エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし

文字の大きさ
上 下
7 / 76
1.異世界のモブ、牢から逃げる

1-7.モブ、脱獄する

しおりを挟む

 硬い毛で覆われた背中は乗り心地最悪で臭いも酷いが、ここで落ちたらきっと死ぬ。オレは振り落とされないよう必死で背中にへばりついた。
 熊はすごい勢いで地上へ続く石段を駆け上がり、四隅を鉄で補強された重そうな扉を殴りつけて開けた。途端に眩しい光に目を灼かれる。熊も目が眩んだのか、足を緩めて頭を振っている。

 何度か瞬きして目が慣れると、荷車で石を運んでいる人夫と目が合った。人夫は恐怖に顔を歪めて大きく口を開け、

「牢破りだ! 騎士団に知らせろー!」

 と叫んで駆けだした。熊は全身の毛を逆立て、それを追おうとする。オレは必死で止めた。

「やめろよ、あの人は関係ないだろ! それより逃げるんだ! 湖は左だ!」

 そこだけ妙に可愛らしい丸っこい耳を全力で引っ張ると、熊は恐ろしい声で吼えてから、左に向かって駆け出した。

 地下牢の上には、大聖堂で働く下僕達の宿舎がある。大聖堂とは比べものにならない粗末な平屋の建物を回り込み、低い石垣を越えると昨夜見た東屋が見えた。

「あっち! あの東屋の向こうにボートが繋いであるはずだ!」

 耳元で叫ぶと、熊は一つ咆吼して走るスピードを上げた。


 薔薇の絡んだアーチをぶち壊しながら東屋へ飛び込むと、小さな桟橋が湖の方へ伸びていた。その先に優雅な形のボートが繋いである。
 あんな華奢なボートにこの熊が乗り込めるかな……。
 不安に思っていると、しがみついていた熊の首が急にボリュームダウンし、オレは獣の背中から滑り落ちて桟橋横の浅瀬に着水した。

「冷てえっ!」

 湖の水は凍るほどに冷たい。脛まで水に浸かってしまったオレは桟橋の上に跳び上がったが、人型に戻ったカレルは再びオレを水の中に突き飛ばした。

「オイッ! 何するんだよっ!」
 浅瀬に尻餅をついて怒鳴ると、桟橋の上のカレルはオレに背を向けて東屋のほうへ向かって構えていた。
 隙の無い姿勢なんだけど、さっき巨大熊に変身して服がはじけ飛んだせいで全裸なんだよなあ……。伸び放題の髪で背中は半分隠れてるけど、ケツは丸出し。

 男のケツは見たくないなあと視線を動かすと、東屋に一人の騎士がいることに気がついた。
 金髪長身、髭一つ無い清潔そうな整った白い顔。
 主人公のアイツだ。

 騎士は鋭い剣の切っ先を熊男に向け、

「穢らわしい混ざり者め、丸腰でどうするつもりだ」

 と冷たい声で言い放った。

「人間の一人や二人、武器が無くてもひねれるさ」

 カレルが馬鹿にしたように小首を傾げて答えると、

「……ならば手加減しない」

 騎士は剣を振り上げてカレルに飛びかかった。

 オレはビビって思わず二人の戦闘からは目を背けてしまう。オレを助けてくれたカレルが剣で傷つけられて血を流すところは見たくなかった。

 一刻も早くここを離れるため、浅瀬を必死で走って桟橋の先にあるボートを目指す。ここで逃げ切れなかったら確実に殺されるという恐怖と興奮で身体の感覚が麻痺して、水の冷たさは感じなかった。

 湖は途中から急に深くなる。オレは半分泳ぎながらボートの縁にしがみついた。揺れる船縁に手をかけ、腕の力で身体を舟の上に引き上げる。
 鉄棒で逆上がりもできないオレの身体のどこにそんな力があったのか分からないが、とにかく舟に乗り込んだオレは、ボートを繋いでいるロープを外した。

「おーい! カレル、こっち!」

 桟橋の先端を思いっきり蹴って沖へとボートを進めながら、オレは岸へ向かって声を張り上げる。騎士の打撃をギリギリでかわしたカレルは、チラリとオレの方を向いて頷いた後、躊躇いなく湖に飛び込んだ。

「貴様! 神聖な湖に裸で飛び込むとは、なんたる狼藉!」

 騎士は桟橋を走りながら叫んだが、カレルは取り合わずに抜き手を切って泳ぎ、あっという間にボートに辿り着く。

「やった! これで逃げ切れる!」

 オレがびしょ濡れの熊男を引っ張り上げながらガッツポーズを取ると、桟橋の突端に立ち尽くしてオレたちを睨んでいた騎士は、すごい形相で片手に持っていた剣をボートに向かって投げつけてきた。

「ギャーッ!?」

 恐ろしい勢いで飛んできた剣は、鈍い音を立ててボートの縁に突き刺さる。

「あっぶないだろ!? 刺さって死んだらどうするんだ!?」

 騎士はオレの抗議を無視して、身につけている金属製の防具を外し始めた。

「ヤバっ! あいつこっちに乗り込んでくるつもりだ!」

 オレは船尾に付いていたオールを持って闇雲にこぎ出したが、ボートを動かすのなんか生まれて初めてだから、まともに進まずその場でゆっくり弧を描いて岸へと近づいてしまう。

「馬鹿! 何をやってるんだ」

 びしょ濡れでしゃがみ込んでいたカレルがオレの後ろから手を伸ばし、オールを一緒に握って動かし始めた。途端にボートはすごい早さで沖へ進みだし、オレは尊敬の瞳でカレルを見上げてしまう。

「アンタ、すごいなあ。熊になれるし、素手で剣持った騎士と渡り合うし、舟も漕げるんだ……」
「感心してる場合か。向こうが舟を出したらすぐに追いつかれるぞ。どっちへ進めば良いのか、お前が案内しろ!」

 ボートは既に桟橋からは相当離れている。
 橋の先端で防具を外していた騎士は、流石に泳いで追いかけてくるのは諦めたのか、姿が見えなくなっていた。代わりに岸辺を十数人ほどの騎士達が走っているのが見える。他の船着き場から舟を出すつもりなのだろう。

 オレは慌てて舳先へ回り、対岸へと目を凝らした。
 しかし、急に霧が出てきて見通しが悪くなってきている。左右を確かめると、ついさっきまで見えていた岸が霧で見えなくなっていた。風はそよとも吹かず、周囲は真っ白な闇に閉ざされている。その中で、ボートは相変わらずかなりの速度で進んでいるようだった。

「ちょっと方角がわかんないから漕ぐのやめてもらって良い?」
「とっくに漕いでない。勝手に流れているんだ」

声をかけると、船尾のカレルは両手の平を上に向けて肩をすくめて見せた。オールは完全に手から離れて舟淵で止まっている。

「え、コワ! なんで?」
「知るか。何も起きなければ良いがな……」

 カレルは船縁に刺さったままだった騎士の剣を抜き、すぐに手に取れるよう傍に置いて船尾に座った。

 オレたちを取り囲む霧はどんどん濃くなり、手を伸ばせば触れられる距離にいるはずのカレルの顔すら、よく見えなくなってしまった。
 風がないのにボートは微かな水音を立てながらどこかへ進んでいく。聞こえる物音と言えばそれくらいで、追っ手の声や他の音は一切聞こえない。

「なあ、そこにいるよな……?」

 船尾の方へ手を伸ばすと、太い腕が伸びてきてギュッと手首を握られた。

「いる。この霧は自然のものとは思えない。気をつけろ」
「うん」

 オレは警戒しながら頷いたけど、刺激の無い時間が続くと段々眠くなってしまって、気がつけばいつの間にか眠りの底へと落ちていってしまった───

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 父と2人でマイホームに暮らす鷹野 楓(たかの かえで)は家事をこなす高校生、ある日再婚話がもちあがり再婚相手とひとつ屋根の下で生活することに、相手の人には年のちかい息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟たちに楓は手を焼きながらも次第に惹かれていく。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

処理中です...