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1.異世界のモブ、牢から逃げる
1-2. モブに転生したと思ったらいきなり大ピンチ
しおりを挟む固い地面に背中が打ち付けられる痛みで目の前が真っ暗になる。衝撃のあまり息ができなくなり、オレはただ身体を丸くして転がった。
全身が熱くて痛くて、何も考えられない。目も見えない、耳も聞こえない。
息苦しい。
息、息をしないと……!
背中が猛烈に痛い。でも呼吸をやめたら死ぬ。
オレはちょっとずつ、ちょっとずつ息を吐き、吸ってみる。
大丈夫、息できる。死んでない。
少しずつ呼吸が回復してくると、聴覚が戻ってきて回りの声が聞こえるようになってきた。
ウチの庭のどこにそんなに人がいたんだと思いたくなるような大勢の人の気配を感じる。
今日は稲刈りの日だったからかな。
村中総出で田んぼにいるから、ちょっとした事件でも事故でもあれば、全員集まってきてしまうのだ。
……いや、引きこもり息子が屋根から転落して死亡はちょっとした事件じゃないか。大事件だ。
もしかして、伯父さんはオレを殺したことになってしまうのだろうか。
ちょっと気の毒なことをしたな。伯父さんだって、両親だって、オレを殺したかったわけじゃないだろうしな……
しかし死ぬのって意外と時間がかかるんだな。早く楽になりたい……
「これは一体、何の騒ぎです!?」
突然聞こえてきた澄んだ高い声にオレの意識は引き戻された。
誰だろう? ウチの近所にこんな声の女の子、いたっけな……?
地面に転がったまま薄目を開けると、真っ白なレースのスカートが目の前を横切っていくのが見えた。スカートって言っても、床を引きずってるウェディングドレスみたいな長いヤツ。
稲刈りの途中に結婚式やってるカップルでもいたのか?
ちょっとだけ首を上げて辺りを見回したオレは、我が目を疑う光景を目の当たりにして全身を硬直させた。
まず、大きなステンドグラスが目に入った。壁一面を埋め尽くす色とりどりの幾何学模様。
その壁を支える巨大な石造りの柱は、体育館より高い天井へ届き、そこで枝分かれして複雑なアーチの連続を描いている。アーチの交点にはシャンデリア……って言っても、ガラスのきらきらしたヤツじゃ無い。鉄で出来た巨大な輪にデカいろうそくが何本も立っているイカツくて原始的な照明だ。
───ウチの庭じゃないぞ!?!?!?
シャンデリアの下の長テーブルには銀の皿と銀のゴブレットが並び、色とりどりの果物を積み上げた籠が置かれていた。中央には大きな酒壺が置かれている。
テーブルの前のベンチは半分ほど埋まっていた。腰掛けているのはほとんど男。西洋ファンタジーマンガに出てきそうな服を着て、大体が腰に剣を下げている。
全然知らない景色だが、オレはこの場所を見たことがあった。
パソコンの液晶モニタの上で、何度も。
今オレが今目にしているのは、パソコンで遊んでいたゲーム「聖女の願いが叶う刻」(ちなみに成人指定)のオープニングに出てくる場所そっくりだった。
ちなみにゲームなら、ここは大聖堂のはずだ。
これから年に一度の祝祭が始まる。オープニングムービーの後の最初のシーンがそうだったはず。
大聖堂内の人混みの中に一人、ウェディングドレスのような純白のドレスを着て、真っ直ぐに立つ若い女がいた。
頭から被ったレースのベールからはピンクブロンドに輝く長い髪が透けて見え、ドレスの大きく開いた胸元からは、こぼれ落ちそうなおっぱいが覗いている。キュッと細く締まった腰や、わざとらしいほど大ぶりのお尻を際立たせるように、薄いドレスの生地が身体の線に沿って流れ、長い裾は石の床でたおやかにわだかまっていた。
「貴方、ここがどういう場か分かっていらっしゃるの!?」
強ばった面持ちでそう声を上げたのは、オレのよく知っている女だった。
フィオレラ・ガエターナ・フォルナーラ。
この世界の頂に君臨する大聖女。ゲームの正ヒロインだ。
フィオレラの前には若い騎士が抜き身の剣を持って立っている。
その騎士のことも、オレはよく知っていた。
でも名前だけは知らない。というか、このイケメン騎士の名前はプレイヤーが決めるのだ。なぜならコイツが主人公だから。
この場面のことは、バッチリ覚えている。
物語の発端、主人公の騎士と正ヒロインのフィオレラの初対面シーンだ。
フィオレラに毒を盛ろうと祝宴に紛れ込んだ曲者を、主人公が一撃で斬って捨て、かっこよさと強さを見せつける場面だ。
……って、なんでオレはこんなにもリアルにゲームの世界を見ているの??
もしかして死にかけの脳が見せてる幻なのかな??
でもその割にはぶつけた背中が痛すぎる。夢なら早く覚めて欲しい。
目の前の光景を信じられないオレは、一旦目を瞑って深呼吸した。気を落ち着ければこのリアルすぎる夢から覚めるかも知れない。
よーし……吸ってー、吐いてー、吸ってー……
深く息を吐ききって、祈るような気持ちで目を開ける。
しかしやはり目の前にあるのは、ファンタジー大聖堂の光景のままだった。
オレは何度か瞬きを繰り返してから、恐る恐る自分自身を見下ろしてみた。
身につけているのは生成りのウールのチュニックと、粗い手触りの布製ズボン。なんの特徴も無いシンプルな衣装。
確かめるように全身を手で触ると、さっきまで着ていた高校の名前入りジャージとは似ても似つかないゴワゴワとした手触りがした。足元は汚れた裸足。武器は持っていない。
ちょっと視線を横にずらすと、斬られて倒れている人間が見えた。オレと同じような衣装を着たそいつが、多分開幕早々騎士に斬られて死んじゃうモブ。
そしてこの状況から考えるに、オレはそのモブと二人組で給仕係をやってたモブその二だ!
……って、
な ん で だ よ !!!
意 味 が 分 か ら ん !!!!
普通こういう時は、主人公とかヒロインとかに転生するものじゃないのか!?
それか悪役令嬢になってヒロインを追い落としてスカッとするんじゃないのかよ!?
いや、エロゲの悪役令嬢になって男とくっつくくらいならモブ男の方がマシだけど!!
でもモブになって一体何をしろって言うんだよ!?!?!?
「よく分かっております、フィオレラ様。ここは、不届き者が紛れ込んで良い場所ではない」
混乱するオレを尻目に主人公が渋い顔で言っている。無駄にイケボ。腹立つ。
「不届き者は貴方です。大聖堂は愛と平和を祈る場所。罪も無い者に暴力を振るうなんて……」
フィオレラが床に転がるオレとその他のモブの方を振り向く。オレはあまりの美しさに息を呑んだ。
なんてこった! 二次元の立ち絵がそのまま立体になって動いてる!
動きにつれてドレスの裾がひるがえってツヤツヤのピンクブロンドがたなびき、おっぱいが揺れている!
オレは興奮のあまり全身が熱くなるのを感じた。
PCの画面内でたまに髪の毛が揺れたり目と口が動くだけの絵にすら、ギュンギュンに萌えていたのに、それが三次元の立体物として動いて喋ってるのだ。すごい!
オレ、モブで良かったかもしんない!
主人公になって、こんな美女といきなりお話ししろって言われたら、オレはきっと「デュフフフ……き、きれいっすね……デュフ……髪の毛触って良いですか……?」とかキモイ上目遣いで訴えて速攻で護衛に斬り捨てられると思うので、モブで本当に良かった。
一生フィオレラ様を遠くから眺めるモブで良い……!
興奮のあまり鼻息を荒くしているオレを余所に、シナリオは進んでいく。
「罪がない? その下僕は酒壺にこれを入れようとしていたのですよ」
騎士は手に持っていたいかにも怪しげな薬瓶を掲げてみせる。フィオレラはたじろいだ様子でそれを受け取り、中身の香りを確かめて顔を青ざめさせた。
「……これは……」
「ブラックルートの毒です。致死性のものでは無いが、飲めば数日は寝込むだろう。何が目的かは分かりませんが、罪は罪だ」
「なんということ……」
「この場を汚したことはお詫び致します。ですが、酒宴は後日に延期された方が良い」
騎士はそう言って深く一礼し、剣を腰に収める。フィオレラはサッと居並ぶ男達へと向き直り、
「申し訳ございません。本日の酒宴は一旦中止致します。不届き者の調べが済み次第、改めてご案内致しますわ。」
と優雅に膝を折って頭を下げた。ドレスのデザインのおかげで、かがむと胸の谷間が強調される。鼻の下を伸ばしていると、フィオレラの冷たい一瞥がオレの上を掠めていって背筋がゾクゾクした。美女の冷たい眼差しっていいもんだなあ……
しかし、自分の新たな性癖に浸っている間もなく、オレは突進してきた衛兵に両腕を拘束された。
「ええっ!? なんでっ……!?」
思わず驚きの声を上げてしまった。だってオレは毒混入未遂事件には何の関係もない。今さっきここに来たばかりの全く無実のモブなのだ。
「オレは関係ないです! 何も知らない!」
「黙れ。釈明は牢で聞く」
屈強な衛兵に両腕をひねり上げられ、大聖堂の出口へと引きずられていく。
「オレは何もしていないんだってば!」
無罪を叫ぶオレに目を向けるキャラクターは、一人もいなかった。
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