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白薔薇は咲き誇る1
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「クルフィン」
震える声で名を呼んだ。
「お久しゅうございます。小さな王子」
『小さな王子』わたしがそう呼ばれるのを嫌っていることを知っていて、クルフィンはふざけてよくそう呼んだ。
「何用だと聞いている!」
フェンリルが咆哮をあげた。目が怒りに険しくなり、その身を闘気が包んだ。その圧力に息を呑む。
そんなフェンリルを見ても、クルフィンは全く動揺しなかった。柔らかく微笑んだ美しく涼やかな貌がわたしを見下ろす。
「我が君をお迎えに参りました」
「それは、わたしの眷属だ」
うなり声をあげ、威嚇するフェンリルにクルフィンが剣を構える。
「私のメリドウェン様が獣の列に繋がれるなど、許されるわけがない」
「獣か!」
空気の漏れるような笑い声が辺りに響く。
「いかにも、我らは獣だが、頭でっかちの胸糞悪いうらなりに罵倒される筋合いはないぞ。それはもう我が道に繋がれた存在だ。ここに居らねば我が末裔が嘆き悲しむ。
オオカミの始祖たるわしが、たやすく眷属を奪わせるとでも思うのか?」
「メリドウェン様が本心を無くされている状態で結ばれた鎖に、何の意味があるものか。メリドウェン様はエルフの王子。眠られる場所は夜空の星、エルフの始祖の元と決まっている」
「若造が! ならば力で来るがいい!」
「元より、そのつもりですとも」
クルフィンが剣を振るとフェンリルに打ちかかった。
横に飛んだ身体が唸り声をあげながら、クルフィンに体当たりを仕掛ける。
どうして……こんなことに? 混乱した頭で状況を判断しようとする。
死に装束を纏ったクルフィン。
どうして……忘れていたんだろう。
彼を死に追いやったのは、このわたしだというのに。
小さな王子のわたしに守護騎士のクルフィン。
わたしはクルフィンが大好きだった。
双子のセル兄様とナル兄様の友人だった。優れた剣の腕を買われて、やはり剣士であるセル兄様の稽古の相手として王宮によく招かれていた。
王族と王宮に仕える者以外をあまり見かける機会がなかった幼かったわたしは、クルフィンが物珍しくてどこまでも後ろをついて回った。
控え目で公平な性格のクルフィンは媚びたりすることもなく、わたしを普通の子供として扱ってくれた。
そうだ。幼かったわたしは、自分にどんな力があるか意識していなかった。
溺愛されて育ったわたしは無邪気にクルフィンを指差し、溺愛する父と兄はそれを与えた。
クルフィンはそれを名誉なことだと穏やかに微笑んで受け入れた。
年若くして剣士として開花した優秀なクルフィンは、末の王子の護衛などで収まるような人物ではなかった。国軍でも王直属の騎士団でも、望む所に行くことが出来たのに、彼はわたしのお守りなどというくだらない職務に縛られることになったのだ。
何故拒まなかったのか、何故恨まなかったのか。
わたしには分からない。
しかし、クルフィンはわたしの側にいることを選び、穏やかに見守り続けた。
少し大きくなると父と兄の溺愛はますます激しくなり、元々あった気性の激しさも手伝って、わたしは甘やかされるあまりに窒息するような窮屈な思いをするようになった。
「皆、あなたを愛して、心配しておいでなのですよ」
クルフィンはそう言って宥めたが、甘やかされるがゆえに傲慢で我侭でもあったわたしは一人で城を抜け出して、森を彷徨うようになった。
何度まいてもクルフィンはいつの間にか側にいて、城に帰りましょうと微笑んだ。そうやって見つけられるのが悔しくて、そして多分……嬉しくて、わたしは度々城を抜け出した。
「ごめんなさい。ごめんなさい。クルフィン」
泣きじゃくるわたしの頭をクルフィンが優しく撫でる。
「……泣かないで……小さな王子……
私はこうして……あなたの為にこの命を使うことが出来たことを喜んでいます。それが私の使命で義務なのです」
「そんなのないよ!そんなの……」
「私の王子……泣かないで……」
何か言いたげに唇が動いた。でも、もう声は聞こえなかった。
力の無くなった手を握りしめて何度も何度もクルフィンの名を叫ぶ。
でも、すみれ色の穏やかな瞳はもう二度と、開くことがなかった。
わたしは王子ではあっても世継ぎではない。
ただ、王の血を引いている。
それだけの者のために失われていい命などあるわけがない。
溺愛という布で目隠しをされ、祭壇の上に奉られていたわたしは、クルフィンの死によってその祭壇から転げ落ちた。
目隠しを取ったわたしの見た現実は残酷で、いかにわたしがクルフィンを束縛していたか、義務と忠誠で縛っていたかを思い知らせた。
泣いて泣いて、懺悔をして。
それでもクルフィンは目を開けなかった。
白い装束と鎧をまとい、ミスリルの剣を抱えたクルフィンの棺は妖精の森の湖に沈められた。
小船から冷たい湖の水に手を入れ、白い薔薇の花をクルフィンに贈る。
湖面に目を凝らし、どんどん沈んでいくクルフィンを見送った。
最後まで見ていたいと願うのに、流れ出る涙で暗い湖に沈む棺は歪んで見えなくなる。
出来ては消えていく涙の輪を見ながら、心に誓ったのだ。
もう二度と……この身の内に流れる血の為に何かを犠牲にすることはない。義務も忠誠もいらないと。
守護騎士はクルフィン一人だと、次の騎士をつけることを頑なに拒んだ。
いずれ王家を離れ生きていく為に魔法の腕を磨き、研究者としての知識を溜めこむことに邁進する。
最年少にして魔法使いの称号を得たエルフの王子が、精霊を媒介とした回復術に長けているらしいと噂になったのはいつだったのか。
兄達と一緒に招かれたヒトの国。
晩餐の席で赤い髪をした王の寵愛を競って、馬鹿な貴族達が乱闘の騒ぎを起こした。足元近くまで転がって来た愚かな男達に舌打ちして、捕縛の呪文と、睡眠の呪文で騒ぎを治めると、赤の王その人が目の前に立った。
「あなたはとても素晴らしいな。メリドウェン殿」
それからしばらくして、ヒトの国の学園への招きが届いて、わたしはそれに応じることにした。
理解を示す母と猛烈に反対する父と兄。
最初はなだめすかし、次には脅迫して、最後は縁を切ってくれて構わないのだと王国からの迎えの馬車に強引に乗り込んだ。
そうしてわたしはエルフの王子である事を捨て去ったのだ。
わたしが王子であることを捨てる理由になったクルフィンが目の前にいる。なぜ忘れていたのだろう。
剣を振るクルフィンは幼い記憶の中の彼そのものだ。
そして、わたしのこの姿は……クルフィンを失った頃の姿なのではないか?
クルフィンが優雅な身のこなしでフェンリルを追い詰めていく。
体を掠めた剣にフェンリルの灰色の毛が宙に舞った。
「そろそろ余裕がないのではありませんか?」
クルフィンが切っ先をフェンリルに向けると穏やかに言った。
血の気の引いたわたしの顔をフェンリルが眺める。
「余裕のひとつがないという所だが────なかなか天晴れではあるな」
ふさりと尻尾が揺れた。
フェンリルの口が大きく割れて笑みが浮かぶ。
放たれていた闘気が収縮して大きな体に絡みついた。
めりめりと音を立ててフェンリルの体が変わっていく。
細く小さくなった体が伸びをして咆哮を放つ。
ゆらり、とフェンリルが立ち上がった。
二本の足で立ち上がったその姿に手が震えはじめる。
全身を毛で覆われたその姿に見覚えがあった。
いや、フェンリルの毛は白と灰色のまざった色だが、彼のは黒と銀色だった。
目の奥をえぐられるような頭痛がする。
フェンリルの灰色の目と、狂気に満ちた銀色の目が重なった。
『メリー』
囁く甘い蜜のような声。
クルフィンがその姿のフェンリルに切りかかる。
避けて跳躍したフェンリルが木の枝に乗って、わたしとクルフィンを見下ろして嗤う。
詠唱と指の鳴る音。クルフィンの指先から風の矢が飛ぶ。
フェンリルはそれを手で弾き飛ばした。
「ぬるいぞ?未熟者」
木の上からくるくると回りながら舞い降りたフェンリルが強烈な一撃をクルフィンに放つ。組んだ両手でその一撃をクルフィンが逸らしたが、拳圧でその白い頬が裂ける。
「ご老体にしてはなかなかと申し上げましょうか?
