4 / 6
-4- ※
しおりを挟む
翌朝、嘉文は鮮烈な光に顔を照らされて眠りから覚めた。雨戸の隙間から朝日が入り込み、古びた畳に真っ直ぐな光の筋を描いている。目の前に広がる見慣れぬ光景に驚いて飛び起きたが、すぐに母屋の主座敷で眠ってしまっていたのだと思い出し、冷静さを取り戻した。
昨夜は夕食も取らずに眠ってしまったため酷く腹が減っている。はめたままの腕時計を見ると朝の七時だった。
結局一晩開けっぱなしにしてしまっていた縁側から外に出ると、門の外に軽トラックが止まるのが見えた。中井の会社のトラックだ。早くに来ても良いとは言ったが、いささか早すぎる気がする。いぶかりながらも門を開けに向かうと、運転席から高山が降りてくるところだった。
「おはようございます!」
高山は昨日と同じような出で立ちで、朝から元気そうだ。
「おはようございます。今日は早いですね。中井さんは?」
姿の見えない中井を気にして嘉文が問うと、高山は申し訳なさげに眉を下げ、
「すみません。中井さん昨日の夜に飲み過ぎたみたいで、家の前で転んで手首を捻挫したらしいんです。それで、今日から俺一人で作業することになるんで、ちょっと作業時間を延ばして欲しくて……」
と、頭も下げた。
「それはお気の毒に。作業時間の延長は勿論構いませんが、工期は予定通りで大丈夫ですか?」
「はい。必ず金曜までには終わらせますんで、ご安心ください」
高山は胸を張ってそう言って、車を庭へ入れた。
まだ七時台だというのにすでに気温は上がり始め、油蝉の声がうるさい。青空には雲がまばらで雨は降りそうにないが、空気は湿って重い。日中の風は期待できそうもなかった。
工具や材料を両手に持って車と屋内を行き来する高山のシャツには、あっという間に盛大な汗染みができている。
嘉文は、無駄なく動く高山の肉体の見事さにちょっと目を奪われ、我に返って頭を振った。見とれている場合ではない。自分もやるべき事に取りかからなくてはならない。
庭の向こうにある自宅に戻り、シャワーを浴びて頭と身体をスッキリさせてからパソコンを確認すると、ちょっと目を通すのに時間のかかりそうな資料がいくつか届いていた。後援会の面倒な連中には昨日一通り挨拶を済ませてあるので、今日は一日デスクワークに充てる事に決めた。
各所に電話をかけ、メールを書き、送られてきた書類に目を通す。自分が知らない間にいくつもの予定が決まり、様々なプロジェクトが動いている。
嘉文はたった数日間とはいえ、東京の日常から切り離されていしまっている自分の立場に微かな不安を抱いた。盛雄にとっては、自分は既に替えの効かない人間ではなくなっている。その現実を見せつけられるのが辛い。
感情に蓋をしたままパソコン相手の仕事を淡々とこなし、ふと時計を見ると昼時になっていた。
嘉文は立ち上がって伸びをし、キッチンの食料庫からカップラーメンを取ってテレビを点ける。丁度お昼のニュースで、キャスターが真っ赤に染まった日本列島の地図を示し、「今日は驚異的な暑さが予想されます、くれぐれも熱中症にご注意を」と深刻な顔で呼びかけているところだった。レースのカーテン越しに外を見ると、朝よりも数段強くなった日射しが砂利敷きの庭を焦がしている。
朝から大汗をかいていた高山の事を思い出して心配になった嘉文は、冷蔵庫から冷えた水のボトルを取り出して母屋へと向かった。
冷房の効いた家から一歩外へ出ると熱気と明るさで一瞬立ちくらみがし、庭先をほんの少し歩いただけで額から汗が滲んだ。
母屋では、ちょうど昼の休憩に入った高山が縁側に座ろうとしているところだった。頭に巻いたタオルを外して首筋の汗を拭っている。
「お疲れ様です」
嘉文が水を差し出すと、高山は驚いた顔でそれを受け取った。
「あ! ありがとうございます。今日はお出かけされてなかったんですね」
「ええ。事務仕事が滞っていたので。高山さんは、お昼はお弁当ですか」
「そうです。自分で作ってるんで、握り飯だけなんですけど」
高山は照れくさそうに手に持ったクーラーボックスを開け、ラップに包まれた大きなおにぎりを見せる。玄米混じりなのか、茶色い米粒の間からソーセージや炒り卵の具がはみ出しているのが美味そうだ。
「よかったら、ウチで休憩して下さい。クーラー効いてますから。こんな暑いところでは休憩にならないでしょう」
嘉文が誘うと、高山はペットボトルに口をつけたまま丸い目を更に丸くした。
「めちゃくちゃ有り難いですけど、良いんですか?」
その目の奥にチラリと昨日と同じ種類の火花が散ったが、それは嘉文が訝る前に消えてしまう。
「もちろん。何もお構いできませんが」
そう嘉文が頷いて自宅へ足を向けると、高山は素直に弁当箱代わりのクーラーボックスを持って後を着いてきた。
「お邪魔します……ああ~、涼しい~!」
大きな身体を縮こまらせて嘉文の自宅へ足を踏み入れた高山は、リビングで空調の風に当たった途端、緊張を解き放ったような笑顔を見せた。子どものような開けっぴろげな態度に、嘉文もつられて笑ってしまう。
