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1.異世界のモブ、牢から逃げる
1-6.モブの牢仲間は化け物?
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どれ位時間が経っただろうか。
換気窓から差し込んだ光に目元を照らされ、オレはハッと気付いて顔を上げた。
カレルが心配で眠れないと思ったけれど、いつの間にか意識が飛んでたみたいだ。硬く冷たい床で膝を抱えて座ったままだったから、体中が強ばっている。首を動かしただけで背骨がメキメキと音を立てた。
昨夜は倒れていたはずのカレルがいないことに気付いて慌てて牢の中を見回すと、男は立ち上がって壁際に寄り、用心深そうに空気穴から外を覗いていた。
「良かった……死んでなかった」
思わず漏らすと、カレルはオレを振り向き苦笑した。髭と髪で半ば以上隠れた顔は、思ったよりも元気そうだ。
「言っただろう。あの程度では死なない。しかし薬草は助かった。あれが無ければ今日一日は立ち上がれないところだった。礼を言う」
「そんな……役に立てて良かったよ」
丁寧に頭を下げられて、オレはくすぐったくなって頭を掻いた。
「しかし、オレは特別丈夫な身体だからあの程度では死なないが、お前はそうじゃないだろう。尋問を切り抜ける手は考えたのか」
そう問いかけられ、全身の血の気が引いた。
目の前のいかにも屈強そうな大男ですら、一日立ち上がれなくなるような拷問を、自分が受けたら確実に一発で死ねる。でも、無実を主張したところで通る見込みはないだろう。
「ここから逃げるしか……」
そう呟いてみたが、どうやって逃げるかは見当も付かない。
「逃げる気ならば、協力する」
低く抑えたカレルの声に、オレは驚いて跳び上がった。
「牢を見張る兵は二人だ。あいつらはオレが回復しているとは思っていないだろうから、油断しているだろう。おまけに今日は命願祭の初日だ。大聖堂には多くの人が集まる。騎士団も衛兵もそちらにかかりきりになっているはずだ。今日ならば、牢から出るだけなら何とかなる。オレが何とかする」
カレルの目が朝日を跳ね返し、ギラギラと輝いている。
「アキオ、お前はここで働いていたんだろう。大聖堂の敷地から逃げる道の一つや二つ、覚えていないのか」
「逃げる道……」
オレはじっと目を閉じてゲーム内の地図を頭の中に思い描いた。
「えっと……この牢は北の湖に面してる。湖には祭りの最後に使うためのボートがあるんだ。湖は神聖視されてるから、騎士団は水に入るのをためらうはずだよ。その隙に沖まで出てしまえば、なんとかなるかも……」
「それは確かか」
「うん。地上で逃げても、馬に乗った騎士団から逃げるのは難しいよ。湖が一番可能性があると思う」
オレが言うと、カレルは瞳を輝かせて力強く頷いた。
「分かった。お前に賭けよう。これ以上ここにいても得られるものはない」
「でもどうやって牢を破るんだよ?」
鉄格子と南京錠を見てオレが言うと、カレルは不敵に笑い
「下がってろ」
と片手でオレを壁際に避けさせて前に出た。
スウ……と大きく息を吸う音が聞こえ、オレの前に立つ男の身体が倍ほどに膨れ上がる。
「えっ!?」
驚くオレの目の前でカレルは片手を振り上げ、金属の鍵の付いた格子戸を一撃で破壊した。
バキバキ、メキッ!
すごい音を立てて格子戸が通路に向かって外れ、鉄で出来た錠前が石の床に落ちて甲高い派手な音が響く。
「何だ!? 何があった!?」
すぐに廊下の向こうで衛兵の声がして、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。
『やはり二人だな……舐められたもんだ』
グルルと獰猛な唸り声の間に愉快そうな太い声が混じる。オレは信じられない思いで前に立つ生き物を見つめた。
それはさっきまでのカレルではなく、どう見ても熊だった。
後ろ足で立ち上がると天井に頭がつくほどの大きな黒い熊。
前足一本がオレの胴くらいの太さで、その掌の先には稲刈り鎌みたいな鋭い爪が付いている。
衛兵が廊下の角を曲がって姿を見せた途端、カレルだった熊は恐ろしい咆吼を上げ、そちらへ向かって四つ足で突進した。衛兵は咄嗟に持っていた松明を投げつけてきたが、熊は腕の一振りでそれを払い除け、敵の突き出した槍を機敏に避けて首元に噛みついた。
ゴリッ! と嫌な音が響き、衛兵は声を上げる暇も無く絶命する。
続いて現れたもう一人の衛兵も、熊は前足の一薙ぎで倒してしまい、恐ろしい声で吼えた。
地下牢内の悪臭は二人分の死体から流れた血の臭いで覆い隠され、オレは目の前で繰り広げられた一瞬の惨劇に言葉も無いまま腰を抜かした。
『何をしている、早く来い!』
熊が萌葱色の瞳で振り返って怒鳴る。瞳の色だけが、カレルと全く同じだった。
オレは腰を抜かしたまま四つん這いで熊の方へと向かう。熊はイライラとした様子で再び唸り声を上げ、こっちに向かってきたかと思うと、血に濡れた鋭い牙の並んだ口を開けた。
───食われる!
