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狼は白薔薇の傷を知る4
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父と兄に《契約》の許しを願い出て、そろそろ一週間が経とうとしていた。
メリーを膝の上に乗せてフェアロスの笛を聞きながら、ぼんやりと外を眺める。そこには壮麗な庭が広がり完璧に整えられた色とりどりの四季の花が咲いているのだが、俺はその実どの花も見てはいなかった。
彷徨った意識はとりとめのないことを考え続けている。
フェアロスは実は楽師で笛の名手だった。メリーの四番目の兄と親友の彼はメリーの楽器の師匠であり、エルフ達の指導者だった。本来ならば召使のようなことをする人物ではない。
「どうしても兄の償いをしたかったのです」
兄を恨み、彼は武芸とは逆の道を選んだのだろう。そして、メリーに手伝いが必要だとわかると、妖精王に頼み込んだのだという。
「本当はもう楽器の演奏をするつもりはなかったのですが」
暇を持て余すメリーと、ともすると気持ちが沈みがちな俺の為にフェアロスは楽器の演奏をするようになった。
機嫌の良い日のメリーはそれに合わせて歌うこともあった。優しく美しい声がその唇から漏れ、旋律を奏でると、俺はその音色にうっとりと聞き入った。そして、それを見たメリーはへにょりと笑い、また美しい声で歌い始める。
雪山の後、メリーの眠る時間が一時減ったと話されていた。俺が衰弱し昏睡していたことで、きっと気持ちが昂ぶっていたのだろうとその時は聞き流していた。
だが、愛し合った次の日に、疲れ切ってベッドから起き上がることの出来なくなったメリーが、短い眠りしか取らず、ベッドの中でもぞもぞ動いては抱き上げて貰いたがったり、キスをねだったりしている姿を見て何故眠らないのだろうと疑問に思った。
次の日にはメリーの眠る時間は少し増え、三日も経つとメリーはまた元のように眠るようになってしまった。
雪山の後の話を思い出したのは、その時だった。
もしかして……二人きりの部屋でこんこんと眠り続けるメリーの胸をそっと開くと、手のひらを乗せてその身体に気を入れる。
細く網のように気をメリーに這わせて行くと、メリーの額に汗が浮き、唇が震えてはあと息を吐く。艶めいた声が漏れて……ぱちりと水色の目が開いて、とろりと俺を見る。
そういうつもりではなかったのだが。
気がついた時には遅かった。
熱くなった身体を押しつけてくるメリーに従いながら、震えるような喜びを味わった。と同時に、身体の中の気の減り具合や、この治療がメリーの官能を刺激してしまうなら、これを毎日続けることはできないと気づいて、不安に心が押し潰されそうになる。
そんな心の動きをメリーは悟ったのか、容赦なく俺を喜びの海に沈めにかかって来た。触れてくる手を止める事は簡単だが、俺はメリーの望むままにふるまった。二人で一時の喜びを分かち合い、苦悩を追い払われるままにした。
どうせ……それはすぐに戻ってくるのだから。
メリーの声が聞こえて、俺は現実に戻った。笛の演奏は終わっていて、フェアロスが扉の前に立っていた。細く開いた間から何かを話している。
沢山の人の気配と匂いがした。
それに怯えたメリーがきいと叫んで抱きついて来たのだ。宥めるように抱き締めて立ち上がると、首筋に顔を埋めて来る。
フェアロスが側に寄って来て、気遣うようにメリーを見て、静かな声で言う。
「王族の皆様がおいでです」
ついに来たのか。
例えそれがどんな答えでも、悶々と日々を暮らすよりはよほどましだと思えた。
「お会いします」
フェアロスに通されて、壮麗な一団が部屋に入って来た。
妖精の国の王と王妃。そしてその息子たちが。
それぞれが豪華な衣装を纏っていた。
白を基調にした布に豪華な刺繍の入った絹を纏った王族は夢のように美しかった。それぞれの為に誂えられ、戦士であるものにはそれに相応しく、豪奢な中にも動きやすいものを、魔法使いや楽師である者には裳裾引く艶やかなものが選ばれている。
かつては、そこにメリーも並んでいたのだと思うと、胸が痛んだ。
「ようこそいらっしゃいました。父上。母上。そして兄上達も」
俺が頭を下げるとメリーが不思議そうに顔を覗き込む。
大丈夫と言うように微笑むと、メリーがぷいと首筋に顔を埋めた。
「さあ……メリーもご挨拶して」
抱いたままのメリーを軽く揺らすと、メリーが俺の顔を見て口を山のような形にする。怖いのだと訴えているのは解るのだが、せっかく会いに来てくださっているのだからと、優しい声で挨拶を促した。
「さあ」
促すとちらりと後ろを振り返り、一瞬頭を動かすと、ぴゅっと顔を元の位置に戻す。そして、ぎりぎりと締めつけるように抱きつくと、動かなくなってしまった。
「申し訳ありません」
苦笑いを浮かべて、メリーの背中を撫でる。頑なな腕が緩む事を期待したが、どうも離してはくれなそうだ。
「大勢で押しかけたのでは、仕方あるまい」
父がそういって笑うと、兄達が微笑んだ。
「今日はモリオウ殿に話があって参った」
父が母の手を握り、その目を見詰めた。母が励ますように微笑んで頷くと、二人揃って俺を見る。
背筋を伸ばした兄達が一様に胸に手を当てた。
「ロー・クロ・モリオウ殿。
東の国から参った優れたる体術師にして、我が息子メリドウェンの運命の恋人よ。
あなたに……すべてをお任せする。
あなたに私の息子の真の名を与え、太古のオオカミの秘術によって結ばれる権利を与える」
ふらりと視界が歪んだ気がする。喜びに腕が震えはじめた。
「どうか……メリドウェンをよろしくお頼み申し上げる」
皆が一斉に頭を下げた。
静まり返った場に、メリーがぴゅっと頭を上げて俺の様子を伺う。
「ありがとう……ございます」
ひくっと喉が震えて涙が零れた。その涙をメリーが指でなぞる。
思わず鼻先をメリーにすり寄せると、メリーがへにょりと笑ってすりすりと鼻を寄せてキスをして来た。
「かくも長く待たせたことを許して欲しい」
俺は言葉もなく頭を振った。
父の差し出した手を握ると、母がその手を挟んで握る。
「あなたにすべてを背負わせてしまう前に……私達は話し合う必要があったのです」
「あなた達がメリーを心配するのは当たり前です」
涙でしゃがれた声で呟くと母が頭を振って囁く。
「メリーは……あの子は……そういう風に産まれついた子です。
身の内に炎を宿し、妖精らしからぬ情熱を持って産まれたメリドウェンは失われた炎の妖精のようでした」
「かつて、炎の妖精がその情熱のあまり、悲劇に走るのをさんざん見てきた我々は……メリーがそうならぬようにと、過保護に溺愛し、結局は息の詰まるような思いをさせ、この国から出る原因を作ってしまった」
「愛し合っているとはいえ、メリドウェンのそうした性質に巻き込まれただけのあなたに、それほどの犠牲を払わせることにためらいがありました」
ためらい……聞いた言葉にメリーを抱く腕に力が入る。
無意識にメリーを隠すように抱き込んでいた俺に父が微笑む。
「メリドウェンが炎の妖精を身の内に宿すことを避けられなかったように、ローと末の王子を引き離すことほど酷なことはない」
「わたしは最初にそう言いましたからね」
フロドが軽口を叩いてその場を和ませた。
ほっとして微笑んだ俺の肩をフロドが叩く。
「それより!結婚式だよ!」
えっと驚く俺の顔を見て、双子の王子がフロドを引き剥がすと、ドスの効いた声で呟く。
「いきなり言う奴があるか!」
「空気を読め!」
「いや、ローはいい奴だし、楽勝でしょ?」
「お前という奴は……」
「ソフトに外堀から埋めるという作戦だったろう?」
「そんな風に騒いでは、ローが怯えてしまいますよ」
ごちゃごちゃと言う三人を、四番目の王子のネルウェンがまあまあと宥める。皇太子であるガルムが咳払いをして、弟達を睨みつけた。だが、三人はそれを無視してごちゃごちゃと揉めている。
母がそんな息子達をぞっとするような蔑みに溢れる目で見た。