「ソファへどうぞ。麦茶で良いですか?」
「すみません、お構いなく。ズボンが汚れてるんで、こちらで休ませて貰います」
高山は部屋の中央に敷かれたラグを避け、端に座って握り飯を取り出した。嘉文はグラスに氷と麦茶を入れて盆ごと高山の傍へ置いてやり、自分はカップラーメンを持ってソファに座る。
座って麺を一啜りしてから、雄一や若い時の盛雄ならば、こう言うときはきっと高山と一緒に床に座っただろうと気がついて舌打ちしたくなる。こういう時に人との距離を縮めることができないから、自分は孤立するのだ。
苦々しい思いで黙々と麺を啜っていると、
「お昼、ラーメンだけですか」
と高山が声を掛けてきた。
「はい。自炊はあまり得意ではないので」
「俺もそうです。東京にいる時は外食しかしませんでした。でも、ここで仕事をしてると昼にコンビニに行くにも遠いんですよね。弁当だけは作るようになったけど、なかなかキチンとしたものは作れませんね」
高山は苦笑しながら握り飯にかじりつく。
「奥様はお料理をなさらないんですか?」
嘉文が不思議に思って首を傾げると、高山はちょっと目を丸くし、口の中の物を飲み込んでから
「僕、独身なんです」
と微妙な顔で答えた。
「あっ……私的なことに立ち入って、すみません。失礼しました。空き家プロジェクトはファミリー層向けだったように思っていたので勘違いしました」
嘉文が慌てて謝ると、高山は首を横に振り
「ですよね。役所でも主にファミリー向けだと説明されましたけど、単身でも問題ないらしいです。山奥に一人で住むなら、色々世間のしがらみから離れられるかと思ったんですけど、中々そうもいきませんね」
と苦笑する。
「それは……田舎の方が人間関係が濃いですから」
「本当その通りです。行く先々でお見合いを勧められて参るんですよ」
「ああ、それは大変だ」
嘉文が笑うと、高山はちょっと言いにくそうに口ごもってから、
「噂話も色々聞かされるじゃないですか……それで、あのぅ、昨日の晩、田辺さんのことも中井さんから色々聞いてしまったんです……すみません、本人がいらっしゃらないところで話題にするのは良くないと思うんですが……」
と切り出した。
「ああ……母が自殺したとか、妻が出て行ったとか、そんなような事でしょう? 気にしないで下さい。私の事情は皆知っていることなので。それより中井さんは本当に大丈夫なんですか? ただの捻挫ですか?」
嘉文が強引に話題を変えると、高山はホッとしたような顔をした。
「はい。怪我したのは夜だったんですけど、知り合いの整形外科の先生にすぐに見て貰えたそうです。レントゲンも撮って、骨に異常はなかったみたいですよ」
「それは良かった。中井さんもお怪我の治りにくいお年ですから。しかし高山さんのようなしっかりした若い職人さんが来てくれたので安心ですね。ここに定住なさるんですか?」
「いやあ……ここはすごく良いところで、中井さんにも良くして頂いてるんですけど、まだ考え中なんです。一人身の間に色んな場所に行ってみたいと思ってるんで……」
「ああ、それは良い。私なんかは結局ここを離れられませんから、羨ましいです」
嘉文が微笑むと、高山は驚いたように目を瞬かせた。
「羨ましいと言われるとは思いませんでした。大概地元の方の前でこういうことを言うと、責任感がないと怒られるので」
「はは、地元のことを思えば怒るべきなのかも知れないですね」
「田辺さんは地元の代議士さんの秘書なんですよね?」
「そうですよ。和田先生の秘書です。しかし私は先生のためだけに働いているので、あまり地元貢献には興味が無いんです」
「はあ、地元から離れられないのに、貢献には興味が無いんですか? そういうものなんですかねえ……?」
話しながらも握り飯を食べ終えた高山は困惑したように呟き、嘉文が入れてやった麦茶を飲み干した。グラスを持ってキッチンに運ぼうとするので、嘉文は慌てて立ち上がってそれを止める。
「いいですよ、後でまとめて洗うので」
腕を掴んでグラスを取り上げると、高山は大げさに驚いて半歩後ろに下がった。筋の浮いた腕は真っ黒に日焼けしているのに、常に軍手をしてるせいか手首から先だけが白く、掌の大きさが目立つ。
「……っ、すみません」
擦れた声に耳を擽られ、嘉文が顔を上げると、ほんの少し上にある高山の目と視線が合った。そこに、暗く燃える火があった。じっと見ているとこちらにまで燃え移ってきそうな炎。
あと少し、どちらかが数ミリでも近づけば、二人の間にある導火線に火が付きそうな緊張感が部屋を満たす。
高山の首元で喉仏が大きく上下し、静かな室内に息を呑む音が響いた。
しかし嘉文はそれら全てに気がつかなかったことにして、
「良かったら水か麦茶のペットボトル持って行きますか? 午後からの飲み物足りてます?」
と平坦な声で言った。高山は弾かれたように嘉文から遠ざかり、
「いえ! 車に一杯積んでるんで大丈夫です! お邪魔しました。涼しいところで休憩できて生き返りました」
と早口でまくし立て、丁寧に頭を下げてから屋外へと飛び出していった。嘉文はその背を見送り、安堵の息を長く吐き出した。
高山が去った後のリビングは、急に物寂しくなった。
嘉文は再びパソコンに向かったが、一向に仕事に集中できない。東京から送られてくるメールがすべて他人事のようで、画面の上を目が滑る。
自分で言った『地元貢献には興味が無い』という言葉が、じんわりと心を抉っていた。
そう、実のところ、嘉文は地域にも国政にも興味が無い。
自分はただ盛雄に特別な存在だと認めて欲しくて、盛雄の望むものになろうと努力してきただけなのだ。
地元の支援者のために、国民のためにと口先では言いつつも、仕事の大半は利権や金をどう振り分けるかばかりで、ここ最近は我に返る度に虚しさが募った。
嘉文は読みかけのPDFファイルを閉じて目頭を押さえ、窓の外を見た。照りつける午後の日の下で、母屋の屋根に上っている高山の姿が小さく見える。
妙に気に掛かる男だ。
年は嘉文と同じくらいだろう。東京なら三十過ぎの男が独身でも普通だが、ここでは目立つ。わざわざ都会での仕事を捨ててこんな田舎に来るなんて、物好きにも程がある。
───それに、あの目……
あの目に灯った火の意味を嘉文は知っている。あれは情欲の火だ。
───高山はゲイなのだろうか。
もしそうだとしたら都会にいた方がよほど生きやすいだろうに、と嘉文はソファの背もたれに頭をもたれかけさせ、目を閉じる。
───都会にいれば、自分のような中途半端な男に欲を向けなくても、いくらでも相手は見つかるだろうに
そう思いつつ、高山の整った童顔と逞しい体つきを思い出すと肌が火照り、嘉文は深く溜息をついた。雄一との関係では満たしきれない飢えを高山で満たしたいと思っている自分が、どこまでも浅ましく醜く思え、自己嫌悪で息が詰まりそうだった。
集中できないままメールや資料をこねくりまわしていると、それでも時間は経っていたようで、気がついた時には部屋は薄暗くなり始めていた。
窓の外を見ると、母屋の屋根にかかっていたブルーシートが取り外されている。作業は終わっているようだ。時計を見ると午後六時をとうに過ぎている。高山の姿はないが、軽トラは庭に停まったままだ。
帰る前に声を掛けるか電話で知らせることになっているのに、どうしたのだろうと嘉文は訝りながら外へ出た。
外はまだ日中の熱気が引き切らないが、山から吹いてくる風は多少涼やかになっている。母屋の方に人影は見当たらない。修繕を頼んだのは母屋と離れの二カ所だ。嘉文は裏庭を回って離れへ向かう。果たして高山はそこにいた。はしごを脇に抱え、難しい顔で屋根を見ている。
「高山さん?」
声を掛けると、驚いた様子で振り返る。
「もう大分遅い時間ですけど、まだ作業されますか?」
「あ! いえ、もう仕舞います。明日からこっちの屋根にかかるんで様子だけ見に上がったたんですけど、こっちはわりと酷いですね……」
「母屋よりは新しく建てられたはずですが」
「うーん、多分母屋ほどきちんと建ててないんでしょうね。見てみないと分かりませんが、天井まで傷んでいると僕一人では難しいかもしれません」
「上がって確認されますか?」
そう訊くと高山は頷く。嘉文は裏口から離れに入り、掃き出し窓を内側から開けた。高山は「失礼します」と断って窓から上がり込み、器用に天井板を外してはしごをかけ、屋根裏を確認しはじめる。嘉文はそれを見まもりながら、手持ち無沙汰でボンヤリと立ち尽した。
離れに入るのは何年ぶりだろうか。古い布団や雑多な物が入った段ボールが積まれた物置のような部屋は、母屋と違って掃除も行き届いておらず、埃と黴の匂いが充満していた。
元は村の寄り合い等に使われていた場所らしいが、嘉文が引き取られてからは母と嘉文が寝起きする場所になっていた。母との思い出が残っているはずだが、改めてここに入ると思い出すのは雄一と関係を持った時のことばかりだ。
息苦しさを感じた嘉文は、掃き出し窓とは反対側の小窓を開けようと足を踏み出し、ちょうどはしごから下りてきた高山とぶつかる。倒れそうになった腕を掴まれ、その手の熱さに嘉文はビクリと震えた。
高山の手は嘉文の腕を掴んだまま離れない。嘉文が訝しく思って顔を上げると、間近に丸い目があった。黒い瞳の奥にじわりと火が燃えている。その火が燃え移るのが怖くて目を閉じると、強い力で抱き寄せられた。
「……っ!」
有無を言わさない強引さで唇を塞がれる。息ごと攫うような口づけに、すぐに息が上がった。
「ん、ん!」
酸素を求めて開いた嘉文の口に、高山の舌が潜り込んでくる。唇も舌も、漏れる息も熱い。ぬる、と舌先同士が触れ合うと、旨いものを口にした時のように嘉文の舌の付け根からは唾液が湧いた。高山は嘉文の舌ごとそれを吸い上げ、飲み下す。
「……っ」
再び口内に入ってきた舌に上顎の裏を擽られ、嘉文は背を震わせた。膝から力が抜け、高山に縋り付いてしまう。正面から抱き合うと、高山の昂りが下腹に触れた。
「は、……」
一度口づけを解いて目を合わせる。眉を寄せた高山の顔から幼い印象は消え去り、目にははっきりとした欲情の色があった。
「田辺さん……」
擦れた声で強請るように呼ばれ、これを無かったことにするのは無理だと悟った。
観念した嘉文は、今度は自分から相手に唇を寄せた。
微かに髭の感触のする頬を掌で挟んで厚めの唇を食み、舌先で前歯をなぞる。高山は低く唸りながら嘉文のウェストからシャツの裾を引っ張り出し、隙間から掌を差し込んで裸の背に滑らせた。嘉文も同じようにして高山の背に触れる。汗で濡れた肌が手の平に吸い付く。じっとりとした感触が興奮を誘った。
高山は指先だけを彷徨わせるように嘉文に触れている。もっとしっかり撫でて欲しくて、合わせたままの唇に噛みつくと、高山はビクリと身体を揺らして口づけを解いた。
至近距離で見つめ合うと、欲情しきった顔がお互いの目に映っているのが嫌が応にも目に入る。
「……抱いても……?」
「……今更……」
短いやり取りをすると、高山は一旦身体を離した。苛立ったように腰につけた工具入れをガチャガチャと外し、バックルだけ外したベルトごと作業ズボンを蹴り脱ぐ。嘉文もスラックスから足を抜いて汗で湿った下着を下げ、高山に背を向けて四つん這いになろうとしたが、高山は嘉文の前に回って正面から押し倒してきた。
上から再び激しいキスをしかけられ、嘉文は目を白黒させる。同時に高山の手は嘉文のシャツをめくり上げ、胸の辺りまでを丸裸にした。
大きな掌が腰骨の出っ張りに添えられ、優しく脇を撫で上げられる。撫でられた場所から湧き出した快感は、高山の手を追い越して嘉文の脳へと届き、思考をとろけさせていく。
親指の先が乳首を掠めると、嘉文は
「ん!」
と甘い声を上げて身体を強ばらせた。高山は唇を首筋へと滑らせながら、指の腹で円を描くように小さな乳首を捏ね始める。
「あ、ぁ、ちょ……それ、しなくていい……」
「なんで……? 良くない?」
高山は荒い息の合間に低い声で言い、指で弄んでいるのとは逆の乳首に舌を這わせた。
「やっ……! あぅ……っ」
むず痒さに混じるピリピリとした感覚が、溶けかけた嘉文の頭の中を更に崩していく。高山は胸元くすぐる舌はそのまま、嘉文の脂肪の少ない腹に指先を添わせて撫で下ろし、下腹で立ち上がっている物を掌で包んだ。抑えきれず大げさに腰が跳ねる。
「感じやすいんですね」
低い声を耳に吹き込まれ、嘉文は羞恥で赤くなる顔を背けた。
「……っ、そういうのは良いから、はやく……」
嘉文は高山の下半身に手を伸ばし、股間で脈打つ物に触れる。慣れた雄一の物より太さも長さもありそうなそれに歓喜と不安が同時にわき上がった。
片手で竿の部分を撫でさすり、もう片手で張り詰めている袋をそろりと揉むと、高山は堪えるように目を閉じて眉間に皺を寄せる。そうすると幼い顔立ちが急に男っぽい艶を帯びて見え、嘉文は湧き上がる吐息を飲み込んで先を促すように高山に腰を押しつけた。
高山は再び嘉文に深く口づけ、腰の間で触れ合って濡れている物をまとめて掴んで乱暴に擦り合わせ始める。
「ん、んんっ……!」
真正面から抱き合ってお互い腰を振るせいで、時折腰骨同士が当たって痛い。その鈍い痛みも興奮に変わり、嘉文は夢中で高山に縋った。
舌も、息も絡ませ合い、あっという間に二人とも上り詰めてしまう。
「はぁ……うぅ……っ!」
「くうっ……」
どちらがどちら物かも分からない呻き声が低く漏れ、腹の間で揉まれていたものが同時に弾けた。
「はぁ……はぁ……」
新たに吹き出した汗が、覆い被さったままの高山の顎を伝わって嘉文の口元に落ちる。
日没直後の名残の光にうっすらと浮いていた天井の染みが、あっという間に暗闇にとけて見えなくなっていく。開けたままの掃き出し窓から湿った風が吹いた。
嘉文は高山の下に巻き込まれたまま、呆然と天井を見つめて混乱していた。
「あ、ごめん。重い?」
高山はパッと身を離し、そこらに投げ出してあったタオルで嘉文と自分の下腹の汚れをゴシゴシと拭った。下着とズボンを身につけて、照れたようなバツが悪いような顔で汚れたタオルを丸めてズボンのポケットに押し込んでいる。
「これだけで終わりですか……?」
嘉文が呆然としたまま見上げると、高山は身もだえしながら、
「……っ! ……っ!! お、終わりたくはないですけどっ! でもこのままここでするわけにはっ……!」
と頭を抱えた。
「ああ……ゴムなら向こうにありますよ。気持ち悪いならシャワーも使って貰って構いません」
嘉文がシャツを下ろし、スラックスを履きながら言うと、高山は目も口もまん丸にしてしばらく固まってから、
「あなた、いつもそんな感じなんですか?」
と眉を下げてションボリと呟く。
「あんな仕掛け方をしたくせに、こっちにウブな反応を期待されても困る。どうします?」
嘉文が憮然と手を差し出すと、高山は
「……行きます」
と真っ赤な顔で頷いて手を握り返してきた。
昨夜は夕食も取らずに眠ってしまったため酷く腹が減っている。はめたままの腕時計を見ると朝の七時だった。
結局一晩開けっぱなしにしてしまっていた縁側から外に出ると、門の外に軽トラックが止まるのが見えた。中井の会社のトラックだ。早くに来ても良いとは言ったが、いささか早すぎる気がする。いぶかりながらも門を開けに向かうと、運転席から高山が降りてくるところだった。
「おはようございます!」
高山は昨日と同じような出で立ちで、朝から元気そうだ。
「おはようございます。今日は早いですね。中井さんは?」
姿の見えない中井を気にして嘉文が問うと、高山は申し訳なさげに眉を下げ、
「すみません。中井さん昨日の夜に飲み過ぎたみたいで、家の前で転んで手首を捻挫したらしいんです。それで、今日から俺一人で作業することになるんで、ちょっと作業時間を延ばして欲しくて……」
と、頭も下げた。
「それはお気の毒に。作業時間の延長は勿論構いませんが、工期は予定通りで大丈夫ですか?」
「はい。必ず金曜までには終わらせますんで、ご安心ください」
高山は胸を張ってそう言って、車を庭へ入れた。
まだ七時台だというのにすでに気温は上がり始め、油蝉の声がうるさい。青空には雲がまばらで雨は降りそうにないが、空気は湿って重い。日中の風は期待できそうもなかった。
工具や材料を両手に持って車と屋内を行き来する高山のシャツには、あっという間に盛大な汗染みができている。
嘉文は、無駄なく動く高山の肉体の見事さにちょっと目を奪われ、我に返って頭を振った。見とれている場合ではない。自分もやるべき事に取りかからなくてはならない。
庭の向こうにある自宅に戻り、シャワーを浴びて頭と身体をスッキリさせてからパソコンを確認すると、ちょっと目を通すのに時間のかかりそうな資料がいくつか届いていた。後援会の面倒な連中には昨日一通り挨拶を済ませてあるので、今日は一日デスクワークに充てる事に決めた。
各所に電話をかけ、メールを書き、送られてきた書類に目を通す。自分が知らない間にいくつもの予定が決まり、様々なプロジェクトが動いている。
嘉文はたった数日間とはいえ、東京の日常から切り離されていしまっている自分の立場に微かな不安を抱いた。盛雄にとっては、自分は既に替えの効かない人間ではなくなっている。その現実を見せつけられるのが辛い。
感情に蓋をしたままパソコン相手の仕事を淡々とこなし、ふと時計を見ると昼時になっていた。
嘉文は立ち上がって伸びをし、キッチンの食料庫からカップラーメンを取ってテレビを点ける。丁度お昼のニュースで、キャスターが真っ赤に染まった日本列島の地図を示し、「今日は驚異的な暑さが予想されます、くれぐれも熱中症にご注意を」と深刻な顔で呼びかけているところだった。レースのカーテン越しに外を見ると、朝よりも数段強くなった日射しが砂利敷きの庭を焦がしている。
朝から大汗をかいていた高山の事を思い出して心配になった嘉文は、冷蔵庫から冷えた水のボトルを取り出して母屋へと向かった。
冷房の効いた家から一歩外へ出ると熱気と明るさで一瞬立ちくらみがし、庭先をほんの少し歩いただけで額から汗が滲んだ。
母屋では、ちょうど昼の休憩に入った高山が縁側に座ろうとしているところだった。頭に巻いたタオルを外して首筋の汗を拭っている。
「お疲れ様です」
嘉文が水を差し出すと、高山は驚いた顔でそれを受け取った。
「あ! ありがとうございます。今日はお出かけされてなかったんですね」
「ええ。事務仕事が滞っていたので。高山さんは、お昼はお弁当ですか」
「そうです。自分で作ってるんで、握り飯だけなんですけど」
高山は照れくさそうに手に持ったクーラーボックスを開け、ラップに包まれた大きなおにぎりを見せる。玄米混じりなのか、茶色い米粒の間からソーセージや炒り卵の具がはみ出しているのが美味そうだ。
「よかったら、ウチで休憩して下さい。クーラー効いてますから。こんな暑いところでは休憩にならないでしょう」
嘉文が誘うと、高山はペットボトルに口をつけたまま丸い目を更に丸くした。
「めちゃくちゃ有り難いですけど、良いんですか?」
その目の奥にチラリと昨日と同じ種類の火花が散ったが、それは嘉文が訝る前に消えてしまう。
「もちろん。何もお構いできませんが」
そう嘉文が頷いて自宅へ足を向けると、高山は素直に弁当箱代わりのクーラーボックスを持って後を着いてきた。
「お邪魔します……ああ~、涼しい~!」
大きな身体を縮こまらせて嘉文の自宅へ足を踏み入れた高山は、リビングで空調の風に当たった途端、緊張を解き放ったような笑顔を見せた。子どものような開けっぴろげな態度に、嘉文もつられて笑ってしまう。
「ソファへどうぞ。麦茶で良いですか?」
「すみません、お構いなく。ズボンが汚れてるんで、こちらで休ませて貰います」
高山は部屋の中央に敷かれたラグを避け、端に座って握り飯を取り出した。嘉文はグラスに氷と麦茶を入れて盆ごと高山の傍へ置いてやり、自分はカップラーメンを持ってソファに座る。
座って麺を一啜りしてから、雄一や若い時の盛雄ならば、こう言うときはきっと高山と一緒に床に座っただろうと気がついて舌打ちしたくなる。こういう時に人との距離を縮めることができないから、自分は孤立するのだ。
苦々しい思いで黙々と麺を啜っていると、
「お昼、ラーメンだけですか」
と高山が声を掛けてきた。
「はい。自炊はあまり得意ではないので」
「俺もそうです。東京にいる時は外食しかしませんでした。でも、ここで仕事をしてると昼にコンビニに行くにも遠いんですよね。弁当だけは作るようになったけど、なかなかキチンとしたものは作れませんね」
高山は苦笑しながら握り飯にかじりつく。
「奥様はお料理をなさらないんですか?」
嘉文が不思議に思って首を傾げると、高山はちょっと目を丸くし、口の中の物を飲み込んでから
「僕、独身なんです」
と微妙な顔で答えた。
「あっ……私的なことに立ち入って、すみません。失礼しました。空き家プロジェクトはファミリー層向けだったように思っていたので勘違いしました」
嘉文が慌てて謝ると、高山は首を横に振り
「ですよね。役所でも主にファミリー向けだと説明されましたけど、単身でも問題ないらしいです。山奥に一人で住むなら、色々世間のしがらみから離れられるかと思ったんですけど、中々そうもいきませんね」
と苦笑する。
「それは……田舎の方が人間関係が濃いですから」
「本当その通りです。行く先々でお見合いを勧められて参るんですよ」
「ああ、それは大変だ」
嘉文が笑うと、高山はちょっと言いにくそうに口ごもってから、
「噂話も色々聞かされるじゃないですか……それで、あのぅ、昨日の晩、田辺さんのことも中井さんから色々聞いてしまったんです……すみません、本人がいらっしゃらないところで話題にするのは良くないと思うんですが……」
と切り出した。
「ああ……母が自殺したとか、妻が出て行ったとか、そんなような事でしょう? 気にしないで下さい。私の事情は皆知っていることなので。それより中井さんは本当に大丈夫なんですか? ただの捻挫ですか?」
嘉文が強引に話題を変えると、高山はホッとしたような顔をした。
「はい。怪我したのは夜だったんですけど、知り合いの整形外科の先生にすぐに見て貰えたそうです。レントゲンも撮って、骨に異常はなかったみたいですよ」
「それは良かった。中井さんもお怪我の治りにくいお年ですから。しかし高山さんのようなしっかりした若い職人さんが来てくれたので安心ですね。ここに定住なさるんですか?」
「いやあ……ここはすごく良いところで、中井さんにも良くして頂いてるんですけど、まだ考え中なんです。一人身の間に色んな場所に行ってみたいと思ってるんで……」
「ああ、それは良い。私なんかは結局ここを離れられませんから、羨ましいです」
嘉文が微笑むと、高山は驚いたように目を瞬かせた。
「羨ましいと言われるとは思いませんでした。大概地元の方の前でこういうことを言うと、責任感がないと怒られるので」
「はは、地元のことを思えば怒るべきなのかも知れないですね」
「田辺さんは地元の代議士さんの秘書なんですよね?」
「そうですよ。和田先生の秘書です。しかし私は先生のためだけに働いているので、あまり地元貢献には興味が無いんです」
「はあ、地元から離れられないのに、貢献には興味が無いんですか? そういうものなんですかねえ……?」
話しながらも握り飯を食べ終えた高山は困惑したように呟き、嘉文が入れてやった麦茶を飲み干した。グラスを持ってキッチンに運ぼうとするので、嘉文は慌てて立ち上がってそれを止める。
「いいですよ、後でまとめて洗うので」
腕を掴んでグラスを取り上げると、高山は大げさに驚いて半歩後ろに下がった。筋の浮いた腕は真っ黒に日焼けしているのに、常に軍手をしてるせいか手首から先だけが白く、掌の大きさが目立つ。
「……っ、すみません」
擦れた声に耳を擽られ、嘉文が顔を上げると、ほんの少し上にある高山の目と視線が合った。そこに、暗く燃える火があった。じっと見ているとこちらにまで燃え移ってきそうな炎。
あと少し、どちらかが数ミリでも近づけば、二人の間にある導火線に火が付きそうな緊張感が部屋を満たす。
高山の首元で喉仏が大きく上下し、静かな室内に息を呑む音が響いた。
しかし嘉文はそれら全てに気がつかなかったことにして、
「良かったら水か麦茶のペットボトル持って行きますか? 午後からの飲み物足りてます?」
と平坦な声で言った。高山は弾かれたように嘉文から遠ざかり、
「いえ! 車に一杯積んでるんで大丈夫です! お邪魔しました。涼しいところで休憩できて生き返りました」
と早口でまくし立て、丁寧に頭を下げてから屋外へと飛び出していった。嘉文はその背を見送り、安堵の息を長く吐き出した。
高山が去った後のリビングは、急に物寂しくなった。
嘉文は再びパソコンに向かったが、一向に仕事に集中できない。東京から送られてくるメールがすべて他人事のようで、画面の上を目が滑る。
自分で言った『地元貢献には興味が無い』という言葉が、じんわりと心を抉っていた。
そう、実のところ、嘉文は地域にも国政にも興味が無い。
自分はただ盛雄に特別な存在だと認めて欲しくて、盛雄の望むものになろうと努力してきただけなのだ。
地元の支援者のために、国民のためにと口先では言いつつも、仕事の大半は利権や金をどう振り分けるかばかりで、ここ最近は我に返る度に虚しさが募った。
嘉文は読みかけのPDFファイルを閉じて目頭を押さえ、窓の外を見た。照りつける午後の日の下で、母屋の屋根に上っている高山の姿が小さく見える。
妙に気に掛かる男だ。
年は嘉文と同じくらいだろう。東京なら三十過ぎの男が独身でも普通だが、ここでは目立つ。わざわざ都会での仕事を捨ててこんな田舎に来るなんて、物好きにも程がある。
───それに、あの目……
あの目に灯った火の意味を嘉文は知っている。あれは情欲の火だ。
───高山はゲイなのだろうか。
もしそうだとしたら都会にいた方がよほど生きやすいだろうに、と嘉文はソファの背もたれに頭をもたれかけさせ、目を閉じる。
───都会にいれば、自分のような中途半端な男に欲を向けなくても、いくらでも相手は見つかるだろうに
そう思いつつ、高山の整った童顔と逞しい体つきを思い出すと肌が火照り、嘉文は深く溜息をついた。雄一との関係では満たしきれない飢えを高山で満たしたいと思っている自分が、どこまでも浅ましく醜く思え、自己嫌悪で息が詰まりそうだった。
集中できないままメールや資料をこねくりまわしていると、それでも時間は経っていたようで、気がついた時には部屋は薄暗くなり始めていた。
窓の外を見ると、母屋の屋根にかかっていたブルーシートが取り外されている。作業は終わっているようだ。時計を見ると午後六時をとうに過ぎている。高山の姿はないが、軽トラは庭に停まったままだ。
帰る前に声を掛けるか電話で知らせることになっているのに、どうしたのだろうと嘉文は訝りながら外へ出た。
外はまだ日中の熱気が引き切らないが、山から吹いてくる風は多少涼やかになっている。母屋の方に人影は見当たらない。修繕を頼んだのは母屋と離れの二カ所だ。嘉文は裏庭を回って離れへ向かう。果たして高山はそこにいた。はしごを脇に抱え、難しい顔で屋根を見ている。
「高山さん?」
声を掛けると、驚いた様子で振り返る。
「もう大分遅い時間ですけど、まだ作業されますか?」
「あ! いえ、もう仕舞います。明日からこっちの屋根にかかるんで様子だけ見に上がったたんですけど、こっちはわりと酷いですね……」
「母屋よりは新しく建てられたはずですが」
「うーん、多分母屋ほどきちんと建ててないんでしょうね。見てみないと分かりませんが、天井まで傷んでいると僕一人では難しいかもしれません」
「上がって確認されますか?」
そう訊くと高山は頷く。嘉文は裏口から離れに入り、掃き出し窓を内側から開けた。高山は「失礼します」と断って窓から上がり込み、器用に天井板を外してはしごをかけ、屋根裏を確認しはじめる。嘉文はそれを見まもりながら、手持ち無沙汰でボンヤリと立ち尽した。
離れに入るのは何年ぶりだろうか。古い布団や雑多な物が入った段ボールが積まれた物置のような部屋は、母屋と違って掃除も行き届いておらず、埃と黴の匂いが充満していた。
元は村の寄り合い等に使われていた場所らしいが、嘉文が引き取られてからは母と嘉文が寝起きする場所になっていた。母との思い出が残っているはずだが、改めてここに入ると思い出すのは雄一と関係を持った時のことばかりだ。
息苦しさを感じた嘉文は、掃き出し窓とは反対側の小窓を開けようと足を踏み出し、ちょうどはしごから下りてきた高山とぶつかる。倒れそうになった腕を掴まれ、その手の熱さに嘉文はビクリと震えた。
高山の手は嘉文の腕を掴んだまま離れない。嘉文が訝しく思って顔を上げると、間近に丸い目があった。黒い瞳の奥にじわりと火が燃えている。その火が燃え移るのが怖くて目を閉じると、強い力で抱き寄せられた。
「……っ!」
有無を言わさない強引さで唇を塞がれる。息ごと攫うような口づけに、すぐに息が上がった。
「ん、ん!」
酸素を求めて開いた嘉文の口に、高山の舌が潜り込んでくる。唇も舌も、漏れる息も熱い。ぬる、と舌先同士が触れ合うと、旨いものを口にした時のように嘉文の舌の付け根からは唾液が湧いた。高山は嘉文の舌ごとそれを吸い上げ、飲み下す。
「……っ」
再び口内に入ってきた舌に上顎の裏を擽られ、嘉文は背を震わせた。膝から力が抜け、高山に縋り付いてしまう。正面から抱き合うと、高山の昂りが下腹に触れた。
「は、……」
一度口づけを解いて目を合わせる。眉を寄せた高山の顔から幼い印象は消え去り、目にははっきりとした欲情の色があった。
「田辺さん……」
擦れた声で強請るように呼ばれ、これを無かったことにするのは無理だと悟った。
観念した嘉文は、今度は自分から相手に唇を寄せた。
微かに髭の感触のする頬を掌で挟んで厚めの唇を食み、舌先で前歯をなぞる。高山は低く唸りながら嘉文のウェストからシャツの裾を引っ張り出し、隙間から掌を差し込んで裸の背に滑らせた。嘉文も同じようにして高山の背に触れる。汗で濡れた肌が手の平に吸い付く。じっとりとした感触が興奮を誘った。
高山は指先だけを彷徨わせるように嘉文に触れている。もっとしっかり撫でて欲しくて、合わせたままの唇に噛みつくと、高山はビクリと身体を揺らして口づけを解いた。
至近距離で見つめ合うと、欲情しきった顔がお互いの目に映っているのが嫌が応にも目に入る。
「……抱いても……?」
「……今更……」
短いやり取りをすると、高山は一旦身体を離した。苛立ったように腰につけた工具入れをガチャガチャと外し、バックルだけ外したベルトごと作業ズボンを蹴り脱ぐ。嘉文もスラックスから足を抜いて汗で湿った下着を下げ、高山に背を向けて四つん這いになろうとしたが、高山は嘉文の前に回って正面から押し倒してきた。
上から再び激しいキスをしかけられ、嘉文は目を白黒させる。同時に高山の手は嘉文のシャツをめくり上げ、胸の辺りまでを丸裸にした。
大きな掌が腰骨の出っ張りに添えられ、優しく脇を撫で上げられる。撫でられた場所から湧き出した快感は、高山の手を追い越して嘉文の脳へと届き、思考をとろけさせていく。
親指の先が乳首を掠めると、嘉文は
「ん!」
と甘い声を上げて身体を強ばらせた。高山は唇を首筋へと滑らせながら、指の腹で円を描くように小さな乳首を捏ね始める。
「あ、ぁ、ちょ……それ、しなくていい……」
「なんで……? 良くない?」
高山は荒い息の合間に低い声で言い、指で弄んでいるのとは逆の乳首に舌を這わせた。
「やっ……! あぅ……っ」
むず痒さに混じるピリピリとした感覚が、溶けかけた嘉文の頭の中を更に崩していく。高山は胸元くすぐる舌はそのまま、嘉文の脂肪の少ない腹に指先を添わせて撫で下ろし、下腹で立ち上がっている物を掌で包んだ。抑えきれず大げさに腰が跳ねる。
「感じやすいんですね」
低い声を耳に吹き込まれ、嘉文は羞恥で赤くなる顔を背けた。
「……っ、そういうのは良いから、はやく……」
嘉文は高山の下半身に手を伸ばし、股間で脈打つ物に触れる。慣れた雄一の物より太さも長さもありそうなそれに歓喜と不安が同時にわき上がった。
片手で竿の部分を撫でさすり、もう片手で張り詰めている袋をそろりと揉むと、高山は堪えるように目を閉じて眉間に皺を寄せる。そうすると幼い顔立ちが急に男っぽい艶を帯びて見え、嘉文は湧き上がる吐息を飲み込んで先を促すように高山に腰を押しつけた。
高山は再び嘉文に深く口づけ、腰の間で触れ合って濡れている物をまとめて掴んで乱暴に擦り合わせ始める。
「ん、んんっ……!」
真正面から抱き合ってお互い腰を振るせいで、時折腰骨同士が当たって痛い。その鈍い痛みも興奮に変わり、嘉文は夢中で高山に縋った。
舌も、息も絡ませ合い、あっという間に二人とも上り詰めてしまう。
「はぁ……うぅ……っ!」
「くうっ……」
どちらがどちら物かも分からない呻き声が低く漏れ、腹の間で揉まれていたものが同時に弾けた。
「はぁ……はぁ……」
新たに吹き出した汗が、覆い被さったままの高山の顎を伝わって嘉文の口元に落ちる。
日没直後の名残の光にうっすらと浮いていた天井の染みが、あっという間に暗闇にとけて見えなくなっていく。開けたままの掃き出し窓から湿った風が吹いた。
嘉文は高山の下に巻き込まれたまま、呆然と天井を見つめて混乱していた。
「あ、ごめん。重い?」
高山はパッと身を離し、そこらに投げ出してあったタオルで嘉文と自分の下腹の汚れをゴシゴシと拭った。下着とズボンを身につけて、照れたようなバツが悪いような顔で汚れたタオルを丸めてズボンのポケットに押し込んでいる。
「これだけで終わりですか……?」
嘉文が呆然としたまま見上げると、高山は身もだえしながら、
「……っ! ……っ!! お、終わりたくはないですけどっ! でもこのままここでするわけにはっ……!」
と頭を抱えた。
「ああ……ゴムなら向こうにありますよ。気持ち悪いならシャワーも使って貰って構いません」
嘉文がシャツを下ろし、スラックスを履きながら言うと、高山は目も口もまん丸にしてしばらく固まってから、
「あなた、いつもそんな感じなんですか?」
と眉を下げてションボリと呟く。
「あんな仕掛け方をしたくせに、こっちにウブな反応を期待されても困る。どうします?」
嘉文が憮然と手を差し出すと、高山は
「……行きます」
と真っ赤な顔で頷いて手を握り返してきた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
「恋の熱」-義理の弟×兄-
悠里
BL
親の再婚で兄弟になるかもしれない、初顔合わせの日。
兄:楓 弟:響也
お互い目が離せなくなる。
再婚して同居、微妙な距離感で過ごしている中。
両親不在のある夏の日。
響也が楓に、ある提案をする。
弟&年下攻めです(^^。
楓サイドは「#蝉の音書き出し企画」に参加させ頂きました。
セミの鳴き声って、ジリジリした焦燥感がある気がするので。
ジリジリした熱い感じで✨
楽しんでいただけますように。
(表紙のイラストは、ミカスケさまのフリー素材よりお借りしています)
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる