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【二年前】萌芽

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 スマートフォンが鳴る。知ってる曲だ。海の向こうのどっかに住んでるprincesa王女様からかかってくる時だけ鳴る甘い旋律。名前は知らない。曲も王女様も。

「っ……でなくていーの?」

 うつ伏せに組み敷かれて揺すぶられながら聞いてやる。背中からのし掛かってる相手は、清高きよたかがそう尋ねるのを待っていたように、

「出ても良いの?」

 と項に唇を落としてきた。
 清高は顔を埋めた枕に向かって暗い笑いを漏らす。

 ズルい男だ。
 清高が拒める立場にない事を分かっているのに、毎度それを思い知らせるかのように選択をこちらに委ねてくる。

「出るなって言っても出るでしょ、アンタは……」

 振り向かないまま呟くと相手はクスッと笑い、サイドテーブルに手を伸ばした。中に埋められたものはそのままで、擦れる感覚で背筋が粟立つ。

「¿Bueno? Oye, eres tu」

 流れるようなスペイン語。低い声は、日本語で話す時より艶と深みを増している気がする。
 清高が外国語を聞き取れないと分かっているくせに、スピーカー通話にはしない。そんなに王女様の声をオレに聞かせたくないのかよ、と清高は可笑しくなって喉で笑う。
 すると、咎めるように中を深く抉られた。肌の当たる音がしないように慎重に、でも執拗に奥を捏ねられ、清高は漏れかける声を殺して枕に深く顔を埋める。通話を聞きたくなくて両手で耳を押さえると、ザアザアと激しく流れる血の音がした。

 十歳以上も年上のこの男と、清高が初めて関係を持ったのは三年前だ。
 中学を卒業したばかりで、幼い好奇心と青い性欲を持て余していた清高を、この男は沼へと引きずり込んだ。
 何もかもこの男の手で一から教え込まれた。深いキスの味も、汗でぬめる肌を擦り合わせる心地よさも、身体の中まで拓かれる悦びも。

───ろくでもねー大人……

 分かっているのに離れられない。
 気持ちはとっくにここにないのに、身体は勝手に快楽を拾う。息を殺せば殺すほど、身体の内側に熱が籠もった。

「……Te echo de menos.」

 チュッと通話口にキスする音を最後に、男がスマホを投げ出す。

「よく我慢できたね」

 笑い含みの声がして、労うように背中に口づけられる。清高は今まで押さえていたものを解放するようにわざとらしく声を上げ、自分から腰を相手に押しつけた。
 せめて突っ込まれたチンコを楽しむくらいさせてもらわないと、この関係を続ける意味もなくなる。

「りゅーやサン……もうイキたい……」

 顔を上げないまま頼むと、「良いよ」と笑い含みに返されて、腰を打ち付けられる速度が上がった。早く終わらせてしまいたくて自分で前を触っていると、相手の指が絡んできてペースを乱される。

「あっ、アッ! イッ……イイ……」
「モトくんは素直でイイ子」
「アーッ……ぅああっ!」

 上手いこと導かれて、同時に達した。
 ズルリと中から温かいものが抜けていき、背中から体温が離れる。

 ダラリと寝そべったまま動けない清高の裏腿を一撫でして、相手はさっさとシャワールームへ消えた。
 清高はノロノロと起き上がり、汚れた腹と尻をタオルで適当に拭いて服を着る。

「竜弥さん、オレもう帰ります」

 シャワールームに声を掛けると、おうともああともとれないような曖昧な声が返された。

 狭くて急な階段を降り、ショーケースの間をすり抜けて外へ出る。

 逢い引き場所は決まって竜弥の店の二階。
 商品在庫や作業机の他は、仮眠用のベッドと簡易シャワーしかない部屋だ。

 竜弥に本命の"princesa王女様"が居ることも、あの部屋に連れ込まれているのが自分だけじゃないことも、清高は良く分かっている。

 シャッターを下ろして歩き出すと、汗の乾ききらない髪が冷えて寒かった。

 竜弥とのセックスは味がしないガムのようだ。
 興奮するのは身体だけ。こんなの、まだ誰かと一対一で殴り合う方がマシだ。そう思うのに、呼び出されれば素直にここに来てしまう自分が嫌だった。

 さっさと見切りをつけて竜弥以外の相手を探せばいいのに、この中途半端な田舎町では、未だ異端扱いの自分のセクシャリティをさらけ出せる場所もない。金で解決しようにも、学生の身では自由にできる額は微々たるもので、結局、腹を立てなからも竜弥と関係を続けるのが一番楽なのだ。

 清高はパーカーのフードを目深に被り、視線を地面に向けたまま、暗い通りを足早に駅へと向かった。

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