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たまむし

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【二年前】友達

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「よう」

 ふと目の前が陰り、ぶっきら棒な声を掛けられて、清高は顔を上げた。

「宮脇? お前も警察に呼び出されたのかよ?」

 私服のジャージを着た宮脇は仏頂面で隣に腰を下ろし、

「おう。さっきまで事情聴取や」

 と短く答える。

「世話んなったな。迷惑かけてゴメン」

 清高が俯いたまま言うと、宮脇は

「世話したつもりないし、謝ってもろても嬉しないわ」

 と首を振る。

「……だよね。殴っても良いよ」

「無抵抗の病人殴って何がおもろいねん。やめろや」

「病人じゃねーし。もう退院した」

「病人みたいな顔しとる」

「はは……そうかも。じゃあ礼言うわ。助かった。通報してくれたのお前だよな? オレが原田のとこに閉じ込められてるって、どうやって気付いた?」

 清高が目を細めて横を向くと、宮脇はブスッと答える。

「あの日の夕方に有香……さんが、ウチのガッコに来た。お前と連絡取れへんて言うて。原田の店の場所は知らんていうから、ワシが行った。向こう着いてからずっと通話状態のままやったから、あの子が気を利かせて警察に連絡してくれたんや。警察は殺人の件で原田を探してるとこやったから、ちょうどええタイミングやったらしいわ」

「そっか……有香が……」

「お前、あの子に店の場所教えてなかったんやな。最初から原田がヤバいって分かってたんやろ? だからあの子が近寄らんようにしてた。なんであんなんに近づいたんや!」

 宮脇は怒りの隠った声で言い、清高の胸ぐらを掴んだ。清高はその手をそっと外させ、

「ヤバいから教えなかったわけじゃない。誰にも知られたくなかっただけだ」

 とポツリと言った。

「オレは原田に惚れてたの。誰にも邪魔されたくなかった。有香に言ったらうるさく言われる。だから隠してただけ」

 宮脇の眉根に皺が寄り、嫌悪とも憐れみともなんとも言えない表情が浮かぶ。清高は自嘲するように笑った。

「オレね、女の子も嫌いじゃないけど、男が好きなの。元々ナリがこんなだからさ、そんなの言ったらどうなるか分かるだろ? 絶対言えねーじゃん?」

 軽く俯いて言う清高を見下ろし、宮脇は何も言えないまま口元を引き結ぶ。
 彼の言うことはよく分かった。素行の良くない少年達の群れで、清高は外見だけで既に異質の存在で、それ故の陰口も多く叩かれている。そこにもう一つ異質さが加われば、いくら彼が強くても、一人では跳ね返せない精神的・肉体的な圧力をかけられるだろう。

「分かってくれたのが原田だった。だから惚れた。……惚れたんだと思ってたけど、今から思えば、単に丁度良かったのかも知んねえや。年上だし、店も遠いし、誰にも見つからずに済むから……。もうわかんねーな……好きだったけど、犯罪者だったしなあ」

 ポツポツと離す清高の薄い頬は、しばらく食べていなかったせいで更に薄くなり、クシを通していない中途半端な長さの髪は、もつれて形の良い耳に落ちかかっている。

「ずっと終わらせ方が分かんなくて困ってたから、丁度良かったのかもな……」

 そう言って微笑んだ顔が、あんまりにも平静で空っぽに見え、宮脇は喉から胸までをかきむしられるような、たまらない気持ちになった。

「ごめんな、こんな話されても困るだろ? 忘れてよ。じゃあね」

 清高はそう言って立ち上がる。宮脇は、立ち去ろうとする清高の手を掴んで止めた。

「お前、しんどないんか?」

「しんどい? 別に……もう終わったことだから……」

 歪んだ微笑を浮かべる清高が今にも泣きそうに見えて、宮脇は黄色い頭を乱暴に引き寄せた。肩に腕を回すと、清高が身体を強ばらせるのが分かったが、構わずグッと背中を抱く。

「しんどかったら泣いたらエエやろ」

「バカかよ! 泣けるか、こんなとこで」

 清高は小さく吐き捨てたが、宮脇の腕の中でじっとしていた。
 顔を見てはいけない気がして、宮脇が目を遠くに向けると、黄色く色づいた木の枝に知らない小鳥が止まっていた。ピヨピヨという高い鳴声に混じって静かな嗚咽が聞こえる。宮脇はそれに気付かない振りをした。

 警察署の前で抱き合う男二人に向かって、通行人が物珍しそうな、からかうような視線を向けてくる。肩の辺りに清高の頭の温かさを感じるまま、宮脇はこっちに目を向ける人々をいちいち睨み付けた。

 しばらくして身を起こした清高は、

「返せない恩ができちゃったな」

 と言った。宮脇は体温で温まってむず痒い胸元を両手でさすりつつ首を振る。

「別に恩でもなんでもないやろ。ダチなんやから」

「ダチかあ~」

 清高は泣いて赤くなった目元をゆるめる。羽化したばかりの蝶のように、透明で柔らかで傷つきやすそうなその笑みに、宮脇の胸は大きく跳ねた。胸焼けした時のように鳩尾の辺りに甘い温かさが湧き上がる。

「オレ、ミヤとトモダチになれて良かった」

 握手を求めて差し出された白い両手のどの指にも、もう銀の輪は残っていない。硬く握った手の平の間に、温かな信頼が結ばれていた。

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