あなたのような腕前の方とこうしているのはとても楽しいのですが……少々、時間が足りないとは思いませんか?」
両側に飛んで離れた二人が対峙する。
「何をするつもりだ」
「贖罪を果たすのです」
「…………わしを躍らせるつもりか?この、始祖たるフェンリルを」
「望まぬあなたを踊らさせることの出来る者など、この世に居りますかどうか」
「食えぬな。青二才」
二人の視線が彷徨ってわたしを見る。話を理解しようとするが、ひどく頭が痛かった。手足が冷えて喉に何かを詰められているような気がする。
「もう一段階と言ったところか?」
フェンリルが呟くと手足からばらばらと毛が抜け始める。
盛り上がった筋肉が一回り小さくなった。
突き出た鼻が人のそれになり、大きく裂けた口が小さくなる。
しなやかな筋肉のついた整った身体。
息を呑むようなその身体を、フェンリルは恥じることもなく晒していた。
「小童共には目の毒か?」
しなやかな指がその身体をなぞると、その身が白の道着に包まれた。
少しくせのある灰色の髪が揺れた。ピンと立った耳が警戒するように前を向く。
見据えられた灰色の瞳が楽しげな色を浮かべて揺れた。
ゆっくりと落ちる腰、差し伸べられた腕。手のひらがクルフィンをくいくいと招く。
「お相手いたそう……かかって来るが良い。エルフの戦士よ」
震える声で名を呼んだ。
「お久しゅうございます。小さな王子」
『小さな王子』わたしがそう呼ばれるのを嫌っていることを知っていて、クルフィンはふざけてよくそう呼んだ。
「何用だと聞いている!」
フェンリルが咆哮をあげた。目が怒りに険しくなり、その身を闘気が包んだ。その圧力に息を呑む。
そんなフェンリルを見ても、クルフィンは全く動揺しなかった。柔らかく微笑んだ美しく涼やかな貌がわたしを見下ろす。
「我が君をお迎えに参りました」
「それは、わたしの眷属だ」
うなり声をあげ、威嚇するフェンリルにクルフィンが剣を構える。
「私のメリドウェン様が獣の列に繋がれるなど、許されるわけがない」
「獣か!」
空気の漏れるような笑い声が辺りに響く。
「いかにも、我らは獣だが、頭でっかちの胸糞悪いうらなりに罵倒される筋合いはないぞ。それはもう我が道に繋がれた存在だ。ここに居らねば我が末裔が嘆き悲しむ。
オオカミの始祖たるわしが、たやすく眷属を奪わせるとでも思うのか?」
「メリドウェン様が本心を無くされている状態で結ばれた鎖に、何の意味があるものか。メリドウェン様はエルフの王子。眠られる場所は夜空の星、エルフの始祖の元と決まっている」
「若造が! ならば力で来るがいい!」
「元より、そのつもりですとも」
クルフィンが剣を振るとフェンリルに打ちかかった。
横に飛んだ身体が唸り声をあげながら、クルフィンに体当たりを仕掛ける。
どうして……こんなことに? 混乱した頭で状況を判断しようとする。
死に装束を纏ったクルフィン。
どうして……忘れていたんだろう。
彼を死に追いやったのは、このわたしだというのに。
小さな王子のわたしに守護騎士のクルフィン。
わたしはクルフィンが大好きだった。
双子のセル兄様とナル兄様の友人だった。優れた剣の腕を買われて、やはり剣士であるセル兄様の稽古の相手として王宮によく招かれていた。
王族と王宮に仕える者以外をあまり見かける機会がなかった幼かったわたしは、クルフィンが物珍しくてどこまでも後ろをついて回った。
控え目で公平な性格のクルフィンは媚びたりすることもなく、わたしを普通の子供として扱ってくれた。
そうだ。幼かったわたしは、自分にどんな力があるか意識していなかった。
溺愛されて育ったわたしは無邪気にクルフィンを指差し、溺愛する父と兄はそれを与えた。
クルフィンはそれを名誉なことだと穏やかに微笑んで受け入れた。
年若くして剣士として開花した優秀なクルフィンは、末の王子の護衛などで収まるような人物ではなかった。国軍でも王直属の騎士団でも、望む所に行くことが出来たのに、彼はわたしのお守りなどというくだらない職務に縛られることになったのだ。
何故拒まなかったのか、何故恨まなかったのか。
わたしには分からない。
しかし、クルフィンはわたしの側にいることを選び、穏やかに見守り続けた。
少し大きくなると父と兄の溺愛はますます激しくなり、元々あった気性の激しさも手伝って、わたしは甘やかされるあまりに窒息するような窮屈な思いをするようになった。
「皆、あなたを愛して、心配しておいでなのですよ」
クルフィンはそう言って宥めたが、甘やかされるがゆえに傲慢で我侭でもあったわたしは一人で城を抜け出して、森を彷徨うようになった。
何度まいてもクルフィンはいつの間にか側にいて、城に帰りましょうと微笑んだ。そうやって見つけられるのが悔しくて、そして多分……嬉しくて、わたしは度々城を抜け出した。
「ごめんなさい。ごめんなさい。クルフィン」
泣きじゃくるわたしの頭をクルフィンが優しく撫でる。
「……泣かないで……小さな王子……
私はこうして……あなたの為にこの命を使うことが出来たことを喜んでいます。それが私の使命で義務なのです」
「そんなのないよ!そんなの……」
「私の王子……泣かないで……」
何か言いたげに唇が動いた。でも、もう声は聞こえなかった。
力の無くなった手を握りしめて何度も何度もクルフィンの名を叫ぶ。
でも、すみれ色の穏やかな瞳はもう二度と、開くことがなかった。
わたしは王子ではあっても世継ぎではない。
ただ、王の血を引いている。
それだけの者のために失われていい命などあるわけがない。
溺愛という布で目隠しをされ、祭壇の上に奉られていたわたしは、クルフィンの死によってその祭壇から転げ落ちた。
目隠しを取ったわたしの見た現実は残酷で、いかにわたしがクルフィンを束縛していたか、義務と忠誠で縛っていたかを思い知らせた。
泣いて泣いて、懺悔をして。
それでもクルフィンは目を開けなかった。
白い装束と鎧をまとい、ミスリルの剣を抱えたクルフィンの棺は妖精の森の湖に沈められた。
小船から冷たい湖の水に手を入れ、白い薔薇の花をクルフィンに贈る。
湖面に目を凝らし、どんどん沈んでいくクルフィンを見送った。
最後まで見ていたいと願うのに、流れ出る涙で暗い湖に沈む棺は歪んで見えなくなる。
出来ては消えていく涙の輪を見ながら、心に誓ったのだ。
もう二度と……この身の内に流れる血の為に何かを犠牲にすることはない。義務も忠誠もいらないと。
守護騎士はクルフィン一人だと、次の騎士をつけることを頑なに拒んだ。
いずれ王家を離れ生きていく為に魔法の腕を磨き、研究者としての知識を溜めこむことに邁進する。
最年少にして魔法使いの称号を得たエルフの王子が、精霊を媒介とした回復術に長けているらしいと噂になったのはいつだったのか。
兄達と一緒に招かれたヒトの国。
晩餐の席で赤い髪をした王の寵愛を競って、馬鹿な貴族達が乱闘の騒ぎを起こした。足元近くまで転がって来た愚かな男達に舌打ちして、捕縛の呪文と、睡眠の呪文で騒ぎを治めると、赤の王その人が目の前に立った。
「あなたはとても素晴らしいな。メリドウェン殿」
それからしばらくして、ヒトの国の学園への招きが届いて、わたしはそれに応じることにした。
理解を示す母と猛烈に反対する父と兄。
最初はなだめすかし、次には脅迫して、最後は縁を切ってくれて構わないのだと王国からの迎えの馬車に強引に乗り込んだ。
そうしてわたしはエルフの王子である事を捨て去ったのだ。
わたしが王子であることを捨てる理由になったクルフィンが目の前にいる。なぜ忘れていたのだろう。
剣を振るクルフィンは幼い記憶の中の彼そのものだ。
そして、わたしのこの姿は……クルフィンを失った頃の姿なのではないか?
クルフィンが優雅な身のこなしでフェンリルを追い詰めていく。
体を掠めた剣にフェンリルの灰色の毛が宙に舞った。
「そろそろ余裕がないのではありませんか?」
クルフィンが切っ先をフェンリルに向けると穏やかに言った。
血の気の引いたわたしの顔をフェンリルが眺める。
「余裕のひとつがないという所だが────なかなか天晴れではあるな」
ふさりと尻尾が揺れた。
フェンリルの口が大きく割れて笑みが浮かぶ。
放たれていた闘気が収縮して大きな体に絡みついた。
めりめりと音を立ててフェンリルの体が変わっていく。
細く小さくなった体が伸びをして咆哮を放つ。
ゆらり、とフェンリルが立ち上がった。
二本の足で立ち上がったその姿に手が震えはじめる。
全身を毛で覆われたその姿に見覚えがあった。
いや、フェンリルの毛は白と灰色のまざった色だが、彼のは黒と銀色だった。
目の奥をえぐられるような頭痛がする。
フェンリルの灰色の目と、狂気に満ちた銀色の目が重なった。
『メリー』
囁く甘い蜜のような声。
クルフィンがその姿のフェンリルに切りかかる。
避けて跳躍したフェンリルが木の枝に乗って、わたしとクルフィンを見下ろして嗤う。
詠唱と指の鳴る音。クルフィンの指先から風の矢が飛ぶ。
フェンリルはそれを手で弾き飛ばした。
「ぬるいぞ?未熟者」
木の上からくるくると回りながら舞い降りたフェンリルが強烈な一撃をクルフィンに放つ。組んだ両手でその一撃をクルフィンが逸らしたが、拳圧でその白い頬が裂ける。
「ご老体にしてはなかなかと申し上げましょうか?
あなたのような腕前の方とこうしているのはとても楽しいのですが……少々、時間が足りないとは思いませんか?」
両側に飛んで離れた二人が対峙する。
「何をするつもりだ」
「贖罪を果たすのです」
「…………わしを躍らせるつもりか?この、始祖たるフェンリルを」
「望まぬあなたを踊らさせることの出来る者など、この世に居りますかどうか」
「食えぬな。青二才」
二人の視線が彷徨ってわたしを見る。話を理解しようとするが、ひどく頭が痛かった。手足が冷えて喉に何かを詰められているような気がする。
「もう一段階と言ったところか?」
フェンリルが呟くと手足からばらばらと毛が抜け始める。
盛り上がった筋肉が一回り小さくなった。
突き出た鼻が人のそれになり、大きく裂けた口が小さくなる。
しなやかな筋肉のついた整った身体。
息を呑むようなその身体を、フェンリルは恥じることもなく晒していた。
「小童共には目の毒か?」
しなやかな指がその身体をなぞると、その身が白の道着に包まれた。
少しくせのある灰色の髪が揺れた。ピンと立った耳が警戒するように前を向く。
見据えられた灰色の瞳が楽しげな色を浮かべて揺れた。
ゆっくりと落ちる腰、差し伸べられた腕。手のひらがクルフィンをくいくいと招く。
「お相手いたそう……かかって来るが良い。エルフの戦士よ」
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