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白薔薇は謎をとく1
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「もう、いい加減に教えてくれてもいいんじゃないかな!」
もう何度目か分からない堂々巡りを繰り返して、その広場に出ると、わたしは大きな狼につかつかと近づくと、その前で足を踏み鳴らした。
「喰ってしまうぞ。小童」
前足に頭を乗せたまま、ちろりとわたしを見て、狼は大きく欠伸をすると、もにゃもにゃと口を鳴らして目を閉じた。
「食べたいならもうとっくに食べているでしょう!!」
「どこに潜り込んだか知らんが、頭に小枝が刺さっているぞ」
ふさっと尻尾が揺れて笑い混じりの声が囁く。むしゃくしゃしながら髪の中に手を突っ込むと乱暴に枝をつかんで地面に投げつける。
「こんなのどうでもいいです!早く帰り道を教えてください!」
「それがシソに対する口の聞き方か。嘆かわしい」
「わたしが散々丁寧な言葉でお願いしたのに、聞こえないフリをしましたよね?」
「心が篭っていない言葉になど、何の意味もあるまいよ。小僧」
「わたしは子供なんかじゃありません!」
叫んではっとする。
灰色の耳が嫌そうに後ろを向いてゆらりとしっぽが揺れた。
「ほほう?そのなりでか?」
両手を見下ろして、その小さな手に歯軋りをする。
確かにわたしは子供だ。だが、とてつもない違和感を感じる。
この場所に違和感を感じるように。
広場から出ている一本道、そこはどう捩れているのか、この場所に戻ってくる。
どこかに接ぎ目がないか、何度も試してみたが結局はここに戻ってくるだけだった。横道がないか隙間のありそうな所に潜り込んでみたけど、細かい枝に阻まれて横道に入る事は出来なかった。
シソと名乗る巨大な狼に何度尋ねても、はぐらかされるだけで話が全く進まない。
「早く帰らなきゃいけないんです!」
その言葉にシソの灰色の目が開く。
シソの目は灰色だ。頭の中で、何かが違うと叫ぶ。似ているけど……違うと。
「何処へ?」
「城に……」
帰る場所なんて、そこ以外にない。だが、わたしの言葉は途中で弱くなり、途切れた。
帰りたい場所はそこなのか?
「何故、そこに帰りたいと思う?」
何故だ?
わたしは遅く産まれた六番目の王子だ。
一番上の兄はとっくに成人していて、王になることが決まっているし、もし何かがあっても二番目、三番目の兄も難なく王という職務を全うするだろう。
わたしは王家にとって重要な存在ではない。
愛玩動物のように溺愛されてはいるが。
そうだ、愛玩動物のように、だ。わたしはそれに不満を感じていた。
はっとして手を見た。小さい手をきゅっと握る。
窮屈さを感じていた?子供のわたしがか?
何かがおかしい。いや……すべてが。だ。
記憶が欠損しているのではないかというのは、少し前から感じていたことだ。
ここに来るまでの記憶がない。
そして、このシソという狼を見るたびに感じる奇妙な焦燥感。
記憶がわたしを裏切っているように、肉体もわたしを裏切っているのではないのか。
「あなたは……わたしをここに閉じ込めているのですか?」
狼の口が大きく裂けて、笑みのようなものを浮かべる。
「わしほどお前をここから出したいと思っている者もあるまいよ」
「出る方法を教えてください」
可愛いオーラを全開にしてシソの前に膝をつく。両手をぎゅっと握りしめると、うるうると涙目になってみせた。
もうね、手段とか選んでいられない。
シソがぎょっとしたようにわたしを見てたじろぐ。
おっほんと咳払いをするとぱたぱたと尻尾を振って言った。
「出してやりたいと思う者が、何故……その方法を教えないと思う?」
「教える事を禁じられているのですか?」
「禁じている者はいないように感じるが……」
シソの視線が泳いで、耳が後ろを向く。
そういう顔は知ってる……兄上達が嘘をついてる時や誤魔化す時に散々見た表情だよ。
「じゃあ、知らないんだ!」
ぴょんと立ち上がるとびっと指を突き出した。
「そういうことになるのか?」
シソはふさふさとした尻尾を振ると目を細めた。笑ってるよね?
「知らないなら、早くそう言ってくださいよ!」
わたしはその場で地団駄を踏んで髪をくしゃくしゃにした。
「失礼な物言いをするでない。ひよっ子が」
「小童だの小僧だの散々わたしにおっしゃいますけど!子供がものを尋ねているというのに大人のあなたは厳しすぎやしませんか?」
ぷんと頬を膨らませると、シソは嫌そうに目を眇める。
「つがいがいるお前が何を言う」
つがい──?
その言葉にざわっと内側を何かになぞられたような気がした。心臓が跳ねあがって息が切れる。
シソが獲物を品定めするような目付きでわたしを観察している。
苦しい息の間から声を押し出した。
「つがい?つがいって?誰ですか?」
つがいは伴侶だ。わたしに伴侶がいるだと?どんな人なんだ。
思い出そうとするけど、何も思い浮かばない。
「シソであるわしの元に、エルフであるお前がやって来たならば、相手は限られておるように感じるが」
シソ?シソはこの狼の名前ではないのか。名前でないのだとすれば、シソとは……シソ……始祖?
ドキドキする心臓が治まっていく行くのと同時に思いつく。
まさか……始まりの始祖なのか?
創世の神が最初に創った、エルフとオオカミとヤミの3つの種族。
創世の神はそれぞれの種族に知恵と力と自由を与えた。
オオカミの始祖の名前は……フェンリル。
「まさか……あなたはオオカミの始祖、フェンリルなのですか?」
狼の口角が上がってにやりと笑う。
「いかにも。エルフのアルウィンの息子、王子メリドウェン。そしてわしの道に繋がる者よ」
始祖の道にわたしがつながるということ。
それはわたしがオオカミを伴侶とし、オオカミとして名を連ねたということだ。
でも、そんなのは覚えていない。
しかし、この大きな狼がオオカミ族の始まりの一匹のフェンリルなのだとしたら、ここはオオカミが死んで黄泉に旅立つ時に訪れるという場所だ。
そこにわたしがいるということは……わたしは死んだのか?
だとしたら、あの道は黄泉の国へ続く筈なのに、なぜループするのか。
そして、死んでいるならわたしはもうここから出る事が出来ない。
なのに、何故ここから出したいとフェンリルは望むのか。
「あなたが始祖で、ここが黄泉に通じる道ならば、わたしはもう死んでいるはずではありませんか?」
フェンリルが前肢を伸ばして尻を持ち上げてしなやかに身体をのばした。そして優雅に、頭を高くあげた。くんと空気の匂いを嗅いでわたしを見下ろして、獰猛な笑顔にしか見えない表情を浮かべる。
「まだ猶予はあるようだ」
「では……生きているのですね?」
「どう思う?」
「この道が黄泉へ続く道ならば、そこに入って戻って来ることの出来るわたしは……まだ死んではいないのではありませんか?」
「お前達の賢さは退化したのかと思っていたが、多少は残っていたということか……」
そういう皮肉はもういいから、ちゃんと教えてくださいよ!
そう叫びたい気持ちをぐっと抑える。
ここが黄泉の入り口で、この狼が始祖のフェンリルだとすれば、彼は何かしらの法則で縛られている可能性が高い。
「何故お前は、己のことを聞かぬのか……?」
ぐるりと唸るような声がした。
ふさっとしたしっぽが座ったままの尻の下でゆっくりと揺れる。
灰色の目がわたしを射抜くように見ている。
──似ている。でも違う。わたしの……
チラチラと頭の中に画像が浮かぶ。灰色ではない。銀色だった。
溶けるようなその色は何かを湛えている。
そこで思考が途切れてもどかしさに叫びそうになる。何かを忘れているのに思い出すことが出来ない。
「わたしは何故、自分のつがいのことを覚えていないのですか?」
「置いてきたのだ」
置いてきた……つがいの記憶を?
「どこにですか?」
「来た場所だ」
現世の……ということか?そこには、何がいるのだ。
「そこにはわたしがいるのですか?生きた……わたしが」
「……どう思う?」
……はぐらかされた。さっきもそうだった。
生死に関しての判断は言う事を禁じられているのか?
「何故わたしは記憶を置いてきたのですか?」
「それがなければ生きて行けぬからだ」
「わたしがですか?」
フェンリルが立ち上がってわたしの周りをぐるりと回る。ふさふさのしっぽを軽くわたしに叩きつけて立ち止まると、耳元で囁いた。
「お前は何があってもへこたれるように見えるがな。
美しく、自信に満ち溢れ、狡猾で、大胆だ。
オオカミの始祖フェンリルの前に震えることもなく立ち、その腹を探っている」
媚びるような口調にいらだちがこみあげる。
「思ってもいないことは言わないでください」
空気の入り混じった声が笑い声を立てる。
「からかっただけだ。お前はつがいのいるオオカミのようにつんけんしているぞ?」
からかった。いや、始祖はわたしを誘惑した。
そしてわたしの感じたものは嫌悪だった。何故なら……わたしは────のものだから。
もう何度目か分からない堂々巡りを繰り返して、その広場に出ると、わたしは大きな狼につかつかと近づくと、その前で足を踏み鳴らした。
「喰ってしまうぞ。小童」
前足に頭を乗せたまま、ちろりとわたしを見て、狼は大きく欠伸をすると、もにゃもにゃと口を鳴らして目を閉じた。
「食べたいならもうとっくに食べているでしょう!!」
「どこに潜り込んだか知らんが、頭に小枝が刺さっているぞ」
ふさっと尻尾が揺れて笑い混じりの声が囁く。むしゃくしゃしながら髪の中に手を突っ込むと乱暴に枝をつかんで地面に投げつける。
「こんなのどうでもいいです!早く帰り道を教えてください!」
「それがシソに対する口の聞き方か。嘆かわしい」
「わたしが散々丁寧な言葉でお願いしたのに、聞こえないフリをしましたよね?」
「心が篭っていない言葉になど、何の意味もあるまいよ。小僧」
「わたしは子供なんかじゃありません!」
叫んではっとする。
灰色の耳が嫌そうに後ろを向いてゆらりとしっぽが揺れた。
「ほほう?そのなりでか?」
両手を見下ろして、その小さな手に歯軋りをする。
確かにわたしは子供だ。だが、とてつもない違和感を感じる。
この場所に違和感を感じるように。
広場から出ている一本道、そこはどう捩れているのか、この場所に戻ってくる。
どこかに接ぎ目がないか、何度も試してみたが結局はここに戻ってくるだけだった。横道がないか隙間のありそうな所に潜り込んでみたけど、細かい枝に阻まれて横道に入る事は出来なかった。
シソと名乗る巨大な狼に何度尋ねても、はぐらかされるだけで話が全く進まない。
「早く帰らなきゃいけないんです!」
その言葉にシソの灰色の目が開く。
シソの目は灰色だ。頭の中で、何かが違うと叫ぶ。似ているけど……違うと。
「何処へ?」
「城に……」
帰る場所なんて、そこ以外にない。だが、わたしの言葉は途中で弱くなり、途切れた。
帰りたい場所はそこなのか?
「何故、そこに帰りたいと思う?」
何故だ?
わたしは遅く産まれた六番目の王子だ。
一番上の兄はとっくに成人していて、王になることが決まっているし、もし何かがあっても二番目、三番目の兄も難なく王という職務を全うするだろう。
わたしは王家にとって重要な存在ではない。
愛玩動物のように溺愛されてはいるが。
そうだ、愛玩動物のように、だ。わたしはそれに不満を感じていた。
はっとして手を見た。小さい手をきゅっと握る。
窮屈さを感じていた?子供のわたしがか?
何かがおかしい。いや……すべてが。だ。
記憶が欠損しているのではないかというのは、少し前から感じていたことだ。
ここに来るまでの記憶がない。
そして、このシソという狼を見るたびに感じる奇妙な焦燥感。
記憶がわたしを裏切っているように、肉体もわたしを裏切っているのではないのか。
「あなたは……わたしをここに閉じ込めているのですか?」
狼の口が大きく裂けて、笑みのようなものを浮かべる。
「わしほどお前をここから出したいと思っている者もあるまいよ」
「出る方法を教えてください」
可愛いオーラを全開にしてシソの前に膝をつく。両手をぎゅっと握りしめると、うるうると涙目になってみせた。
もうね、手段とか選んでいられない。
シソがぎょっとしたようにわたしを見てたじろぐ。
おっほんと咳払いをするとぱたぱたと尻尾を振って言った。
「出してやりたいと思う者が、何故……その方法を教えないと思う?」
「教える事を禁じられているのですか?」
「禁じている者はいないように感じるが……」
シソの視線が泳いで、耳が後ろを向く。
そういう顔は知ってる……兄上達が嘘をついてる時や誤魔化す時に散々見た表情だよ。
「じゃあ、知らないんだ!」
ぴょんと立ち上がるとびっと指を突き出した。
「そういうことになるのか?」
シソはふさふさとした尻尾を振ると目を細めた。笑ってるよね?
「知らないなら、早くそう言ってくださいよ!」
わたしはその場で地団駄を踏んで髪をくしゃくしゃにした。
「失礼な物言いをするでない。ひよっ子が」
「小童だの小僧だの散々わたしにおっしゃいますけど!子供がものを尋ねているというのに大人のあなたは厳しすぎやしませんか?」
ぷんと頬を膨らませると、シソは嫌そうに目を眇める。
「つがいがいるお前が何を言う」
つがい──?
その言葉にざわっと内側を何かになぞられたような気がした。心臓が跳ねあがって息が切れる。
シソが獲物を品定めするような目付きでわたしを観察している。
苦しい息の間から声を押し出した。
「つがい?つがいって?誰ですか?」
つがいは伴侶だ。わたしに伴侶がいるだと?どんな人なんだ。
思い出そうとするけど、何も思い浮かばない。
「シソであるわしの元に、エルフであるお前がやって来たならば、相手は限られておるように感じるが」
シソ?シソはこの狼の名前ではないのか。名前でないのだとすれば、シソとは……シソ……始祖?
ドキドキする心臓が治まっていく行くのと同時に思いつく。
まさか……始まりの始祖なのか?
創世の神が最初に創った、エルフとオオカミとヤミの3つの種族。
創世の神はそれぞれの種族に知恵と力と自由を与えた。
オオカミの始祖の名前は……フェンリル。
「まさか……あなたはオオカミの始祖、フェンリルなのですか?」
狼の口角が上がってにやりと笑う。
「いかにも。エルフのアルウィンの息子、王子メリドウェン。そしてわしの道に繋がる者よ」
始祖の道にわたしがつながるということ。
それはわたしがオオカミを伴侶とし、オオカミとして名を連ねたということだ。
でも、そんなのは覚えていない。
しかし、この大きな狼がオオカミ族の始まりの一匹のフェンリルなのだとしたら、ここはオオカミが死んで黄泉に旅立つ時に訪れるという場所だ。
そこにわたしがいるということは……わたしは死んだのか?
だとしたら、あの道は黄泉の国へ続く筈なのに、なぜループするのか。
そして、死んでいるならわたしはもうここから出る事が出来ない。
なのに、何故ここから出したいとフェンリルは望むのか。
「あなたが始祖で、ここが黄泉に通じる道ならば、わたしはもう死んでいるはずではありませんか?」
フェンリルが前肢を伸ばして尻を持ち上げてしなやかに身体をのばした。そして優雅に、頭を高くあげた。くんと空気の匂いを嗅いでわたしを見下ろして、獰猛な笑顔にしか見えない表情を浮かべる。
「まだ猶予はあるようだ」
「では……生きているのですね?」
「どう思う?」
「この道が黄泉へ続く道ならば、そこに入って戻って来ることの出来るわたしは……まだ死んではいないのではありませんか?」
「お前達の賢さは退化したのかと思っていたが、多少は残っていたということか……」
そういう皮肉はもういいから、ちゃんと教えてくださいよ!
そう叫びたい気持ちをぐっと抑える。
ここが黄泉の入り口で、この狼が始祖のフェンリルだとすれば、彼は何かしらの法則で縛られている可能性が高い。
「何故お前は、己のことを聞かぬのか……?」
ぐるりと唸るような声がした。
ふさっとしたしっぽが座ったままの尻の下でゆっくりと揺れる。
灰色の目がわたしを射抜くように見ている。
──似ている。でも違う。わたしの……
チラチラと頭の中に画像が浮かぶ。灰色ではない。銀色だった。
溶けるようなその色は何かを湛えている。
そこで思考が途切れてもどかしさに叫びそうになる。何かを忘れているのに思い出すことが出来ない。
「わたしは何故、自分のつがいのことを覚えていないのですか?」
「置いてきたのだ」
置いてきた……つがいの記憶を?
「どこにですか?」
「来た場所だ」
現世の……ということか?そこには、何がいるのだ。
「そこにはわたしがいるのですか?生きた……わたしが」
「……どう思う?」
……はぐらかされた。さっきもそうだった。
生死に関しての判断は言う事を禁じられているのか?
「何故わたしは記憶を置いてきたのですか?」
「それがなければ生きて行けぬからだ」
「わたしがですか?」
フェンリルが立ち上がってわたしの周りをぐるりと回る。ふさふさのしっぽを軽くわたしに叩きつけて立ち止まると、耳元で囁いた。
「お前は何があってもへこたれるように見えるがな。
美しく、自信に満ち溢れ、狡猾で、大胆だ。
オオカミの始祖フェンリルの前に震えることもなく立ち、その腹を探っている」
媚びるような口調にいらだちがこみあげる。
「思ってもいないことは言わないでください」
空気の入り混じった声が笑い声を立てる。
「からかっただけだ。お前はつがいのいるオオカミのようにつんけんしているぞ?」
からかった。いや、始祖はわたしを誘惑した。
そしてわたしの感じたものは嫌悪だった。何故なら……わたしは────のものだから。
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