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【二年前】対峙
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「今何時だ……?」
真っ暗になった小窓を見上げ、清高は掠れた声で呟いた。空腹と寒さで思考力が極端に落ちている。
最後に食べ物を口に入れてから、もう二日は経っている気がする。水だけはあるから死にはしないが、全く身体に力が入らない。寒さにやられて熱も出てきていた。
入り口のガラス扉をふさぐように置いたマットレスの上で、清高は膝を抱えて丸くなった。いくら耳を澄ましても、外からは風の音しか聞こえない。
冷え込みはますます厳しくなってきている。いくら毛布を巻き付けても手足の先は温かくならなず、全身が震えて歯の根が合わない。
原田はいつまで経っても戻って来ない。このまま見捨てられるのではないかという恐怖で全身を押しつぶされそうだ。最初は何があっても逃げるつもりでいたが、今では早く原田に迎えに来て欲しくて仕方ない。それが向こうの狙いだと理性では分かっているが、もう限界だった。
ここから出してもらえるなら、一も二もなくあの男の望むように「Si」と答える。だから早く戻ってきて解放してくれ、と清高は心から祈った。
全ての神経を耳に集中させてうずくまっていると、外を通っていく自転車の音が聞こえた。ガチャガチャとチェーンが絡む音を立てて自転車は一旦通り過ぎたが、引き返してきて店の側で止まった。誰かが外にいる。低い話し声が聞こえて、清高は跳ね起きた。
「たすけてくれ……!」
叫ぼうとしたが、熱で腫れ上がった喉からは隙間風のような声しか出ない。咄嗟に水の入ったペットボトルを掴んで、壁の高いところにある小窓に投げつけた。奇跡のようにボトルは窓を直撃し、ガラスが割れる。
『おい! 中に誰かおるんか!?』
特徴的な関西弁に、全身が震えた。宮脇だ。冷え切った全身に血が巡りだし、胸に安堵と希望の火が灯る。
「いる! 閉じ込められてる!」
精一杯に擦れ声を張り上げ、ガラス扉を叩いた。残った力を振り絞って邪魔なマットレスをどけ、扉の内鍵を開ける。同時に外で何かを壊したような音がして、シャッターと地面の間に隙間が空いた。
「ダメだ、鍵がかかってる!」
『退いてろ! 今開けたる!!』
続いて獣が吼えるような声がした。メリッと嫌な音がして、シャッターがわずかに持ち上がる。
「ウソだろ……」
清高は目を丸くして一歩後ろに下がった。
バキッと鍵が壊れる音がして、シャッターは弾けるように全開になった。勢い余って下がってくるそれを、入ってきた人影が片手で止める。青白い街灯で逆光になっている大柄な男。
「おい、大丈夫か!?」
寒風とともに中へ踏み込んできたのは、思った通り宮脇だった。
宮脇は全裸に毛布を被っただけの清高を目にしてギョッとする。
「おまっ……何された!? あのオッサンどこや! ぶち殺す!!」
「竜弥さんはいない……早くここから逃げないと……」
裸足のままフラフラと外へ出ようとする身体を支えようと腕を伸ばし、清高の体温の高さに驚く。
「熱あるやないか!」
「わかってるよ……お前チャリ? 後ろ乗せて……警察へ行かないと……」
「先に病院やろ! 乗れるか!?」
宮脇はヨロつく清高を荷台に座らせ、おんぼろ自転車のスタンドを蹴り外す。ペダルに足をかけようとした時、黒いバンが路地に入ってきた。ヘッドライトが二人の目を灼く。
「ヤバい……早く……!」
清高は怯えた声で言い、宮脇の腰に縋った。
路地は狭い。広い道へ続く方にはバンが迫り、逆方向は行き止まりだ。宮脇は向かってくるバンの横を通り抜けようと、全力でペダルを踏んで自転車を加速させたが、バンはそれをふさぐように車体を斜めにして停車した。自転車は急ブレーキを余儀なくされる。
「やあ、また会ったね」
バンの運転席から悠々と下りてきたのは原田だった。洒落たジャケットにスリムなパンツ、革靴で、まるで高級ディナーへ出かけていくような出で立ちだ。
「そこどけや、変態!」
「ひどい言われようだ。帰るなら一人でどうぞ。基、迎えに来たよ」