その様子におどおどとしながら父が俺に声をかけて来る。
「息子よ……《契約》を結ぶのであれば、どんな形にしろ、二人は正式な伴侶になるわけであるし……メリドウェンは王子でもあるから、それなりの儀式の後に祝宴を催すのが筋かと思うのだが……すべて手配はエルフの王である私がしよう。ローとメリドウェンはただ参加してくれるだけで良いのだが」
「俺は……構わないのですが、メリーは……」
構わないと聞いた瞬間に場が色めき立つ。
兄弟たちがやったぞと抱き合って喜んでいるのに一抹の不安を感じた。
母の瞳が冷たさを消し、満足げに頷いた。父がほっとしたように胸を撫で下ろす姿に、もしかしてとんでもない事を了承してしまったのかと思う。
思わずフェアロスを見ると、口に握り拳を当てて、笑いを堪えているようだ。
「あの……」
前言を撤回しようと口を開こうとすると、満面の笑みの母がそれを遮る。
「ローの配慮に感謝します。素敵な式にしましょうね」
逆らうことを許さない瞳に息を呑んだ。
満面の笑みなのに目だけが刺すように俺を見ている。ふうと諦めのため息をついてこくりと頷くと、薄い緑の目の笑みが本物になった。この人は本当にメリーの母親だ。
「さあ、忙しくなりますね。1週間あれば用意できるかしら?いえ……三日ね」
「私、メリーの髪を結ってもいいですか?」
「今のメリーは幼いからあまり凝った髪には出来ませんよ?」
「わかっています。ごく簡単なものにしますとも」
「宝石はどれぐらい必要でしょうね」
「メリドウェンの為の宝物庫を開けましょうね」
「ローの衣装が問題ですね」
「そうね。ローは白は似合わないでしょうから」
「七色に色の変わる黒い絹がどこかにあったはずですよ」
「銀糸と金糸を絡ませた糸で刺繍はどうでしょうね。オオカミの紋章を縫い取って」
「それはもう手配してあるの」
「さすがは母上だ」
がやがやと豪華な衣装の一群が出て行く。
父が俺の肩に触れた。
「息子よ。どこまでも……貴殿には感謝する。
しばらくの間、憂いを忘れる事を許して欲しい」
俺ははっとして、それから頷いた。
メリーを膝の上に乗せてフェアロスの笛を聞きながら、ぼんやりと外を眺める。そこには壮麗な庭が広がり完璧に整えられた色とりどりの四季の花が咲いているのだが、俺はその実どの花も見てはいなかった。
彷徨った意識はとりとめのないことを考え続けている。
フェアロスは実は楽師で笛の名手だった。メリーの四番目の兄と親友の彼はメリーの楽器の師匠であり、エルフ達の指導者だった。本来ならば召使のようなことをする人物ではない。
「どうしても兄の償いをしたかったのです」
兄を恨み、彼は武芸とは逆の道を選んだのだろう。そして、メリーに手伝いが必要だとわかると、妖精王に頼み込んだのだという。
「本当はもう楽器の演奏をするつもりはなかったのですが」
暇を持て余すメリーと、ともすると気持ちが沈みがちな俺の為にフェアロスは楽器の演奏をするようになった。
機嫌の良い日のメリーはそれに合わせて歌うこともあった。優しく美しい声がその唇から漏れ、旋律を奏でると、俺はその音色にうっとりと聞き入った。そして、それを見たメリーはへにょりと笑い、また美しい声で歌い始める。
雪山の後、メリーの眠る時間が一時減ったと話されていた。俺が衰弱し昏睡していたことで、きっと気持ちが昂ぶっていたのだろうとその時は聞き流していた。
だが、愛し合った次の日に、疲れ切ってベッドから起き上がることの出来なくなったメリーが、短い眠りしか取らず、ベッドの中でもぞもぞ動いては抱き上げて貰いたがったり、キスをねだったりしている姿を見て何故眠らないのだろうと疑問に思った。
次の日にはメリーの眠る時間は少し増え、三日も経つとメリーはまた元のように眠るようになってしまった。
雪山の後の話を思い出したのは、その時だった。
もしかして……二人きりの部屋でこんこんと眠り続けるメリーの胸をそっと開くと、手のひらを乗せてその身体に気を入れる。
細く網のように気をメリーに這わせて行くと、メリーの額に汗が浮き、唇が震えてはあと息を吐く。艶めいた声が漏れて……ぱちりと水色の目が開いて、とろりと俺を見る。
そういうつもりではなかったのだが。
気がついた時には遅かった。
熱くなった身体を押しつけてくるメリーに従いながら、震えるような喜びを味わった。と同時に、身体の中の気の減り具合や、この治療がメリーの官能を刺激してしまうなら、これを毎日続けることはできないと気づいて、不安に心が押し潰されそうになる。
そんな心の動きをメリーは悟ったのか、容赦なく俺を喜びの海に沈めにかかって来た。触れてくる手を止める事は簡単だが、俺はメリーの望むままにふるまった。二人で一時の喜びを分かち合い、苦悩を追い払われるままにした。
どうせ……それはすぐに戻ってくるのだから。
メリーの声が聞こえて、俺は現実に戻った。笛の演奏は終わっていて、フェアロスが扉の前に立っていた。細く開いた間から何かを話している。
沢山の人の気配と匂いがした。
それに怯えたメリーがきいと叫んで抱きついて来たのだ。宥めるように抱き締めて立ち上がると、首筋に顔を埋めて来る。
フェアロスが側に寄って来て、気遣うようにメリーを見て、静かな声で言う。
「王族の皆様がおいでです」
ついに来たのか。
例えそれがどんな答えでも、悶々と日々を暮らすよりはよほどましだと思えた。
「お会いします」
フェアロスに通されて、壮麗な一団が部屋に入って来た。
妖精の国の王と王妃。そしてその息子たちが。
それぞれが豪華な衣装を纏っていた。
白を基調にした布に豪華な刺繍の入った絹を纏った王族は夢のように美しかった。それぞれの為に誂えられ、戦士であるものにはそれに相応しく、豪奢な中にも動きやすいものを、魔法使いや楽師である者には裳裾引く艶やかなものが選ばれている。
かつては、そこにメリーも並んでいたのだと思うと、胸が痛んだ。
「ようこそいらっしゃいました。父上。母上。そして兄上達も」
俺が頭を下げるとメリーが不思議そうに顔を覗き込む。
大丈夫と言うように微笑むと、メリーがぷいと首筋に顔を埋めた。
「さあ……メリーもご挨拶して」
抱いたままのメリーを軽く揺らすと、メリーが俺の顔を見て口を山のような形にする。怖いのだと訴えているのは解るのだが、せっかく会いに来てくださっているのだからと、優しい声で挨拶を促した。
「さあ」
促すとちらりと後ろを振り返り、一瞬頭を動かすと、ぴゅっと顔を元の位置に戻す。そして、ぎりぎりと締めつけるように抱きつくと、動かなくなってしまった。
「申し訳ありません」
苦笑いを浮かべて、メリーの背中を撫でる。頑なな腕が緩む事を期待したが、どうも離してはくれなそうだ。
「大勢で押しかけたのでは、仕方あるまい」
父がそういって笑うと、兄達が微笑んだ。
「今日はモリオウ殿に話があって参った」
父が母の手を握り、その目を見詰めた。母が励ますように微笑んで頷くと、二人揃って俺を見る。
背筋を伸ばした兄達が一様に胸に手を当てた。
「ロー・クロ・モリオウ殿。
東の国から参った優れたる体術師にして、我が息子メリドウェンの運命の恋人よ。
あなたに……すべてをお任せする。
あなたに私の息子の真の名を与え、太古のオオカミの秘術によって結ばれる権利を与える」
ふらりと視界が歪んだ気がする。喜びに腕が震えはじめた。
「どうか……メリドウェンをよろしくお頼み申し上げる」
皆が一斉に頭を下げた。
静まり返った場に、メリーがぴゅっと頭を上げて俺の様子を伺う。
「ありがとう……ございます」
ひくっと喉が震えて涙が零れた。その涙をメリーが指でなぞる。
思わず鼻先をメリーにすり寄せると、メリーがへにょりと笑ってすりすりと鼻を寄せてキスをして来た。
「かくも長く待たせたことを許して欲しい」
俺は言葉もなく頭を振った。
父の差し出した手を握ると、母がその手を挟んで握る。
「あなたにすべてを背負わせてしまう前に……私達は話し合う必要があったのです」
