18 / 19
【二年前】友達
しおりを挟む
「よう」
ふと目の前が陰り、ぶっきら棒な声を掛けられて、清高は顔を上げた。
「宮脇? お前も警察に呼び出されたのかよ?」
私服のジャージを着た宮脇は仏頂面で隣に腰を下ろし、
「おう。さっきまで事情聴取や」
と短く答える。
「世話んなったな。迷惑かけてゴメン」
清高が俯いたまま言うと、宮脇は
「世話したつもりないし、謝ってもろても嬉しないわ」
と首を振る。
「……だよね。殴っても良いよ」
「無抵抗の病人殴って何がおもろいねん。やめろや」
「病人じゃねーし。もう退院した」
「病人みたいな顔しとる」
「はは……そうかも。じゃあ礼言うわ。助かった。通報してくれたのお前だよな? オレが原田のとこに閉じ込められてるって、どうやって気付いた?」
清高が目を細めて横を向くと、宮脇はブスッと答える。
「あの日の夕方に有香……さんが、ウチのガッコに来た。お前と連絡取れへんて言うて。原田の店の場所は知らんていうから、ワシが行った。向こう着いてからずっと通話状態のままやったから、あの子が気を利かせて警察に連絡してくれたんや。警察は殺人の件で原田を探してるとこやったから、ちょうどええタイミングやったらしいわ」
「そっか……有香が……」
「お前、あの子に店の場所教えてなかったんやな。最初から原田がヤバいって分かってたんやろ? だからあの子が近寄らんようにしてた。なんであんなんに近づいたんや!」
宮脇は怒りの隠った声で言い、清高の胸ぐらを掴んだ。清高はその手をそっと外させ、
「ヤバいから教えなかったわけじゃない。誰にも知られたくなかっただけだ」
とポツリと言った。
「オレは原田に惚れてたの。誰にも邪魔されたくなかった。有香に言ったらうるさく言われる。だから隠してただけ」
宮脇の眉根に皺が寄り、嫌悪とも憐れみともなんとも言えない表情が浮かぶ。清高は自嘲するように笑った。
「オレね、女の子も嫌いじゃないけど、男が好きなの。元々ナリがこんなだからさ、そんなの言ったらどうなるか分かるだろ? 絶対言えねーじゃん?」
軽く俯いて言う清高を見下ろし、宮脇は何も言えないまま口元を引き結ぶ。
彼の言うことはよく分かった。素行の良くない少年達の群れで、清高は外見だけで既に異質の存在で、それ故の陰口も多く叩かれている。そこにもう一つ異質さが加われば、いくら彼が強くても、一人では跳ね返せない精神的・肉体的な圧力をかけられるだろう。
「分かってくれたのが原田だった。だから惚れた。……惚れたんだと思ってたけど、今から思えば、単に丁度良かったのかも知んねえや。年上だし、店も遠いし、誰にも見つからずに済むから……。もうわかんねーな……好きだったけど、犯罪者だったしなあ」
ポツポツと離す清高の薄い頬は、しばらく食べていなかったせいで更に薄くなり、クシを通していない中途半端な長さの髪は、もつれて形の良い耳に落ちかかっている。
「ずっと終わらせ方が分かんなくて困ってたから、丁度良かったのかもな……」
そう言って微笑んだ顔が、あんまりにも平静で空っぽに見え、宮脇は喉から胸までをかきむしられるような、たまらない気持ちになった。
「ごめんな、こんな話されても困るだろ? 忘れてよ。じゃあね」
清高はそう言って立ち上がる。宮脇は、立ち去ろうとする清高の手を掴んで止めた。
「お前、しんどないんか?」
「しんどい? 別に……もう終わったことだから……」
歪んだ微笑を浮かべる清高が今にも泣きそうに見えて、宮脇は黄色い頭を乱暴に引き寄せた。肩に腕を回すと、清高が身体を強ばらせるのが分かったが、構わずグッと背中を抱く。
「しんどかったら泣いたらエエやろ」
「バカかよ! 泣けるか、こんなとこで」
清高は小さく吐き捨てたが、宮脇の腕の中でじっとしていた。
顔を見てはいけない気がして、宮脇が目を遠くに向けると、黄色く色づいた木の枝に知らない小鳥が止まっていた。ピヨピヨという高い鳴声に混じって静かな嗚咽が聞こえる。宮脇はそれに気付かない振りをした。
警察署の前で抱き合う男二人に向かって、通行人が物珍しそうな、からかうような視線を向けてくる。肩の辺りに清高の頭の温かさを感じるまま、宮脇はこっちに目を向ける人々をいちいち睨み付けた。
しばらくして身を起こした清高は、
「返せない恩ができちゃったな」
と言った。宮脇は体温で温まってむず痒い胸元を両手でさすりつつ首を振る。
「別に恩でもなんでもないやろ。ダチなんやから」
「ダチかあ~」
清高は泣いて赤くなった目元をゆるめる。羽化したばかりの蝶のように、透明で柔らかで傷つきやすそうなその笑みに、宮脇の胸は大きく跳ねた。胸焼けした時のように鳩尾の辺りに甘い温かさが湧き上がる。
「オレ、ミヤとトモダチになれて良かった」
握手を求めて差し出された白い両手のどの指にも、もう銀の輪は残っていない。硬く握った手の平の間に、温かな信頼が結ばれていた。
ふと目の前が陰り、ぶっきら棒な声を掛けられて、清高は顔を上げた。
「宮脇? お前も警察に呼び出されたのかよ?」
私服のジャージを着た宮脇は仏頂面で隣に腰を下ろし、
「おう。さっきまで事情聴取や」
と短く答える。
「世話んなったな。迷惑かけてゴメン」
清高が俯いたまま言うと、宮脇は
「世話したつもりないし、謝ってもろても嬉しないわ」
と首を振る。
「……だよね。殴っても良いよ」
「無抵抗の病人殴って何がおもろいねん。やめろや」
「病人じゃねーし。もう退院した」
「病人みたいな顔しとる」
「はは……そうかも。じゃあ礼言うわ。助かった。通報してくれたのお前だよな? オレが原田のとこに閉じ込められてるって、どうやって気付いた?」
清高が目を細めて横を向くと、宮脇はブスッと答える。
「あの日の夕方に有香……さんが、ウチのガッコに来た。お前と連絡取れへんて言うて。原田の店の場所は知らんていうから、ワシが行った。向こう着いてからずっと通話状態のままやったから、あの子が気を利かせて警察に連絡してくれたんや。警察は殺人の件で原田を探してるとこやったから、ちょうどええタイミングやったらしいわ」
「そっか……有香が……」
「お前、あの子に店の場所教えてなかったんやな。最初から原田がヤバいって分かってたんやろ? だからあの子が近寄らんようにしてた。なんであんなんに近づいたんや!」
宮脇は怒りの隠った声で言い、清高の胸ぐらを掴んだ。清高はその手をそっと外させ、
「ヤバいから教えなかったわけじゃない。誰にも知られたくなかっただけだ」
とポツリと言った。
「オレは原田に惚れてたの。誰にも邪魔されたくなかった。有香に言ったらうるさく言われる。だから隠してただけ」
宮脇の眉根に皺が寄り、嫌悪とも憐れみともなんとも言えない表情が浮かぶ。清高は自嘲するように笑った。
「オレね、女の子も嫌いじゃないけど、男が好きなの。元々ナリがこんなだからさ、そんなの言ったらどうなるか分かるだろ? 絶対言えねーじゃん?」
軽く俯いて言う清高を見下ろし、宮脇は何も言えないまま口元を引き結ぶ。
彼の言うことはよく分かった。素行の良くない少年達の群れで、清高は外見だけで既に異質の存在で、それ故の陰口も多く叩かれている。そこにもう一つ異質さが加われば、いくら彼が強くても、一人では跳ね返せない精神的・肉体的な圧力をかけられるだろう。
「分かってくれたのが原田だった。だから惚れた。……惚れたんだと思ってたけど、今から思えば、単に丁度良かったのかも知んねえや。年上だし、店も遠いし、誰にも見つからずに済むから……。もうわかんねーな……好きだったけど、犯罪者だったしなあ」
ポツポツと離す清高の薄い頬は、しばらく食べていなかったせいで更に薄くなり、クシを通していない中途半端な長さの髪は、もつれて形の良い耳に落ちかかっている。
「ずっと終わらせ方が分かんなくて困ってたから、丁度良かったのかもな……」
そう言って微笑んだ顔が、あんまりにも平静で空っぽに見え、宮脇は喉から胸までをかきむしられるような、たまらない気持ちになった。
「ごめんな、こんな話されても困るだろ? 忘れてよ。じゃあね」
清高はそう言って立ち上がる。宮脇は、立ち去ろうとする清高の手を掴んで止めた。
「お前、しんどないんか?」
「しんどい? 別に……もう終わったことだから……」
歪んだ微笑を浮かべる清高が今にも泣きそうに見えて、宮脇は黄色い頭を乱暴に引き寄せた。肩に腕を回すと、清高が身体を強ばらせるのが分かったが、構わずグッと背中を抱く。
「しんどかったら泣いたらエエやろ」
「バカかよ! 泣けるか、こんなとこで」
清高は小さく吐き捨てたが、宮脇の腕の中でじっとしていた。
顔を見てはいけない気がして、宮脇が目を遠くに向けると、黄色く色づいた木の枝に知らない小鳥が止まっていた。ピヨピヨという高い鳴声に混じって静かな嗚咽が聞こえる。宮脇はそれに気付かない振りをした。
警察署の前で抱き合う男二人に向かって、通行人が物珍しそうな、からかうような視線を向けてくる。肩の辺りに清高の頭の温かさを感じるまま、宮脇はこっちに目を向ける人々をいちいち睨み付けた。
しばらくして身を起こした清高は、
「返せない恩ができちゃったな」
と言った。宮脇は体温で温まってむず痒い胸元を両手でさすりつつ首を振る。
「別に恩でもなんでもないやろ。ダチなんやから」
「ダチかあ~」
清高は泣いて赤くなった目元をゆるめる。羽化したばかりの蝶のように、透明で柔らかで傷つきやすそうなその笑みに、宮脇の胸は大きく跳ねた。胸焼けした時のように鳩尾の辺りに甘い温かさが湧き上がる。
「オレ、ミヤとトモダチになれて良かった」
握手を求めて差し出された白い両手のどの指にも、もう銀の輪は残っていない。硬く握った手の平の間に、温かな信頼が結ばれていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!
toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」
「すいません……」
ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪
一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。
作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。

ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる