そのオレより頭一つ分は優に高い。裸の上半身はキレイな逆三角形で、ゲームのキャラクターのように筋肉盛り盛りのマッチョだ。
……まあ、ゲームのキャラだから当然なんだけど……。
今はオレの渡した布で隠れているけど、足の間にはご立派なモノがぶら下がってた。
あーあ、オレにもあれの半分くらいで良いから、ブツが付いてれば良かったのに……
「……っくしゅん!」
恨めしさを込めてカレルを見ていると、湖の方から冷たい風が吹いてきて思わずくしゃみが漏れた。
「寒いのか。やはりこれは返そう。オレは裸でも大丈夫だから」
「いや、いーって! 慣れれば平気になると思うから」
腰に巻いた布をはずそうとするカレルを押しとどめ、オレは少しでも温まろうと、自分で自分の身体を擦った。ボートに乗る時一旦水に落ちたから、全身びっしょり濡れている。一旦全部脱いで水を絞った方がいいかも。
そう思ってシャツを脱いだオレは、生地の内側に何かがあることに気がついた。左胸の辺りに硬いものが入っている。裏返すと、継ぎの当たった胸元からポロリとコインのようなものが転がり出てきた。
「なんだこれ?」
砂浜に落ちたそれを拾い上げる。
大きさは五百円玉を一回り大きくしたくらい。半透明で、オーロラ色っていうのかな、角度によって色んな色が混ざって見える。模様は何も無い。つるっとした平たい石。体温で温められていたせいか、ちょっと温かい。
「なあ、これ何だと思う? コインかな?」
オレがカレルにそれを見せると、男は驚いて目を丸くした。
「これは……命願石か!?」
「ええっ!?」
オレは大げさに驚いて手の中の石を取り落としそうになり、慌ててしっかり握り直す。
『命願石』というのは、ゲーム『聖女の願いが叶う刻』では、特別なアイテムなのだ。その石を持っている者だけが、巡礼……つまり冒険に参加することができる。命願石はゲームの序盤に行われる「発願祭」で大聖女フィオレラから与えられるモノなんだけど、それをどうしてオレが持っているんだ?
「でも、色が変じゃないか? 巡礼者が持つ石は金色だろ」
正式な命願石は透き通る金色をしているはず。オレのモノとは色が違う。
「大聖堂が配る石は金に限られるが、ごく稀にそれとは別の色の石を持つ巡礼が現れることがある。オレが調べた古文書にはそういう記載がいくらかあった」
カレルはオレが掌に載せた石をまじまじと見つめて言う。
「え、カレルって古文書読んだりするんだ……」
どう見ても戦士系ムキムキマッチョで半分熊なのに、頭も良いとかズルくない? オレが嫉妬を込めてジトっと見上げると、カレルは苦笑した。
「字を読むのが遅いから、忍び込んだ大聖堂の蔵書庫で時間を食ってしまって、捕まったんだ」
「そういえば、カレルは政治犯として捕まってたんだっけ? もしかして他国のスパイだったり?」
その質問にカレルは答えず、精悍な顔に謎めいた笑みを浮かべるだけだった。
「ホントに命願石なのかなあ~?」
オレは独り言のように言いながら、平べったい石を太陽に向けて眺める。目を近づけると、虹色の渦の中に小さく自分の顔が映っていた。
脂ぎった黒い髪、無精に伸びた前髪の間から見える小さく細い目、むくんだ顔の輪郭に、短い首……
ウエッ!
これはあっちの世界のオレじゃないか!
こんなもん見たくないよっ!
思わず投げ捨てようとすると、石は急に光り輝き始めた。明るい空の下でも眩しく思えるくらい、握った拳の隙間から強烈な光線が溢れ出している。
「えっ!? 何なに何!?」
驚いて拳を開くと、砂浜には一直線に光の道ができた。光はオレたちを導くように、真っ直ぐ森の方へと続いている。
「森へ入れ、ということだろうな」
カレルはそう呟き、俺の背中を押した。
「ちょちょちょ、待てよ! 罠だったらどうするの!?」
「罠かどうかは行ってみないと分からない。どうせここでじっとしていても干上がって死ぬだけだ。導きに従ってみるしかない」
カレルの言うことはもっともだったが、急なファンタジー展開に心がついていかないんだよっ!
オレは半ばカレルに引きずられるように、深い森の中へと足を踏み入れてしまうことになった。
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