「あなた達がメリーを心配するのは当たり前です」
涙でしゃがれた声で呟くと母が頭を振って囁く。
「メリーは……あの子は……そういう風に産まれついた子です。
身の内に炎を宿し、妖精らしからぬ情熱を持って産まれたメリドウェンは失われた炎の妖精のようでした」
「かつて、炎の妖精がその情熱のあまり、悲劇に走るのをさんざん見てきた我々は……メリーがそうならぬようにと、過保護に溺愛し、結局は息の詰まるような思いをさせ、この国から出る原因を作ってしまった」
「愛し合っているとはいえ、メリドウェンのそうした性質に巻き込まれただけのあなたに、それほどの犠牲を払わせることにためらいがありました」
ためらい……聞いた言葉にメリーを抱く腕に力が入る。
無意識にメリーを隠すように抱き込んでいた俺に父が微笑む。
「メリドウェンが炎の妖精を身の内に宿すことを避けられなかったように、ローと末の王子を引き離すことほど酷なことはない」
「わたしは最初にそう言いましたからね」
フロドが軽口を叩いてその場を和ませた。
ほっとして微笑んだ俺の肩をフロドが叩く。
「それより!結婚式だよ!」
えっと驚く俺の顔を見て、双子の王子がフロドを引き剥がすと、ドスの効いた声で呟く。
「いきなり言う奴があるか!」
「空気を読め!」
「いや、ローはいい奴だし、楽勝でしょ?」
「お前という奴は……」
「ソフトに外堀から埋めるという作戦だったろう?」
「そんな風に騒いでは、ローが怯えてしまいますよ」
ごちゃごちゃと言う三人を、四番目の王子のネルウェンがまあまあと宥める。皇太子であるガルムが咳払いをして、弟達を睨みつけた。だが、三人はそれを無視してごちゃごちゃと揉めている。
母がそんな息子達をぞっとするような蔑みに溢れる目で見た。
その様子におどおどとしながら父が俺に声をかけて来る。
「息子よ……《契約》を結ぶのであれば、どんな形にしろ、二人は正式な伴侶になるわけであるし……メリドウェンは王子でもあるから、それなりの儀式の後に祝宴を催すのが筋かと思うのだが……すべて手配はエルフの王である私がしよう。ローとメリドウェンはただ参加してくれるだけで良いのだが」
「俺は……構わないのですが、メリーは……」
構わないと聞いた瞬間に場が色めき立つ。
兄弟たちがやったぞと抱き合って喜んでいるのに一抹の不安を感じた。
母の瞳が冷たさを消し、満足げに頷いた。父がほっとしたように胸を撫で下ろす姿に、もしかしてとんでもない事を了承してしまったのかと思う。
思わずフェアロスを見ると、口に握り拳を当てて、笑いを堪えているようだ。
「あの……」
前言を撤回しようと口を開こうとすると、満面の笑みの母がそれを遮る。
「ローの配慮に感謝します。素敵な式にしましょうね」
逆らうことを許さない瞳に息を呑んだ。
満面の笑みなのに目だけが刺すように俺を見ている。ふうと諦めのため息をついてこくりと頷くと、薄い緑の目の笑みが本物になった。この人は本当にメリーの母親だ。
「さあ、忙しくなりますね。1週間あれば用意できるかしら?いえ……三日ね」
「私、メリーの髪を結ってもいいですか?」
「今のメリーは幼いからあまり凝った髪には出来ませんよ?」
「わかっています。ごく簡単なものにしますとも」
「宝石はどれぐらい必要でしょうね」
「メリドウェンの為の宝物庫を開けましょうね」
「ローの衣装が問題ですね」
「そうね。ローは白は似合わないでしょうから」
「七色に色の変わる黒い絹がどこかにあったはずですよ」
「銀糸と金糸を絡ませた糸で刺繍はどうでしょうね。オオカミの紋章を縫い取って」
「それはもう手配してあるの」
「さすがは母上だ」
がやがやと豪華な衣装の一群が出て行く。
父が俺の肩に触れた。
「息子よ。どこまでも……貴殿には感謝する。
しばらくの間、憂いを忘れる事を許して欲しい」
俺ははっとして、それから頷いた。
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