エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし

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1.異世界のモブ、牢から逃げる

1-3.モブ、投獄される

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 オレは両脇を抱えられたまま回廊を運ばれ、大聖堂の地下へと連れてこられた。壁の所々にランプがあるだけで暗く、体育倉庫と田んぼの肥だめの空気をミックスして黴をまぶしたみたいな最悪の臭気で満たされている。通路の片側は、頑丈そうな鉄格子で区切られた空の牢獄だった。
 ガッタガタの石畳が敷かれた床は、染み出した地下水で所々濡れている。地下水だと思うけど、誰かが漏らした小便だったりしたらどうしよう。気持ち悪すぎる。

 オレは裸足の足裏をなるべく地面につけないよう、つま先立ちで歩いていたけど、

「早く行け!」

 と衛兵に乱暴に小突かれ、顔から地面に転がった。

「ぶふぇっ!」

 汚れた水が口に入って泣きそうになる。 

「後で取り調べがある。それまでそこで大人しくしてろ」

 衛兵は倒れたオレを牢に蹴り込み、乱暴に鉄の格子戸を閉めて鍵をかけた。手のひらくらいありそうな金属製の南京錠は、ちょっとやそっとじゃ壊れそうもない。

「ちょっと! 本当にオレは何も知らないんだ!」

 オレは格子の隙間から手を伸ばして叫んだが、衛兵がこちらを振り向くことは一度も無かった。

「チクショウ!」

 格子を両手で叩くと、手が鈍くしびれた。すごく痛い。叩いたことを速攻で後悔する。涙目になりながら痛む拳にフーフー息を吹きかけていると、

「暴れても無駄だ。調べがあるまで楽にして体力を残して置いた方が良い」

 急に背後の暗闇から低い声が聞こえてきて、オレはびっくりして飛び上がった。隅の方の暗がりにに誰かがいる。

「だ……誰……?」
「お前と同じ、虜囚さ」
「りょしゅう……? なに、悪いことして掴まったってことか? 違うよ、オレは何にもしてない」
「ならどうしてここに入れられた? 仕事をさぼった程度で放り込まれる場所じゃないぞ」
「マジわかんないんだって。大聖堂で宴会の酒壺に毒を入れようとしたヤツがいて、オレはその騒動に巻き込まれただけだ。でもオレはやってないし!」
「へえ……しかし自分は完全に無実だと証を立てることができないなら、ここから生きて出るのは難しいだろうな」
「ウソッ……! 裁判とか法律はどうなってるんだよ」
「ファタリタは命願教の独裁国家だぞ。大聖堂で不貞を働いたなら、即死刑だろう」
「うぐぅ……」
 喉から勝手に絶望のうめきが漏れ、オレはその場で頭を抱えて座り込んだ。


───ちょっと冷静に状況を整理してみよう……

① オレは自宅の二階から落ちて打ち所悪く死にかけた結果、生死の狭間で異様にリアルな夢を見ているか、もしくは既に死後の世界にいる。
② 今のオレが存在している世界は、オレがハマっていた成人向けロマンスゲーム「聖女の願いが叶う刻」の世界と似通っている。

 ①でも②でもどっちでも良いけど、とにかくオレは異世界にやって来てしまったようだから、そこはもう無理矢理にでも納得するしかない。

 とにかく、クリアしたばかりなので、オレはゲームのストーリーを明確に思い出すことが出来る。あらすじを簡単にまとめると、こうだ。

 舞台となる国「ファタリタ」は、命願教めいがんきょうという宗教を中心にした国家で、命願大聖堂の聖職者達が政治権力を全て握っている。その大聖堂のトップに立つのが「願いの大聖女」フィオレラ・ガエターナ・フォルナーラ、十八才。

 ファタリタでは十年に一度、「命願祭」という大規模な祝祭が行われる。命願祭は二年がかりの大祭だ。
 まず、前祭りとしての「発願祭」があり、ゲームはこの発願祭の数日前からスタートする。

 オレが飛ばされてきたのは、発願祭の準備の真っ最中の大聖堂だったってわけ。
 祭りの安全と成功を祈って行われる前祝いの宴席で、毒物騒ぎが起きた。ちなみにゲームでは、このイベントは主人公の騎士のかっこよさを見せるためだけに起こるので、特に後の話には関係ない。

 本筋に関係あるのは発願祭だ。
 祭りでは、国民の中から選ばれた「願いの巡礼者」たちが大聖女から巡礼の印として「命願石」を授けられる。命願石を手にした巡礼者は国から一定の資金を与えられ、一年の期限付きで全ての労働から解放される代わりに、周辺国を巡って命願教の教えを布教し、ついでに「滅石ほろびいし」を集めることを命じられるのだ。

 そして、一年後には「満願祭」がある。
 巡礼を終えた者達は一年間かけた旅の成果を教団に報告するために、ファタリタの大聖堂に帰還してくる。それを皆で祝うのだ。
 巡礼者の中で滅石を一番沢山持ち帰った者は、大聖女の力によって願いを一つ叶えて貰うことができる。願いは国のためになるものが望ましいけど、個人的なものでも問題ない。ただし、命願教の教義に反するものは叶えられない。

 ゲームの主人公は、願いの聖女・フィオレラとは身分違いの幼なじみという設定で、スタート時点では聖堂騎士団の騎士ということになっている。
 主人公は「願いの巡礼者」に指名され、仲間を集め、滅石を集めてストーリーを進めていき、最終的にフィオレラ様とラブラブになることが目的なのである。
 ちなみに、命願教の教義は子孫繁栄とかなんかそんな感じのアレなので、布教を名目にエッチなことができるというシステムだ。
 一応フィオレラが正ヒロインではあるけれど、他にも女の子はわんさか出てくるので、どの子を攻略するのも好き放題。イエス! ナイスファンタジー!