宮脇の威嚇を鼻で笑っていなした原田は、清高に向かって手を差し出す。自転車から降りた清高は、頭を振って後ずさった。
「どうした? 答えはSiだろ?」
「嫌だ。オレは警察に出頭して、アンタの事を全部話す」
「何を話す? オレが何をしたってんだ?」
「オレを監禁したのはアンタだろうが!」
「監禁? まさか。お前が自分で来たんだろ? オレは用があるって言ったろ? お前が勝手に押しかけてきて勝手に寝たから、オレは仕方なく鍵をかけて外出した。出先でトラブルがあったから、戻るのが遅れた。オレはお前に何度も連絡しようとしたが、お前のスマホには繋がらなかった。だから心配して急いで戻ってきたってわけだ。監禁なんてするわけがない」
「オレのスマホを持っていったのはアンタだろ!」
「引っ越し作業中に押しかけられたからな。荷物に紛れたんじゃないか?」
原田は悪びれた様子もなく肩をすくめる。清高は顔を蒼白にして唇を噛んだ。宮脇は清高を庇うように前に出た。
「お前、ホンマにクソやな!」
「てめえにゃ関係ないだろうが、ガキ。さっさと消えろや」
「ワシがガキならキヨもガキやろがい! ガキに手ぇ出した変態が何エラそうにしとんねん! そっちが失せろ!」
宮脇は吠えながら道端に転がしたシャッターガードを拾い上げ、原田に向かって放り投げる。原田はそれを難なく避け、ガードはバンの側面に当たって派手な音を立てながら転がった。
「クソガキが!」
原田は鋭く舌打ちして、ジャケットの内側に右手を入れる。
「ミヤ!」
かすれ声で叫んだ清高の目の前で、原田が消音器付きの拳銃を取り出し、宮脇に照準を合わせる。宮脇は背中に清高を庇ったまま原田を睨み付けた。
「怪我したくないなら、じっとしてろ。モトイ、こっちへ来い」
清高は、原田と銃口を交互に見て一度深く呼吸し、覚悟を決めた。宮脇をこれ以上巻き込むわけにはいかない。
「りゅーやさん、そっち行くからソレ下ろしてくんね? 危ねえよ」
毛布を頭から被ったまま両手を上げて原田の方へ一歩踏み出すと、
「おい! どうするつもりや!」
と宮脇に肩を掴まれかけたが、清高は身体を捩ってそれを拒んだ。
「どうもこうもねえだろ。ここで殺されるよりマシだ」
「良い子だ」
原田は近づいてくる清高に腕を伸ばして抱き寄せ、こめかみに銃口を押し当てた。宮脇は目尻が避けそうなほど目を見開いて二人を睨む。身動きはできない。
「おいお前、通報したらモトイがどうなるか分かるな?」
口元を歪めて笑う原田に問いかけられ、宮脇は音が出るほど歯を食いしばった。
「一時間以内に警察が来たら、お前の通報だと見なす。モトイの命が惜しけりゃ、大人しく家に帰って震えてろ」
原田は念を押すようにそう言い、バンの後部座席へ清高を押し込んで、自身も運転席へ滑り込んだ。車は袋小路の出口に向かってゆっくりとバックで動き出す。
「クソっ!」
宮脇は運転席の原田めがけて思い切り石を投げたが、フロンドガラスにはヒビ一つ入らなかった。
狭い路地を抜けた車は、空いた国道を飛ばしていく。併走する車に助けを求めたくても、後部座席の窓にはスモークが貼られている。清高は熱でぐったりしていたが、かろうじて目だけ開けて前を見ていた。原田は首都圏へ向かう高速道路に乗るつもりのようだ。
県境を越えられてしまうと、助かる見込みは更に減る。車に乗せられてからどのくらい経ったのだろう。宮脇はもう通報しただろうか。
「どこ行くの……?」
かすれきった声で運転席の原田に声を掛けると、
「聞いてどうする?」
と不機嫌そうな声が返ってきた。
「……一回、家に連絡さしてくんない? 流石に家族が心配して警察に連絡するかも知んねえし……」
「SAついたら携帯貸すから電話しろ。おかしな事しゃべったら、姉貴と赤ん坊がどうなるかは分かるな?」
清高はぐったりとヘッドレストに頭をもたせかけ、諦めたように目を閉じた。自宅の場所や姉のことを原田に話した覚えはないが、向こうはこっちの事などとうに調べてあったのだ。
後悔に胸を焦がされながら静かに目を閉じていると、原田が鋭く舌打ちするのが聞こえ、車がわずかに減速した。
目を開けると、すぐ前に乗用車が一台割り込んできている。原田はウィンカーを出して車線変更しようとしたが、隣からも幅寄せされて更に減速を余儀なくされた。
バックミラーの中で原田は忌々しそうに舌打ちを繰り返し、何度もクラクションを鳴らす。しかし、前と横の車はとうとう停車した。
「Diablos!」
車を停められた原田がハンドルを拳で打つ。前からはスーツ姿の男二人が下りてきて、その内の年かさの方が運転席側の窓を叩いた。
「警察です。ちょっとお伺いしたいことがあるので、開けてもらえますか?」
窓越しに警察手帳を突きつけられ、原田はふうと短く息を吐き、後ろの清高を振り返った。
「オレはお前を病院に運ぶところだ、分かったな?」
口裏を合わせろと言うことだ。清高はもうろうとしながら頷いた。原田は軽く頷き、窓を下ろす。
「何ですか? 病人を運んでるところなんですけど」
迷惑げに言った原田に向かって、刑事が突然
「原田竜弥だな? 指原信夫殺害及び死体遺棄容疑で逮捕状が出てる。ドアを開けて外へ出ろ」
と書類一枚を突きつけた。原田は一瞬目を見開き、
「ああ……そっちか……」
と呟いて大人しくドアを開けた。途端に外へ引きずり出され、複数人の警察官に取り押さえられて手錠をかけられる。誰かが時刻を告げる声がした。
あまりにも呆気ない幕切れに、清高は呆然とすることしかできなかった。
殺害? 死体遺棄? 何の話か分からない。
「君、大丈夫?」
後部座席のドアが開き、女性警官に声を掛けられて、清高はようやく見開いたままだった目を瞬きした。
誰かにジャケットを着せかけられ、肩を支えられて外に連れ出された清高の目の前で、手錠をかけられた原田がパトカーに連行されていく。ドアがしまる瞬間、原田は清高に目をやって、わずかに笑んだ。わずかな憎しみと慈しみが混ざり合ったような笑み。清高が惹かれた原田の顔だった。
「竜弥さん……」
閉じたドア越しの清高の声は原田には聞こえなかっただろう。原田は二度と清高には顔を向けなかった。
それからは怒濤のようだった。
清高はもうろうとしたまま警察へ運ばれ、薬物検査を受けさせられた。結果は白。続いて被害届を出した所までは覚えているが、そこでプツリと意識が途絶えた。
真っ暗になった小窓を見上げ、清高は掠れた声で呟いた。空腹と寒さで思考力が極端に落ちている。
最後に食べ物を口に入れてから、もう二日は経っている気がする。水だけはあるから死にはしないが、全く身体に力が入らない。寒さにやられて熱も出てきていた。
入り口のガラス扉をふさぐように置いたマットレスの上で、清高は膝を抱えて丸くなった。いくら耳を澄ましても、外からは風の音しか聞こえない。
冷え込みはますます厳しくなってきている。いくら毛布を巻き付けても手足の先は温かくならなず、全身が震えて歯の根が合わない。
原田はいつまで経っても戻って来ない。このまま見捨てられるのではないかという恐怖で全身を押しつぶされそうだ。最初は何があっても逃げるつもりでいたが、今では早く原田に迎えに来て欲しくて仕方ない。それが向こうの狙いだと理性では分かっているが、もう限界だった。
ここから出してもらえるなら、一も二もなくあの男の望むように「Si」と答える。だから早く戻ってきて解放してくれ、と清高は心から祈った。
全ての神経を耳に集中させてうずくまっていると、外を通っていく自転車の音が聞こえた。ガチャガチャとチェーンが絡む音を立てて自転車は一旦通り過ぎたが、引き返してきて店の側で止まった。誰かが外にいる。低い話し声が聞こえて、清高は跳ね起きた。
「たすけてくれ……!」
叫ぼうとしたが、熱で腫れ上がった喉からは隙間風のような声しか出ない。咄嗟に水の入ったペットボトルを掴んで、壁の高いところにある小窓に投げつけた。奇跡のようにボトルは窓を直撃し、ガラスが割れる。
『おい! 中に誰かおるんか!?』
特徴的な関西弁に、全身が震えた。宮脇だ。冷え切った全身に血が巡りだし、胸に安堵と希望の火が灯る。
「いる! 閉じ込められてる!」
精一杯に擦れ声を張り上げ、ガラス扉を叩いた。残った力を振り絞って邪魔なマットレスをどけ、扉の内鍵を開ける。同時に外で何かを壊したような音がして、シャッターと地面の間に隙間が空いた。
「ダメだ、鍵がかかってる!」
『退いてろ! 今開けたる!!』
続いて獣が吼えるような声がした。メリッと嫌な音がして、シャッターがわずかに持ち上がる。
「ウソだろ……」
清高は目を丸くして一歩後ろに下がった。
バキッと鍵が壊れる音がして、シャッターは弾けるように全開になった。勢い余って下がってくるそれを、入ってきた人影が片手で止める。青白い街灯で逆光になっている大柄な男。
「おい、大丈夫か!?」
寒風とともに中へ踏み込んできたのは、思った通り宮脇だった。
宮脇は全裸に毛布を被っただけの清高を目にしてギョッとする。
「おまっ……何された!? あのオッサンどこや! ぶち殺す!!」
「竜弥さんはいない……早くここから逃げないと……」
裸足のままフラフラと外へ出ようとする身体を支えようと腕を伸ばし、清高の体温の高さに驚く。
「熱あるやないか!」
「わかってるよ……お前チャリ? 後ろ乗せて……警察へ行かないと……」
「先に病院やろ! 乗れるか!?」
宮脇はヨロつく清高を荷台に座らせ、おんぼろ自転車のスタンドを蹴り外す。ペダルに足をかけようとした時、黒いバンが路地に入ってきた。ヘッドライトが二人の目を灼く。
「ヤバい……早く……!」
清高は怯えた声で言い、宮脇の腰に縋った。
路地は狭い。広い道へ続く方にはバンが迫り、逆方向は行き止まりだ。宮脇は向かってくるバンの横を通り抜けようと、全力でペダルを踏んで自転車を加速させたが、バンはそれをふさぐように車体を斜めにして停車した。自転車は急ブレーキを余儀なくされる。
「やあ、また会ったね」
バンの運転席から悠々と下りてきたのは原田だった。洒落たジャケットにスリムなパンツ、革靴で、まるで高級ディナーへ出かけていくような出で立ちだ。
「そこどけや、変態!」
「ひどい言われようだ。帰るなら一人でどうぞ。基、迎えに来たよ」
宮脇の威嚇を鼻で笑っていなした原田は、清高に向かって手を差し出す。自転車から降りた清高は、頭を振って後ずさった。
「どうした? 答えはSiだろ?」
「嫌だ。オレは警察に出頭して、アンタの事を全部話す」
「何を話す? オレが何をしたってんだ?」
「オレを監禁したのはアンタだろうが!」
「監禁? まさか。お前が自分で来たんだろ? オレは用があるって言ったろ? お前が勝手に押しかけてきて勝手に寝たから、オレは仕方なく鍵をかけて外出した。出先でトラブルがあったから、戻るのが遅れた。オレはお前に何度も連絡しようとしたが、お前のスマホには繋がらなかった。だから心配して急いで戻ってきたってわけだ。監禁なんてするわけがない」
「オレのスマホを持っていったのはアンタだろ!」
「引っ越し作業中に押しかけられたからな。荷物に紛れたんじゃないか?」
原田は悪びれた様子もなく肩をすくめる。清高は顔を蒼白にして唇を噛んだ。宮脇は清高を庇うように前に出た。
「お前、ホンマにクソやな!」
「てめえにゃ関係ないだろうが、ガキ。さっさと消えろや」
「ワシがガキならキヨもガキやろがい! ガキに手ぇ出した変態が何エラそうにしとんねん! そっちが失せろ!」
宮脇は吠えながら道端に転がしたシャッターガードを拾い上げ、原田に向かって放り投げる。原田はそれを難なく避け、ガードはバンの側面に当たって派手な音を立てながら転がった。
「クソガキが!」
原田は鋭く舌打ちして、ジャケットの内側に右手を入れる。
「ミヤ!」
かすれ声で叫んだ清高の目の前で、原田が消音器付きの拳銃を取り出し、宮脇に照準を合わせる。宮脇は背中に清高を庇ったまま原田を睨み付けた。
「怪我したくないなら、じっとしてろ。モトイ、こっちへ来い」
清高は、原田と銃口を交互に見て一度深く呼吸し、覚悟を決めた。宮脇をこれ以上巻き込むわけにはいかない。
「りゅーやさん、そっち行くからソレ下ろしてくんね? 危ねえよ」
毛布を頭から被ったまま両手を上げて原田の方へ一歩踏み出すと、
「おい! どうするつもりや!」
と宮脇に肩を掴まれかけたが、清高は身体を捩ってそれを拒んだ。
「どうもこうもねえだろ。ここで殺されるよりマシだ」
「良い子だ」
原田は近づいてくる清高に腕を伸ばして抱き寄せ、こめかみに銃口を押し当てた。宮脇は目尻が避けそうなほど目を見開いて二人を睨む。身動きはできない。
「おいお前、通報したらモトイがどうなるか分かるな?」
口元を歪めて笑う原田に問いかけられ、宮脇は音が出るほど歯を食いしばった。
「一時間以内に警察が来たら、お前の通報だと見なす。モトイの命が惜しけりゃ、大人しく家に帰って震えてろ」
原田は念を押すようにそう言い、バンの後部座席へ清高を押し込んで、自身も運転席へ滑り込んだ。車は袋小路の出口に向かってゆっくりとバックで動き出す。
「クソっ!」
宮脇は運転席の原田めがけて思い切り石を投げたが、フロンドガラスにはヒビ一つ入らなかった。
狭い路地を抜けた車は、空いた国道を飛ばしていく。併走する車に助けを求めたくても、後部座席の窓にはスモークが貼られている。清高は熱でぐったりしていたが、かろうじて目だけ開けて前を見ていた。原田は首都圏へ向かう高速道路に乗るつもりのようだ。
県境を越えられてしまうと、助かる見込みは更に減る。車に乗せられてからどのくらい経ったのだろう。宮脇はもう通報しただろうか。
「どこ行くの……?」
かすれきった声で運転席の原田に声を掛けると、
「聞いてどうする?」
と不機嫌そうな声が返ってきた。
「……一回、家に連絡さしてくんない? 流石に家族が心配して警察に連絡するかも知んねえし……」
「SAついたら携帯貸すから電話しろ。おかしな事しゃべったら、姉貴と赤ん坊がどうなるかは分かるな?」
清高はぐったりとヘッドレストに頭をもたせかけ、諦めたように目を閉じた。自宅の場所や姉のことを原田に話した覚えはないが、向こうはこっちの事などとうに調べてあったのだ。
後悔に胸を焦がされながら静かに目を閉じていると、原田が鋭く舌打ちするのが聞こえ、車がわずかに減速した。
目を開けると、すぐ前に乗用車が一台割り込んできている。原田はウィンカーを出して車線変更しようとしたが、隣からも幅寄せされて更に減速を余儀なくされた。
バックミラーの中で原田は忌々しそうに舌打ちを繰り返し、何度もクラクションを鳴らす。しかし、前と横の車はとうとう停車した。
「Diablos!」
車を停められた原田がハンドルを拳で打つ。前からはスーツ姿の男二人が下りてきて、その内の年かさの方が運転席側の窓を叩いた。
「警察です。ちょっとお伺いしたいことがあるので、開けてもらえますか?」
窓越しに警察手帳を突きつけられ、原田はふうと短く息を吐き、後ろの清高を振り返った。
「オレはお前を病院に運ぶところだ、分かったな?」
口裏を合わせろと言うことだ。清高はもうろうとしながら頷いた。原田は軽く頷き、窓を下ろす。
「何ですか? 病人を運んでるところなんですけど」
迷惑げに言った原田に向かって、刑事が突然
「原田竜弥だな? 指原信夫殺害及び死体遺棄容疑で逮捕状が出てる。ドアを開けて外へ出ろ」
と書類一枚を突きつけた。原田は一瞬目を見開き、
「ああ……そっちか……」
と呟いて大人しくドアを開けた。途端に外へ引きずり出され、複数人の警察官に取り押さえられて手錠をかけられる。誰かが時刻を告げる声がした。
あまりにも呆気ない幕切れに、清高は呆然とすることしかできなかった。
殺害? 死体遺棄? 何の話か分からない。
「君、大丈夫?」
後部座席のドアが開き、女性警官に声を掛けられて、清高はようやく見開いたままだった目を瞬きした。
誰かにジャケットを着せかけられ、肩を支えられて外に連れ出された清高の目の前で、手錠をかけられた原田がパトカーに連行されていく。ドアがしまる瞬間、原田は清高に目をやって、わずかに笑んだ。わずかな憎しみと慈しみが混ざり合ったような笑み。清高が惹かれた原田の顔だった。
「竜弥さん……」
閉じたドア越しの清高の声は原田には聞こえなかっただろう。原田は二度と清高には顔を向けなかった。
それからは怒濤のようだった。
清高はもうろうとしたまま警察へ運ばれ、薬物検査を受けさせられた。結果は白。続いて被害届を出した所までは覚えているが、そこでプツリと意識が途絶えた。
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