オレは両手で頭を抱えて丸くなったが、噛みつかれる痛みはやってこず、ただチュニックの背中を咥えられて振り回され、宙へ放り投げられた。オレの身体が石の床にたたきつけられる前に、熊が器用に背中で受け止める。
『振り落とされないように掴まってろ』
言われた通り熊の首に両手を回して抱きつくと、熊は再び四肢を地面につけて全速力で駆け出した。
換気窓から差し込んだ光に目元を照らされ、オレはハッと気付いて顔を上げた。
カレルが心配で眠れないと思ったけれど、いつの間にか意識が飛んでたみたいだ。硬く冷たい床で膝を抱えて座ったままだったから、体中が強ばっている。首を動かしただけで背骨がメキメキと音を立てた。
昨夜は倒れていたはずのカレルがいないことに気付いて慌てて牢の中を見回すと、男は立ち上がって壁際に寄り、用心深そうに空気穴から外を覗いていた。
「良かった……死んでなかった」
思わず漏らすと、カレルはオレを振り向き苦笑した。髭と髪で半ば以上隠れた顔は、思ったよりも元気そうだ。
「言っただろう。あの程度では死なない。しかし薬草は助かった。あれが無ければ今日一日は立ち上がれないところだった。礼を言う」
「そんな……役に立てて良かったよ」
丁寧に頭を下げられて、オレはくすぐったくなって頭を掻いた。
「しかし、オレは特別丈夫な身体だからあの程度では死なないが、お前はそうじゃないだろう。尋問を切り抜ける手は考えたのか」
そう問いかけられ、全身の血の気が引いた。
目の前のいかにも屈強そうな大男ですら、一日立ち上がれなくなるような拷問を、自分が受けたら確実に一発で死ねる。でも、無実を主張したところで通る見込みはないだろう。
「ここから逃げるしか……」
そう呟いてみたが、どうやって逃げるかは見当も付かない。
「逃げる気ならば、協力する」
低く抑えたカレルの声に、オレは驚いて跳び上がった。
「牢を見張る兵は二人だ。あいつらはオレが回復しているとは思っていないだろうから、油断しているだろう。おまけに今日は命願祭の初日だ。大聖堂には多くの人が集まる。騎士団も衛兵もそちらにかかりきりになっているはずだ。今日ならば、牢から出るだけなら何とかなる。オレが何とかする」
カレルの目が朝日を跳ね返し、ギラギラと輝いている。
「アキオ、お前はここで働いていたんだろう。大聖堂の敷地から逃げる道の一つや二つ、覚えていないのか」
「逃げる道……」
オレはじっと目を閉じてゲーム内の地図を頭の中に思い描いた。
「えっと……この牢は北の湖に面してる。湖には祭りの最後に使うためのボートがあるんだ。湖は神聖視されてるから、騎士団は水に入るのをためらうはずだよ。その隙に沖まで出てしまえば、なんとかなるかも……」
「それは確かか」
「うん。地上で逃げても、馬に乗った騎士団から逃げるのは難しいよ。湖が一番可能性があると思う」
オレが言うと、カレルは瞳を輝かせて力強く頷いた。
「分かった。お前に賭けよう。これ以上ここにいても得られるものはない」
「でもどうやって牢を破るんだよ?」
鉄格子と南京錠を見てオレが言うと、カレルは不敵に笑い
「下がってろ」
と片手でオレを壁際に避けさせて前に出た。
スウ……と大きく息を吸う音が聞こえ、オレの前に立つ男の身体が倍ほどに膨れ上がる。
「えっ!?」
驚くオレの目の前でカレルは片手を振り上げ、金属の鍵の付いた格子戸を一撃で破壊した。
バキバキ、メキッ!
すごい音を立てて格子戸が通路に向かって外れ、鉄で出来た錠前が石の床に落ちて甲高い派手な音が響く。
「何だ!? 何があった!?」
すぐに廊下の向こうで衛兵の声がして、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。
『やはり二人だな……舐められたもんだ』
グルルと獰猛な唸り声の間に愉快そうな太い声が混じる。オレは信じられない思いで前に立つ生き物を見つめた。
それはさっきまでのカレルではなく、どう見ても熊だった。
後ろ足で立ち上がると天井に頭がつくほどの大きな黒い熊。
前足一本がオレの胴くらいの太さで、その掌の先には稲刈り鎌みたいな鋭い爪が付いている。
衛兵が廊下の角を曲がって姿を見せた途端、カレルだった熊は恐ろしい咆吼を上げ、そちらへ向かって四つ足で突進した。衛兵は咄嗟に持っていた松明を投げつけてきたが、熊は腕の一振りでそれを払い除け、敵の突き出した槍を機敏に避けて首元に噛みついた。
ゴリッ! と嫌な音が響き、衛兵は声を上げる暇も無く絶命する。
続いて現れたもう一人の衛兵も、熊は前足の一薙ぎで倒してしまい、恐ろしい声で吼えた。
地下牢内の悪臭は二人分の死体から流れた血の臭いで覆い隠され、オレは目の前で繰り広げられた一瞬の惨劇に言葉も無いまま腰を抜かした。
『何をしている、早く来い!』
熊が萌葱色の瞳で振り返って怒鳴る。瞳の色だけが、カレルと全く同じだった。
オレは腰を抜かしたまま四つん這いで熊の方へと向かう。熊はイライラとした様子で再び唸り声を上げ、こっちに向かってきたかと思うと、血に濡れた鋭い牙の並んだ口を開けた。
───食われる!
オレは両手で頭を抱えて丸くなったが、噛みつかれる痛みはやってこず、ただチュニックの背中を咥えられて振り回され、宙へ放り投げられた。オレの身体が石の床にたたきつけられる前に、熊が器用に背中で受け止める。
『振り落とされないように掴まってろ』
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