 ……なんだけど、オレは現状NPCのモブ。
 ゲームの序盤に地下牢は出てこなかったし、オレの前には選択肢が表示されるわけでも、ステータスが表示されるわけでもない。もちろんチュートリアルもない。
 どう進めていけば良いのか、さっぱり分からない。


「おい」

 湿った床に座ったまま溜息をついていると、奥の方から低い声で呼びかけられた。あんまり犯罪者とおしゃべりしたい気分じゃないんだけど……

「おい、あまりそっち側で息を深く吸わない方が良い。黴で肺をやられるぞ」
「ええっ!? イタッ!」

 オレはびっくりして飛び上がり、低い天井で頭を打った。牢は六畳のオレの部屋より少し広いくらいで、天井が極端に低いのだ。
 部屋の隅から低い笑い声がして、オレはそっちへ目を向ける。声のした方には、わずかに光と風が入ってくる小さな穴があった。囚人が悪臭で窒息死しないための換気口だろうか。その下に大きな黒い人影がうずくまっている。さっき声を掛けてきたのはコイツだろう。明るさが足りなくて、どんな顔をしているかまでは見て取れないが、もじゃもじゃの黒い髪で、顔中が髭で被われているのは分かった。他に人の気配はない。

「なるべく外の空気がある所にいた方が良い。ここから出られるかは分からないが、病気にはならない方が良いだろう」

 人影が手招く。慌ててそっちへ身を寄せると、男は少し退いて換気口の前を俺に譲ってくれた。
 オレは穴に顔を押し当てて外の空気を吸った。頭がギリギリ通り抜けられない程度の穴を通して見る外は、まばらに草が生えた地面になっている。思い切り息を吸いこむと、澄んだ水の匂いがした。

「そんなに顔を覗かせていると外の衛兵につつかれるぞ」

 苦笑混じりに言われ、オレは穴から顔を遠ざけた。換気口から漏れる光の下で見ると、ひげもじゃの男の目が、若葉のような黄緑色なのがわかった。割と優しそうな目だ。とても凶悪犯罪者には見えない。

「アンタ、何をやって捕まったんだ?」

 オレが興味本位で聞いてみると、男は広い肩を軽くすくめ、

「これからやるところだったのさ」

 と口の端を歪めた。

「未遂で捕まったってこと? ……どのくらいここに閉じ込められてる?」
「さあ、一月は確実だな。二月になるか、ならないか……そんなところだ」
「げえっ! そんなに!? オレもそうなるの!?」
「さあ、それは分からん。オレは政治犯扱いだからな。唯の粗暴犯なら二、三日で処刑されるだろう。オレより後に入ってきたのは、だいたい三日以内に戻って来なくなった」

 オレはゾッとして両手で自分の身体を抱きしめた。処刑されるくらいなら二階から落ちて死んだ方がマシだった。なんでこんなところで意味もなく辛い目に遭って死ななきゃならないんだ。
 ていうか、死ぬの? ゲームの中で死んだら、主人公ならセーブしたとこからやり直しだけど、オレの場合どこがセーブポイントだったわけ?

 オレが青ざめながら考え込んでいると、

「お前、名は?」

 と男が聞いてきた。

「湯島秋央」

 オレが何も考えず現実の名前をそのまま名乗ると、男は首を傾げた。

「ユシマアキオ? 馴染みのない音だな」

 確かに。西洋風ゲームの世界の名前に湯島秋央は無いよな。もっとカッコイイ名前を名乗れば良かった!

「お前の名は覚えておこう。オレはカレル・フリジェリオ。西のエラストから来た。万が一、お前がここから出られて、エラスト人に会うことがあれば、カレル・フリジェリオの死を伝えてくれ」
「死……伝えるって……」
「もしもオレが生き残って外へ出る日が来れば、お前の事を伝えてやる。お前はファタリタ人だろう? 係累はどこにいる?」

 オレはファタリタ人じゃないし、この世界には係累どころか知り合いすらいない。湯島秋央の死を悼む人間は、ここにはただの一人もいない。

「カレル……さん、ここに入った人は処刑って、冗談抜きのホントなのかよ? オレ、ほんとに何にも知らないのに……!」

 恐ろしさで力の入らない指で隣の男の腕に縋ると、カレルは憐れむような目でオレを見た。

「何も知らなくても、拷問まがいの尋問で、向こうに都合の良い自白を引き出される。尋問に耐えて沈黙を貫けば殺されはしないが、まあ、時間の問題だ。オレも、次やられたらどうなるかわからない」

 ボソボソと呟く声が暗い。

「拷問……」

 ゾッとした。
 ゲームの中の異世界だけど、ここで受ける痛みは現実だ。自慢じゃないけど、オレは肉体的に痛いのや苦しいのには極端に弱い。予防接種で針を刺されるのすら嫌なのに、拷問なんか受けたらきっとすぐ死んじゃう。と言うか、想像しただけで具合が悪くなってきた。

「オレ、ここに来たばっかりなのに……ホントに何も知らないし、知り合いだって一人もいないのに……なんで……」

 処刑されるために異世界に飛ばされてくるとか、そんな馬鹿な話ある? これなら屋根から落ちて首の骨を折って死んでた方が余っ程マシだよ。
 鼻の奥がツンとして涙が出てくる。座り込んだ膝の間に顔を伏せて鼻を啜っていると、慰めるように頭を軽く叩かれた。

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